世界に愛があるかぎり

12話 コハクの厄日

   

ぬちゃ。ぬちゃ。

「お・・・にいちゃん・・・」

「・・・ん?」

途切れがちなヒスイの言葉を優しく聞き返すコハク。

「・・・何これ」

  

「トップアップジェルだって」

コハクは城下町の夕市で偶然見つけた品をさっそく試していた。

“塗ってマッサージ。ハリのある美しい胸元に整えます。”

「最近ちょっとヒスイのお手入れを怠っていたからね」

そうは言っても、爪磨きと髪のトリートメントは欠かさない。

ヒスイが群を抜いて美しいのはコハクの影の努力によるところも大きかった。

「入浴後や下着をつける前の清潔な肌に、手のひら全体でバストの外側から内側を包み込むように・・・っと」

ヒスイを入浴させた後、裸のまま膝の上に座らせて後ろから手をまわし、傍らに置いた説明書を読みながら、ジェルでベトベトになったヒスイの胸を揉む。

「いいよ。そんなの。誰に見せる訳でもないんだから・・・」

「だ〜め。僕が見るでしょ」

「それは・・・そう・・・だけど・・・んっ」

コハクは両手に力を込めた。

「な・・・んかこれ・・・困る・・・」

ヒスイが赤い顔で俯く。

「くすっ。感じちゃう?」

「う゛〜っ・・・」

「動いちゃだめだよ。じっとしてて」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・マッサージ、気持ちいいんだ?ああ、こんなになっちゃって」

「・・・わかってて・・・やってるでしょ・・・」

確信犯だ。両方楽しむつもりでいる。

「ん・・・」

ジェルが付いたままの指をヒスイの股に滑り込ませる。

ヒスイもコハクの指が入ってくるのはわかっていたし、体はそれを待っていた。

「これじゃ、どっちがどっちだか・・・わからないね」

あっちもこっちもベタベタだ。

「・・・僕、服着たままだけど・・・いい?」

コハクは体勢を変えた。ベットでヒスイの上になる。

「ふ・・・っ・・・うぅん・・・」

指の次にくるものをヒスイは素直に受け入れた。

ゆっくりとコハクが入ってくる・・・理性をなくしてしまう前に言っておきたいことがあった。

ヒスイはコハクのシャツを掴んで懸命に訴えた。

「・・・んっ・・・ね、おにい・・・ちゃん・・・」

「ん?痛い?」

「ううん。あの・・・ね。お願いが・・・あるの」

「いいよ。言って」

コハクは優しくヒスイの頬を撫でた。

「あした・・・わたしも・・・いきたい・・・」

「・・・考えておくね」

ヒスイの“お願い”に、コハクは爽やかな笑顔で答えた。

「・・・うん・・・あ・・・あっ・・・はあっ」

いつものように内側を散々コハクに掻き回されて、痺れるような快感と共にヒスイの一日は終わった。

  

翌朝。

(・・・まさかいきなりコレを使うことになるなんて・・・)

ヒスイは腕輪を天に掲げ叫んだ。

「チャロ!お願い!力を貸して!」

悪魔召喚というよりはランプの精の呼び出しだ。

ドロン。という音と共にチャロが姿を現した。

「なっ・・・なんじゃ、その姿は・・・」

「・・・・・・」

「・・・我へのサービスか?」

「違うわよ!おにいちゃ・・・恋人に洋服全部隠されたの!」

「なんと!面白いことをする男もいるものじゃ!」

「感心してる場合じゃないでしょ!」

洋服を全部隠されて、外側から厳重に鍵が掛けられている。

今日は・・・ファントムのメンバー数人で敵地偵察へ出かける日だった。

(昨日あんなにお願いしたのに!!)

ヒスイは全裸でチャロの前に立っていた。

ジェルは乾いていたが、ベタベタ感がどうにも消えない。

(マッサージなんてもう絶対やらないんだから!!)

ちゅつ。

催促される前に代償を払って、ヒスイはチャロに言った。

「まずは着るものが欲しいわ。それから鍵を」

「お安いご用じゃ!待っておれ!」

  

「・・・・・・」

コハクは椅子の背を前にして座っていた。

ゆらゆらと椅子を前後に揺らして、沈黙。

残してきたヒスイのことを考える。

(ヒスイ・・・怒ってるだろうな・・・でも連れて行く訳にはいかないし・・・)

「!!?うわ・・・っ!」

突然椅子が前のめりに倒れた。

通りすがりのオニキスが足をかけたためだった。

バターン!!

床の抜けそうな音がして、コハクは椅子から放り出される勢いで正面から転んだ。

「・・・・・・」

コハクが無防備でいること自体が珍しい。

オニキスは何気なくしたイタズラがこれほど功を奏すとは思っておらず、内心驚いていた。

「・・・陰湿な嫌がらせはやめてもらえませんか」

椅子を起こしながら、コハクがオニキスを睨む。

打ちつけた鼻の頭が赤い。

「おかしいな。露骨に嫌がらせをしたつもりなんだが」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

相変わらずの険悪ムード。

「・・・ヒスイはどうした」

「軟禁してきました。部屋の外側から何重も鍵を掛けて」

「・・・・・・」

そのことに関してはオニキスも無言の承諾をした。

“ヒスイを戦いに参加させない”

オニキスもまたコハク同様にそう思っていた。

この場にシンジュがいたなら「あなたがたは甘い!」と、どやされるところだ。

カーネリアンは留守がちになり、メノウはラピスに召喚術を教える為に一旦城へ戻った。

今日はあくまで下見だ。

少数精鋭。

コハク・オニキス・・・そしてヘリオドール。忘れもしない、コハクの髪を切り落とした少年だ。種族は人間。職業は魔物使い。

その3人に、カーネリアンの右腕でサブリーダー的役割を担う人狼の青年を加えた全4人で内密に行動する。

悪の根城は、切り立った一枚岩の立ち並ぶ岩場の奥にある。

周囲には何もなく、草の一本すら生えていない。

大地は乾き、ひび割れている。足場も悪かった。

(・・・奇襲はかけにくいな。まずは敵の頭数を調べて・・・)

コハク率いる一行は、閑散としている“悪魔狩り”の拠点を高い場所から見下ろしていた。

「・・・どうせやるなら、徹底的に・・・潰すか」

  

「?なんじゃ、あれは」

チャロがヒスイを抱えて飛んでいる。

(・・・ここが戦いの場になるのね・・・)

ヒスイは岩場の遥か上空から地上の様子を窺った。

「外の世界に出るのは久しぶりじゃ」

眩しそうに目を細めるチャロ。

「たまには健康的に体を動かすのもいいでしょ?えっちなことばかりしてないで」

そう言うヒスイも人のことは言えない。

そっくりそのまま自分に返る言葉と言っても良かった。

そうじゃのぅ。と、空気を大きく吸い込んでチャロが笑った。

「あそこを消せば良いのじゃな?」

「ううん。今日は偵察だけなんだって」

「なんじゃ、つまらんの」

「あ!」

ヒスイは地上の小さな点を発見した。

(・・・4人かぁ・・・)

「あの4人に気付かれないように、もう少し近くへ寄れる?」

「簡単じゃ。しっかりつかまっておれよ」

「うん!」

言われるがまま、チャロの体にしがみつく。

(うへへ・・・可愛いのぉ)

密着するヒスイの体からいい香りがする。

ヒスイが相手だと何故かエロオヤジ的なノリになってしまうチャロ・・・

「もっと強くじゃ!落ちてしまうぞ」

「ん!」

ぎゅっ!とヒスイが腕に力を込めた。

それに比例してチャロの顔が緩むことには気付いていない。

(気が強そうに見えて、実は素直なところが・・・ツボじゃ!)

チャロは一人勝手に盛り上がっていた。

  

(・・・悪魔の気配がする)

コハクは、歩きながらも神経を集中させて悪魔の気配を探った。

「!?」

一瞬コハクの視界にヒスイが入った。

(ヒスイ!?まさか・・・ね・・・)

ヒスイらしきものの姿を見ただけでコハクの集中力は途切れてしまった。

「おい・・・前・・・」

オニキスの言葉が耳に届く頃には遅かった。

「崖だぞ」

「え?うわ・・・っ!!」

余所見をしていたコハクが踏み出した先に、着地点は存在しなかった。

わぁぁ〜っ・・・と、コハクの声が遠くなる。

「・・・随分と派手に落ちたな・・・」

オニキスはあくまで冷静だ。

コハクは崖から真っ逆さまに落下した。

「マジかよ!?ちょっ・・・リーダぁ!?」

ヘリオドールが崖下を覗き込む。

「心配いらん。あいつは飛べる」

ドサッ!バキバキ!

物凄い激突音がした。

人間ならば間違いなく死んでいる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

3人は顔を見合わせた。

「リーダー・・・死んじゃった??」

「いや・・・あいつは・・・このぐらいでは死なん・・・と思うが・・・」

(何をやっているんだあいつは・・・。どうも今日は様子がおかしい)



*敵地偵察メンバー*
コハク/期間限定リーダー
オニキス/実は裏ボス
人狼の青年/サブリーダー的役割
ヘリオドール/コハクの髪を切り落とした少年。
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