世界に咲く花

14話 矛盾・恋愛・支離滅裂

   

「ヒスイ・・・っ!」

「あ、おかえり。オニキス」

ヒスイは宮殿2階でオニキスの帰りを待っていた。

着ぐるみの中でかいた汗を流し、綺麗に身支度を整えて。

「馬鹿・・・!お前を捜していたんだ!」

オニキスはヒスイの姿を見るなり強く腕に捉えた。

「離して!私もうだめなの!」

「だめじゃない」

ヒスイが抵抗すればするほど抱き締める腕に力がこもる。

「私っ!オニキスを裏切った」

「違う。それは裏切りなどではない」

オニキスの言葉にヒスイは何度も首を横に振った。

「あのヒトと・・・いっぱいキスした。途中何度もオニキスのことが頭に浮かんだのに、だめだったの。あのヒトのすること全部が気持ち良くて止められなくて・・・だからもうめちゃくちゃで・・・」

涙でヒスイの言葉が詰まった。

「・・・ごめん・・・なさい」

「お前が謝ることじゃない」

オニキスが苦悶の表情を浮かべる・・・

自分のものにしようなどと考えていた訳ではなかった。

(失った記憶を戻して、あいつの元へ帰すと決めていたのに)

「止められなくてめちゃくちゃなのはオレのほうだ」

  

矛盾。支離滅裂。

 

最初に全てを伝えておくべきだったんだ。

コハクのこと。無くした記憶のこと。

何故話さなかった?

 

愛していると言われて嬉しかった。

当然のように必要とされることがどれほど幸せか知った。

そして・・・失うことを恐れた。

 

ヒスイを欺いて、それでも手に入れたくて。

 

地上で最も醜く卑しい男になってもオレは・・・ヒスイが欲しかったんだ。

  

そこまで考えて、ぷつんと何かが切れた気がした。

「ヒスイ・・・」

「うん?」

「お前を・・・抱きたい」

長年抑えていた感情が溢れ出す。

オニキスは瞳を伏せ、熱い抱擁をした。

(ずっとここで暮らして・・・今度はオレの子供を産め・・・)

  

(いいのよね・・・これで。夫婦なんだもん)

月明かりの中、お互いに服を脱いで向き合う。

「・・・ヒスイ・・・」

ベッドの中、抱き合ってオニキスと交わす前戯のキス。

「・・・ん・・・」

(間違ってないはずなのに・・・すごくイケナイことをしているような気が・・・)

ヒスイの脳裏を掠める想い。
愛し合うことに全く集中できない。

(オニキス・・・すごく優しいし・・・嫌ってわけじゃないけど・・・)

首筋に、胸元に、オニキスの唇が触れる。

ヒスイの肌に繰り返し何度もキスをして、大きな手の平で包み込むようにゆっくりと全身を撫でていく・・・

(何・・・この違和感・・・)

「あ・・・」

オニキスが胸の先端を口に含んだ。
そして右手が足の付け根に伸びる・・・

愛液を求める指先がヒスイの割れ目に触れ、その輪郭を軽くなぞった瞬間だった。

「違うっ!!この指じゃない!」

そう叫んでヒスイが両脚をぴったり閉じた。

「あれ・・・?私・・・何を・・・」

自分の行動に驚くヒスイ。

ヒスイの脚に右手を挟まれたオニキスも驚いている。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

そのままの姿勢で沈黙。

「・・・気が済んだ。もういい。力を抜け」

「あ・・・うん・・・」

オニキスが手を引いて離れた。

(・・・なんとなくこうなるような気がしていた・・・)

その手で髪を掻き上げて苦笑い。

「やっと目が覚めた。お前はあいつのものだ。さっさと帰れ」

「はぁ?」

ヒスイは状況が理解できない。
目をぱちくりさせている。

「・・・オレとお前は夫婦でもなければ、こういう関係でもない。お前の相手・・・本当の夫はコハクだ」

「コ・・・ハク?」

「そうだ。お前を攫ったあの男だ。わかるな?」

「わかる・・・けど・・・それがなんでこんなことに・・・」

二人は裸のままベッドの上に並んで座り、真っ直ぐ前を向いて言葉を交わした。

「オレが飲もうとしていた薬を・・・お前が飲んだ」

「薬?何の?」

「・・・一番大切なものの記憶を消す薬だ」

「・・・・・・」

ヒスイが訝しげな表情をした。

「それで?オニキスは何を忘れようとしたの?」

「・・・お前」

「・・・ヒトに馬鹿、馬鹿言うくせに・・・自分が一番馬鹿じゃない」

「・・・すまん」

その通りだと思う。
オニキスは項垂れた。

「オレはコハクのように強くない。矛盾と過ちを繰り返してばかりだ」

「・・・逆にそういうヒトだからこそ持っている強さもあるわ。愛のカタチがひとつじゃないように強さにも色々あるのよ」

ヒスイが膝を抱えて笑う。

「強さを比べるなんて馬鹿らしいわ。オニキスは弱くなんてない。話してくれてありがと」

「ヒスイ・・・」

「なあに?」

「また・・・矛盾だ・・・」

「え?」

矛盾。小さくそう呟いてオニキスはヒスイを抱き締めた。

そのままベッドの上に押し倒し、腕にしっかりとヒスイを抱く。

「・・・明日コハクのところへ帰してやる。だから今はこのままで・・・」

「・・・うん。いいよ・・・でも・・・」

腕の中でヒスイがクスクスと笑う。

「・・・下は気にするな」

「そんなこと言っても・・・あたるし」

「・・・オレだって男だ。お前が認めようとしないだけで」

溜息混じりの赤い顔。長い付き合いでも初めて見る顔だった。

「うん。ごめんね。私、あのヒト以外だめみたいだから」

(自分でもビックリなんだけど。他のヒトには体が反応しない・・・)

触れられても感じない。
体は乾いたまま、シーツを汚す心配もない。

「わかっている」

オニキスは繰り返し言った。

「気にするな。そのうち落ち着く」

「・・・ん」

とくん。とくん。とくん。

「・・・聞こえるか?」

「うん」

全く同じ鼓動。

二人を繋ぐその音に耳を傾ける・・・

(これが・・・オニキスと奏でる音・・・)

ヒスイは瞳を閉じた。

(帰ろう。もうひとつの音を奏でるために。あのヒトのところへ)

  

「・・・ヒスイ?寝たのか?」

ヒスイからの返事はない。

代わりに聞こえてくるヒスイの寝息。

オニキスの体はまだ落ち着かない。

(こうしているうちはたぶん無理だ・・・)

触れ合う肌。伝わる温もり。心だけが・・・遠い。

自業自得とはいえ、こんな目にあうのはもうこりごりだと思う。

(それでも・・・好きだ)

「・・・矛盾してるな」

自分に呆れて溜息。

(だが・・・この愛しい温もりをもう二度と忘れようとは思うまい)

共に朽ち果てる・・・その時まで。

「願うのはお前の幸せだけだ」

  

「・・・・・・」

(・・・鍵が・・・・)

シトリンが扉の前に立っている。

宮殿2階。

(今までこんなことなかったのに・・・)

胸にじんわりと広がる痛み。

(オニキス殿と母上はこの扉の向こうで肌を重ねているのか・・・)

「・・・っ・・・ぅぅ・・・」

(オニキス殿の心も体も・・・母上のもの・・・)

その場にしゃがみ込んで、涙。

(どんなに欲したところでオニキス殿は私のものにはならない・・・)

「わかっているのに・・・好きだ」

「シトリン?」

「・・・ジン・・・」

毎回同じタイミングで現れるジン。

「・・・また泣いてるのか」

「・・・・・・」

シトリンは立ち上がり、服の袖でゴシゴシと涙を拭いた。

「何故ここに?」

「・・・なんとなく・・・シトリンが泣いてるのわかるんだ。ホントにただの勘なんだけど」

ジンが申し訳なさそうに肩を竦める。

シトリンが何処で泣いているのか不思議とわかるのだ。

シトリンの居場所を外したことは今まで一度もない。

「・・・おかしな特技だな・・・」

笑うはずのところでも涙。
歯を食いしばって堪えているのに、扉の向こうを想像するとどうしても泣けてくる。

「・・・行こう」

見かねたジンがシトリンの手を取った。

「?何処へだ?」

「オレの温室」

  

誰も入れたことのない自分専用の温室にシトリンを連れ込む。

外気を遮断した暖かい空間。瞳に優しい緑。甘い花の香り・・・

癒しスポットとしては最高だった。

シトリンは鼻を啜って植物の観賞を始めた。

「おお!何だコレは!初めて見るぞ!」

新鮮な反応が可愛い。

慰め役もすっかり板についてきた。

シトリンの笑顔の為ならどんなことでもしてやりたいと思う。

(“頭の悪い女は嫌いだ”ってトパーズは言うけど・・・逆にオレは好きだな・・・)

微笑ましい気持ちでシトリンを見守る。

「ジン?」

ほんわかムードのジンをシトリンが覗き込んだ。

(あ・・・天道虫・・・)

シトリンの鼻の頭に止まっている。

「じっとしてて」

顔を近づける・・・そして天道虫を自分の指に移らせた。

そこまでは良かった。

間近で見るシトリンの顔。

(・・・綺麗だな。こいつが止まりたくなるのもわかる)

甘い蜜の香り。

(だけど・・・目が赤い。シトリンは王のことで泣いてばかりいるから・・・)

勿体ないと思う。シトリンの沈んだ表情を一番近くで見きたのだ。

「オレなら・・・シトリンを泣かせたりしないのに」

唇が吸い寄せられる・・・

温室に差し込む月明かりの下、二人の影が一つになった。

バチンッ!

「・・・この・・・馬鹿者っ!!」

ジンの頬を叩いて、シトリンが怒鳴る。

「手の早い男は嫌いだ!!見損なったぞ!ジン!」

そう吐き捨ててシトリンは温室を走り去った。

(あ〜・・・やっちゃった・・・。最近自分でもおかしいと思ってたんだよな・・・)

ジンは断じて手の早いタイプではなかった。

むしろ相手を苛立たせるほどに欲がない。

(それなのに・・・何やってんだ、オレ。まだ気持ちも伝えてないのに・・・)

「・・・支離滅裂・・・だな」

  

はぁっ。はあっ。

シトリンは宮殿の前まで戻った。

(オニキス殿・・・)

寝室には鍵が掛かっている。

会えるはずもないと思いながらシトリンは2階を見上げた。

「!!?オニキス殿!?」

オニキスが部屋から出てくるところだった。

シトリンは勢いよく外階段を駆け上がった。

「シトリン・・・今、お前のところへ行こうと思っていた」

「え・・・?」

どきん・・・

「・・・試験勉強は大丈夫なのか?」

無駄なトキメキだった。一気に現実へ引き戻される・・・

(しまった!!忘れていた!!まったくやっていないっ!!)

試験はまだ1日目だった。あと2日続く。

「その様子だと・・・やっていないな?」

「う・・・」

「・・・まぁ、無理もない。オレ達の問題に巻き込まれては勉強も手につかんだろう」

「い、いや・・・そういうことでは・・・」

「来い。一夜漬けだが、なんとかしてやる」

「・・・母上・・・は?」

それこそ気になって勉強に身が入らない。

シトリンは少し躊躇いがちに訊ねた。

「いつも通りだ。寝ている」

「そのうち弟か妹ができるかな。可愛がるぞ。私は」

(あわわ・・・私はなんて嫌味な言い方を!!)

言ってしまってから良心が咎める。

「・・・いや。それはない」

オニキスは表情一つ変えずに答えた。

「お前の考えているようなことはしていない」

「え・・・?」

「・・・しようとしたができなかった。ヒスイは明日、家に帰す。お前達には悪いが・・・」

「オニキス殿・・・」

「・・・さぁ、始めるぞ」

書斎に向かうオニキスの背中にシトリンが身を寄せた。

コツンと額を当てて呟く。

「・・・好きだ。私が傍にいる」

「・・・・・・」

オニキスは足を止めた。

「今はただ・・・この気持ちを知っていてくれるだけでいい」

「・・・お前の気が済むまで・・・好きにするといい」

そう口にしてオニキスが再び歩き出す・・・

(オニキス殿・・・)

「ああ!そうさせてもらう!」

シトリンは顔を綻ばせてオニキスの後に続いた。

  

翌日。

ヒスイが扉を叩いた。
赤い屋根の大きな屋敷。

「は〜い」

コハクはすぐに扉を開けた。

「・・・毎日ミルクティーが飲みたいから・・・帰ってきた」

照れて横を向くヒスイ。
コハクは愛おしさで目を細めた。

「うん。おかえり。ヒスイ」

「・・・ただいまっ!」

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