世界に愛があるかぎり

1話 アイ・ラブ・シスター

   

「え?魔界島?」

「うん。そう。ゆうべヒスイが寝た後、カーネリアンさんが来て教えてくれたんだ」

魔界島・・・100年に一度、人間界の海上に出現する地底の孤島。

「行ってみる?」

コハクがヒスイにお茶を出す。

ヒスイはティーカップを受け取ってすぐ口をつけた。
大好きなミルクティーだ。
熱くても構わない。

「あちち。でもおいしい〜」

ヒスイはふぅふぅと息を吹きかけながら飲んでいる。

「何しに行くの?」

かなりのインドア派であるヒスイ。
コハクに連れ出されない限り自分から外出することはほとんどない。

「バカンスに」

コハクは笑った。

「魔界島・・・なんて言うけど、綺麗なところらしいよ。島の周辺はとても暖かくて冬でも泳げるし。何より、島全体が紫外線を遮断する層に覆われてるから、日に焼けないんだって」

日に焼けない・・・これは吸血鬼にとって重要なことだった。

ヒスイも例外ではない。

「へぇぇ〜っ」

「悪魔でもここなら普通に海水浴できるんだ!って、カーネリアンさんが張り切っていたよ」

「百年に一回かぁ・・・」

「そ。折角だから行ってみよう。メノウさまもオパールさんも来るって・・・オニキスも」

「ふう〜ん」

“オニキス”の存在に敏感になっているのはコハクだけだ。

「お父さんに会えるんなら行ってもいいかな」

ヒスイのなかの優先順位。オニキスはメノウ以下だった。

「あ・・・でも水着なんてないよね」

「心配ご無用!ちゃんと準備してあるよ」

コハクはウインクして言った。

「じゃ〜ん!」

そしてどこからともなく水着を取り出してみせた。

「え・・・?」

驚きが隠せないヒスイ。

「おにいちゃん?それ・・・子供用だよ?」

「いいんだ。これで」

(ヒスイのセクシー水着姿をオニキスなんかに見せるもんか!)

コハクがにやりと笑う。

「・・・・・・」

コハクの企みにヒスイはピンときて身構えた。

(アレ、する気だ。お兄ちゃん・・・)

「ヒスイ〜」

「な、なに?」

「えへへ」

にこにこしながらコハクがヒスイの手首を掴んだ。と、同時に

ぐいっと自分のほうへ引き寄せ、唇を重ねる・・・。

「んっ・・・」

(う・・・吸い取られてるカンジが・・・)

コハクの十八番。

魔法のキス。

特殊なキスをすることで、ヒスイを子供にも大人にもできる。

ヒスイを大人にすれば自分が若くなり、子供にすれば自分が老ける。

肉体年齢の貸し借りをする不思議な魔法だ。

「ふっ。ふっ。ふっ」

コハクはご満悦だ。

「・・・・・・」

ヒスイは言葉を失っている。

コハクの行動は予測していたこととはいえ、海で泳ぐ為に子供に戻される意味がわからない。

「うん。可愛いv」

コハクは幼いヒスイに水着をあてた。
裾がひらひらとしているピンクの水着はヒスイによく似合っていた。

コハクの目に狂いはない。

「・・・ま、いっか」

子供の姿にコンプレックスを持っていたヒスイも最近ではすっかり丸くなり、見た目にこだわらなくなっていた。

(この水着、可愛いし)

声にこそださなかったが、ヒスイもコハクが選んだピンクの水着を気に入った。

  

魔界島。

 

ぎゃはは!!

待ち合わせの場所で顔を合わせた途端、カーネリアンが爆笑した。

メノウも一緒になって大笑いしている。

「ちょっとコハク!これ、ヤバイって!!」

カーネリアンは大胆なビキニをさらりと着こなしている。

「ホント。ホント。まさかここまでやるとは思わなかったよ」

メノウも水着に着替えていた。笑いすぎて涙目になっている。

『相変わらずの変態ぶりだ』

と二人は声を合わせて言った。

オニキスとオパールはあまりのことに絶句状態だ。

「お兄ちゃん!!」

ヒスイは青筋をたてて怒っている。ここ最近で最も腹立たしい事件だ。

「間違って持ってきたって何よっ!!これっ!!」

さすがのヒスイも自分が笑われている意味を理解できた。

紺のスクール水着なのだ。

平らな胸のあたりに“ヒスイ”と書かれた白い布がでかでかと縫いつけられている。

ヒスイは心の底から泣きたくなった。

「大丈夫。可愛いわよ」

笑いの中心になってしまったヒスイをオパールが庇う。

ヒスイは長い髪を高い位置で両結びにし、両手で大きな浮き輪を持っている。
そして背中には金色の小さな羽根がある。

もちろんコハクのコーディネイトだ。

「お兄ちゃんのばかっ!!」

ヒスイは小さな拳でポカポカとコハクを叩いた。

「もうっ!もうっ!もうっ!!」

コハクはそれすらも嬉しそうにしている。

「ははは。ごめん。ごめん」

(・・・変態の極みだ・・・)

オニキスはコハクを黙視して、これ以上ないくらいの深く長い溜息をついた。

  

「あら。泳がないの?」

「そういうオパールさんこそ」

コハクは浜辺でバーベキューの準備をしていた。

コハクもオパールも水着には着替えていない。私服のままだ。

「見せたくないものがある、って訳ね」

「そうですね。お互い」

二人は微笑み合った。作り笑い対決だ。

「・・・いいの?あれ」

オパールが海辺を指さした。

見ると、ヒスイがオニキスに泳ぎを教わっていた。

両手を引かれ、足をばしゃばしゃさせている。

その横でカーネリアンが豪快に泳いでいる。

メノウは砂に埋まって昼寝中だった。

「手は打っておきましたから」

コハクは落ち着いている。

「アレは確かに引くわね・・・普通の男なら」

「そうそう。僕みたいなのならともかく、オニキスが変な気を起こすことはまずないでしょう」

「あら、でも私は好きよ?ああいうの」

「え・・・?」

コハクは意外そうな顔で、目をぱちくりさせた。

くすり・・・とオパールが笑う。

「ふふ。私が男だったら食べちゃいたいぐらい」

「それは残念でしたね」

コハクも負けてはいない。冗談だとわかっていても、聞き捨てならないセリフだ。

「あなたが男だったら、オニキス以上に手強いライバルになりそうだ」

あり得ないことですが、とコハクは余裕たっぷりの冗談で返した。

 

夕日が海に沈みかけている。

驚くべきことに魔界島には水道があった。蛇口を捻ると普通の水が出る。

コハクは蛇口にホースを繋げてヒスイの体を洗おうとしていた。

しゃがみ込んで低い姿勢をとり、ヒスイを見上げている。

「楽しかった?」

「うん。お兄ちゃんも一緒だったらもっと良かったのに」

「カナヅチなんだ。僕」

「嘘」

「・・・・・・」

(最近スルドイな・・・)

どうも嘘を見破られてばかりのような気がする。

コハクは少し困った顔で笑った。

「背中の・・・せいでしょ」

ヒスイはコハクが泳がない理由を察していたが、小さく呟いたきりそれ以上は追及しなかった。

「もっとこっちへおいで」

「うん」

ヒスイはコハクの肩に両手を乗せた。いつもよりずっと目線が近い。

「焼けてないね」

コハクが水着の肩ひもをずらす。

日焼けの跡は全く残っていない。

ヒスイの肌は真っ白なままだ。

コハクは周囲を確認した。人影はない。

「ちょっと冷たいかもしれないけど・・・」

そう言って、ヒスイの水着を脱がせ、頭からつま先まで丁寧に水で流す。

ヒスイは当然のようにコハクに身を任せている。

「・・・かわいいね」

「え?」

「ちっちゃいムネ」

「!!!」

ヒスイは一瞬で真っ赤になった。

「早く元に戻して!」

「そうしようかと思ってたけど、気が変わった」

  

「だ・・・だめだよ・・・この体じゃ・・・」

葉の大きな南国植物の影で、コハクがヒスイを抱き締める。

口だけの抵抗。体はもうコハクの好きにさせている。

「つまんない・・・でしょ。ムネないし・・・」

「そんなことないよ」

コハクは優しく微笑んでヒスイの言葉を否定した。

ヒスイの小さな体に体重をかけないように気をつけながら、ゆっくりと覆い被さった。

「あ・・・っ」

いつもなら揉むところを、そっと撫でてはくちづける。

「ホント言うとね、こっちのほうがスキなんだ」

「んっ・・・な・・・んで?」

「“僕の”って感じがするから」

言われてみればそうかもしれなかった。

コハクと共に過ごした時間はこの姿のほうが長いのだ。

「・・・なら、いいよ。このまま・・・お兄ちゃんのものだって、好きなだけ確かめて・・・」

 (ん?あれ?)

コハクの動きが鈍い。

見ると少し顔が赤かった。

「・・・ヒスイが小さいと僕のほうが興奮しちゃって・・・まずい・・・かも」

「やっ・・・もう変なこと言わないで・・・」

恥かしがって顔を背けようとするヒスイを強引に自分のほうへ向かせ、濃厚なキスをする。
唇も、絡める舌も、何もかも、小さく愛おしい。

コハクは官能の息を洩らした。

「だってほら・・・ヒスイのここがこんなに小さいから・・・」

「あ・・・っ。んんんっ」

ヒスイは懸命にコハクを受け入れようとしている。

その姿がまた愛らしく、コハクをたまらなく興奮させた。

「動かしたら・・・壊れちゃいそうでしょ・・・」

「あ・・・ん。あぁん」

子供の体のはずなのに、いつもより淫らなヒスイの声。

「う・・・ごめん。僕・・・もう・・・だめ・・・」

  

「あ!いた!いた!」

ヒスイが息を弾ませてオニキスのほうへ駆けてくる。

スクール水着から解放され、大人の姿に戻っていた。

真っ白なワンピースが夜の闇に淡く浮かび上がって見える。

「もう帰るんでしょ?」

「ああ」

オニキスが背負うのは満天の星空。
ヒスイはオニキスと星空を同時に見上げた。

「血、飲んどく?」

ヒスイの用件・・・オニキスに血を与える為に来たのだ。

顔を合わせる度に血を飲ませようとするのは、ヒスイなりに気を遣ってのことだった。

それは、嬉しい。

しかし今夜はあまりその気になれなかった。

ヒスイからコハクの匂いがする・・・眷族になってからというものやたらと鼻が利く。
皮肉なくらいに。

ヒスイの首筋にうっすらと残されたくちづけの跡を見ると、なかなか決心がつかない。

(・・・わざとだな)

すべてヒスイがここにくることを見越しての行為だ。

「・・・とことん性格の悪い男だ・・・」

一日じゅう牽制されっぱなしだ。

「ん?何か言った?」

「いや・・・。こっちへ」

目の前のご馳走をみすみす逃すほどオニキスも若くはない。

「うん」

ヒスイを抱き込み、いつもの場所を舐める。

(・・・もうこの辺りはコハクに舐められたあとだろうな)

そんなことをぼんやりと考える。

(・・・何を馬鹿なことを考えているんだ、オレは)

自分のものでないことなど承知の上だ。

湧き上がる思いを振り切るかのように、がぶりとヒスイに噛みついた。

血は最高に美味い・・・が・・・

(・・・胸焼けしそうだ・・・)

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