世界に咲く花

16話 少年祖父


   

2年前・・・

 

「ほら。これかけてなよ」

「・・・何だ、これ」

「幸せ眼鏡」

「・・・・・・」

 

モルダバイト城の裏手に広がる王家所有の森林。

その奥で向き合う二人の少年。

一人は銀髪紅眼・・・トパーズだ。

そしてもう一人は栗色の髪に翡翠色の瞳をした少年だった。

「・・・アンタ誰だ?」

少年に無理矢理眼鏡を掛けさせられて不機嫌極まりないトパーズ。

「俺?メノウ。君のお祖父ちゃん」

「・・・正気か?」

信じられるはずがない。

メノウと名乗った少年はどこからどう見ても少年なのだ。

「でも、この顔に見覚えあるでしょ?」

「・・・・・・」

確かに見覚えはあった。

城に飾られている王妃の肖像画。

髪の色は違えども、顔の作りは一緒だった。

(・・・あの女と関係があるのは間違いなさそうだ)

15歳のトパーズは思案を巡らせた。

(人外ならば見た目で判断できない)

「あ、俺人間だから。悪魔と取引してこうなっただけで、ホントは結構歳いってんの」

ケラケラと笑うメノウ。明るい雰囲気の少年だ。

(・・・悪魔と取引・・・なるほど・・・)

それですべてが納得できた。

トパーズは、自ら祖父と名乗った少年の話を聞いてみることにした。

「・・・で?ジジイがオレに何の用だ?」

クールな眼差しをメノウに向ける。

「お前ちょっと怖いな・・・絶対コハク似だ」

メノウは肩を竦めて笑い、話を続けた。

「一人で悩むなよ。眼痛いんだろ?いつから紅くなったの?」

「・・・・・・」

この日の朝までトパーズの瞳はメノウと同じ翡翠色だった。

しかし、以前から時折痛みはあった。

鏡を覗くと瞳が紅い・・・痛みが治まればもとの色に戻る。

その繰り返しで3年・・・そしてついに瞳の色が戻らなくなった。

「なんとなく“忌むべきもの”って気がしたんだろ?だから周囲に見つかる前にここへ身を隠した」

「・・・・・・」

「ほら。見てみなよ」

メノウがポケットから小さな手鏡を出した。

「・・・これは・・・」

「そう。俺、天才だから」

鏡には眼鏡をかけたトパーズの姿が映っている。

眼鏡越しに見える瞳は以前と変わらぬ翡翠色。

眼鏡を外せばやっぱり紅い。

「錬金術を元に特殊魔法を組み合わせて造ったんだ。なかなかの出来でしょ?光の屈折率を大きく変えるからある程度痛みも防げるし。誰にも知られたくないんだろ?」

「・・・ジジイ・・・何故そこまで知っている?」

トパーズが睨みを利かす。メノウは全く怯まない。

「・・・お前達ことずっと見てきたから」

「・・・・・・」

「シトリンは健康そのものだけど、お前苦労してんじゃん」

「・・・・・・」

「お前は“吸血鬼”の血がすごく濃い。1/4のはずなのに1/2のオニキスよりもずっと血への渇望が強いし、実は太陽の光も苦手だ。そうだろ?」

「・・・だから何だ?」

「だ〜か〜ら、放っておけないの!即席だけどないよりマシだろ?」

アイテム名“幸せ眼鏡”。

(ドラ○もんのアイテムか・・・馬鹿が)

ツッコミを入れる気力もない。

(だが・・・コレは使える)

「・・・瞳が紅いのは幸せなことじゃないんだけどね」

メノウがぽつりと呟く。

「・・・お前は絶対助けてやるから」

  

現在。モルダバイト城。研究室。

「馬鹿め。殴られたぐらいで引くな」

「引くに決まってるだろ・・・」

シトリンに叩かれた頬を押さえてジンがぼやく。

「引くぐらいなら初めから手を出すな。煮え切らない男だ」

トパーズは煙草に火を付けた。

「父上はヒスイ以外愛さない。シトリンを受け入れることはないはずだ」

「・・・うん。まぁ、長期戦でいくよ。気は長いほうだから」

「お前、シトリンとこの国を継げ」

煙草の煙を吐いてトパーズが言った。

「何言ってるんだ?国を継ぐのはお前・・・」

「確かに跡継ぎとして育てられてはきたが・・・無理だ。オレは城を出る」

「無理って・・・何言ってるんだよ・・・」

話の展開に全くついていけない。

「お前なら大丈夫だ。やれる」

「おい〜・・・何の根拠もないこと言うなよ〜・・・」

いつもの冗談だと思っていた。

しかしその翌日、トパーズは研究室から姿を消した。

  

赤い屋根。

その下で扉を叩いたのはトパーズだった。

「はい〜」

コハクが出迎える。

「おや?珍しいお客さんだ。いらっしゃい。歓迎するよ」

「・・・・・・」

トパーズはコハクを睨み付けたまま動こうとしない。

「・・・オレはアンタを“父”とは認めない」

「うん。別にいいよ?」

しょっぱなから険悪なムードが漂う。

「あれ?もしかして僕等に育てて欲しかった?今からでも可愛がってあげようか?」

皮肉にしか聞こえないコハクの言葉。場の空気は益々緊迫した。

「・・・まっぴら御免だ」

トパーズが軽く一蹴する。

「良かったでしょ?オニキスのところで育って。なにせ彼は常識人だから。ただ、君がまっとうに育ったかどうかは疑問だけど」

コハクはトパーズがくわえていた煙草を取り上げた。

「ウチは禁煙だ。持ち込みも禁止」

神経が逆撫でされる・・・トパーズはズボンの後ろポケットから小さな呪文書を取り出した。

「・・・オレはシトリンより遥かに強いぞ」

「躾け希望?はい。はい。ちょっと待ってね」

「・・・おちょくっているのか」

コハクが再び玄関に顔を出した。その手に持っているのは・・・箒だ。

「君もこれで充分」

早速、箒を構える。

「どこからでもかかってきなさい。あ、でも君は男の子だからシトリンよりも厳しくしちゃおうかな〜」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

コハクとトパーズが睨み合う。

互いに隙がない。

「お兄ちゃん〜?箒がないんだけど〜・・・」

ヒスイが廊下に顔を出した。

廊下はまっすぐ玄関へと続いている。

ビクッ!

コハクの態度が豹変・・・箒の向きを変え、熱心に玄関を掃き出した。

白々しく鼻歌まで歌っている。

「・・・・・・」

“態度豹変”他人事ではない。

オニキスの前にいる自分を見ている気分になってトパーズは閉口した。

「お兄ちゃん?そんなトコで何やって・・・あ!トパーズ!」

ヒスイはコハクの脇を抜け、トパーズに駆け寄った。

「きてやったぞ。ヒスイ」

「うわぁ〜・・・ホントに遊びに来てくれたんだ」

ヒスイの目にはトパーズしか映っていない。

(え?何?僕より優先なの?)

何気ないヒスイの行動がショックだった。

人見知りの激しいヒスイ。

来客の際は必ずと言っていいほどコハクの後ろに隠れるのだ。

「そんな馬鹿な・・・」

思わず呟くコハクをトパーズが鼻で笑う。

「お兄ちゃん!何ボ〜ッとしてるの!早く紅茶淹れて!」

ヒスイはトパーズを熱烈歓迎。進んで接待している。

「お兄ちゃんの淹れる紅茶はね、すごぉ〜く美味しいの!」

「紅茶?」

小馬鹿にした笑いを浮かべてトパーズが見下ろす。

「そんなものより・・・血を飲ませろ」

「え?」

トパーズは前置きなくヒスイの首筋に噛みついた。

「!!!」

ボキッ!

怒りのあまり箒をヘシ折るコハク。

「ん・・・こら・・・トパーズ・・・」

突然牙を剥かれたら痛いはずなのに、ヒスイは怒らない。

嫌がっている様子もなかった。

(ヒスイ!?コイツに甘くないか!?しかも気持ち良さそう・・・何だコレ・・・は・・・入り込めない・・・)

ヒスイが好意的に接するのは肉親だけだ。

トパーズは髪と瞳がヒスイ譲りの上、眼鏡を掛けているために、シトリンほど目立たないが、顔は立派なコハク似だった。

(早く追い返そう。何やらとてもキケンな気がする・・・)

止血のためにトパーズがヒスイの首筋を舐めている。

「・・・満足した?」

「・・・まあな」

「じゃあ、次は家の中を案内するね!お兄ちゃんはおやつ作っといて!」

「えっ!?あ・・・うん」

コハクは何も言えないまま、屋敷探索に出発する二人を見送った。

  

「・・・本が多いな」

案内される先々で本が目に付く。

「そりゃそうよ!本大好きだもん!結構貴重な文献もあるのよ。お父さんが研究好きだから・・・」

「父親・・・か」

「うん。トパーズは会ったことないよね?お父さんと私ね、顔がそっくりなのよ。ホントにもう笑っちゃうくらい。2年前までこの家で一緒に暮らしてたんだけど、急にいなくなっちゃって。今ではたまに顔見せるだけ。名前は・・・」

「・・・メノウ?」

「あれ?よく知ってるね。オニキスから聞いたの?」

「・・・そんなところだ。で、母親はどうした?」

淡々とした口調でトパーズの質問が続く。

「お母さんは・・・病気で・・・」

ヒスイの声が沈む。

「・・・死んだのか?」

「うん・・・」

「・・・死因は何だ?」

「・・・“銀”の吸血鬼特有の・・・病気」

ヒスイの父親、トパーズの祖父はメノウ・・・人間。

ヒスイの母親、トパーズの祖母が吸血鬼だった。

銀髪紅眼。そしてもうこの世界にはいない。

吸血鬼の中でも銀の髪を持つ一族は別格だった。

その美しい容姿と高い能力から悪魔としての階級はトップクラスだが、絶滅寸前・・・現在確認されている“銀”の吸血鬼は4名しかいない。

ヒスイの叔父にあたる男が直系最後の生き残りであり、ハーフのヒスイと眷族のオニキス、クォーターのトパーズと並ぶ。

「20歳になると体の細胞がカタチを保てなくなって崩れちゃうの。だからどうしても20歳以上は生きられないって・・・」

「・・・何色だった?」

「え?」

「母親の瞳の色」

「・・・紅。短命の証なんだって」

「・・・・・・」

「トパーズ?」

沈黙するトパーズの顔をヒスイが覗き込む。

眼鏡を軽く押さえてトパーズが答えた。

「・・・何でもない」

メノウの研究室。

床には試作段階の魔法陣や研究資料が散らばっていた。

「お兄ちゃん、ここ片付けたくてウズウズしてるの。でも触るとお父さんに怒られるから・・・」

床にしゃがんでヒスイが笑う。

「なかなかいい物を揃えている」

トパーズは積み上げられた書物を眺めて言った。

「興味ある?だったら、しばらくここに泊まっていけば?部屋いっぱいあるし。オニキスには連絡しとくから」

「・・・そうさせてもらうかな」

「うん!うん!」

ヒスイは嬉しそうだ。

「お兄ちゃんの作る料理は最高なんだから!こう言っちゃ何だけどお城のコックさんより腕は上よ、絶対!」

  

「・・・・・・」

(最近どうもツイてない気がする。やっとヒスイの記憶が戻ったかと思えば今度はコイツか・・・)

トパーズが屋敷に留まること数日・・・見る度ヒスイに噛みついている。

コハクの機嫌はすこぶる悪かった。

現に今も昼寝をしているヒスイの上へ乗りかかり、好き勝手に血を吸っている。
それでもヒスイは怒らない。

ヒスイの前でトパーズを咎めようものなら逆に怒られてしまうというジレンマに陥っていた。

(コイツは・・・オニキス以上に腹が立つ・・・)

「・・・ヒスイのことは“お母さん”と呼びなさい」

「アンタに指図される覚えはない」

ヒスイの目を盗んでは繰り広げられる水面下のバトル。

「マザコンくんは女の子にモテないよ。はっきり言ってキモイ」

「ならば言わせてもらうが、ヒスイに“お兄ちゃん”と呼ばせているアンタも充分キモイ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

同じ顔で睨み合う。

「・・・軽い運動でも?」

(骨を2、3本折って城に送り返してやる・・・)

爽やかな笑顔でコハクがボキボキと指を鳴らした。

「・・・望むところだ。が、その前にひとつ聞きたい事がある」

「何でもどうぞ」

笑顔のままコハクが答える。

「・・・それなら・・・」

冷静な態度でトパーズが眼鏡を外した。

「!!!?」

コハクの表情が急変する。驚きで声も出ない。

「今更アンタ達にどうこう言うつもりはない。正直に答えろ」

トパーズは紅い瞳でコハクを見据え、話を続けた。

「オレは・・・死ぬのか?」

ページのトップへ戻る