世界に咲く花

18話 暴走。親子愛。

   

「オレは・・・死ぬのか?」

しばしの沈黙。

「・・・今のままではたぶんそうだね」

家にヒスイがいないことがせめてもの救いだった。

トパーズとコハクはダイニングテーブル越しに向き合っている。

「その眼鏡は何処で?」

「ヒスイの父親からだ」

「え?メノウ様?」

「様?アイツそんなに偉い奴なのか?」

軽く脱線。ヒスイと同じ顔をした自称天才少年にめずらしく興味が湧いたのだ。

「うん。ホント、天才。まさに人類の英知。とにかくすごい人なんだよ」

「フン・・・ジジイ風情が」

「ジジイ!?なんて呼び方を・・・」

話がどんどん逸れていく。

「ええと・・・それで・・・」

どうでもいいような話をひとしきり終えた後コハクが軌道修正をした。

「・・・いつから?産まれた時は翡翠色だったはず・・・」

「そんな事はどうでもいい。ある程度調べは済んでいる。確認したかっただけだ」

トパーズには打ち解ける様子が全くなかった。

コハクが溜息を洩らす。

「確認・・・その為にここへ?」

「そうだ」

「オニキスやシトリンはこのこと・・・」

「当然知らない」

「・・・ヒスイには・・・」

「言ってない。言うつもりもない」

「・・・・・・」

コハクは口元に軽く拳をあてて考え込んでいる。

普段はあまり見られない真剣な表情だった。

「2年前・・・15歳の時だね?紅くなったのは」

(メノウ様が家を出たのも2年前だ。辻褄が合う)

「・・・・・・」

トパーズは答えない。

「・・・君がどこまで理解しているのかわからなければ説明のしようがない」

「・・・紅い瞳について知っていることをすべて話せ」

「わかった・・・」

コハクの説明はヒスイから得た情報と大差なかった。

「紅い瞳は短命の証。20歳まで生きられない・・・と。そういうことだな?解決法は不明・・・病気か呪詛かもわかっていない・・・か」

トパーズに動揺の色は見られない。

どこまでも冷静に自分の余命を分析する。

(・・・落ち着いてるな・・・知っていたとしか思えない。一体どこまで調べて・・・)

トパーズの神経の太さに感心しつつ、コハクが言った。

「大丈夫だ。あと3年ある。それに今もメノウ様が探しているはずだ。生き残る方法を」

(それにしても・・・メノウ様・・・なぜ僕にまで隠して・・・)

  

「ただいま〜!」

午後3時ぴったりにヒスイが帰宅した。

「お兄ちゃん!おやつ〜!」

ご機嫌な笑顔でコハクに飛びつく。

「あっ!ごめん、まだできてなくて・・・」

「え〜・・・」

ヒスイが口を尖らせる。

「すぐ作るから・・・」

コハクは突き出たヒスイの唇にキスをしてエプロンを手に取った。

「・・・なんかあったの?」

意外と勘が鋭いヒスイ。
いつもと違う事態に疑いを抱く。

「別に何も・・・」

「・・・トパーズは?」

「たぶんメノウ様の研究室に・・・」

「ふぅ〜ん・・・また喧嘩でもした?」

コハクとトパーズはヒスイの前でも言い争うことが多く、食事の時間は殆ど二人の口喧嘩・・・ヒスイは黙々と食べていた。

(どうせトパーズの味方のくせに・・・)

コハクが優勢になると決まってトパーズの肩を持つ。

(母子してるよなぁ・・・やっぱり瞳のことは伏せておこう。とにかくメノウ様と話を・・・可愛くない奴だけど、みすみす死なせる訳にもいかないもんなぁ・・・)

  

「ヒスイ〜・・・血」

「はい。はい」

一日の大半をメノウの研究室で過ごすトパーズ。

徹夜明けにヒスイの血を欲し、背中から抱きついて首筋を舐めた。

「ん・・・あれ?」

トパーズの右手がヒスイの胸を覆う。

「・・・あれれ?」

そのまま掴んで堂々と揉み出した。

「ん〜と・・・」

ヒスイはやっぱり怒ることができない。

(はっ!ひょっとしてお母さんのおっぱいが恋しい年頃!?可愛い・・・)

不思議に思いつつも、嬉しい。
まんざらでもない気がする。

(でも・・・お兄ちゃんと同じ顔でこんなことされると・・・)

「う゛〜・・・ん」

  

「あの野郎・・・」

(やっぱり可愛くない!!っていうかむしろ憎い!いっそ死ネ!)

「・・・今、ヒスイの胸触ったでしょ?」

コハクは低く押し殺した声でトパーズに耳打した。

二人の対決の場は主にキッチンだった。

オープンキッチン。
ヒスイのいるリビングとは繋がっているが使わない時間は仕切ってある。

「何か問題が?アレは元よりオレのものだ。オレが吸うためにある」

「まだ乳離れしていないとでも?とんだお子様だ」

沸々と怒りが込み上げる。
口調も段々荒くなっていった。

「溜まってるんなら、早く彼女を作って外でやってきなさい。ヒスイをおかずにしたら・・・殺すよ?」

「生きてるが?」

トパーズは涼しい顔をしている。

「アンタとオレは立場が違う。勘違いをしているようだから教えてやるが、アンタとヒスイは所詮他人。どこまでいっても別々の遺伝子をもつ違う生き物だ。オレはどうだ?ヒスイの血と細胞と遺伝子・・・すべてを持ってる。つまりオレはヒスイの一部。ヒスイに最も近い存在だ。アンタの頭がいくら悪くても、それぐらいはわかるだろう?」

「・・・・・・」

内心かなりムカッ。しかしここで飲まれたら負けだ。

(負けるもんか・・・)

「・・・別々の個体だからこそできることがある。今からそれを見せてやる・・・」

コハクは不敵に微笑んでリビングにいるヒスイを呼んだ。

「ヒスイ〜。おいで〜」

「はぁ〜い」

呼ぶとヒスイはすぐにやってきて、ぴたりとコハクにくっついた。

「いい子だね〜・・・」

ヒスイの頭を撫でる。顔に浮かぶ微笑みが既にいやらしい。

「寝室いこうね〜」

「え?でもトパーズが・・・」

ここでもムッ。

「・・・えっちするのにトパーズは関係ないでしょ?」

「そうかもしれないけど・・・」

躊躇うヒスイを無理矢理引きずっていくコハク。

「しばらく取り込むから。覗いても構わないけど、くれぐれも邪魔はしないように」

ははははは・・・・

笑い声が遠くなる。

「・・・・・・」

残されたトパーズは煙草をくわえ火を付けた。

「・・・熾天使セラフィム。神話の時代には大層なキレ者だったのに、いつからあんな馬鹿になったんだ・・・?それともわざと馬鹿なフリを・・・いや・・・それはないだろうな・・・」

 

2階。寝室。

「お・・・にいちゃん・・・そんなに強く噛んだら痛いよ・・・」

「あ・・・ごめん・・・赤くなっちゃったね・・・」

小さいながらもカタチの整ったヒスイの胸。

その先の乳首に強く吸いついて、いつものように軽く噛んだ・・・つもりだった。

(何をイラついているんだ・・・僕は。息子に腹を立てるなんてどうかしてる・・・)

“アンタとヒスイは所詮他人・・・”

“オレはヒスイの血と細胞と遺伝子・・・すべてを持ってる”

腹立たしいトパーズの言葉が何かにつけて甦る。

「どうかしたの?さっきから変だよ?」

「ううん。ごめんね・・・」

噛むのをやめて優しく舐める。

「ん・・・あぁ・・・」

(足りない・・・なんて今まで感じたことなかったのに・・・)

コハクの一部はヒスイの中に深く埋まっていた。

体の繋がりを視覚、味覚、聴覚、とすべてのもので確かめる・・・
思うがままに、腕の中で悶えるヒスイ・・・でも足りない。

「まだまだ入るね」

コハクは指を一本追加して更に割れ目を広げた。

「あっ・・・ぅ・・・んっ!んっ!あぁ・・ぅ」

少し残酷な気持ちになって、乱暴にヒスイの中を掻き交ぜて、突き上げて、それでも満たされない。

(もっと・・・欲しい。ヒスイは・・・僕のだ)

「あっ・・・はぁっ・・・おに・・・いちゃん・・・キス・・・して」

ヒスイがキスを求めた。

いつもよりずっとキスの回数が少ないことを不満に思っていたのだ。

下半身の快感で頬を紅潮させてはいても寂しい表情をしている。

「キスぅ〜・・・も〜・・・今日のお兄ちゃん嫌いっ!」

ヒスイに怒られ、コハクはやっと我に返った。

「ごめん・・・ね。許して・・・」

何度も償いのキスをしてヒスイの機嫌をとる。

「ん・・・おにいちゃ・・・」

そのキスでさえ次第に激しさを増してヒスイを攻め立てた。

(まずい・・・このままだとヒスイの機嫌がどんどん悪く・・・)

わかっていても止められない。

「あっ・・・ああっ!!」

強引にヒスイをイカせた後も止まらない。

「・・・次、こっちね」

休む暇さえ与えず、ヒスイの腰を持ち上げてもう一つの穴を狙う。

「う゛ぁ・・・っ・・・」

ヒスイは何とも言えない声で喘いだ。

(こっちに入れられるのあんまり好きじゃないの知ってるけど・・・今日はなんか・・・徹底的にやりたい気分・・・ごめん、ヒスイ・・・)

心の中で何度も謝る。しかし行動が止まることはない。

「んっ・・・はぁ・・・おにいちゃんの・・・ばか」

  

1階。玄関。

「・・・何しに来た?」

「兄上こそ!なぜここにいる!?」

トパーズとシトリン。お互い事情が全く飲み込めない。

「・・・ヤボ用だ」

トパーズがクールに言い放つ。

「私も似たようなものだ」

双子でも腹を割って話す気はさらさらない。

「アイツはどこにいる?」

続けてシトリンが訊ねた。

「2階の角部屋だ」

そう答えたトパーズの口元がにやりと歪む。

「そうか!よし!」

シトリンは意気込んで階段をのぼった。

「おい!いるか!?」

ノックもせず、豪快に入室。そして・・・

「うわあぁぁ〜っ!!」

見てしまったシトリンの悲鳴。

「いやぁっ!!」

見られてしまったヒスイの悲鳴。

「なっ・・・何をして・・・」

アブノーマルに繋がっている父と母を見て、シトリンの腰が砕ける。

(アレがドコに?ナニ?嘘だろう・・・?訳がわからん!!)

「お兄ちゃんっ!早く抜いてっ!!」

真っ赤な顔でヒスイが叫ぶ。

「待って・・・急に抜くと痛いかもしれないから・・・ゆっくり・・・」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!」

目を皿のようにしてシトリンが見ている。

(ああ・・・穴があったら入りたいってまさにこのことね・・・)

ヒスイはベッドに顔を伏せた。

「う・・・っ」

抜かれる瞬間が一番気持ち良い。

見られているとわかっていても思わず声が洩れた。

(ホントにもう・・・最悪・・・)

  

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

ボタンを掛け違えるほど慌てて服を着たコハクとヒスイ。

ショックが抜けないシトリンと、ざまあ見ろとばかりのトパーズ。

4人が揃う。気まずい。

「あ〜・・・シトリンはどうしてここへ?いや、別にいつ来てもいいんだけどね」

コハクが少し困った顔で笑いながら話を切り出した。

「お前に話がある。二人で話がしたい」

「え?僕?」

「あ、じゃあ私達は席外すから・・・いこ。トパーズ」

ヒスイとトパーズがリビングから姿を消した。

「ええと・・・それで?」

「お前に頼みがあって来た」

気を取り直してコハクを見上げる。

「私に・・・稽古をつけてくれないか?」

「え?」

「私の知る限りではお前が一番強い。だから・・・」

「そう言って貰えるのは嬉しいけど、何でまた・・・」

一拍おいてからシトリンが答えた。

「オニキス殿に決闘を申し込もうと思う」

「はぁ〜っ?」

「自分の気持ちにケジメをつけたいんだ。私は・・・どうしても強くなりたい!!」

「・・・・・・」

(武士道だ・・・シトリン・・・・なんて男前・・・)

「勝ちたい!オニキス殿に。頼む!」

「オニキスねぇ〜・・・あれで結構強いしなぁ・・・相当修行を積まないと歯が立たないと思うよ」

「何でもするっ!頼むっ!パ・・・パパッ!」

コハクは目を丸くしてシトリンを見た。

シトリンは両手を合わせて目をつぶり、赤面している。

「・・・偉いねぇ・・・よし。引き受けよう」

くすくすと笑って、コハクはシトリンの頭を撫でた。

(トパーズのこともあるけど・・・)

思い出して再びイラッ。

(あと3年あるから大丈夫だろう。うん。そういう事にしておこう)

  

「いいなぁ・・・シトリン」

広いバスルームで体を流し合うヒスイとシトリン。

お互いに喧嘩別れしたことは忘れている。

「お兄ちゃん、私には稽古つけてくれたことないのに」

拗ねた口調でヒスイが呟く。

庭で武器を交えるコハクとシトリンの姿を、窓から眺めるだけの日々が続いていた。
気後れして声をかけることもできない。

(・・・つまんないの。お兄ちゃん全然かまってくれないし。シトリンとばっかり話してて・・・)

「母上?どうかしたか?」

ムスッとした顔で俯くヒスイにシトリンが声をかける。

「あ、ううん!何でもない」

(シトリンは娘なんだから・・・こんなこと考えちゃいけないわ・・・)

「なぁ・・・母上」

「うん?」

二人で湯船に浸かりながら、天窓の夜空を眺める。

「え?叶わぬ想い?」

「そうだ。どんなに想っても相手にされなかったら・・・どうする?」

「あり得ない。だって私、お兄ちゃんしか好きにならないもん」

「いや・・・だから・・・例え話で・・・」

「うん。だからつまり、私を愛してくれる人しか愛さない、ってこと」

「・・・・・・」

ヒスイの回答に声を失う。

(母上は失恋や片想いに全く縁のないタイプだ・・・恋の痛みを知らないから、ああしてオニキス殿を放っておけるんだな・・・)

今更腹も立たない。
反発心も涙と一緒に流れてしまった。

(しかし、オニキス殿はそんな母上を愛しているのだから、これはこれで良いのだろうな)

「今夜も星が綺麗」

ヒスイは窓から見える星の名前を述べた。

「そうだな。私は母上のように星の名前など知らないが、この星空は美しいと思うぞ」

「うん。それでいいんだよ。名前なんて知らなくても見える空は変わらないわ」

笑い合って、お互い身を寄せる。

「あ〜・・・いい湯だな」

「うん、いい湯だね〜・・・」

  

翌日。

シトリンの稽古を実践に移すと言って、コハクはせわしなく外出の準備をしていた。

「とっておきの訓練場所があるんだ。ちょっと遠いんだけど」

「なに。構わん」

シトリンには気合が入っている。
勉強をする時の比ではない。

「帰りちょっと遅くなっちゃうかも・・・」

「うん。いいよ。別に。どこまででも行けば?」

ヒスイの言葉には微妙に棘があった。

「トパーズがいるから別に寂しくないし。ちゃんと留守番してるよ」

「・・・冷蔵庫に野菜サラダとじゃがいものスープが入ってるから、お腹が空いたらそれ食べてね」

「うん。いってらっしゃい〜」

金色の羽根を広げて飛び立つ二人を見送るヒスイ。

とても羨ましく思いながら作り笑顔で手を振った。

 

そこからが・・・不幸の幕開けだった。

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