世界はキミのために

59話 至高の宝石

   

「ラリマー・・・」

ヒスイは呟いた。

“ラリマーという名前の男に気をつけて・・・”

イズを通したコハクの言葉が甦る。

(この人のこと・・・なの?)

「コハクは、天界で私が保護しています」

(お兄ちゃんを・・・保護?)

疑わしい言葉だった。

それでもコハクの名を出されては、無下にはできなかった。

前もった忠告もあまり意味を成さない。

「あなたにとても会いたがっている」

「私だって会いたい!!」

ヒスイは夢中になって叫んだ。

「・・・会わせて差し上げましょう」

「!!?」

(お兄ちゃんに会える!?本当に!?)

「でも・・・」

簡単に会えるはずがないのだ。

もしそんな方法があるのならコハクがとっくに実行しているはずだ。

「もちろん、リスクはある」

そう言われて逆にほっとしたぐらいだった。

「・・・何なの?」

ヒスイはすでにリスクを負う気になって訊いた。

「“魔石”のシステムは知っていますか?」

「魔石のシステム?」

魔石使いの端くれでありながら、その成り立ちについてはほとんど知らない。

「魔石封印とは人間が編み出した呪縛の呪い。人間以外の生物は例外なく石に封印される・・・。しかしそれには強大な魔力と緻密なコントロールが必要なので、よほどの術者でないと魔石を造り出すことは不可能ですが」

(シンジュはお兄ちゃんが魔石にしたのよね・・・そういえば)

「ヒトに近い姿をしている生き物ほど、封印は難しい。我々天使や、あなた方吸血鬼は、石にされることなどまずない。ですが・・・」

ラリマーはヒスイに視線を留めた。

「私なら、できる。あなたを石にすることが」

「石!?私・・・が?」

「力の衰えたコハクにはできないことです。魔石として私に属すれば、共に天界へゆける。たとえあなたが闇の生き物でも」

「!!!」

(私が魔石になれば・・・天界へ行ける!?)

「上でコハクが待っていますよ」

ラリマーは天空を仰いだ。

「ご心配なく。私はあなた方の味方です。たとえ誰が、何と言おうと」

  

「で、リスクっていうのは・・・」

ヒスイはあえて質問した。

魔石になるということがどれだけ危険なことなのか知っていながら。

「あなたも石を扱うものならわかるでしょう?」

「・・・マスターと離れられない・・・」

「そう。そしてマスターは私」

「・・・・・・」

ラリマーの言っていることは筋が通っている。具体的、かつ現実的だった。

(気をつけろと言われているのに)

目の前の誘惑には勝てない。

じっとラリマーの瞳を覗き込んだ。

淡く澄んだミントグリーン・・・悪人の瞳とは到底思えない。

(過去で見たときと同じ目・・・。あの時と同じ気持ちでいるのなら・・・このヒトを主にしても大丈夫だ)

ヒスイは結論をだした。

「なるわ。石に。天界へ連れて行って。今すぐ」

「わかりました」

ラリマーは呪文を唱え始めた。

ヒスイは左手の薬指から王家の指輪を外した。

「・・・ごめんね」

カツーン。

指輪が白い石畳の上に落ちた。

コツンと、同時に小さな音がした。

指輪の隣に萌葱色の石。

ラリマーはその石を拾い、唇に当てた。

「・・・よろしく。最強の切り札・・・魔石・翡翠」

   

[お前・・・っ!!ヒスイに何をしたっ!!]

(・・・お兄ちゃんの・・・声・・・。怒って・・・る?)

[そんなに恐い顔をすると、この子が怯えますよ、セラフィム]

ラリマーの声。

二人が何を話しているのかは全くわからない。

(・・・天使・・・語・・・?)

ヒスイの視界がだんだんと明るくなった。

しゃぼん玉の内側のような、何もない球状の空間・・・。

半透明で、その膜は硬い。壁と呼べる程。

「お兄ちゃん!」

壁越しにコハクの姿が見える。

ヒスイはいつになく興奮して、バシバシと壁を叩いた。

「お兄ちゃん!お兄ちゃんっ!!」

コハクは足を太い鎖に繋がれていた。

そして、見慣れない服を着ている。
薄い布を無造作に体に巻いただけの、本で見た天使の服装と同じだった。

「ヒスイ・・・っ!!」

コハクがヒスイを見た。

「出して!!ここから!!」

ヒスイはラリマーに激しく訴えた。

「・・・仕方ありませんね」

ラリマーはヒスイの訴えに応じ、ヒスイを石から呼び出した。

ヒスイを取り囲む壁がすうっと消えていく・・・。

「ヒスイ!!」

コハクは手を伸ばした。

「お兄ちゃんっ!!!」

ヒスイもコハクに近づこうと必死になった。

「・・・まだですよ」

ラリマーが勢いよく鎖を引いた。

その鎖はヒスイの首から伸びている。

「!?」

ヒスイは首輪をされていた。

いつの間にか服まで変わっている。

[・・・そんなに僕を怒らせたいの・・・?]

コハクの怒りは静かに燃え上がる性質だった。
こうなると声を荒げている時よりもずっと怒っている。
ラリマーは当然そのことを知っていた。

[言った筈です。私はあなたの敵ではないと。]

[・・・敵だ。]

コハクはラリマーを睨み付けた・・・が、すぐさま視線はその隣にいるヒスイに奪われてしまった。

(・・・か、かわいい・・・)

首輪が・・・似合っている。
黒い魔女っ子風のワンピースが更にそれを引き立て、見事コハクのツボにはまった。

あの鎖を引くのが自分だったら・・・邪道な妄想で頭が一杯になり、動きが止まった。

「おにい・・ちゃん?」

硬直するコハクにヒスイが呼びかける。

「あっ!ご・・・ごめん!」

「?何で謝るの?」

「え?あ・・・そうだね。そうだよね・・・。何でもないよ。うん」

「・・・・・・」

ラリマーはにやりと笑った。

[どうですか・・・?]

[どう・・・って・・・。]

[これでも“敵”だと?]

[!?]

(まさか・・・わざとやってるんじゃ・・・)

ラリマーの意図が掴めない。

「・・・行きますよ」

ラリマーがヒスイの鎖を引いた。

「痛っ!何するのよ!!」

ヒスイはその扱いが気にくわないらしく、ラリマーに怒りを向けた。

「やだっ!行かないっ!!」

怒りながら、首輪に手をかけ抵抗する。

「・・・ケルビムの言うことをきいて、ヒスイ」

コハクが言った。

「たぶんそんな無茶は言わないはずだから・・・ね?」

優しくそう言い聞かせる。

(変に逆らって石に閉じこめられたらまずい。かなり)

ラリマーは思案に暮れるコハクを見て小気味よさそうに笑い、ヒスイを抱き上げ、飛び立った。

「お兄ちゃんっ!!」

ヒスイは涙目になっている。触れることすら叶わぬ再会・・・。

「大丈夫。すぐ自由にしてあげるからね」

コハクは去りゆくヒスイを見上げ、笑顔でそう言った。

(早く所有権を移さないと・・・。いつまでもあいつのものになんてしておくものか)

  

ラリマーはヒスイを自分の神殿へ連れ帰った。

神殿のつくりはコハクの神殿と殆ど変わらない。

「申し訳ないことをした」

「え?」

謝りながら、ラリマーはヒスイの首輪を外した。

「え?え?」

「セラフィムにはこのほうが効果があるので」

天界では、コハクの事を名前で呼ばなかった。

コハクも然りだった。

(この二人って・・・ひょっとして・・・仲悪いのかな・・・でも・・・)

騙されたとは思いたくない。

(たぶん何か考えがあって・・・)

ヒスイは探るような目でラリマーを見た。

「・・・あなたにはセラフィムの子供を産んでもらいます」

「はぁ〜っ??」

考えたこともなかった。

なにせ自分がまだ子供なのだ。

「その子を新たな“神”とする」

「・・・・・・」

ヒスイは開いた口が塞がらなかった。

「・・・なんで神様が欲しいの?」

「・・・今の我々は何の目的も持たない。かつて人間を愛し導いてきた、あの頃のような精神はなく、天使達の大半が、我こそ正義、人間よりも優れた存在などという乱れた思想を抱きつつあるのです」

「・・・・・・」

(・・・もしかしたらこの人が一番、天界と仲間のことを考えているのかもしれない・・・)

ヒスイはそんな風に感じた。

「あなたは・・・」

「ん?」

「私を恨んでいるでしょう?半分は騙したようなものですから」

魔石になったヒスイを利用し、コハクを脅す。その為に連れてきたのだ。

ヒスイも薄々それに気が付き始めていた。

「・・・騙されるのには慣れてるの」

コハクに騙されてばかりなのだ、いつも。

騙される事に慣れてるなんて、自慢できることじゃないなぁ・・・と思いつつヒスイは笑った。

「そりゃあ、まったく何も思わないわけじゃないけど、私からすれば、好きでもない人の子供を産めって言われるよりは、大好きなお兄ちゃんの子供を産めるほうがずっといいじゃない。無茶苦茶な提案だとは思う。だけどそれは、恨む恨まないの問題じゃないわね」

「・・・・・・」

「ねぇ、ラリマーはお兄ちゃんのこと、好き?」

「敬愛していますよ」

ラリマーは意外なほど素直に答えた。

「・・・昔のお兄ちゃんってそんなに凄かったの?」

「ええ。それはもう。素晴らしい天使でした。それが・・・何がどうなってあんな風になってしまったのか・・・理解に苦しみます」

ヒスイはにこっと笑って自信満々に言った。

「でもきっと、今のほうがずっと幸せそうな顔をしているはずよ」

  

一夜目。

「お兄ちゃんっ・・・!!」

ヒスイはコハクのもとへ駆け寄り、首元に抱きついた。

「ヒスイ・・・」

コハクも強くヒスイの体を抱き締めた。

ヒスイの肩越しにラリマーの姿があった。

[わかっていますね?セラフィム。]

[・・・ヒスイが僕の子供を身籠もれば所有権を譲る・・・と。]

[あるいはあなたが“神”となるか。]

[冗談じゃない。断る。]

[ならば子供を。]

[・・・・・・。]

(・・・何を話してるんだろう・・・)

二人とも感情を顔に出さなかった。表向きは穏やかな会話をしているように見える。

ラリマーはコハクの足を拘束していた鎖を外した。

[どのみちあなたはここを動けない。]

[・・・君の心遣いに感謝するよ。]

 

(まぁ・・・いっか。とりあえず今は・・・)

ヒスイは深く考えるのを止め、コハクの腕のなかで、身も心も溶けるような心地よさを味わっていた。

  

「では明朝迎えにきます」

ラリマーはコハク・ヒスイ両者にそう言い残して、去った。

待望の瞬間だった。

二人はまずキスを交わした。

熱く、甘く、長いキス。

ヒスイは嬉し泣き寸前だった。

「おにいちゃん・・・おにいちゃん・・・」

二人はなかなかキスを止められなかった。

やっとの思いでヒスイが言葉を発する。

「お兄ちゃん・・・私ね・・・」

コハクに話さなければならないことがたくさんあった。

オニキスのこと、ラリマーのこと・・・

「・・・いいよ。何も言わなくて」

「でも・・・」

「・・・こうすれば、すぐわかる」

コハクはヒスイをその場に押し倒した。

「ごめんね。ベッドまで我慢できない」

  

一度床の上で愛し合ってから、コハクはヒスイをベッドまで運んだ。

「・・・ぅ・・・」

「・・・我慢しなくていいから、声だして。ヒスイ」

「や・・・恥ずかしい・・・もん」

「恥ずかしいヒスイが見たいの。だから、声を聞かせて」

「ん・・・っ。あっ・・・や・・・」

一度目は優しかったコハクも二度目は違っていた。

「おに・・・ちゃんの・・・いじ・・・わる」

ヒスイは顔だけでなく全身が火照っている。

「うん」

ヒスイの言葉にコハクは笑顔で答える。
意地悪と言われても否定はしなかった。
快楽で理性が飛んでいるようにも思えない。

「ねぇ、ヒスイ。僕のこと・・・好き?」

はあっ。はあっ。

ヒスイは息があがっている。

「好き?ちゃんと答えないと・・・こうしちゃうよ?」

コハクは長い指でヒスイの入り口を広げ、強引にヒスイのなかへ押し入った。

「あふ・・っ。す・・・すき・・・。おにいちゃんが・・・すき」

ヒスイは自分で何を言っているのかわからなくなりかけながらもそう口にして、それから逆に尋ねた。

「おにい・・・ちゃんは・・・わたしのこと・・・すき?」

「好きだよ。昼のヒスイも、夜のヒスイも」

美しい微笑みで、コハクは答えた。

[誰にも渡さない・・・。全部僕のものだ・・・。]

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