世界はキミのために

60話 天上の愛欲

   

「時間です。返してもらいますよ」

朝になって、ラリマーがヒスイを迎えにきた。

ヒスイは疲れきって熟睡している。

「どうでしたか?夕べは」

「感謝・・・すべきなのかな、君に」

コハクは眠っているヒスイに服を着せながら言った。

ヒスイの着せかえはお手のものだ。
人形のように全く動かないヒスイ。

ラリマーはコハクからヒスイを受け取った。

「・・・“神”の誕生を楽しみにしていますよ」

  

「ふあぁ〜っ・・・」

ヒスイは目を覚まして大きく伸びをした。

何も考えないでぐっすり眠ったのは久しぶりだった。

「おにいちゃん?」

ヒスイはまずコハクを呼んだ。

返ってきたのは別の声だった。

「違いますよ。ここはセラフィムの神殿ではない」

「・・・ラリマー・・・」

昼下がり。

ヒスイはラリマーの神殿にいた。

眠っている間にラリマーが連れ帰ったのだった。

まだ少しボーッとしている。

自分がなぜラリマーのところにいるのか理解できていないようだ。

「・・・セラフィムのところへは夜しか行ってはいけません」

ラリマーの話し方は丁寧だが、同じ敬語でもコハクやシンジュが使うものより少し威圧的な感じがする。

「・・・今夜も行っていい?」

心も体もコハクを求めている。

同じ空の下・・・そう遠くない場所にいるのだ。

会いたくて仕方がない。

「ええ、もちろん」

にこやかにラリマーが回答する。

「ただし・・・今夜はキスだけです。セラフィムにそう言いなさい」

  

二夜目。

「・・・だって。いい?」

「いいよ」

夕方になってヒスイはひとりでコハクのところにやってきた。

「・・・ケルビムがそう言ったの?」

コハクは確認した。

「うん」

(・・・早速、か・・・)

コハクは両腕を組み、軽く息を洩らした。

「・・・それだけならまだしも、変なこと言うの」

「うん。何て?」

ヒスイはとても言いにくそうに口をもごもごさせた。

「印・・・付けてもらえ・・・って。太ももの内側に・・・」

「それなら大歓迎だよ」

コハクは軽やかに笑った。

「なんでそんなこと言うのか全然わかんない」

ヒスイはむくれている。

「子供作れって言うくせに、しちゃだめなんておかしいじゃない」

そうだよねぇ・・・とコハクも苦笑いをした。

  

「こっちにおいで」

コハクはヒスイを椅子に座らせた。

背もたれが縦に長い、お洒落なデザインの椅子だ。

「浅く腰かけて・・・そう、そのぐらいで。動かないでね」

(あいつ・・・嫌なじらし方するなぁ・・・。これで僕がヒスイに手をだそうものなら、ヒスイを石に戻すつもりか)

石の中というのはあまり良いところではないと聞く。

何もない空間・・・慣れないヒスイにはつらいはずだ。

「時間はたっぷりあるから・・・ね」

コハクは屈み込んで、ヒスイのつま先にキスをした。

「おにいちゃん・・・なんか変なこと・・・しようと・・・してない・・・?」

「うん。してる」

瞳を伏せ、コハクはヒスイの足を舐めた。
舌で指の股を探る・・・。

「ひゃっ!」

ヒスイはくすぐったがって足をバタバタさせた。

ふふふ、とコハクも楽しそうに笑う。

そんな風にして少しじゃれてから、コハクは指でヒスイの太ももをなぞった。

「じゃあ、跡つけちゃうよ・・・?」

「うん・・・」

コハクの唇が腿に触れると、ヒスイはビクッとした。

コハクはその反応が嬉しかったらしく、時間をかけて跡を残した。

「おにいちゃん、終わった・・・?」

ヒスイが赤い顔で上から覗き込んでいる。

まだだよ、と答えてコハクはヒスイのスカートを捲った。

「え・・・?おにいちゃん・・・?」

(・・・やっぱり・・・こういうことか・・・)

ヒスイは両脇が紐になっているランジェリーを身に付けている。

ヒスイがコハクの元に訪れる際に着る服はラリマーが決めていた。

かつてのコハクのように。

(サービスのつもり?何を考えているのか、昔以上に謎だ・・・)

コハクはするりと、紐を解いた。

はらり・・・と下着が外れる。

「!?ちょっと・・・おにいちゃん!?なにす・・・」

「いただきま〜す」

コハクはヒスイの腰に手をまわし、動きを封じてから、スカートの中に深く顔を突っ込んだ。

「あっ・・・やっ・・・」

ヒスイは腰を引こうとしたがコハクによって逆に前に出された。

「こんなの・・・キスじゃ・・・ないよ・・・。怒られ・・・る」

「大丈夫。このくらいはおまけしてくれるよ・・・。ん・・・」

「・・・・・・」

ヒスイは恥ずかしさと気持ちよさ半々の顔で、コハクの行動に付き合っていたが、次第に恥ずかしさは去り、気持ちの良さだけが感覚を支配していった。

「う・・・ん。おに・・ちゃ・・・」

悩ましげな声。

「あ・・・んっ・・・!はあっ・・・」

下半身から力が抜けてゆく・・・。

ヒスイは完全に沈黙した。

 

「・・・・・・」

一度は目を閉じたヒスイが、うっすらと瞳を開けた。

そして、スカートの中でヒスイの味を堪能しているコハクに拳を振り上げると、思いっきり上から頭を殴った。

ゴツンッ!!

「・・・い・・・ったぁ・・・」

コハクは殴られた場所を手で押さえながら、スカートから顔を出した。

「何するんですかぁ・・・メノウ様」

「それはこっちのセリフでしょ。ヒトの娘に何してるんだよ・・・このバカ」

コハクは唇をひと舐めしてから、「お久しぶりです」と丁寧に挨拶をした。

「ご無事で何よりです」

「・・・ったく、下ではヒスイが消えたって大騒ぎなのに。やっぱりここにいたか」

メノウは椅子に座ったままスカートの裾を押さえた。

これ以上の侵入は許さないという目でコハクを見る。

(でもさすがにこのままって訳には・・・)

コハクにいいようにされていたヒスイの体・・・言い知れぬ違和感がある。
それを拭い去ろうと、メノウは言った。

「・・・ちょっとシャワー浴びてきていい・・・?」

「どうぞ」

コハクはにっこり笑って神殿の裏手にある水浴び場を指さした。

  

「なんだよ、涼しい顔しちゃってさ」

メノウは首からタオルを下げて戻ってきた。

「さっきまでこ〜んなエロい顔してヒスイにはりついてたくせに」

メノウは“コハクのエロい顔”を再現して見せた。

「・・・そりゃ、ヒスイとメノウ様じゃ違いますよ・・・」

「同じ顔でも?」

「当たり前です」

「・・・お前も切羽詰まってるなぁ」

一拍置いてから、メノウが言った。

「どうすんの?こんなに問題抱えちゃって。八方塞がりじゃん」

「ですよねぇ・・・」

「ヒスイが智天使の手に落ちたんだろ?」

「ええ、まぁ」

「逆らえないね。ヒスイを盾に取られちゃ」

まさにその通りだった。

「子作りしろっていわれてるんですよ。あいつに」

「は?子供??」

メノウにしてみれば孫にあたる。

「“神”にしたいんだそうです。僕とヒスイの子供を」

コハクはくすくすと笑っている。

「まぁ、いくら頑張っても子供はできないでしょうけど」

そもそも触れ合うことができない間柄なのだ。本来は。

「今のところは、ですよ」

コハクは強調して付け加えた。

「このままにしておく気はありませんから。安心してくださいね。そのうち可愛い孫の姿が見られますよ」

「・・・サンゴに似てたらいいのになぁ」

「隔世遺伝ですか・・・まぁ、頑張ってみます」

「ばぁか。そう簡単にできるか」

二人は夢のような会話をして笑った。

「とりあえず、ヒスイが他の男の所有物ってのが癪なんで、そこから攻めようかと」

「勝算は?」

「もちろん、あります」

  

「あ・・・れ?私・・・」

ヒスイは我に返った。

(意識・・・飛んでた・・・?)

椅子に座っている。時計を見ると驚くほど時間が経っていた。

「ヒスイ?大丈夫?」

コハクがひょいと覗き込んだ。

「お兄ちゃん・・・」

「そんなに気持ち良かった?アレ」

「し・・・知らないもんっ!!」

ヒスイはコハクから目を反らした。

快楽に身を委ねた自分を恥じる。

(は・・・恥ずかしいっ・・・!!)

頬が熱をもっているのがわかる。

当然、牙も出ていた。

ヒスイはコハクの前から逃げ出したい気分になったが、そうでなくても別れの時間が近づいている・・・勿体ないことはすまいと、コハクの方を見た。

「・・・今日ちゃんとキスしてないよ」

拗ねたような仕草。
椅子に腰かけたまま唇を尖らせ、足をぶらぶらさせている。

コハクは愛おしさで目を細めた。

「そうだったね。ごめん」

コハクが椅子に手をかけ、姿勢を低くすると、ヒスイは軽く身を乗り出した。

そうして二人は唇を重ねた。

  

「あれ?お兄ちゃん、そのジーパン・・・」

コハクは着替えた。

いかにも天使という格好から、ヒスイの見慣れたジーンズ姿に。

「イズにね、家から持ってきてもらったんだ」

「イズに?」

「そう。知ってるよね?」

「うん。なんか・・・面白いヒトだね」

「いいヤツだよ。イズにも一本あげたんだ」

「ジーパンを?」

「うん。喜んでたよ。今頃履いてるんじゃないかなぁ・・・」

コハクは笑った。
ヒスイもイズのジーパン姿を想像して笑った。

「・・・そろそろ時間だね。送るよ」

  

「こっちが近道なんだ」

二人、雲の上を歩いている。

近道と言われても目印になるものなど何もない。
雲と空だけが果てなく続く・・・。

来るときは、すぐ近くまでラリマーが送ってくれた。

今度はその逆だった。

(・・・なんか変なの。お兄ちゃんに送ってもらうなんて)

ヒスイにとって“帰る場所”だったコハク。
今、帰るべき場所は他にあって、ずっと一緒にはいられない。

(でも・・・普通のカップルってこんな感じなのかな)

コハクに手を引かれながら歩く。
背中を見ると白いシャツから紋様が透けて見えた。

(お兄ちゃんが髪伸ばしてたのって、これを隠す為だったのかなぁ)

「・・・着いたよ」

コハクが足を止めた。

少し先にラリマーの神殿が見える。

「・・・ホントは行かせたくないんだけどね」

苦笑い。コハクはヒスイの額にキスをした。

「・・・気をつけて」

「うん」

もう時間がない。

ヒスイは神殿の方へ向きを変えた。

「ヒスイ」

「ん?」

「ケルビムの話をよく聞いて」

「ラリマーの話を?」

「そう、できるだけ会話をして。まずはお互いを知るところから始めるんだ」

「???」

コハクが何故そんなことを言ったのか、ヒスイにはわからなかった。

ヒスイはその言葉の意味を、コハクと別れてからもしばらく考えていた。

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