世界に咲く花

13話 桃色ウサギ

   

「・・・ここでいい」

「ミルクティーが飲みたくなったらまたいつでもおいで」

夕方。コハクはヒスイを森の入り口まで送った。

(ホントは城まで行ってオニキスに宣戦布告するつもりだったん
だけど・・・)

“ひとりで帰る!!”と、ヒスイがどうしても譲らなかった。

「それじゃ」

ヒスイはあっさりとした口調でコハクに別れを告げ、夕暮れの街中へ消えた。

はぁ。はぁ。

銀の髪はとにかく目立つ。一目でモルダバイトの王妃とバレてしまう。

ヒスイは人目を避けるようにして走り、公園の植え込みに隠れた。

(・・・私・・・何やってんのォ〜!?)

しゃがみ込んで猛烈に赤面。

(よく知らない人とあんなことしちゃってぇ・・・)

頭を抱える。

(パンツまで借りて・・・悪夢だわ・・・どうしてあんなことに
・・・)

コハクから離れてやっと思考が正常に働くようになった。

(あのヒト・・・危険だわ・・・心が・・・乱される・・・)

とくん。とくん。とくん。

鼓動が早いのは走ったせいだけではなかった。

(オニキスとだってあんなことしたことないのに・・・ってアレ?それおかしくない?夫婦だよ?オニキスと・・・したことあったっけ・・・でも子供いるし・・・)

「痛ッ!イタタ・・・」

混乱・・・そしていつもの頭痛に襲われる。

「もうっ!何なのよ!この頭痛!!イラつくわね!」

ヒスイは常備していた痛み止めを口へ放り込んだ。

はぁ〜っ・・・

(オニキス一筋のはずが・・・浮気・・・不倫・・・しちゃった
・・・)

膝を抱え込んで小さくなる。

「私・・・オニキスを裏切った・・・」

(裏切り→離婚→ひとりで生きていく→現在一文無し)

頭にそう思い描く。

(シトリンにお金借りようかな・・・トパーズは利子が付きそうだし・・・はっ!私はなんて馬鹿なことを・・・)

「とにかく、お城を追い出されたら私には帰るトコロがない。まずは住めそうな場所と生きていく術を・・・ブツブツ・・・」

(あっ!そうだ!奨学金制度!学問に対する熱意があれば下宿も世話してもらえるはず・・・)

「ホントにいい国ね、モルダバイトは」

ヒスイは立ち上がった。日の沈む空を見上げて。

「やってしまったものはしょうがないわ。もうお城には帰らない」

  

夜明け。

「オニキス殿」

「何だ?」

徹夜で勉強。憔悴気味の二人・・・。

「母上・・・帰ってこなかったな・・・」

「・・・帰ってくるとも思っていない」

「いや。帰ってくる」

眠気覚ましのコーヒーを飲みながらシトリンが主張する。

「“王妃様を少しの間お借りします”って言ったんだ。あいつ。ちゃんと返すような口ぶりだった」

「・・・その事ならもういい。お前は学校へ行け」

「しかし・・・」

「あのぉ〜・・・」

二人の会話に割って入ったのはコハクだった。

何食わぬ顔でバルコニーから中に入ってくる。

オニキスの首の皮を切ったあの夜とはまるで別人だった。

「ヒスイ、戻ってきてますか?」

その言葉にオニキスが眉を寄せる。

「・・・お前のところじゃないのか?」

「昨日の夕方には帰したんですけど・・・別れ際ちょっと様子が変だったんで気になって・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

二人黙って顔を見合わせる。

「・・・お前、ヒスイに何か・・・したな?」

オニキスが睨む。
コハクがとぼける。

「別に?何も」

「・・・ならば、そのポケットに入っているモノは何だ?」

オニキスが指摘したモノ・・・それはヒスイの下着だった。

コハクが着ているシャツの胸ポケットからほんの少しはみ出している。

(目ざとい・・・)

コハクは咳払いをしてポケットの奥に押し込んだ。

娘シトリンのなじるような視線が痛い。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「とにかく探してきます」

コハクはキリッと顔を引き締めたが、かえってそれがわざとらしい。

「・・・オレも出る」

オニキスが身を翻す。

「私も行く!」

名乗りを上げるシトリンにオニキスが言った。

「お前はいい。覚えたことを忘れられてはかなわん」

「う・・・それは・・・」

あり得ないことではなかった。

一夜漬け・・・頭にビッチリ詰まっている。

振っただけでもこぼれ落ちそうだった。

シトリンを宮殿に残し、オニキスとコハクはそれぞれ心当たりの場所を探しに出かけた。

「アレはちょっと荒治療すぎたかな・・・」

上空から地面を見下ろし、コハクが頭を掻く。

「ヒスイは根がすごく真面目だから、ひょっとしたら思い詰めて何かとんでもないことを・・・しちゃってるのでは・・・」

  

(・・・暑い・・・臭い・・・よく見えない・・・)

「これはちょっと・・・失敗かも・・・」

モルダバイト城への道のり。

ヒスイはうさぎの着ぐるみの中にいた。

(丁度いい具合に脱ぎ捨ててあったのよね)

奨学金の申請をするのに城まで行かなくてはならなかった。

(正体がバレたらまずいし・・・)

公園のトイレ脇で発見した着ぐるみ・・・子供に風船を配っていたピンクのうさぎ。
これで堂々と街を歩けると意気揚々に身を包んだ。
が、ヒスイの体には大きく、逆に不自然な姿だった。

そんなことは気にも留めず、いつもと違う自分を楽しんだヒスイも城に到着する頃にはすっかりバテていた。

ふぅ。ふぅ。

(く・・・苦しい・・・早く手続きを済ませないと・・・)

のろのろと歩く。あまり進んでいる気がしない。

はぁ。はぁ。

(やっと受付が見えてきたわ・・・)

「・・・すみません。あの・・・」

自分を捨てて、使い慣れない敬語に挑戦する。

着ぐるみの手ではペンが握れないことにヒスイはまだ気付かない。

「あ!おかえりなさいませ!ヒスイ様」

通りかかったメイドの一人がうさぎに声を掛けた。

「!!?」

(え!?なんでバレるの!?完璧な変装のハズなのに・・・)

ヒスイは驚き、慌てて引き返した。

(髪の毛出てたとか?)

確認の為、被り物を脱いでみる。
着ぐるみは一人で着脱できる作りになっていた。が・・・

(え?あれ??脱げない・・・)

引っ張ってもびくともしない。

(うそぉ〜・・・なんで?)

  

「あ・・・兄上・・・アレは何だ?」

トテトテトテ・・・

学校帰りのシトリンの前を桃色うさぎが横切った。

途方に暮れたヒスイは人目につきにくい中庭まで移動し、そこでウロウロしていた。

「ヒスイ」

一足先に帰っていたトパーズが答える。

「ええっ!?」

「トロトロ歩いてるんで、接着剤で首つなげてやった」

トパーズの手には強力瞬間接着剤が握られていた。

「!!何てことを!!酸欠で死んでしまうぞ!?」

「吸血鬼がそんなことで死ぬか」

「そうは言ってもだな・・・」

(まさか母上がこんな変わり果てた姿で戻ろうとは・・・)

「くくく・・・ヒスイは馬鹿だ。まぁ、勉強ができるだけお前よりはマシだが」

「・・・・・・」

言われるまでもなくテストの出来は散々だった。

耳が痛いとばかりに黙り込むシトリン。

「飽きない女」

トパーズが声を殺して笑う。

(兄上・・・楽しそうだな・・・。こんなに楽しそうな兄上は初めて見るぞ・・・まさか・・・母上イジメに生き甲斐を見いだしたとか!?)

  

「またヒスイ様が・・・」

「着ぐるみよ、可愛いわねぇ」

くすくす。

メイド達は見て見ぬふりをしている。

「今度は何を始めたの?」

「また王にも着ろって言い出すんじゃ・・・」

「それ最高!用意しとく?」

「王の趣味って変わってるよね〜・・・他の女に目もくれずアレだもんねぇ・・・」

「うん。うん。ヒスイ様って確かに凄い美人だけど・・・変よね」

「うん。変」

「神隠しに遭う前もあんな感じだったのかな?」

「神隠しに遭うと歳取らないっていうのもいいよね〜」

「シトリン様のほうが年上に見えるし」

「見える。見える」

メイド達のお喋りは止まらない。

明るく元気でよく働く。

そしてちょっぴりミーハー・・・それがモルダバイトのメイドだ。

  

シトリンの自室。

「母上。じっとしていてくれ。今、助ける」

シトリンはうさぎの手を引いて自分の部屋まで連れてきた。

そこで愛鎌を振るう。華麗な舞だ。

「ありがと。助かったわ」

ス〜ハ〜ス〜ハ〜

ヒスイは何度も大きく息を吸った。

「テストどうだった?」

「・・・全然だめだ・・・」

シトリンが肩を落とす。

「別に勉強だけがすべてじゃないわ。要は頭を鍛えるのが好きか、体を鍛えるのが好きかの問題だもの。シトリンは体を鍛えてるんだからそれで充分だと思うわよ?」

「母上は頭を鍛えるのが好きなのか」

「そういうこと」

「我々はいいコンビかもしれんな」

「そうね・・・でも・・・」

着ぐるみを脱いだヒスイがシトリンを見上げた。

「・・・は?離婚・・・だと?」

「うん」

「ちょっ・・・ちょっと待て!早まるな!」

(そんなことになったらオニキス殿が・・・)

「あの男と何かあったのか?」

「あの男?ああ、シトリンとそっくりの・・・うん。あのヒトと色々しちゃったのよ。オニキスに合わせる顔がないわ。だからここ出てく」

「いや、それは仕方がないというか・・・悪いのは全部あいつで母上が責任を感じる必要は・・・」

シトリンは必死にヒスイを説得した。

「とにかく!夫婦で話し合うべきだ!王家の離婚など聞いたことがない。下手をすれば国が荒れる。だから・・・」

「・・・わかった。出て行くのはオニキスに頭を下げてからにするわ」

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