世界に咲く花

6話 喫煙王子



「ジン、兄上が呼んでいたぞ。アレを持ってこいと・・・何なんだ?」

シトリンが首を傾げている。

ジンは笑って誤魔化した。

「城の研究室で待っていると言っていた」

「わかった。戻ったらすぐに向かうよ」

下校時の会話。二人は並んで歩いていた。

ジンは大学院を辞めた後も時間を見つけては研究を続けていた。

幸運なことにシトリンの通うハイスクールとは敷地が繋がっており、最近は校門の前で待ち合わせ城まで一緒に帰るのが日課になっていた。
その後再び待ち合わせ、今度は騎士団の訓練だ。
シトリンと過ごす時間は意外なほど多かった。

「私もひとつ頼みがあるのだが・・・」

「何?」

「兄上の用事が済んだら、少し勉強を見て貰えないだろうか?オニキス殿とはさすがに顔を合わせづらい・・・」

「それはいいけど・・・トパーズに習ったりはしないわけ?」

素朴な疑問だった。

シトリンには、常に首席の頭脳明晰な双子の兄がいるのだ。

「確かに兄上は人並み外れて頭がいい・・・だが、教え方が怖いのだ」

双子の妹、シトリンが身震いする。

「最近は“バカにつける薬はない”と相手にもしてくれん。私はどうやら兄上に嫌われているようだ」

  

研究室。

「その通り。馬鹿な女は嫌いだ。妹だろうが関係ない」

研究室でジンを待ち受けていたのはネクタイを緩めた制服の上に白衣を着たトパーズだった。
煙草をくわえ、吐き捨てるように言う。

一際目立つ美形であるにも関わらず退廃的・・・荒んでいる。

(確実にオレより老けて見えるな・・・)

ジンはそう思いながらささやかな抗議をした。

「妹だからこそもう少し優しく接するべきじゃ・・・」

「・・・オレに意見する気か?」

トパーズが睨み付ける。

そうすると大抵の人間は蛇に睨まれた蛙のようになってしまうが、ジンは免疫がついていた。
怯まずに聞き返す。

「・・・君達は仲が悪いのか?あまり一緒にいるところを見ないけど・・・」

「双子といっても特別仲がいいわけじゃない。あいつとは性格も趣味も考え方も全く合わない。いがみ合う訳ではないが、昔からつるむことはなかったな」

淡々とした答えが返ってきた。

「・・・お前は気合いが足りない」

「え?」

「シトリンのことだ。モノにしたければ、もっと押せ、つけ込め、手段を選ぶな」

「そう言われてもなぁ・・・シトリンは王に夢中だし」

「そんな甘いことを言っているから進展しないんだ。お前とシトリンがまとまらないと計算が狂う。何なら薬づけにして・・・」

「おい、おい、怖いこと言うなよ・・・」

トパーズの冗談はどこまでが本気か嘘かわからない。

しかし、その点を除けば知的なトパーズとの会話は悪いものではなかった。
特に学問に関しては大学院の友人よりもずっと濃い話ができる。

(トパーズの言うことは辛口だけど筋が通ってる。攻撃的な雰囲気に慣れてしまえば、これほど味のある奴もいないよな)

「それよりアレだ。持ってきたか?」

トパーズの口元が歪む。くわえ煙草から灰が落ちた。

「ご希望のアレね・・・持ってきたよ」

ジンは厳重に梱包された箱を差し出した。

「でも、マンドラゴラは扱いに気をつけないと・・・」

マンドラゴラ。

二股に分かれた根が人間の姿のように見える植物だ。

その用途は様々で薬草としても毒草としても使用できる。

トパーズは実験に使う植物をジンに用意させていた。

度々研究室に呼び付けては人の善いジンから珍しい植物を巻き上げている。

「はっ!こんなモノでオレがやられるか」

箱の中身はマンドラゴラの鉢植えだった。

トパーズは根っこを引き抜いた。

ギャァァァーッ!!

引き抜かれた瞬間に悲鳴をあげるマンドラゴラ。

これを聞いた人間は発狂し、死に至ると言われている。

グシャッ!

金切り声をあげるマンドラゴラをトパーズは容赦なく握り潰した。

(相変わらずむごい・・・)

ジンは心の中でマンドラゴラの冥福を祈った。

「・・・お前人間だろ?よく平気だな。コロッと逝くかと思ったのに」

「慣れるまで20回くらい気絶した」

トパーズの微妙な冗談にジンは肩を竦めて笑った。

  

「・・・トパーズはいるか?」

ノックの音とオニキスの声。

先日のシチュエーションと重なり、ジンはギクッとした。

王と鉢合わせになる機会が最近特に多い気がする。

王・王子・王女・・・普通に学生をしていた頃は別世界だった存在と、いつの間にか馴染んでいる。
とはいえ、モルダバイトには確たる身分制度がなく、城内は驚く程アットホームだった。
従来の常識を覆す王家・・・居心地がいい。

「はい。父上、只今」

オニキスの声が聞こえた瞬間、トパーズは煙草を窓の外に投げ捨てた。

ずれた眼鏡を直し、白衣の襟を正す。
表情までも変わっている。

素晴らしく聡明だ。

目を疑う光景だった。

(嘘だろ・・・キャラが全然違う・・・誰だよ・・・オマエ・・・)

トパーズは実に丁寧な口調でオニキスと言葉を交わしている。

これまでとは全くの別人・・・ジンは愕然とした。

(ここまで豹変できるものなのか・・・一流の俳優だ・・・)

「・・・煙草の匂いがするようだが・・・」

ふとそうオニキスが洩らした。

「ああ、ジンが」

間髪入れずトパーズが答える。

(えっ!?オレ!?オレなの!?)

「ジン?煙草を吸うのか?」

オニキスの視線が注がれる。

同時に“バラしたらコロス!!”の視線・・・トパーズだ。

(ホントは吸わないけど・・・まだ死にたくない・・・)

「あ・・・はい。少し・・・」

「お前は未成年ではないし、だめとは言わんが・・・城内は禁煙だ。メイド達に見つかるとうるさいぞ」

「は・・・はい、すいません」

「わかればいい。ゆっくりしていけ」

「ありがとうございます・・・」

  

「・・・親に隠れて吸うなんて可愛いところもあるじゃないか」

オニキスが帰ってすぐ煙草を取り出すトパーズ・・・

「何とでも言え。父上は特別だ」

「特別?それって尊敬してるってことか?」

「・・・育てられた恩がある。親から与えられたものと自分の力で得たものの区別がつかない奴は生きる価値もない馬鹿だ。受けた恩は返す。常識だろう」

「・・・カッコイイな、お前。性格悪いけど」

「気でも違ったか?ジン。いっぺん死んでこい」

褒めたはずが軽蔑の眼差しで返される。

「・・・そうだ」

「ん?」

「お前にいいものをやろう」

トパーズは背後の本棚からボロボロの本を取り出した。

『悪魔標本』

そう表紙に書かれている。

「・・・中級ランクC・・・これにするか」

「?トパーズ?何を・・・」

<・・・魔界の深淵より生まれし、我、従者よ・・・紅き瞳の盟約により命ずる・・・>

トパーズが何を言っているのか理解できない。

この世界で使用されている言葉ではない・・わかるのはそれだけだ。

ズブッ・・・ズズズ・・・

「!!!?」

トパーズは本に手を突っ込み、そこからどす黒い塊を引き出した。

<・・・行け>

「・・・・・・」

ジンは茫然としている。
何をどう突っ込んでいいかわからない。

ヒュッ!

黒い塊はトパーズの手から離れ、窓から外へ出て行った。

「今、悪魔を放った。国境近くの町へ向けて、だ。シトリンと狩りに行ってこい。あいつで充分倒せるレベルだ。デートの口実にはもってこいだろう?急いだほうがいいぞ。アレが人間を殺さないという保証はない」

「!!そんなデートあるか!」

ジンは身を翻した。

「・・・よい週末を」

トパーズがにやりと笑って見送る。

(まったく・・・ありがた迷惑もいいところだ)

騎士団の訓練所を目指して、ジンは息つく間もなく走った。

“お前とシトリンがまとまらないと計算が狂う”

(トパーズはしきりにそう口にするけど・・・一体何の計算が狂うっていうんだ・・・?)

  

森の奥。赤い屋根の下。

 

ベッドの上・・・裸で抱き合う二人。

「・・・お兄ちゃんの血・・・大好き・・・」

ヒスイがコハクの首筋に噛みついて喉を鳴らしている。

(・・・悪魔だ。モルダバイトのほうからくるなんて妙だな・・・)

コハクは夕焼け空を横切る黒い影を窓越しに見た。

(ランクは中級C・・・始末しておくか・・・)

「おにいちゃん?どうかした?」

「・・・何でもないよ。お腹、いっぱいになった?」

「うん!ご馳走さま」

ヒスイの愛らしい微笑みにうっとり。

(・・・ま、いっか。見逃しても)

「・・・続き、しようか」

「ん・・・」

悪魔のことは頭の片隅に追いやって、ヒスイの体に腕を回す。

ヒスイが牙の跡を舐めると、コハクもヒスイの首筋を舐めた。

「くすぐったいね」

お互いの体を舐め合い、抱き合って笑う。

「くすくす。昼間からずっとしてるよ?おにいちゃん」

「くすっ。今日何回目だっけ?」

「わかんない」

額を寄せ合い、楽しそうに笑いながらキスを繰り返す二人。

コツン。

「?」「?」

窓に何か当たる音がした。
二人はキスを止め、窓のほうを見た。

真っ白な鳩が窓を突いている。

「伝書・・・鳩?」

ヒスイが見守るなかコハクは窓を開けた。

「伝書鳩とはまた随分古典的な・・・」

鳩の足に括り付けられていた文書に目を通す。

「ひょっとして・・・教会から?」

「うん。そうみたい」

何て書いてあるの?と、ヒスイが覗き込んだ。

 

『コードネーム“春夏秋冬”

国境近ク、中級Cノ悪魔、出現。

人間ニ危害ヲ加エル可能性、アリ。

至急退治サレタシ/エクソシスト本部』

 

(アレのことか・・・情報早いな)

「仕方ない・・・行こうか」

「うん。ええと・・・制服は・・・っと・・・お兄ちゃん??」

「最後にもう一回してから・・・ね」

エクソシストの制服に手を伸ばすヒスイをコハクが後ろから抱き締める。

「え?でも急がないと・・・あ・・・もう・・・おにいちゃん・・・ってばっ・・・!」

ヒスイの胸を掴んで、揉んで、コハクが囁く。

「大丈夫だよ。たぶんもうモルダバイトの騎士団が動いてるはずだから。少し遅れて行くぐらいで・・・丁度いいんだ」

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