世界に咲く花

20話 償いの刻

     



涙より愛液。

悲しみより快感。

「あ・・・ゥ・・・」

ヒスイの思考と肉体は分断された。

何も考えられないまま、トロトロとぬかるんでいくその場所に容赦なくトパーズが突き入れた。

「や・・・だ・・・よぅ・・・」

「もう遅い」

深く・・・更に奥へと侵入させる。

「うんっ!あうんっ!」

「・・・なかなかいい声だ。ホラ、もっと鳴け」

薄ら笑いを浮かべたトパーズが結合部を上下に擦り立てる。

あまりの快感に鳥肌が立った。

「あぅっ!くぅっ!」

ズボズボと音を立てて抜き差しされている様子が近くの鏡に映り、例えようもない胸の痛みがヒスイを襲う。

「ひ・・・っく・・・おにいちゃ・・・」

喘ぐ声に嗚咽が混じった。

「あっ、うっ・・・お・・・にいちゃん・・・うぇっ・・・ふぇっ・・・」

子供のように泣きじゃくっても救われることはなかった。

「ハ、何を今更。慣れてるだろ。こんなの。もっと・・・入るな?」

「やっ・・・あぁっ!」

細く長く冷たいものが追加で挿入された。

(!!?生モノ以外入れられたことないのにっ!!ホントに何やってるの!?)

「やだっ!痛いっ!止めてっ!!」

「馬鹿。痛い訳ないだろ。何をされても気持ちがよくて仕方ないはずだ・・・違うか?」

その通りだった。

口では痛いと言っても、その刺激が快感なのだ。

「我慢しないで・・・晒せよ・・・本能のまま・・・乱れろ」

「あっ・・・あぁ・・・んっ!んぐっ!」

(おにい・・・ちゃん・・・たすけ・・・て・・・)

  

ふうっとトパーズが煙草の煙を吐いた。

何事もなかったかのように眼鏡を掛けている。

「やった後の一服は美味い。見事な実験結果だ」

罪悪感の欠片もない。

最後はしっかりと中に出されてしまった。

「・・・煙草はやめたほうがいいよ・・・体に悪いよ」

用済みになって床に放置されたヒスイが、力なくトパーズを見上げた。

脱水症状を起こしそうな程あらゆる体液を使い果たした。

薬の効果が薄れても、もはや動く気力さえなかった。

「関係ない。どうせ死ぬ」

「そんなこと言わないで・・・一緒に探そうよ・・・生きる方法」

「余計なお世話だ。別に未練もない」

「もっと生きることに前向きになって!これから楽しいこといっぱいあるんだからっ!!死ぬなんて許さない!」

残された力を振り絞り、ヒスイが声を高くした。

「・・・もう行く。傷はアイツにでも舐めてもらえ」

トパーズはヒスイの言葉を無視して歩き出した。

「行くってドコへ?」

その質問にも答えない。

「トパーズ・・・何考えてるのか全然・・・わかん・・・ないよ・・・」

リビングからトパーズの姿が消えた。

緊張の糸が切れたヒスイは犯された姿のまま汚れた床の上で意識を失った。

  

「あの技は習得に少し時間がかかると思うよ」

「なに一週間でマスターしてみせるぞ!」

コハクとシトリンが帰宅した。

「ヒスイ〜?ただいま〜」

出迎えがない。コハクは軽く首を傾げた。

「ヒスイ〜・・・?」

(寝てるのかな?)

「!!?」

リビングに入って目を疑う。

「!!?は・・・母上!?」

「見るなっ!」

ヒスイに駆け寄ろうとしたシトリンをコハクが制止する。

「部屋に戻って」

「し・・・しかし・・・」

「いいから!」

コハクの強い口調に押されシトリンはリビングを出た。

「あの姿・・・まさか強姦されたんじゃ・・・」

ヒスイの姿を見たのはほんの一瞬だった。が、全裸で倒れていればそのぐらいの想像はつく。

「兄上がついていながら・・・なんということだ!!」

見えない敵に怒りを向けるシトリン。

「・・・ん?待てよ。兄上・・・まさか!!」

(あり得る!!兄上はSだ!サディストだ!母上を気に入っていた!)

シトリンは青ざめてトパーズの姿を探した。

(兄上・・・本当にやってしまったのか・・・!?)

  

コハク、愕然。

あまりのショックで体が震えた。

手錠。全身噛み傷。キスマーク。股の間の乾いた愛液と精液。

何をされたのか少し血が混じって。

トパーズの仕業なのは明らかだった。

「ヒ・・・スイ・・・」

「・・・お・・・にい・・・ちゃん?」

コハクが呼び掛けるとヒスイは弱々しい声で返事をした。

うっすらと瞳を開けてコハクを見る。

「おにい・・・ちゃん・・・私・・・」

ヒスイの瞳からぽろぽろと涙が溢れた。

コハクは手錠を粉砕してヒスイを強く抱き締めた。

「怖かったよぅ〜・・・」

「ごめん・・・っ!留守番なんかさせて・・・」

一緒に連れていくべきだった。

離れるんじゃなかった。

そんなことを今更考えても遅い。

(許さないぞ・・・トパーズ。20歳になるのを待つまでもない。その命を以て償え!!)

「ヒスイ・・・お風呂に入ろう・・・ね」

(まずは洗う!とにかく洗う!中まで洗う!)

「・・・うん」

  

ちゃぷん・・・

傷口に滲みないよう温めのお湯を沸かしてヒスイを入浴させる。

湯船のなかでそっと抱き寄せて、頭を撫でた。

ヒスイはぴったりと脚を閉じてじっとしている。

「・・・痛いの?」

「・・・ううん。平気」

抑揚のない声。顔色も悪い。

「おにいちゃん・・・あのね・・・」

「・・・ん?」

コハクはヒスイを刺激しないよう努めて冷静に振る舞ってはいたが、裏ではハラワタの煮え返る思いだった。

「・・・トパーズの・・・瞳が紅いの・・・知ってた?」

「!!」

驚きで言葉に詰まる。

「トパーズ・・・私のこと恨んでるよね・・・紅い瞳だもん。だからこんなこと・・・」

自分の遺伝子に責任を感じたヒスイが小さく丸まって俯く。

「ヒスイのせいじゃない」

きっぱりと否定してみせてもヒスイの瞳から溢れる涙は止まらなかった。

  

「少し眠ろうね」

「・・・ん」

「おにいちゃん・・・傍にいてくれる?」

「うん。いるよ」

コハクはベッドに横たわるヒスイの手を握って優しく微笑んだ。

もちろんそれもヒスイを安心させるための演技だ。

ヒスイが寝ついたのを確認すると、すぐさま立ち上がり、復讐の準備に取り掛かった。

準備と言っても地下の武器庫から封印された魔剣を持ってくるだけだ。

コハクは家を出た。

  

「よっ!」

玄関扉に鍵をかけるコハクの背後から近付く少年。

「・・・メノウ様」

「何だよ、また怖い顔して」

全身から殺気。

冗談が通じる状態ではなくなっている。

「・・・トパーズにヒスイが犯られました」

「え!?マジ?ったくも〜・・・しょうがない奴だな」

メノウはそれほど深刻に受け止めていないようだった。

「“銀”の吸血鬼は近親相姦当たり前の種族だからなぁ・・・」

もとより数の少ない“銀”の一族。

魔界随一の美貌と強大な魔力を持っている反面、著しく治癒能力が欠如しており、病気や怪我に対する耐性が全くというほどなかった。
繁殖力も弱く、数は減っていく一方・・・そんななかで“純血”を守る為に繰り返された近親結婚。

厳しい掟があった。
“純血”を絶やしてはならないと。

「あなたの娘が犯されたんですよ!?どうしてそんなに落ち着いてるんですかっ!?」

「犯ったのはお前の息子だろ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

話がややこしくなりそうだった。

お互い一旦黙る。

「・・・アイツ“何”なんですか?瞳が紅いだけじゃない。何かが・・・おかしい」

独り言のようにコハクが呟く・・・

本能の警告。深層心理の嫌悪感。
ずっと気付かないフリをしていた。

「・・・アイツのこと殺す気?」

逆にメノウが訊ねた。

「はい。ヒスイが許しても僕は許さない・・・許せない」

  

「母上?調子はどうだ?」

シトリンが屋敷に戻ってきた。

双子でも全く心が通わない。

結局トパーズを見つけることはできなかった。

次々と不幸に見舞われるヒスイが不憫でならない。

できるだけ事を掘り返さない方向でいこうと心に決めて部屋に顔を出す。
ヒスイは窓辺に立ち、外へと視線を泳がせていた。

「母上・・・その傷・・・」

ネグリジェから覗く無数の噛み傷。
間違いなくトパーズのものだった。

首筋から耳たぶまで噛まれた跡が生々しく残っている。

そして・・・

「シトリン?どうしたの?そんなに赤い顔して・・・」

不思議顔のヒスイ。
意外なほど元気。

ショックを引きずっているようには見えない。

「あ・・・いや・・・その・・・」

シトリンが口を押さえて赤くなった。

「兄上は・・・昔から少し噛み癖があって・・・」

「噛み癖?」

「そうだ。好きなモノほど・・・よく噛む」

「え?」

噛み傷いっぱいのヒスイの体。
これでもかというくらい噛んである。

「兄上は・・・母上のことが好きなんだ。たぶん・・・ものすごく」

  

「・・・見つけたぞ。僕から逃げられると思うなよ」

「誰が逃げるか。わざわざここで待っててやったんだ、アンタを」

樹海と呼ばれる森の遙か奥、渓流近くで対峙する二人。

「・・・僕を“父”と認めないと言ったね?金輪際、僕も君を“息子”とは思わない」

ヒスイの身の丈ほどもある魔剣の封印を解くコハク。

巻き付けられた太い鎖と幾重にも施された封魔の札を引きちぎる・・・血に飢えた魔剣の咆吼が渓谷にこだました。

「少しは楽しめそうだな」

腕を組んでトパーズが笑う。

その上、武器と呼べるようなものは何一つ持っていなかった。

「・・・・・・」

(どうやって戦うつもりだ・・・?)

戦闘スタイルが全く読めない。

(悪魔を召喚するつもりか?何の媒介もなしに?)

血統から只者ではないことはわかっている。

感情に流されている場合ではなかった。

(“何”だろうか、確実に仕留める・・・お前はここで“事故死”だ!)

コハクは剣を構えた。が、自分からは仕掛けない。

(勝つための手段は選ばない・・・まずはカウンターで一撃入れる)

「・・・こないならこちらからいくぞ?」

「そうしてくれる?少し様子見たいから」

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