世界に愛があるかぎり

26話 監禁プリンセス

   

「・・・・・・」

目が覚めた。

本拠地には誰もいない。

ヒスイは手当たり次第探したが、誰一人として見つけることができなかった。

「・・・出陣したんだ」

本当に一人残されてしまった。

チャロを呼び出すにも、両手を後ろで縛られ腕輪を掲げることができない。
服はとりあえず着ている。
スケスケのネグリジェ・・・普通に外を歩くには無理がある。
しかし他に服はない。

(まぁ、お兄ちゃんの仕業にしては裸じゃないだけマシよね)

建物の中を一巡りしたが、やはり誰もいない。

ヒスイは玄関から外へ出た・・・はずが建物の中にいる。

何度玄関をくぐっても、建物の中に戻ってしまう。

「無限結界・・・ループだわ。これは・・・オニキスね」

今回の監禁は徹底していた。

「みんなヒトのこと何だと思ってるのよ!」

あまりの仕打ちにかえって意地になる。

「・・・甘くみないでよ・・・」

ありとあらゆる魔道書をひとりで読み続けた。
こんなこともあろうかと結界に関しては特に重点をおいて学んでいたのだ。

「こんな結界ぐらい・・・」

破る紋を知っている。

ヒスイはペンを足の指にはさみ、床に紋を描きはじめた。

「なかなか・・・うまく・・・描けないわね・・・」

(ダイヤとイズのこと早くお兄ちゃんに伝えなきゃ・・・)

  

「はぁ。はぁ。いた・・・」

本拠地にただひとり・・・正確には一匹。

知らぬ存ぜぬで眠っている獣。

「コクヨウ・・・」

ヒスイが名前を呼ぶと、ぴくりと耳が動いた。

機嫌が悪そうだ。
返事もしない。

「ねぇ、コクヨウってば」

「ヒトの名前を連呼すんな!ボケ!」

しつこく呼んでやっと返事が返ってきた。

今日は何と言われても怯まない。

「コクヨウは私に死んで欲しいんでしょ?だったらこの鎖切ってくれない?」

ヒスイは後ろを向いて、繋がれた両手をコクヨウに見せた。

「うるさい。朝話しかけるな」

「・・・お願い。コクヨウ」

ヒスイがゆっくりと発音する。

その声はサンゴそのものの響きをもってコクヨウの耳へ届く。

「・・・ちっ。朝から面倒くせぇ」

コクヨウは鎖を噛み切った。

すぐにチャロを呼び出すのかと思いきや、ヒスイはそれをせず、コクヨウに礼を述べて敷地を出た。

移動の魔法を使うため、魔法陣の描ける広場を探す。

(ファントムと悪魔狩り・・・お互い誤解したままの戦いになってる。早く止めなきゃ!!)

  

「は〜い。みんな並んで〜」

コハクはファントムのメンバーを一列に並ばせた。

列を前に立っているのは、メノウとラピスだ。

「これから一人ずつ“守護”をつけます。メノウ様・・・」

コハクがメノウに話を振ると、メノウがラピスに話を振った。

「できるよな?ほら。頑張れよ」

激励の言葉と共に指輪を手渡す。

72の英霊が宿るソロモンの指輪。

「は・・・はい・・・頑張り・・・ます」

指輪を介して72の英霊を召喚するという大仕事だ。

ラピスは相変わらずオドオドしていたが、両手で指輪を握り締め、呪文を唱え始めた。

「・・・ソロモンの名において命ずる・・・72の英霊よ・・・我が呼び声に答えよ・・・バエル・・・アガレス・・・ヴァッサゴ・・・サミジナ・・・マルバス・・・」

ラピスが英霊の名を呼ぶ度に指輪から人魂のようなものが出て、メンバーひとりひとりの体に入っていく・・・

その様子をコハクが黙って見守る。

(それぞれ違う能力を持つソロモンの英霊・・・メンバーとの相性も計算済みだ。英霊を守護につければ天使が相手でもまず負けない)

「さて、次はどうする?リーダー」

コハクを見上げてメノウが笑う。

メノウはコハクの指揮で動くことを楽しんでいる。

「メノウ様は後方で回復支援をお願いします」

「オッケ〜」

大剣を担いでコハクがオニキスに言った。

「僕が前に出ます。何が出てくるかわかりませんが、やばそうなのは殺っておきますから。あなたは進軍速度を調整して、少し後から来てください。もしメンバーが手こずるようなことがあれば・・・」

「わかっている」

「よろしくお願いします」

にっこりと微笑んでコハクが羽根を広げる。

右手に持っている剣がいつもと違うことにオニキスは気付いた。

「・・・魔剣か・・・」

「ええ、まぁ。これを使うまでもないと思うんですけどね」

魔剣を扱える者は世界に数人。
魔剣は己の意志を持ち、仕える主人を自ら選ぶと言われている。
剣の腕は勿論のこと扱いには相当なコツがいる。

「僕の魔剣マジョラムです」

魔剣には封印の札が貼られている。

「そろそろあなたも魔剣の所有を考えたほうがいいですよ。一筋縄ではいきませんが、あなたなら大丈夫でしょう。ではお先に」

コハクはそう言い残すと、悪魔狩りの城塞に消えた。

  

[・・・僕が誰だか知っているのなら・・・退け。]

建物に入ってすぐコハクが言い放った。

白い羽根の天使達が武器を手に侵入者を取り囲んだところだった。

[セラフィム・・・]

[セラフィムだ!]

[逃げろ!殺される!]

天使達はコハクの姿に怯えた。

[・・・退け。残った者は容赦なく斬る。]

コハクは繰り返した。

もうすでに半分の天使は逃げている。

[10秒だけ待つ・・・1・・・2・・・3・・・]

殺しのカウントが始まって、天使達は益々パニックになった。

[・・・8・・・9・・・10・・・時間だ。]

  

「始まってる・・・」

ヒスイは一段上の岩場から目を凝らして戦いの様子を窺った。

混戦模様・・・ダイヤの話ではメンバーのほとんどが天使ということだった。

(でもこれは・・・)

戦い慣れしていない天使は英霊の守護を受けたファントムのメンバーに押されている。
そして戦場の大部分を占めるのは見たこともない魔界生物や合成獣だった。
コハクがどこにいるのか全くわからない。

(こうなったら私がイズを助ける!!)

イズには天界でお世話になった。
落ち込んでいるところを慰めてもらったりもした。

「あの性格じゃ、自分から逃げようなんて考えないでしょ・・・」

  

「・・・キリがない」

オニキスは上を見上げた。

巨兵ゴーレム・・・土で構成されるその体には高位の呪文でしかダメージを与えられない。

ファントムで高位魔法を扱えるのはごくわずかだ。

頼みの綱であるメノウは怪我人の回復作業で手が離せない状態だった。

オニキスをはじめとする数名の魔道士達はゴーレムとの戦いで手が塞がり、その他の魔界生物は野放しになっている。

(なんという数の多さだ・・・術者が近くにいるはずだが・・・)

オニキス達は建物の前で完全に足止めされていた。

(術者の気配がつかめない・・・一体何者だ・・・)

  

「・・・みんなすごい・・・」

優勢だったファントムのメンバーも敵の数のあまりの多さに辟易し始めた。
ヒスイはその様子を上から見下ろしていた。

戦いの渦中にいる者は、己の怪我も顧みず武器を振るっている。

中にはヒスイと言葉を交わしたことのある者もいた。

みんな年下だ。

(・・・もう充分じゃない・・・)

ヒスイは大きく息を吸い込んだ。
そして歌い出す・・・子守歌・・・

(どれだけ効き目があるかわからないけど・・・戦いが長引けばそれだけ怪我人が増える。少しでも早く終わらせなくちゃ・・・)

「!!」(ヒスイ!?)

「!!」(ヒスイ・・・)

コハクとオニキスはそれぞれの場所でヒスイの歌声を聴いた。

セイレーンの歌声の効果は絶大で、ゴーレムの動きは止まり、魔界生物も眠りについた。
ファントムのメンバーも次々と睡魔に襲われ、その場に崩れ落ちて眠りはじめた。

静寂。

声を張り上げ、武器を振るう者はもう誰一人としていない。

ラピスまで気持ち良さそうに眠っている。

立っているのはオニキスとメノウだけだ。

ヒスイの歌声が止んだ。

  

(・・・私がここにいること・・・バレちゃったわね。しかもこんな格好でうろうろしてたら目立つわ・・・)

後先考えずは相変わらずだ。

ふうっとヒスイは短く息を吐いた。

「まずい!!ヒスイ!!」

コハクが城の窓から飛び出す。

(今回の黒幕はサタンだ。ヒスイが近くにいることを知ったら絶対に狙ってくる。ヒスイを人質に取られたら誰も逆らえない。お終いだ)

「逃げて!!」

(サタンはヒスイの近くにいる!間に合うか!?)

  

<・・・見つけたぞ・・・銀の子・・・>

「・・・え?」

ヒスイには雑音にしか聞こえない。

足元に忍び寄る影・・・そこからサタンの手が伸びる。

「ヒスイっ!!」

コハクが叫んだところで届かない。

グアッ!!

「コ・・・クヨウ?それに何・・・この手・・・」

ヒスイに伸びた魔の手に噛みついたのは銀色の獣だった。

「お前が他の奴に殺られると困んだよ!別に助けた訳じゃないからな!!」

一旦離れ、影に向かって唸る。

<ほう・・・銀が二人とは・・・>

サタンは姿を現さず、地面に広がる影の中からせせら笑った。

<こいつには手出し無用だ。>

<クックックッ・・・威勢のいいこと。>

「コクヨウ?何話してるの?」

「うるさい!黙ってろ!」

<くすくす。立派な“番犬”だよ。君は。>

コハクが合流した。
コクヨウの予想以上の働きに救われ、心の中では感謝感激だった。

<・・・後はお前が何とかしろよ。>

<・・・ありがとう。助かった。>

<・・・フン。知ったことか。>

「???」

ヒスイにはコハクとコクヨウが何を話しているのかわからない。

「ヒスイ、さがってて」

「お兄ちゃん・・・あの・・・」

「あとで“おしおき”!」

コハクはヒスイに背を向けたまま言った。

本当に危ないところだったのだ。

「ぅ〜・・・」

“おしおき”を宣告されたヒスイが唸る。

コハクは横目でコクヨウを見た。

コクヨウは渋々といった感じに頷いて、ヒスイの服をくわえた。

「え?ちょっと??」

そのままヒスイを連れて逃げる。

<・・・さて。始めましょうか。>

コハクは剣を鞘から抜いた。
封印の札が音をたててちぎれた。

<・・・魔剣とは・・・大袈裟だのぅ・・・>

ズズズ・・・と薄ら笑いを浮かべたサタンが姿を見せる。

<この間のようにはいきませんよ。>

サタンの薄ら笑いに対抗してコハクが爽やかに微笑む。

<・・・二枚羽根が生意気を・・・>

<その二枚羽根に殺されるんです。アナタは。僕がコレを使う以上、死を覚悟した方がいい。>

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