23話 太陽も月も星も
新婚初夜。
「あれ?オニキス?」
「ヒスイ・・・」
二人は星空の下で出会った。
ヒスイの秘密の場所から竹藪を更に進んだ先の小高い丘の上だった。
「オニキスもこの場所知ってたんだ・・・」
「・・・コハクは・・・?」
オニキスは新婚初夜にヒスイがここにいることに驚いている。
その質問にヒスイは肩を竦めて笑った。
「寝てる。お兄ちゃん、ホント疲れてたみたい。ファントムのリーダーやって、コクヨウの世話をして、私のウエディングドレス作って・・・目が回るほど忙しかったはずなのに、いつもと変わらず私に接してくれていたんだから、無理もないよね」
「・・・そうか」
(名実ともにヒスイを手に入れて気が抜けた・・・か)
「今夜あれでしょ?お兄ちゃんと一緒に見ようと思ってたんだけど、起こすの可哀想だから・・・」
スイフト・タットル。
120年の周期で見られる彗星だ。
ヒスイもオニキスもそれを目当てにここまで来た。
「・・・人間だった頃からこれだけは見ると決めていた。一生に一度だからな」
並んで夜空を見上げる。
「・・・これから何度だって見られるわよ。私、長生きするから」
「・・・そう考えると眷族も悪くはないな」
二人とも上を向いたまま笑った。
「へール・ボップ彗星も見られるかも」
「2550年周期だぞ。あと1000年はある」
ヒスイは静かに微笑んでオニキスを見た。
「ねぇ、オニキスは王様じゃなかったら何になりたかった?」
「王じゃなかったら・・・か」
「そう。他に夢とか、ないの?」
「学者に・・・なりたかった」
「それって天文学者?」
「そんなところだ。そういうお前はどうなんだ・・・」
「私?私はねぇ・・・お兄ちゃんのお嫁さん」
子供の頃からの夢だったと、ヒスイは無邪気に笑った。
「・・・そうか。良かったな」
オニキスの口から自然とそんな言葉が出た。
ヒスイが幸せならそれでいいのだ。
「・・・なれるよ。いつか、オニキスに子供ができてその子が立派な跡継ぎに育ったら、引退して学者になればいいじゃない。時間はいくらでもあるわ」
「・・・はぁ〜っ・・・」
「?なんで溜息なの?」
「・・・その子供は誰が産むんだ・・・」
「え〜っとぉ・・・」
言われてみればそうだった。
(お父さんに産めるはずないし・・・)
「どこかの・・・だれか・・・かな?」
「・・・馬鹿」
ヒスイはえへへと笑って誤魔化した。
「・・・学者でなくても、星を見ることはできる。太陽も月も星も、全ての者に平等だ。オレはこのままで・・・いい」
学者として星を見るよりもヒスイと並んで星を見る方がいい・・・そう思っても当然口には出せなかった。
「・・・ヒスイ」
「ん?何?」
オニキスは姿勢を低くして、ヒスイの頬にそっとキスをした。
「・・・結婚祝いだ」
オニキスの背中が遠くなる。
「・・・へんなの」
残されたヒスイは頬をおさえて笑った。
「!!!」
(しまったぁ〜っ!!!新婚初夜なのに!やりそびれた!!)
コハクは目を覚ました。
チュンチュンと雀の声・・・朝だ。
(一生の不覚・・・)
愕然としたまま髪を掻き上げる。
(ショックだ・・・ものすごぉ〜くショック・・・)
しばらく立ち直れそうにないくらいコハクにとってはくやしい出来事となった。
(・・・ヒスイは・・・)
恐る恐る横を見る。ヒスイの姿はない。
「お兄ちゃん?起きた?」
隣の部屋からヒスイが顔を覗かせた。
「あ!おはよう!お兄ちゃん!」
「ヒスイ〜・・・ごめんね・・・寝ちゃって」
「ううん。ね、お兄ちゃん」
ヒスイが怒っている様子はない。
「うん?」
「疲れてる時は疲れてるって言ってね。ふ・・・夫婦なんだし」
自分の言葉で赤面するヒスイ・・・左手の薬指にコハクとお揃いの結婚指輪が光る。
コハクは微笑んだ。
(あぁ・・・ついにここまできた・・・)
感無量。
(思えば長い道のりだった・・・ヒスイを育てるのは楽しかったけど)
走馬燈のようにヒスイの姿が駆けめぐる・・・1歳のヒスイ、3歳のヒスイ、6歳、12歳、15歳・・・18歳・・・
「お、お兄ちゃん??」
惚けているコハクを見て、ヒスイは心配になった。
(お兄ちゃんそこまで疲れて・・・)
「・・・大丈夫?」
ヒスイがすぐそばで顔を覗き込んでいる。
「えっ!?あ。うん」
回想が終了し、コハクは我に返った。
「お兄ちゃん今日はお休みでしょ?このままゆっくり寝てたほうが・・・あ・・・」
コハクはヒスイをベッドに引き込んだ。
「するに決まってる」
「もう、お兄ちゃんってば」
コハクに服を脱がされながらヒスイがくすくすと笑う。
(お兄ちゃんの腕の中。ずっとここで育った。そしてこれからも。私はこの腕の中で生きていく)
ヒスイは瞳を閉じて幸せに浸った。
「・・・好きだよ。愛してる」
コハクが耳元で囁く。
「・・・この言葉を何度繰り返しても伝えきれない・・・だからその分は体で伝える・・・ね」
「うんっ!」
ヒスイはコハクの体に腕を回した。
「私も・・・言葉じゃうまく言えないから・・・体で応える」
「・・・大人になったね」
ヒスイの胸に触れる度、思う。
「・・・体だけは・・・ね」
息を洩らし、ヒスイが足を絡ませる。
「お兄ちゃんの後にくっついて歩いて・・・いなくなるとすぐ泣いて。私・・・子供の頃からちっとも変わってない」
「・・・ヒスイ・・・」
「視線の先にお兄ちゃんがいないと落ち着かないの。だから・・・ずっと一緒にいて・・・ね」
「・・・うん。もう・・・離れない。離さない」
朝も。昼も。夜も。ずっと、一緒。