世界はキミのために

34話 インカ・ローズの日記

   

私の名前はインカ・ローズ。

ちょっと訳あって、この城で働いている。

自分で言うのも何だけど、スゴ腕のメイドやってます!

  

そう。表向きは異例の早さで出世した優秀なメイド長。

だけど影では、オニキス様の右腕と呼ばれていることも当然知っている。

そして私はオニキス様が好きだ。

勿論それは尊敬とか憧れとかっていう気持ちに近い。
つまりはオニキス様の隠れファンというやつで。

だからどうしてもヒスイ様の存在が気になってしまう。

  

婚礼の儀から一週間。やっぱり私はヒスイ様が気になって、目で追ってばかりいる。

ヒスイ様を見た後、周りのメイドに目をやると同じ人間の顔とは思えなくなるくらいヒスイ様は綺麗・・・。

皆、うっとりした顔でヒスイ様を見ている。

いいわね・・・美人って。あの口うるさい大臣達だってヒスイ様の微笑み一つで黙ってしまうんだもの。

でもヒスイ・・・って、あの夜、私がオニキス様の命を受けてこの城まで連れてきた・・・あの時の少女と同じ名前・・・同じ銀の髪をしてた・・・。

はっきり言って、顔だって面影がある。だだねぇ・・・歳が全然違うのよね・・・。お姉さんか何か・・・?

オニキス様に聞きたい!聞いてしまいたい!!

  

この国は身分差別や貧富の差がほとんどない、とても良い国だ。

『王家は国家の象徴で、単なる窓口に過ぎない』と宣言した王様は病で伏せっておられるけれど、王妃様やオニキス様がこれ以上ない善政を行っていると思う。

私はこの国が大好きだ。

話が逸れてしまったけれど、とにかくオニキス様の右腕としては直接聞くべき事じゃないとわかっているので、ここは我慢して・・・と。

あとはこの自慢の洞察眼で、ヒスイ様の正体を見破ればいいわけよね。

  

ヒスイ様にはとにかく怪しいことが多いのに、周囲はあの顔に騙されて何一つ気付かない。

私は瞳を閉じてゆっくりこの一週間のことを思いだしてみた。

そう・・・あれは婚礼の儀のとき・・・

祭礼用の豪華な金銀細工のピアスに付け替えようとしたら、すごい剣幕で怒ったのよね・・・。

「触らないで!!このピアスは絶対に外さない!」って。

それがオニキス様のピアスなら何の問題もないんだけど、そうじゃなかった。
あれは琥珀のピアス・・・。

  

この国・・・というか、この地方は昔からピアスをするのが習わしになっていて、子供から大人までほとんど皆がしている。

そのピアスの交換というのが重要な意味を持っていて、恋人同士なら片方、夫婦なら両方交換というのが昔からのしきたりだ。
もっとも今ではその習慣自体が廃れてきて、正式な意味は持たないのだけれど。

それにしたって、オニキス様のピアスがまだオニキス様の耳にあるっていうのはどう考えても不自然だと思う。
婚礼の儀を済ませた正式な夫婦だっていうのに。

 

閑話休題。

 

ヒスイ様って美人過ぎて近寄りがたい感じがしたんだけど、実は全然そうじゃなかった。

これはオニキス様付きのメイドである私しか知らないこと。

ヒスイ様は中庭でよく昼寝をする。
しかも場所を選ばず、だ。

花壇の側や植え込みの近く、芝生の上に転がって寝ていたときもあって、あの時はさすがに驚いた。

自分から着飾ることも一切しないし、シンプルなドレス一枚、髪を無造作に束ねて、ブツブツ言いながら難しい顔をして本を読んでいることが多い。
このキャップは何!?って思うのよ。

一体何者なんだろう。

そもそも人間かどうかさえアヤシイ。

  

そんな事を日記に書き綴りながら(今は休憩時間なのだ)私は窓の外を見た。
オニキス様の宮殿の3階・・・最近はあまり使われていないこの部屋の一角に使用人達のための休憩室がある。
そこからは中庭の様子がよく見えた。

「あ・・・やっぱりオニキス様だ」

こういうとき、私の勘はよく当たるのだ。

「でもって、ほら、まっすぐにヒスイ様のほうへ向かうのよね」

ヒスイ様はお昼寝中。
地面に転がっていることが多いヒスイ様にしては、今日はめずらしく中庭のベンチで寝ていた。
三・四人は座れるであろう横長のベンチに堂々と横たわり、顔に本を載せて・・・。
ある意味ちょっと信じられない光景。

ヒスイ様は実はかなり自由奔放に育ったのではないかと思う。

部屋の中を走り回ってよくオニキス様に怒られてるし。
結構やることが無茶苦茶で、そのくせ人前では非の打ち所のない良妻ぶりなのよね・・・。

私はヒスイ様のそういうところが面白くていいな、って。

実は意外と好きだったりする。ヒスイ様のこと。

  

「あ・・・」

見て・・・しまった。

オニキス様、ヒスイ様の顔から本を取り上げて、おでこにキスした。

なんだか見ているこっちがドキドキしてしまう。

オニキス様って・・・こういうこと、するんだ・・・。

ヒスイ様は知らないかもしれないけど、オニキス様のキス嫌いはメイド達の間では有名な話だ。

そもそもオニキス様の婚約者は一人じゃない。

王妃様がオニキス様の結婚を強く望んで、次から次へと用意したから。

名だたる各国の姫君と一緒にいるオニキス様を見たし、色んなウワサも聞いたけど、オニキス様はキスをしない、させない、人らしい。

「それが昨日、メイド達の前でしたのよね」

ヒスイ様がピアスの件で他のメイドの子達とモメて・・・そこにやってきたオニキス様がはっきりと「それはそのままでいい」と言って・・・

そして皆の前でヒスイ様にキスをした・・・というよりはしてみせた。
に近いカンジがしたなぁ。
だってあの時、オニキス様はヒスイ様にこう言ったんだもの。
ヒスイ様にしか聞こえない小さな声で。

「メイド達を黙らせる。じっとしていろ」

確かにそう言った。
声は聞き取れなくても、唇の動きでわかる。

「何の問題もない」

驚きのあまり静かになったメイド達に向けてオニキス様が言った言葉。

「今後、この件には触れないように」

  

あの時のオニキス様の格好良さったら!!

オニキス様がヒスイ様を連れて部屋を出て行ってから、メイド達は大興奮。
大いに盛り上がってしまった。

「・・・っと、いけない。回想してる場合じゃなかった」

私は再び視線を中庭に戻した。

無口でクールで人を寄せつけない雰囲気の(そこがまたステキなんだけど・・・)オニキス様が、恋に溺れるとか、そういうのちょっと想像できなかったから、今のオニキス様から目を離すのはもったいない気がして、私は二人の様子を上からずっと見ていた。
いけないこととは知りつつも。

「・・・オニキス様のあんな顔はじめて見る・・・」

ホントに好きなんだなぁ・・・。ヒスイ様のこと。

ヒスイ様はおかまいなしってカンジで寝てるけどね。

私はなんだかその構図がおかしくて笑ってしまった。

  

まぁ、ヒスイ様の正体が何であれ、我らがオニキス様を幸せにしてくれるのなら、よしとしましょう。

私は日記の最後をそう締めくくって、ノートを閉じた。

この続きはまた今度。

  

「ねぇ、オニキス。なんかここんとこずっと誰かに見られてるような

気がするんだけど・・・」

「インカ・ローズだろう。あいつは勘が鋭いからな」

「インカ・ローズね・・・。今度話をしてみようかな」

「お前にしてはめずらしいな。自分から話しかけるとは」

「だってあの人・・・一見オニキスの腹心の部下っぽいけど、なんか裏がありそうなんだもん」

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