世界に愛があるかぎり

27話 妹・勝利

   

どさっ!とヒスイはコクヨウに放り投げられた。

コハクとサタンの戦いの場から300m程離れた場所だ。

「この・・・デブ!!」

「デブぅ〜!?」

そんなに重かったのかと、ヒスイはショックを受けた。

コクヨウには言われ放題だ。

貶されることに慣れていないヒスイはいちいち真面目に受け取って、その度に落ち込んでいた。

(最近、血、飲み過ぎかしら・・・)

悩殺的なネグリジェのまま悩む・・・しかしそんなことをしている場合ではないことをすぐに思い出した。

(そうだ!イズ!助けなきゃ!!)

「おい、何処へ行く気だ?」

再び敵地へ引き返そうとするヒスイにコクヨウが声をかける。

「あそこ」

ヒスイは悪魔狩りの拠点である城塞を指さした。

「馬鹿か・・・お前・・・死んでも知らねぇぞ」

「あれ?私に死なれたら困るって言ったのはどこの誰かしら?」

笑いを堪えながらヒスイが言った。

コクヨウは言い返せない。

「・・・ちっ」

(どうも調子が狂う。何なんだ、この女)

いい加減殺しそびれている。
そして・・・今日も殺せそうにない。

「・・・乗れよ」

「ありがと」

ヒスイはコクヨウの背中に跨った。

「言っとくけどな!いつか絶対、殺すぞ!」

コクヨウが吠える。

「はい。はい」

ヒスイはコクヨウの首筋を撫でて笑った。

  

「カーネリアン?」

城の中はコハクが一掃した後だった。

最上階でカーネリアンが拳を握りしめて立っている。

「ヒスイ!?何できたんだい!?危ないだろ!」

「カーネリアンまでそんなこと言って」

ヒスイはぷうっと膨れた。

「・・・どうしたの?」

カーネリアンの様子がいつもと少し違うことに気付いて、ヒスイが訊ねた。
今回コハクにリーダーを任せて単独行動をとっていた理由を知ってはいたが、復讐を遂げた後には見えなかった。

「こいつ・・・さ。やっぱり死んでたんだ」

カーネリアンの視線の先には男の死体があった。

「・・・カーネリアンの恋人を殺したっていう?」

「ああ。体を使われてただけだ。堕天使サタンに」

サタンに捨てられた男の体はみるみる腐り、今や白骨に近い。

「復讐・・・したかった?」

「・・・こいつのこと調べてたんだ。悪魔に家族を殺されてた。たぶんここに集まった奴等もはじめはそれなりの理由があったんじゃないかと思うんだ・・・」

「だからって・・・それで許せるの?」

「復讐に復讐してもしょうがないからね。時効だよ」

「・・・私・・・カーネリアンのそういうところ・・・好きよ」

自分だったらとてもそうは思えない。
ヒスイは尊敬の意を込めて言った。

“好き”を言葉にするのは少々気恥かしい思いがしたが、今こそ伝えるべきだと思った。

「・・・ヒスイ・・・・ありがとな」

カーネリアンは、照れるヒスイを抱き締めて笑った。

  

「ええと・・・イズは・・・」

最上階にある牢屋。

意外に中は明るかった。

「あ、ダイヤ・・・」

牢屋の前でダイヤが倒れている。
右手には鍵の束が握られていた。

戦いの混乱に乗じてイズを救出しようと考えていたようだ。

(寝てる・・・くすっ)

ヒスイの歌声はダイヤにも効果てきめんだった。

(だけどイズか寝てるのは歌のせいじゃないわね・・・)

鉄格子の向こう側・・・座り込んでお昼寝真っ最中だ。

(こんな鉄格子イズなら簡単に壊せるのになぁ・・・)

ダイヤの手から取り上げた鍵の束から牢屋の鍵を探す。

直感で選んだ鍵・・・一発で牢屋の扉が開いた。

「イズ。起きて。私、ヒスイよ」

「・・・ヒス・・・イ」

イズはぼんやりとした顔でヒスイを見た。

「私のこと・・・覚えてる?」

こくり。

「そう。良かった。体は大丈夫?」

こくり。

イズが頷くと、ヒスイは隣に腰を下ろした。
同時にコクヨウも床に伏した。
カーネリアンは眠ってしまったメンバーの回収に向かった。

「お兄ちゃん、今戦ってるの。私が近くいると迷惑かけちゃうから・・・ここで待ってよう」

そうは言っても落ち着かない。
ヒスイは床をトントンと指で叩いた。

イズは寝起きと変わらない顔のまま、ヒスイの頭を撫でた。

「・・・大丈夫。コハク・・・強い。誰にも・・・負けない」

  

「へぇ・・・逃がしたの?サタンを」

カーネリアンと共にメンバーの回収作業にあたるオニキスと別れ、メノウはコハクと合流した。

傷ついたコハクに回復呪文を唱える。

(思ったほどやられてないな・・・あばら3本か)

二枚羽根と六枚羽根では単純に考えても3倍の力の差があるはずだ。

それを見事に知慮と魔剣で補った。

(やっぱこいつ・・・強い・・・)

「彼がいなければ魔界の均衡が崩れてかえって危険ですから。いくつかの制約を結んで魔界へ還しました。僕等にちょっかいをかけてくることは当分ないはずです」

コハクは魔剣に封印の札を貼り付けた。

「その辺は抜かりなし、か」

「ええ、まぁ」

メノウの言葉にコハクが微笑む。

「リーダーごっこもこれで終わりです。さ、ヒスイを迎えにいきましょう」

  

「お兄ちゃんっ!」

コハクの気配を察するとヒスイは城から走り出てコハクの元へ急いだ。

少しでも早く顔が見たい。

イズとダイヤは最上階に置いてきてしまった。

ヒスイの後をコクヨウが追う。

(オレは犬じゃねぇ!!)

そう心の中で叫ぶが、動くものを無性に追いかけたくなる。

(くそっ!何なんだ!この体は!!)

「お兄ちゃん・・・っ!!」

ヒスイはコハクに抱きついた。

「ヒ〜ス〜イちゃん」

コハクにちゃん付けで呼ばれる時はロクなことがない。

ヒスイはぎくっとして逃げようとしたが、すかさずコハクが両腕を回しヒスイを腕の中に捉えた。

「“おしおき”ね」

「!!やっ!待って!それだけは・・・あ・・・う・・・ひゃひゃっ!!」

くすぐりの刑。

コハクがヒスイをくすぐっている。

「あはっ!し、死んじゃう!あはははは!!お兄ちゃん・・やめて・・・っ!」

ヒスイは身をよじって大笑いしている。

「私っ!戦ってないもんっ!武器も持ってない!誰も傷つけてないし、自分も傷ついてないっ!!あははっ!」

ヒスイは笑いながら必死に訴えた。

「ただ歌を歌っただけっ!うひゃっ!」

笑いすぎて顔の筋肉が痙攣してきた。明日はきっと腹筋にくる。

「・・・言われてみればそうだね」

コハクの指が止まった。

はぁっ。はぁっ。

くすぐりの刑でダメージを受けたヒスイは肩で息をしている。

「僕の負けだ」

苦笑いでコハクが負けを認めた。

「言うの遅いよ・・・お兄ちゃんの・・・ばか」

散々くすぐられた後だ。ヒスイは脱力している。

「ごめん。ごめん」

そこに突然のディープキス。

「ごめん・・・ね」

周囲を無視してコハクがキスを繰り返す。

「お兄ちゃ・・・んっ」

最近仲違い気味だったので、尚更キスに熱がこもる。

ちゅっ。ちゅっ。ちゅっ。

唇を重ねて、吸って。舐めて、噛んで。

「おにいちゃん・・・」

「ヒスイ・・・」

二人だけの世界・・・メノウとコクヨウは完全に忘れられている。

(このままやりだしそうな勢いだな・・・こいつら場所選ばないし)

「やれやれ。俺達は退散するか」

メノウは二人を残して歩き出した。

周りには本当に何もない。

どこでやるのか見物だな・・・などと考えて笑う。

コクヨウも黙ってついてきた。

「もう慣れただろ?あいつらの馬鹿っぷりには」

「・・・けっ!アホくさ」

「俺達はもう相手いないしな」

「・・・・・・」

「ま、寂しい者同士仲良くやろうぜ」

メノウがポンポンとコクヨウの背中を叩いた。

「・・・オレはサンゴを生き返らせる。邪魔すんなよ」

触るな!と怒り出すより先にコクヨウは断言した。

「・・・それでサンゴが喜ぶとでも?」

「・・・・・・」

「第一お前、弟じゃん」

「だから何だってんだよ!」

「サンゴの弟ってことは俺の弟だろ?で、ヒスイは可愛い姪。いい加減認めれば?」

「うるさい!」

グルル・・・

コクヨウが低く唸る。

「気にくわないってんなら、いつでも相手してやるよ」

挑発的な口調と違い、メノウの態度は穏やかだ。
にこにこしている。

そして何故か楽しそうだ。

「・・・ペッ!」

コクヨウは唾を吐いてその場を去った。

乾いた地面を勢いよく蹴って走る。

(サンゴがいないってのにアイツはどうして笑ってられるんだ!?)

「ホント意味わかんねぇ〜ヤツばっか!」

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