世界に愛があるかぎり

15話 嘘つきな女

  

“銀”は本来、髪も瞳も銀色だ。

サンゴの瞳が赤いのは“病気”のせいらしい。

誰も本当のことはわからない。

 

一族の言い伝えによると、赤い瞳は短命を表す忌むべきものだそうだ。

そのことで母親が泣いているのをよく目にしたが、そんなものは迷信だとオレはこれっぽっちも信じていなかったし、何よりオレはサンゴの鮮やかな紅い瞳が好きだった。

 

“サンゴ”

 

“コクヨウ”

 

オレ達姉弟の秘密の呼び名。

一族の間でサンゴはコーラルと呼ばれ、オレはオブシディアンと呼ばれている。
ふたりでいるときだけ・・・互いにこの名で呼び合った。

  

サンゴとオレは正真正銘の姉弟だ。

なのに、周囲はそれを無視して、オレ達を番いにした。

  

「・・・サンゴ」

「なあに?」

「オレ達って“何”なんだ?」

「?姉弟よ?」

「・・・こんなことしててもか」

見慣れたサンゴの肉体。

乱れたシーツ。

窓から差し込む月光の元、オレ達は気怠くベッドの上に転がって、他に何をするでもなく、周囲に勧められるまま幾度も愛し合った。

「だってこれは・・・」

オレの質問もサンゴの答えもいつも同じ。

「・・・一族のため?」

「そう」

憂いを帯びたサンゴの微笑み・・・薄々感じていた。

サンゴは・・・オレを愛していない。

  

・・・オレ達“銀”の一族は今、絶滅寸前だ。

“銀”の吸血鬼は、血を吸った相手の能力を自分のものにできるという特殊な能力とその姿が美しいことで魔界でも有名だが、決定的な治癒能力の欠如と、繁殖力の弱さからどうしても数が増えなかった。

その弱さを補うために“銀”の女は他の種族と交わるようになり、“銀”の血は次第に薄くなっていった。

そんな中で一族の直系であるオレ達に課せられた使命は、“純血”を守ることだ。

それが姉弟だろうが関係ない。

現にオレ達の両親は歳の離れた兄妹だ。

近親結婚を繰り返しても奇形が産まれることはなく、むしろ血が濃くなればなるほど強い魔力を持った美しい子が産まれると言われている。

代々そうやって“純血”を守ってきた・・・今度はオレ達の番と言う訳だ。

夜が明けることのない吸血鬼の世界で、小さな城を与えられ、そこに

サンゴとふたり閉じこめられた。

「・・・ごめんね」

オレと寝た後、サンゴはいつも謝る。

子供ができないのはサンゴひとりのせいじゃないのに。

「他に好きな子がいるのなら、ここを抜け出して逢いに行ってもいいのよ?」

いるわけない。

オレが好きなのはサンゴだけだ。

オレ達は結ばれるために産まれた。

何も迷うことはないはずだ。

たとえそこにサンゴの愛がなくても。

オレのものには違いない。

  

「・・・サンゴ?」

二階の窓から中庭を見下ろすと、そこにサンゴと・・・サンゴが飼っている竜狼の姿があった。

竜狼・・・竜の血と狼の血が混ざった希少種。

見た目は巨大な狼。銀の鬣と長い角、鋭い爪がある。

気性が荒く、獰猛で、何百人と噛み殺してきた獣だというのにサンゴにだけは懐いている。
オレと同じだ。

そいつはサンゴに頭を撫でられると嬉しそうに喉を鳴らした。

そうだ。サンゴに撫でられると気持ちがいいんだ。

銀の獣に妙な共感を覚え、なんとなくオレはその場から離れられずに、一人と一匹を見ていた。

  

クウ〜ン・・・

「コクヨウは大切な弟・・・それ以上でも以下でもないわ」

ウゥ〜・・・

「心配しないで」

サンゴが魔獣と話ができることを、オレはこの時まで知らなかった。

そして、その内容が完全にオレとの関係を否定するものだということも。

竜狼と話をするサンゴ。

とても自然な微笑みで、心を許していることがよくわかる。

「どのみち長く生きられないのなら・・・少しでも一族の役に立たなくてはね」

サンゴの頬を竜狼が舐める。すると紅い瞳から涙が零れた。

「・・・大丈夫。早くコクヨウを自由にしてあげたいの」

気丈な台詞とは裏腹に声が震えていた。

慰める竜狼の首筋に腕を回し、銀色の毛に顔を埋めて泣くサンゴ。

声を殺して。オレに聞こえないように。

  

「あ・・・っ・・・はあっ・・・」

この行為に愛なんてない。

キスも腰の動きも単調で義務的だ。

サンゴのなかにあるのは一族への忠誠だけ。

サンゴが隠れて泣いていた夜、それがはっきりわかった。

だとしたらオレのしていることは強姦と変わらない。

そんな気がした。

オレのものだと疑わずサンゴを抱いていた頃は、別に苦でもなかったし、サンゴはオレを最高に気持ちよくしてくれた。
けど、サンゴは・・・

「・・・気持ちいいか?これ」

「・・・ええ」

乱れた息でサンゴが答えた。

(・・・嘘だ)

「あ・・・あっ・・・」

(全部演技だ)

「コ・・・クヨウ・・・?」

どんな時もオレを気遣うサンゴ。

(オレのこと好きでもないくせに、優しくなんかするな!)

愛が憎しみに変わるのは驚くほど簡単だ。

「・・・感じてるフリなんかするなよ」

「え?」

「ホントは痛いだけのくせして」

「そんなこと・・・ぁ・・・」

「言っとくけどな、やめないぞ。オレは」

「コク・・・ヨウ・・・そんな悲しい顔・・・しないで」

「お前がさせてるんだろ!」

(強姦?上等だ。ここまできたら、どうせもう引き返せない)

その晩は体に傷が残るほど乱暴にサンゴを抱いた。

  

突然、水晶玉が濁った。

メノウの魔力が不安定になった為だった。

「おとう・・・さん・・・」

「あ〜・・・ごめん。ちょっと動揺してるかも。俺」

メノウは水晶玉を見つめたまま前髪を掻き上げた。

「・・・変わろう」

オニキスがメノウの代わりに水晶玉へと手を翳した。

水晶玉は再び淡い光を放った。

  

・・・それからはもう目茶苦茶だった。

サンゴの愛を得られないのが悔しくて、酷いことを色々した。

オレが何を求めても、サンゴは献身的に応えた。

その姿を見る度に苛立って、犯した。

「嫌なら嫌って言えよ!」

「・・・そんなこと・・・ないわ」

サンゴは嘘つきな女だ。

すべてを優しい嘘で固めた女。

嫌いだ。

もううんざりだ。

疑い始めるとキリがない。

サンゴのことが何一つ信じられない。

「泣きたきゃ泣けばいいだろ!」

「・・・泣かないわ」

ある晩のことだった。

サンゴの体を抉るようにいたぶっても全然気は晴れなくて、その夜もオレはサンゴに怒鳴った。
すると、サンゴがめずらしく言葉を返してきた。

「私が・・・自分で決めたことだから」

「こうやって一族に尽くすことが?」

「ええ」

「何でだよ!こんなのおかしいだろ!?純血を残すことってそんなに大切なのか!?」

「お父様もお母様もきっと同じような思いをして私達を産んだ。そうやって代々受け継がれてきたものをここで絶やす訳にはいかない・・・」

「苦しみや痛みを引き継ぐなんて変だ!」

「・・・・・・」

「じゃあ、サンゴはこれから産まれるオレ達の子供に同じような思いをさせていいのか!?」

「それは・・・」

はじめてサンゴが躊躇いをみせた。

サンゴもわかっているんだ。

この“しきたり”がいかにくだらないか。

(決めた!やめる!この関係は解消だ!!)

そうしなければサンゴはいつまでも救われない。オレも同じだ。

オレは心に誓った。

これが最後の夜になることも知らずに。

  

「サンゴは子供を産む道具じゃない!だからもうサンゴとは寝ない!」

両親の前でそう宣言したら、父親に殴り飛ばされた。
母親は何も言わなかった。

もう誰に何を言われても、愛のない子作りはしない。

次にサンゴと寝る時は、サンゴがオレを好きになった時だ。

これからはじめるんだ。
前途多難でもいい。

まずはこの気持ちをサンゴに伝える。

ずっと心の底で燻っていたものが、一気に晴れた。

オレはいつになくすっきりとした気分になってサンゴの待つ城へと向かった。

  

「サンゴ!!?」

信じられない、信じたくない光景だった。

少し疲れた顔で微笑んだサンゴの体が目の前で崩れ落ちてゆく・・・。

馬鹿にしていた迷信は・・・真実だった。

別れはあまりにも突然で。

オレはサンゴを腕に抱いて、見送ることしかできなかった。

「子供の頃・・・コクヨウと・・・姉弟として過ごした日々が・・・一番楽しかった・・・。あのまま時が・・・止まって・・・大人にならずにすめば・・・いつまでも幸せなままでいられたのに・・・ね」

儚すぎる微笑み。

オレは罪悪感でいっぱいになって、言葉の代わりに涙が出た。

「泣かないで」

子供の頃からそうだ。
オレは喧嘩ばかりする、手に負えないガキで。

サンゴは誰からも好かれる優等生。
だけど、いざって時はサンゴのほうが強いんだ。
オレは・・・サンゴに守られてばかりいたじゃないか。

なんでそんな大切なことを忘れていたんだ?

「ごめんね・・・役目を・・・果たせなくて・・・」

どんなに強く唇を噛んでも、涙が・・・止まらなかった。

サンゴが逝ってしまう。オレが与えた傷も癒えぬまま。

「幸せに・・・なって・・・ね」

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