世界に愛があるかぎり

5話 服従の本能

   

「え?なんで私、参加メンバーじゃないの?」

ヒスイはリーダーであるコハクに異議を申し立てた。

コハクが参加メンバーの名前と種族・能力を紙に書きだすのをすぐ側で見ていたのだ。
しかし、いくら待ってもヒスイの名前は出てこなかった。

「ヒスイはだめ」

コハクは全く取り合う気がないようだ。

「・・・弱いから?」

シンジュもいなければ、たいした魔法も使えない。

体の大部分が“天使”になったことにより“銀”の能力は失われ、今ではもう血を吸った相手の能力を自分のものにすることはできない。

(・・・確かに何の取り柄もないわ。私)

冷静に自分を分析しても、こういう時のセールスポイントが全くなかった。

「そういう問題じゃないよ。とにかくだめなものはだめ」

コハクの口調はいつになく厳しい。

「ヒスイは戦わせない。武器も持たせない。留守番決定」

「じゃあ、私、何のためにここにいるの!?」

「僕のため」

コハクが断言した。

にこやかだが、目は本気だ。

それからヒスイの手をとって、そっと口づけをした。

(・・・この手が・・・血で汚れるなんて許さない)

  

「・・・何だ、その顔は・・・」

ヒスイはぶす〜っとした顔で頬杖をついている。

本拠地の2F。

メンバーが集まる広間。

壁際にある古びたテーブルと椅子。

ヒスイの指定席。

オニキスは向かいの椅子に腰掛けた。

「・・・私、参加メンバーじゃないんだって」

「・・・・・・」

「私よりずっと小さい子が戦うっていうのに、よ?」

ファントムの平均年齢は低い。

親に捨てられたり、親を殺されたりした孤児が多いためだ。

「・・・お前とは背負っているものが違う」

「・・・そうね」

ヒスイは少し先で皆に囲まれているコハクを見た。

「・・・妬けるか?」

コハクを囲んでいるのは男のメンバーばかりではない。

近くで顔を赤くしている女性メンバーの姿も多数見受けられる。

「ちょっとね」

ヒスイは髪を掻き上げて笑った。

「ねぇ、あの中にいいコいないの?」

「さあな」

オニキスはまるで無関心だ。見向きもしない。

ヒスイは笑った。

「?何だ?」

「私がひとりでいると、いつも来てくれるでしょ。ひょっとして気をつかってくれてるのかな・・・って」

「別に・・・」

そう言いかけて、オニキスは言葉をかえた。

「・・・眷族、だからな」

「・・・飲む?」

突然の誘惑。オニキスは軽く首を傾げた。

「何だ・・・突然・・・」

「ちょっと嬉しかったから」

「・・・・・・」

「私がオニキスにしてあげられることってこれぐらいしかないし」

ヒスイは、自分の言葉がどれだけオニキスを喜ばせているかわかっていない。
昔から・・・そうなのだ。

「・・・手を」

オニキスは照れ隠しに瞳を伏せた。

「?手?」

ヒスイは右手をオニキスに預けた。

「・・・飲むぞ」

「え・・・ここで?」

「・・・問題ない。ここにいる殆どが人外だ」

「あ、そっか」

右手の人差し指がちくりとした。

オニキスは指先から血を吸い出した。

「それじゃいくらも吸えないでしょ?いいの?」

「・・・これでいい」

少しでも長く触れていたい。

オニキスはいつもよりも時間をかけてヒスイの血を吸った。

「・・・眷族って、たぶん家族みたいなものだと思うの。だから・・・オニキスはひとりじゃないよ」

両親を亡くし、兄弟もいない。

大袈裟な言い方をすれば、涙か出るほど嬉しい言葉だ。

オニキスは口に含んだヒスイの指を必要以上に舐めた。

(しかし・・・跡継ぎがいない・・・)

メノウをヒスイだと思っている臣下達は今か今かと待ちわびている。

考えれば考えるほど頭が痛い。

オニキスの悩みをよそに、指先がくすぐったいと言ってヒスイが笑った。

  

(な・・・何なんだぁ〜!!アレは!!)

ヒスイとオニキス・・・他者を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。

ヒスイがオニキスに血を与えるのは仕方のないことだとわかっていても気にくわない。

(指から吸うなんて聞いてないぞ!!)

ヒスイの指をくわえるオニキスと目が合った。

“ひとりにしておく方が悪い”と言わんばかりに鼻で笑って、

ヒスイの血を吸い続けている。
コハクの視線は無視だ。

「・・・・・・」

コハクはむかむかしながら、オニキスがヒスイから離れるのを待った。

  

「ヒ〜ス〜イ〜」

「?何?お兄ちゃん」

親睦会ということでメンバーが集まり、ワイワイと賑やかにやっている最中だった。

コハクが人波を掻き分けヒスイのところへやってきた。

長方形のフロア・・・その奥には側面が壁に沿って並べられた本棚が3つあり、どちらの面からも本が取れるように空間を利用した配置がされている。
更にその奥はバルコニーに繋がっていた。

「こっち。こっち」

コハクはヒスイを本棚の影に連れ込んだ。

(今日は逃がさないぞ)

下心が見え見えの行動であるにも関わらず、ヒスイは疑うことなくついていく。

「?どうしたの?主役がこっちきちゃだめじゃない」

嫌味を言うつもりはなかった。
が、なんとなく面白くないと思っていたのも事実で、ヒスイはついそう口にしてしまった。

「大丈夫だよ。もう大体把握したから。ごめんね、寂しい思いさせて」

コハクは優しくヒスイの頭を撫でた。

頭を撫でられるのは、だっこ、キスに続き3番目に好きだ。

ヒスイは嬉しそうにしている。

そして何気なしに言った。

「でもね、オニキスが・・・」

「ん?」

コハクは手を止めて聞き返した。

「あ・・・何でもない・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

気まずい空気が流れた。

それを打ち破るかのような明るい口調でコハクが言った。

「ね、ヒスイ。壁に手をついて立ってみて」

「?こう?」

「う〜んと・・・もうちょっと右のほうに寄って」

「こんなカンジ?」

「そうそう」

コハクはヒスイの後ろに立った。

そして突然、ヒスイの口に親指を覗く4本の指を突っ込んだ。

「ふがっ!?」

「・・・ここでは声だすの我慢してね。してること皆にバレちゃうから」

「!!?」

モゴモゴと必死で口を動かすヒスイ。何を言いたいかはわかる。

「ごめんね。急にこんなことして」

「ん〜っ!!!」

ヒスイが唸る。

「・・・やきもち妬いちゃったんだ。ヒスイは僕のものだって確かめたくなった」

率直に気持ちを述べて、スカートに手を滑り込ませる。

そのまま迷うことなく下着のなかに指を入れた。

「ほにぃひゃん・・・」

ストレートなコハクの言葉に、ヒスイは大人しくなった。

コハクはヒスイの口から指を出した。

もちろん下にやった手は止めない。

「・・・汚れちゃう・・・よ」

ヒスイが息を洩らした。

「いいよ。いっぱい・・・汚して・・・でも・・・」

コハクはヒスイが逃げないとわかって一旦指を引いた。

「これは僕の好きな汚れ」

そう言って笑い、自分の指を舐める。

「・・・ヒスイを穢していいのは僕だけだ」

コハクはヒスイを背中から強く抱き締めた。

「・・・うん」

小さな声でヒスイが返事をした。

  

「・・・っ・・・」

ヒスイは歯を食いしばり、声を漏らすまいと必死になっている。

(こんなとこ・・・誰かに見られたら・・・)

ミニスカートでは何ひとつ隠せない。

もはや言い訳できない状況に陥っていた。

「・・・気持ち・・・いい?」

コハクが耳元で囁く。

「・・・うん」

「じゃあ、もう少し奥に入れるね・・・指だけど」

「う・・・ん」

「終わったら部屋に戻ろう。キレイに洗ってあげるから・・・大丈夫だよ」

  

「んなっ!!」

カーネリアンは向かいの鏡を凝視した。

「あのバカ!姿が見えないと思ったら何やってんだい!!」

「あ〜あ。見事に犯されてるね、ヒスイ」

メノウが一緒になって鏡を覗き込む。

「ああ見えてもヒスイはコハクに絶対服従だから。たぶん何されても逆らわないよ」

「あ〜・・・そうかもねぇ」

以前ヒスイが言っていた言葉を思い出しながら、カーネリアンが頭を掻いた。

「実に従順なお姫様だよ。あの子は」

「まぁ、本能で・・・ってトコロもあるから。仕方ないかな」

意外な言葉・・・カーネリアンはメノウを見た。

「本能、だって?」

「“銀”の女はさ、強い男が好きなんだよ。ほら“銀”は体が弱いし、数も少ないでしょ。だから本能で強い遺伝子を欲しがるんだ。そういう風にできてる」

「成る程ねぇ・・・」

その“銀”に選ばれた男が言うのだから間違いはないだろう。

「コハクは強い。ヒスイにはそれが本能でわかるから、服従する。だけどもちろんそれだけじゃない」

メノウは昔を懐かしむように笑い、言った。

「そこにはちゃんと愛があるんだ」

  

「それはわかったからさ!隠すの協力しなよ!オニキスも!!」

カーネリアンは鏡の前に立った。
貴族が姿見に使用していた大きな鏡だ。

一人では隠しきれない。
強引にオニキスを隣に並ばせる。

「誰かにあんなとこ見られたらオオゴトだよ!!まだ小さい子だっているんだからね!!何やってるの?って聞かれたら何て答える気だい!?」

「いいじゃん。教えてやれば。あれ、わざとだし。見せるつもりでやってるんだから」

メノウがにやりと笑って仄めかす。

「誰かさんに見せつけるためだと思うよ。さっきのが相当頭にきたんだろうねぇ」

メノウは何でも知っている。一体どこで見ていたというのだろう。

「あいつにとっちゃさ、タチの悪い相手なんだよ。キミは」

メノウはこの事態を楽しむかのように、解説を始めた。

「どんなにヒスイの近くにいたって、欲しがらないだろ。だから潰せないんだ」

「・・・・・・」

「もしキミがどんな手を使ってでもヒスイを自分のものにしようとするんなら、あいつも容赦はしない。けどさ、なんか微妙じゃん?キミとヒスイの関係って」

「・・・・・・」

「キミがどうしたいのか、どうしようとしているのか、わからないわけ。だから牽制するのが関の山。そゆこと」

「・・・・・・」

オニキスは不甲斐ない気持ちになって沈黙した。

(どうしたい・・・?そんなものオレにもわからん)

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