世界に愛があるかぎり

11話 ダブルキューピット

   

「驚きましたよ。まさかあなたの弟さんとは」

「私も驚いたわよ」

モルダバイト城。

バルコニーからシンジュとインカ・ローズが並んで空を見上げていた。

黄昏の夕暮れ・・・カラスの鳴く声が聞こえる。

「・・・似てないですね」

「二卵性だから、顔も性格も全然違うわよ」

(そのくせ好みのタイプだけは一緒なのよね・・・)

  

一年ぶりに会った弟。

この城で召喚術を学ぶという。

いいのは顔だけ。

ダメっぷりは相変わらずで、我が弟ながらイライラする。

しかも何!?

熱っぽい眼でシンジュのこと見て!!

あれは絶対ホの字だ。

ふざけんじゃないわよ!!

シンジュが精霊で、はっきりとした性別がないのは知ってる。

(だけど、もしシンジュが女になるなら私が男になる!!なってやる!)

そのくらいの覚悟で片想いしてきたんだから!

譲ってなんかやるもんですか!!

だけど・・・あいつには借りがある。

一年前のあの晩・・・私が城を出る時、追ってきた側近達に反対方向を指してくれたのよね・・・。
別に頼んだ訳でもないのに。

あいつは・・・何も言わずに微笑んで、私が逃げるところを見逃してくれた。

何をやってもダメダメだけど・・・優しい奴。

そんなのわかってる。双子なんだから。

  

「・・・何、百面相してるんですか・・・?」

シンジュが横目で見ている。

「・・・いいとこみんな持ってかれちゃったのよ、あいつに」

「?顔の話ですか?」

「・・・・・・」

(とことん失礼な奴ね・・・こいつも)

インカ・ローズは“ちょっと可愛い”と評されるレベルで、決してブスと言う訳ではない。
それに加え、明るく話し好きな性格のため、異性にはモテる。
城に来てからもうすでに3人の告白を受けていた。

霞んで見えるのは、周囲が美しすぎるからだ。

「私は嫌いじゃありませんよ、あなたの顔」

「え・・・?」

どきん、とローズの胸が鳴った。

「人形のように整った顔ばかり見てきたので、逆にあなたの顔は新鮮です」

「・・・何それ。褒めてんの?貶してんの?」

「さぁ。好きに解釈してください」

「・・・じゃ、褒められたことにしとく!」

踊り出したいくらい嬉しい。

いいムードだ。

(コクるなら今しかない!!)

ローズは告白を決意した。
そもそも告白するかしないかで悩むタイプではない。

「ねぇ、シンジュ」

「何ですか?」

「私と・・・付き合わない?」

「付き合いません」

横向きのまま即答だった。
情け容赦ない。

「・・・・・・」

(いきなり玉砕・・・)

「私は精霊ですから、誰ともそういう関係にはなりません。あなたも馬鹿なことを言ってないで・・・」

「馬鹿なこと!?」

「そうです。人間は人間と勝手に恋に落ちてください」

「ヒトの気持ちを何だと思ってるのよ!!ふるにしたってもっと他の言い方があるでしょっ!!」

  

「お兄ちゃん・・・あれ」

ヒスイの小声。

「うん」

コハクも小声。

「なんで告白から喧嘩になってるの・・・あの二人・・・」

ヒスイに説教し足りないシンジュは本拠地に戻る前に城へ寄るようにと強く主張した。

その二人に今、告白シーンを覗かれている。

「シンジュの言い方が悪いよ、あれは」

ひそひそとコハクが言った。

「私もそう思う。精霊だから、なんてただの言い訳じゃない」

「う〜ん。でも本人はそうは思ってないみたいだし・・・」

「精霊ってホントにだめなの?」

「そんなことはないよ。精霊でも・・・できる」

「できる・・・ってアレ?」

「うん。位の高い精霊でどうしても他者と交わるのが嫌だっていう場合、子孫を残すのに分裂したりもするんだけど・・・」

「ぶ・・・分裂・・・?」

「精霊ってね、エーテルとか元素とか呼ばれるものの塊が意志を持ったものなんだ。だからシンジュ自身、自分を“生き物”だと思っていないのかもしれない」

「だとすると・・・ちょっと厄介ね」

「うん。だけど世界には“半精霊”もいるんだ。それはつまり、人間との間に子供を残す精霊もいるってことで・・・その場合は、どちらかの性別を捨てることになるんだけど。完全に一本化して体を安定させてしまえば、普通に子供が作れるから」

「へぇ〜っ」

「少し協力してあげようか、あの二人に」

「うん!」

  

シンジュと喧嘩別れしたローズは自室でヤケ酒の準備をしていた。

「ローズ?いる?」

扉からノックとヒスイの声が聞こえる。

「ヒスイ・・・様?」

ヒスイを部屋に迎え入れる。

「ヒスイでいいわよ。もう王妃でも何でもないんだから。敬語もやめて」

(・・・このヒトも相変わらずひどいわね・・・。オニキス様かわいそう・・・。今ならわかる!好きな人に相手にされないつらさ!!)

「・・・もう少しオニキス様を思いやっても・・・」

オニキスの不幸を自分に重ね、いつも以上に同情してしまう。

「え?何か言った?」

「あ、いえ」

敬語は癖になっていて急には変えられないと告げると、ヒスイは笑った。

「シンジュにこっぴどくふられたみたいね」

悪い意味でドキッとした。

(見られてた!?)

「泣かないのね」

「ええ、まぁ。初めから上手くいくとは思っていませんでしたし。諦めた訳でもないので」

「ローズって・・・かっこいい」

城に来た頃のヒスイの口からは絶対に出ない言葉だ。

親身なヒスイの様子にローズは少し照れてしまった。

「ヒスイ様のところは・・・」

「私も自分から言ったわよ」

「え・・・意外」

ヒスイは典型的な“愛されタイプ”だと思っていた。

「切羽詰まってたの。お兄ちゃんと離ればなれになりそうだったから。もし、そういうのがなかったらちゃんと言えてたかどうかアヤシイわ」

「告白して、その後は?」

「その後・・・は・・・」

ヒスイはカァッと赤くなった。

「お兄ちゃんも好きだって言ってくれて・・・そのまま・・・」

「・・・・・・」

その先は聞かなくてもわかる。

「いいですね、両想いって」

「ローズだって・・・シンジュと色々したいでしょ?」

意外なほど性にオープンなヒスイ・・・どんなに綺麗な顔をしていても考えることは一緒だなぁ、とローズは笑った。

キス・・・なんて贅沢は言わない。

とにかく今は気持ちが通じるだけでいい。

(この際、ロマンチックなんて望まないからあいつの一番近くにいたい!)

決意を固めるローズにヒスイが言った。

「仲直りも兼ねて、もう一度シンジュと話をしてみたら?」

(お兄ちゃんがシンジュを説得してるはずだから・・・)

「きっとうまくいくわ」

  

「シンジュ」

コハクは、微動だにせず空を見上げるシンジュの背中に声をかけた。

「何か用ですか?」

シンジュは振り向きもしない。

「機嫌悪そうだね」

「放っておいてください」

「・・・ローズさん、泣いてたよ」

もちろん嘘だ。

(シンジュは涙に弱いから、こう言えば良心がチクチクして・・・)

「・・・・・・」

シンジュは無言でスタスタと歩き出した。

(ほら、行った♪)

  

「・・・さっきは言い過ぎました」

「いいわよ。別に悪気があって言ってるんじゃないってわかってる」

シンジュとローズ・・・二人は中庭で再会した。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「とりあえず・・・さ、一番近くに置いてくれないかな?そしたらいつか絶対好きだって言わせてみせるから」

ローズが大きく伸びをして笑った。

「そんな日はきません。未来永劫」

シンジュのぴしゃりと辛口な回答。

(そうなんだ。私、こいつのこういうところが好きなんだ・・・って、ちょっとマゾっ気あり!?)

「・・・ですが・・・」

「?」

「私の一番近くにいるのは、言われるまでもなくあなただと思いますが?」

「!!!」

深い意味はない。
仕事上でのことを言っているだけだ。

それがわかっていても、飛び上がりそうなくらい幸せな気分になる。

「ねぇ、今度の休み、どっか行かない?」

「・・・盆栽展なら一緒に行ってもいいですよ」

  

「・・・結局、あの二人って両想いなの??」

「シンジュがあの性格だから、まだまだ先は長そうだけどね」

ヒスイとコハクは揃って苦笑いを浮かべた。

「なんか見てるほうがドキドキしちゃうね。すごく純粋で」

「・・・羨ましい?」

「ううん。お兄ちゃんと私はこれでいい」

二人はキスを交わした。
はじめは軽く、それからたっぷりと長いキス・・・

「・・・いこうか。城下でおみやげを買って、本拠地に戻ろう」

(ついでにお酒も買っていこう。ヒスイ用に・・・ムフッ)

「うん!」

繋いだ手を楽しそうに揺らしながら、二人は夕暮れの雑踏に消えた。

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