7話 カップル&カップル
明け方の国境。
「全く兄上は付き合いが悪い!」
悪魔を放ったのはその兄であることも知らずにシトリンがぼやいた。
シトリンとジンは一晩中馬を走らせ、翌朝には目的地に到着した。
「日が昇りきる前に決着をつけねば・・・」
太陽の光を嫌う悪魔は身を潜めてしまう。
ましてや中級ランクになると昼間探し出すのは困難だった。
シトリンは馬から降りて武器を構えた。
同じようにしてジンも弓を近くの森へ向ける。
「私が足止めしている間に急所を狙え。いいな?」
どんな強敵を前にしてもシトリンが怯えることはない。
己の身を顧みない気丈な戦い方がジンの悩みの種だった。
「シトリン・・・くれぐれも無茶な戦いは・・・」
「わかっている」
いつもそう答えるが、大抵わかっていない。
「行くぞ!」
二人は慎重に森へと足を踏み入れた。
「これは・・・」
ジンが上を見上げる。
トパーズの放った悪魔はどす黒い巨大スライムだった。
「何だ?でかいだけでたいしたことはなさそうだな」
シトリンが金色の羽根を広げ、上空へと浮き上がる・・・そしてスライムの頭上から大きく鎌を振り下ろした。
そこへヒスイの声。
「ソレっ!!斬っちゃ・・・だめっ!!」
ザクッ!サァァア・・・ッ・・・
「なんだ・・・これは・・・」
遅かった。
ヒスイの声が耳に届くより早くシトリンの大鎌は悪魔を切り裂き、その悪魔は黒い霧となって辺り一面に漂っている。
それだけならまだしも、その“黒い霧”は風に乗って町のある方角へ流れ出した。
「遅れてもいいなんて言ってお兄ちゃんがのんびりしてるから!間に合わなかったじゃない!もうっ!!」
ヒスイはシトリンではなくコハクに怒っている。
コハクは懲りない笑顔でごめん、こめんと謝っている。
「すいません・・・あの・・・一体何が起こってるんですか?」
ジンの質問にはコハクが答えた。
「アレ“悪意のカタマリ”なんだ。中級クラスの悪魔の中でもタチが悪くてね。対処法を知っていればどうってことないんだけど」
「・・・斬ってしまった・・・」
話を聞いていたシトリンが口を押さえる。
「“悪意”が霧状に・・・最悪のパターンでは・・・」
「うん。そうだね。アレみんな町の人間に憑くよ」
「なんということだ・・・こうしてはおれん!」
「いや、もう手遅れだから。町の人間に憑依させるしかない」
「なんだと!?」
「散った“悪意”を100%集めた状態じゃないと本体は倒せない。こうなってしまうとね、人間に憑依してもらったほうがいっそ都合がいいんだ」
「それで大丈夫なんですか?その・・・憑かれた側の人間は」
ジンの言葉に、そうだ!そうだ!とシトリンが加わる。
「“悪意”が人間の体を完全に浸食するのは48時間後だ。それまで“悪意”の影響を受ける人間もいれば、そうじゃない人間もいる。まぁ、普通の人間なら訳もなく苛立つ程度だと思うけど・・・」
「48時間過ぎたらどうなる?」
シトリンが真面目な顔で質問する。
「“悪意のカタマリ”になる。で、殺し合いかな」
「それまでに解決する術はあるのか・・・?」
「あるよ。その為に僕等がいるんだ」
悪魔払い・・・エクソシスト。
コハクもヒスイも黒ずくめの衣装に首から十字架を掛けている。
「少し準備に時間がかかる。とりあえず町へ急ごう・・・っと、その前に自己紹介がまだだったね」
シトリンとジンを交互に見てコハクが微笑む。
初対面のジンと握手を交わして自己紹介・・・
「はじめまして。シトリンの父・・・」
「もどきだ!!」
すかさずシトリンが付け加える。
「もどきって・・・酷いなぁ・・・こんなに似てるのに・・・ねぇ」
(・・・確かに紹介されるまでもなく血縁だってわかる・・・この人とシトリン、顔立ちが同じだ・・・)
ジンはコハクの後ろからちょこんと顔だけ覗かせているヒスイに目をやった。
(銀の髪・・・トパーズはこっちか・・・評判以上に綺麗な女性だけど・・・童顔だ。それに・・・瞳は紅くないんだな・・・)
「ほら、ヒスイ。シトリンとジン君だよ。挨拶して」
コハクがヒスイを前に出す。
「・・・よろしく」
ヒスイはそれだけ言うとまたコハクの後ろに隠れてしまった。
「ごめんね、ちょっと人見知りで・・・」
そんなヒスイの頭を撫でて、でれっとするコハク。
(母上・・・可愛いな・・・)
コハクと同時にシトリンの顔が緩む。
意識のあるヒスイを間近で見るのは初めてだったのだ。
(はっ!私は何を!?おかしいぞ、今のは!)
再度ヒスイを見る。
やっぱり顔が緩む。
(う・・・可愛い・・・なんかこう抱き締めて頬ずりしたくなるような、この感覚はなんだぁ〜!!?)
「・・・今、ヒスイのこと可愛いって思ったでしょ?」
葛藤しているシトリンの耳元でコハクが笑う。
「な、何を言って・・・」
シトリンは狼狽えた。
「それはもうどうにもならないことだから、悩むだけ無駄だよ」
コハクが得意顔で説明する。
「遺伝なんだ。つまり、君の中の僕の遺伝子が無条件にヒスイを愛してしまうという・・・」
「ば・・・馬鹿なことをいうな!!」
しかしヒスイを何度見ても可愛いと思ってしまう。
ほらね?とコハクが畳み掛ける。
「くっ・・・」
(いらんものばかりこの男から遺伝している・・・)
そう痛感せずにはいられない。
「お兄ちゃん、いこ。魔法陣描くの時間かかるよ?」
ヒスイがコハクの服を引っ張った。
コハクが頷いて羽根を広げる。
「じゃあ、僕等は一足先に行って準備をするから。また後でね」
国境の町。ペンデローク。
「嫌っ!」
「まぁ、そう言わないで・・・ね?ヒスイ」
「嫌だよっ!他にも方法あるでしょ!?」
「だけどこれが一番安全な方法だし・・・」
待ち合わせの場所・・・裏通りの薄暗い酒場にシトリンとジンが訪れると、そこでコハクとヒスイが口論をしていた。
よく見ると怒っているのはヒスイだけで、コハクはむしろ笑顔・・ナチュラルスマイルだ。
「どうしたんですか?」
ジンが首を傾げて近付く。
「あ、ジン君。早かったね。いやぁ・・・悪魔退治の相談をしてたんだけどヒスイが怒っちゃって・・・」
「お兄ちゃん!!」
余計なコト言わないで!と、ヒスイの激が飛ぶ。
「そうそう、宿が一部屋しか取れなくて・・・相部屋になっちゃうんだけどいいかな?」
「あ、はい。すいません、何から何まで」
「君達夕べから一睡もしてないでしょ?少し寝たほうがいい。ベッドは二つあるけど・・・まぁ好きに使って。僕等は夕方まで戻らないから」
そこまで話してコハクがじっとジンを見る。
「・・・君、精霊の祝福を受けてるね。見境なく人間に取り憑くはずの“悪意”が、あの時君に憑依しなかったのはそのおかげだ」
「え?そうなんですか?」
当人であるジンも初耳だった。
「覚えてないかな?たぶん子供の頃、精霊に認められて祝福を受けたはずだよ?精霊はね、人間性を見抜くんだ。つまり君は精霊に人間性を保証されているってことで・・・」
「オレ、そんな大層な人間じゃないですよ。ごく普通の人生だし・・・」
「謙虚だねぇ・・・精霊に愛されるタイプだ。君は。ところで・・・」
「はい?」
「例の悪魔なんだけど、出所に心当たりないかな?」
にこやかなコハクの問いかけに肝が潰れる思いをしながらも、ジンは答えた。
(さすがにあなたの息子さんですとも言えないし・・・)
「・・・いえ。ありません」
コハクとジン。
和気あいあいと二人の会話が弾む最中、黙って席に座っているヒスイをちらちらとシトリンが盗み見る。
(はっ!我ながら怪しい!!怪し過ぎるぞ!)
「おのれ・・・この遺伝子が憎い・・・」
そう呟いてヒスイの隣に着席する。
「あの・・・母上?」
「なに?」
ヒスイが素直に返事をした。
「あ、悪魔はどのようにして退治するんだ?」
「それを今モメてたとこ」
「そうか」
「シトリンって・・・オニキスと話し方、似てる」
ドクン。
ヒスイの口から出たオニキスの名にシトリンの胸が痛む。
「オニキスと話してるみたい。話し易くていいけど」
ヒスイには色々と聞きたいことがあった。特にオニキスのこと・・・
「あの人・・・ジンだっけ?」
ヒスイが先に話を振ってきた。しかもその内容は唐突だった。
「お兄ちゃんと気が合うみたいだね・・・もしかして・・・恋人?」
「は?」
「だってほら、女の子は父親に似たタイプの人を好きになるっていうし、あの二人ちょっと雰囲気似てるし・・・昔お兄ちゃんも髪が長くて・・・」
「違う!!そもそもジンとあいつを一緒にするな!ジンは善人!あいつは悪人だ!」
「?なんでお兄ちゃんが悪人なの?」
(気付いてないのか!?大丈夫なのか!?母上はひょっとしてあいつに騙されているだけなんじゃ・・・)
シトリンの被害妄想は止まらない。
「シトリンは・・・オニキスのこと・・・好き?」
ヒスイが真摯な瞳でシトリンを見つめる。
「・・・好きだ」
シトリンはヒスイを見つめ返して答えた。
「オニキス殿も国も・・・私が守る」
「簡単に作戦を説明するとね・・・」
と、コハクが3人を前に話し出した。
「まず“悪意”の憑いた人間を一カ所に集める。そこでジン君に“影縫い”をしてもらう。呪文は後で教えるから、矢に魔力を付加して憑かれた人間の影を射ってもらいたいんだ」
「え?でも、オレ、魔法使えるんですか?」
自分のことながら全くピンとこない。
弓の技術も精霊の祝福も、全く自分では感知していなかったのだ。
そして今度は当然のように魔法を使えと言われる。
「大丈夫、大丈夫」
コハクは軽く流して話を続けた。
「集まった順に“影縫い”で動きを封じて、完全に揃ったところで僕が倒す。それで終わり」
「大体はわかった。だが、問題なのはどうやって一カ所に集めるかだな」
シトリンが腕を組む。
「心配ご無用。ヒスイなら簡単にできるから」
そのヒスイはそっぽを向いている。
「ね、ヒスイちゃん、やってくれるよね〜?シトリンも困ってるよ?」
ちゃん付けでヒスイの機嫌をとるコハクの様子をシトリンはぽかんとした顔で眺めた。
「・・・一体何をするというんだ?」
「ヒスイはね、歌がすごく上手いんだ。声に魔力があって・・・“歌”の種類によって実に様々な効果が得られる。だから“悪魔憑き”だけを呼び集めるのなんてわけないよ」
「人前で歌うのが嫌なの!私がアガリ症なのお兄ちゃんも知ってるでしょっ!」
ヒスイが反抗する。
「う〜ん・・・ヒスイは照れ屋さんだからなぁ・・・」
コハクはまたデレっとした顔でヒスイの頭を撫でた。
「大丈夫だよ、僕がついてる」
「・・・羽根でふわっとしてくれる?」
「うん」
「後ろからぎゅってしてくれる?」
「するよ。もちろん」
「・・・じゃあ、やる」
「いい子だね」
ご褒美、と言ってコハクがヒスイの頬にキスをした。
(やめろ!人前でイチャつくな!!子供に恥をかかせる気かっ!!)
二人のやりとりを見ていたジンが隣で笑っている。
シトリンは二人を引き剥がしてやりたい気持ちになりながら心の中で叫んだ。