世界はキミのために

51話 ネガイヲカナエルアクマ

   

案ずるより産むが易しとはよく言ったものだとヒスイは思った。

(色々あったけど、ここまでくるのにまさにそんな感じよね)

「結構なんとかなるものね」

誰に言うでもなくヒスイはくすっと笑った。

歌うのを止めた時点で、外見は元に戻っていた。

それを横目で見ていたシンジュが厳しくたしなめた。

「毎度、毎度、そう都合良くいくと思ったら大間違いですからね。
 ちょっと順調だからって味を占めないでくださいよ。まったくもう
 ・・・ヒスイ様はもう少し挫折とか、後悔とか味わったほうがいいんじゃないですか?そのほうがいい薬になる」

憎々しい口調だ。

「エンギの悪いこと言わないでよ」

シンジュの言葉に水を差され、ヒスイは口を尖らせた。

  

「ひさしぶりだね、みんな」

メノウ復活の第一声はそれだった。ベットの上で上半身を起こして、一同の顔を見渡しながらの言葉だった。

「メノウさま・・・っ!!」

シンジュが先陣をきってメノウの傍まで駆け寄った。
メノウの復活を一番喜んでいるように見える。

「心配かけたね、シンジュ」

「いえっ!!」

シンジュは、ヒスイの体に乗り移ったメノウと一足先に再会していたが、それでもやはりメノウ本人との再会の喜びはひとしおだった。

「ご苦労様」

次にメノウはオパールに声をかけた。

オパールは言葉なく、ただにこりと笑っただけだった。
かえってそれがオパールの喜びを表している。

「お前、年取ったなぁ。フケた。フケた」

メノウはいたずらっぽく笑って、オパールに言った。

「当たり前だろ。あれから何年経ったと思ってるんだよ・・・」

「え?」

ヒスイは顔を上げた。

(今、変な話し方しなかった?オパールさん)

しかし不審に思ったのはヒスイだけだったらしく、周囲からは何の突っ込みもない。皆しれっとしている。

「・・・っと。ほほほ。やぁねぇ」

(???気のせい?)

過ぎた時は戻せない。仕方なく空耳と思う事にした。

(それにしても・・・)

ヒスイは少し離れたところからシンジュとオパール、そしてメノウを見た。完全に出遅れている。

人見知りの激しいヒスイは、自分から父親に声をかけることができずに、口をつぐんでしまっていた。

(だってお父さんと話したことないし・・・)

「よっ!ヒスイ。元気だった?」

メノウは何ら気後れすることなくベットの上からヒスイに話しかけてきた。

「おとうさん・・・」

「そんなとこに突っ立ってないで、こっちへおいで」

ヒスイは嬉しいような恥ずかしいような気持ちで胸がいっぱいになって、

思わず顔がほころんだ。

(おとうさん・・・だぁ・・・)

 

「嬉しそうな顔しちゃってさ」

そういうカーネリアンも嬉しそうだった。
可愛い妹分の幸せを自分のことのように喜んでいる。

「・・・そうだな」

オニキスもヒスイの笑顔に幸せを感じた。自分も無意識に微笑む・・・。

「お?いい笑顔するじゃないか。いつからそんな顔して笑うようになったんだい?」

カーネリアンが物珍しそうにオニキスの顔を覗き込んだ。

「・・・さあな」

オニキスは微笑みを苦笑いに変えて答えた。

  

「ああ、それ無理だから」

コハクの残した涙の効果は素晴らしく、メノウは翌朝には普通に動けるようになっていた。

ベッドの上で鈍った体の柔軟をしながら、メノウはヒスイの問いかけに明々白々とそう答えた。

「え・・・?ムリ?」

「そう。無理」

「無理なものは無理。もう俺にはコハクを召喚することができないんだ」

「そ・・・んなぁ・・・」

ヒスイは情けない声をあげて、へなへなとその場に座り込んだ。

今までラッキーだった分のツケが一気に回ってきたとでもいうように、悲しい真実がヒスイを打ちのめす・・・。

ヒスイの瞳に涙が滲んだ。

それでも人前でわんわん泣くのはさすがに恥ずかしいと思ったらしく、

ぐっと堪えてメノウを見た。

「そんなに睨まないでよ・・・。できることなら俺だって喚んでやりたいけどさ」

「・・・理由を聞かせて」

ヒスイの言い方には容赦がなかった。

(・・・やっぱりお前はコハクが一番なんだね・・・。赤ん坊の頃からそうだったけど・・・かなり複雑な気分・・・)

18年ぶりの再会だというのに。

(父親なんてこんなもんか・・・)

痛いほどのヒスイの視線。後ろに控えていたシンジュ・オパール・オニキス・カーネリアンの4人も理由を聞きたそうな目でメノウを見ている。

「俺はもう召喚術が一切使えないの。サンゴと“永遠の誓い”を結んだから」

「永遠の・・・誓い?」

「そう。あのね・・・」

メノウはヒスイに分かり易く説明した。

「簡単に言えば、召喚した相手を永遠に自分のものにできるワケ。誓いをたてればその他の召喚術は一切使えなくなるけど、そのかわり、相手が他の召喚士に召喚されることはなくなる」

メノウは息継ぎをして続けた。

「天使のコハクと違って悪魔は召喚契約をしなくてもこの地で生きられるから、別にそこまでしなくても良かったんだけどさ。サンゴを召喚できるヤツが他にいるとも思えなかったし」

メノウはそこで少し間を置いた。

「・・・だけど俺なりのケジメなんだ。後悔はしてないよ」

「・・・・・・」

そう言われて誰も何も言えなくなってしまった。

「それにほら、俺って天才だからさ、別に召喚術が使えなくなったぐらいどうってことないし」

メノウは場の雰囲気を少しでも明るくしようと振る舞った。

「コハクのことはさ、俺も全面協力するから、そう気を落とすなって」

ヒスイは沈んだ表情で俯いていた。

「大丈夫よ、ヒスイ。メノウがそう言っているのだから」

「強力な助っ人じゃないか」

オパールとカーネリアンが交互にヒスイを慰めた。

  

「罪滅ぼしってワケじゃないけど、少し昔話をしてあげる。コハクのこと聞きたくない?」

「聞きたいっ!聞かせて!」

ヒスイは急に明るい表情になってメノウに昔話をねだった。

「じゃあ・・・」

メノウは少し意地悪そうににやりと笑った。

「コハクがヒスイに一番知られたくない話を」

ドキッとした。

漠然と想像していたことがはっきりする時がきたのだと。

ヒスイは、メノウの口から聞いてもよいものかと迷いはしたが、どのみち自分の中で答えの出ていることだから、いっそ聞いてしまえ!と心に決めた。

「それってお兄ちゃんの背中の・・・」

「そう。あれね、何を代償にしたか知ってる?」

「羽根・・・4枚」

「正解」

(・・・やっぱり・・・)

「セラフィムって、六枚羽根の天使って言われていてね、あいつもはじめは六枚ちゃんとあった」

「うん・・・」

「けど、ヒスイが産まれてすぐ二枚折った」

「・・・私が悪魔だったから・・・?」

「そ。ヒスイに触りたいとかって言い出して」

「・・・・・・」

「どんなに触れてもヒスイを傷つけることのないようにまず二本折って。それから今度はヒスイに血を与えられる体になる為にもう二本。馬鹿だよなぁ」

メノウは苦々しく笑った。

「で、力の大半を失っちゃってさ。コハクは戦わなくなったんじゃなくて、戦えなくなったんだよ、シンジュ」

コハクが戦いを放棄したことを責め続けていたシンジュは、そう話を振られて言葉に詰まってしまった。

「コハクはこのことに関しては絶対自分から口を割らないだろうけど」

メノウはどこか楽しげだ。

(ヒスイ取られて癪だからこの際みんな喋ってやる。いい気味だ)

「痛いらしいよぉ。羽根を折るのは。後にも先にもあいつのあんなつらそうなカオ見たのはあの時だけだよ。血はドバドバ出るしさぁ、ちょっとエグかったな。あれは」

「・・・・・・」

ヒスイはメノウの話を頭の中で再現し、顔を歪ませた。そして、思わず手で口を覆った。

「紋様刻みながら何度か死にかけたけど、あとはけろっとしたもんだったよ。まぁ、あいつはもともとシリアスなキャラじゃないし。それからはずっとあんな感じで」

昔を懐かしむようにメノウは笑った。

それとは裏腹に周囲はシーンとなってしまった。

ヒスイは少し顔が青い。

シンジュも自分が過去に言ってきたことを悔いている風だった。

(・・・この話やっぱマズかったかな。さっきからこいつら黙らせてばっかじゃん?俺)

「あ〜。え〜。と〜」

メノウはなんとか話を明るい方向に持っていこうと天井を見ながらあれこれ考えた。

(明るい話題・・・なんてあったっけ。俺の人生15年・・・)

「あのさ」

カーネリアンが歩み出てメノウに質問した。

「紋様についてちょっと聞きたいんだけどいいかい?」

「うん。いいよ」

  

「コハクの紋様はアンタが刻んだのかい?」

「そうだよ。あいつの羽根折ったの俺だもん」

「じゃあ、ヒスイの紋様は?」

「・・・キミの聞きたいことはたぶんこういうことでしょ?」

メノウは、娘と同じヴァンピールであるカーネリアンの質問には何ひとつ嫌な顔をせず丁寧に答えた。

「紋様にはね、二種類あるんだ。まず、他者との契約じゃなくて、自分の力を変換するものがひとつ。コハクはこのタイプだね、代償は自分自身に払ってる。で、俺は・・・」

(コハクじゃないけど、ヒスイには知られたくないなぁ・・・)

メノウはちらっとヒスイの方を見てから、観念したように言った。

「“ネガイヲカナエルアクマ”に代償を払った」

「願いを叶える悪魔・・・だと?」

百年以上生きているカーネリアンも初耳のようだった。

「そ。キミ達が知らないのも無理ないよ。アレは悪魔であって悪魔でない、謎の生命体だから」

「何だよ、それ・・・」

「何か、と言われれば悪魔なんだろうとは思うけど、階級は決して高くないはずだよ。願いを叶えることしかしないんだから。

 代償を得て願いを叶える為だけに存在しているんだ、アレは。

 自我や意志があるわけじゃない。漠然とした能力の塊ってやつ」

「それで・・・お父さんは何を代償にしたの?」

ヒスイの声が響いた。少し震えている。

正直、聞くのは怖かった。

それでも聞いておかなければならないのだ。

ヒスイから直接聞かれてしまっては、はぐらかすこともできなかった。

「寿命五年と成長のエネルギー」

メノウは言葉を返した。

「!?それって・・・もう成長しないってこと?」

「うん。年は取るけどね。見た目は変わらない。いいでしょ?永遠の若さ」

「若すぎるわよ・・・」

ヒスイはメノウの冗談に乗る気にはなれなかった。自分の為に言ってくれている冗談だったとしても。

「代償の肩代わりというのはできるものなのか?」

カーネリアンが興味深げに続けた。

「できるよ。こうやって」

メノウはシャツのボタンを上から三つ外した。するとそこから紋様が見えた。

「!?」

メノウの右の鎖骨の下にはヒスイと同じ柄の紋様が刻まれている。

「血の繋がった親子のみ有効なんだけどさ」

一輪の薔薇のようにみえる紋様・・・。

その紋様を通して、メノウは自分が代償を払って得た恩恵をヒスイに与えていた。
意識を乗っ取ることができるのもこの紋様があってこそだった。

「おとうさん・・・」

「そんな顔するなって。俺が勝手にやったことなんだからさ。コハクにしたってそうだよ」

「おにいちゃん・・・」

「・・・泣いたって笑ったって過去は変えられない。それなら泣くより笑ったほうがずっとお得でしょ?」

メノウはヒスイの頭を撫でた。

「大きくなったね。ヒスイ」

「おとうさんっ!」

ヒスイはメノウに抱きついた。人目も憚らず、しっかりと。

「・・・わたし、自分でも知らない間にずいぶんとこの紋様に助けられてたんだな、って思う。その代償をおとうさんが払っているなんて、決してあっていいことじゃないのに。この紋様がなかったらって考えると少し・・・怖いの。お兄ちゃんに触れなかったかもしれないから。だからずっとお礼が言いたかった。ありがとう。おとうさん」

メノウは少々照れ臭そうにぽりぽりと指で頬を掻いた。

「ね、ヒスイってさ、甘えっ子?」

照れ隠しにそんなことを聞いてみる・・・。

「うん。そう。筋金入りの甘えっ子」

ヒスイはぺろっと舌をだして笑いながら素直に認めた。

「なら、甘えていいよ」

メノウもにかっと笑った。二人とも可愛らしさいっぱいの笑顔だった。

「うんっ!」

ヒスイはメノウに頬を擦り寄せた。信じられない行動だった。

同じ顔をしているからか、ヒスイはすぐさまメノウに懐いた。

コハクが見ていたらさぞかし妬くだろうと、周囲にいた誰もが思った。

「役得ねぇ、メノウ」

オパールはオニキスに視線を投げた。

「羨ましい?」

「・・・別に」

カーネリアンが後ろで笑いを堪えている。

「いいもんだなぁ、親子って」

  

カサッ。

「ん?」

メノウはヒスイのポケットから先を覗かせている紙切れに目を留めた。

「ヒスイ、それ何?」

「あ!そうそう!これ・・・」

ヒスイはポケットから紙切れを取り出した。

それは天使語で書かれたコハクのメモだった。

「おとうさん、天使語ってわかる?」

そう言ってメモを手渡す。

「少しならね」

メノウがメモに目を通した。

(・・・あの馬鹿・・・)

「何?何て書いてあるの?お兄ちゃんの字だよね?」

わくわくしながらヒスイはメノウの回答を待った。

「あ〜・・・ごめん。久しぶりなんでド忘れしちゃった」

言われてみれば18年も仮死状態だったのだ。
頭が働かないのも無理はない。それは責められない。

ヒスイは明らかにがっかりとした表情を浮かべたが、文句は言わなかった。

「あ〜・・・なんか今日は喋り疲れたなぁ。少し休んでもいい?」

メノウは突然そう口にすると瞬く間に人払いをしてしまった。

そしてひとりきりになった部屋で、もう一度メモを開いた。

 

『外に連れ出すときは二番目に似合う服を。ヒスイに一番似合う服は

 二人きりの時のためにとっておく・・・』

 

「あいつらしいっちゃあ、あいつらしいけど・・・ほんとマニアックだよな・・・」

メノウは呆れると同時に笑った。

「まったくやれやれだ。本性はたぶんこんなもんじゃないぞ。大丈夫かな、ヒスイ・・・」

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