21話 極悪非道恋心
<・・・蝗の王アバトン。蠅の王ベルゼブル。赤き瞳の盟約により汝らを召喚す・・・闇に囚われし者達よ・・・我に従え・・・>
トパーズが眼鏡を外しながら余裕たっぷりに呪文を唱えた。
瞳がより一層鮮やかに紅く染まる・・・
「魔法陣なしで、しかも2体同時だと・・・!?」
コハクは上空で迎え撃つ体勢を整えた。
蝗と蠅が渦を巻く・・・巨大な竜巻がコハクを目掛けて
前進してきた。
「アバトンもベルゼブルもアンタのお仲間だろう?」
トパーズは外した眼鏡を胸ポケットにしまい、地上から高見の見物を決め込んでいる。
「かつてはね」
(なぜこれほど天界の事情に詳しいんだ?メノウ様から聞いたのか?)
右に蝗の大群。左に蠅大量発生。
昆虫の羽音が不気味に響く。
その中心に息づく堕天使達が死角から力任せの攻撃を
繰り出してくる。
2対1。
一方をかわすと、すぐにもう一方が攻撃を仕掛けてきた。
剣で切っても手応えがない。
アバトンは蝗にベルゼブルは蠅に分散して再び集結するだけだ。
ケホッ。
コハクが咽せた。
(やっぱり“毒”を撒き散らしてる)
人間の子供を即死させる程の猛毒だ。
渓谷の空がどんよりと濁る。
(だからコイツら嫌なんだよな〜・・・昆虫を使役するタイプは戦いにくい・・・)
無差別の広範囲攻撃。
コハクは呼吸を止めて戦っていた。
体に酸素が巡らず動きが鈍る。
『・・・何を遊んでおる。早くせんか。血が足らんぞ・・・』
魔剣から厳格な老人の声が響く。
『・・・焼いてしまえ』
「う〜ん・・・アレは見た目が激変するから、あんまりやりたくないんだけどなぁ・・・」
魔剣の言葉にコハクが渋る。
何気なく地上を見るとトパーズが退屈そうに欠伸をしていた。
メラメラと怒り再燃。
「・・・まとめて潰してやる・・・」
カリッ・・・コハクが人差し指を噛み切った。
滲み出た鮮血で刀身に文字を刻む・・・
柄から剣先までドス黒い大剣。
“魔剣”そう呼ばれるに相応しい芸術的な造形をしている。
『属性転換!!』
ズズズ・・・
魔剣から抜け出た黒い影がコハクの体内へと吸収されていく。
みるみるうちに魔剣の色が薄く白くなり、ついには輝きを放つほどになった。
魔剣から聖剣へ。
逆にコハクが黒くなる。
浅黒い肌。髪も瞳も羽根までも漆黒に染まっている。
見事、闇の生き物へと変貌を遂げていた。
「同調率が高くなければ属性転換は不可能だ。その数値は計り知れない。魔剣の扱いに関しては頂点を極める・・・か。あながち嘘でもないらしい」
トパーズは上空を見上げた。
「汝が敵を焼き尽くせ・・・聖炎!!」
聖剣を一振り。
迸る白い閃光が瞬く間に悪の虫を焼き払った。
ギャァァーッ!!
グワァーッ!!
内側の堕天使二人を消滅させ、そのまま勢いをつけて降下する。
次の標的はトパーズだ。
ヒュッ!!
振り下ろされた剣をトパーズが避ける。
相変わらず武器を出す気配はない。
召喚すらせず、ニヤリと笑って攻撃をかわすだけだ。
紙一重。たまに逃げ遅れた銀の毛先がパラパラと落ちた。
(わざとギリギリで避けてるな・・・コイツ)
「・・・いい加減マジメにやってくれないかなぁ〜・・・さっさと終わらせて帰りたいんだけど」
引きつった笑顔でコハクが挑発する。
「弱すぎてつまらないし。それともこれが君の本気?まさかねぇ〜?」
「・・・・・・」
無表情・無反応・・・そして突然蹴り。
ドスッ!
「!!?」
不意を突かれたコハクの脇腹に重い一撃が入った。
(い・・・痛って〜!!あ〜・・・折れたかも)
タラリ冷や汗。しかし顔には出さない。
「へぇ・・・意外と鍛えてるね」
体に攻撃を受けた瞬間、コハクは反射的にトパーズの足を掴んだ。
そこから岩壁に向かって力一杯投げ飛ばす。
ドコンッ!!
トパーズは岩壁に頭から突っ込んだ。
「・・・・・・」
ガラガラガラ・・・
自らの体で砕いた瓦礫の下から立ち上がるトパーズ。
瞬間移動。砂煙の中、背後をとったのはコハクだった。
「その首もらった!」
斜め上から神速の剣を振り下ろす。
「!!」
トパーズの首が血飛沫をあげて落ちる・・・筈だった。
トパーズに向けたコハクの刃は断罪直前でピタリと止まった。
フラッシュバック。
甦る17年前の記憶。赤子の声。産まれたての小さな命。
体が動かない。
「・・・どうした?隙だらけだぞ?」
トパーズが反撃を開始した。
ポウッ・・・
右手の内側から淡い光が放たれた。
メキメキと形態が変化してゆく・・・
トパーズの右手は3倍ほどに膨れあがり、長く鋭い爪が生えた。
「!!神の爪!?なぜ君がそれを!!?」
「・・・おかげさまでな」
ザクッ!!
我に返ったコハクの体をトパーズの爪が貫いた。
完全貫通。風穴が空いた。
ごふ・・・っ
コハクは大量の血を吐いて地面に倒れた。
大量出血。一面血の海。そこに沈む。
「・・・鳥のエサにでもなってろ」
トパーズはバキバキと右手を鳴らし、コハクを軽く一瞥して樹海の中へ消えた。
「わりぃ〜・・・止めるの遅れた」
メノウがコハクを上から覗き込んだ。
「とりあえずお前の気が済むまでやらせて、トパーズが危なくなったら助けに入ろうと思ってたんだ」
「・・・斬れないものですね・・・子供って」
「当たり前だろ。そんなの。けどまさかお前がやられるとは思わなくてさぁ〜・・・とにかく傷見せて」
魔法医師免許を持つメノウはコハクの傷を診た。
(・・・辛うじて急所は外れてる。わざと?・・・そう思いたいなぁ)
「本気で殺すつもりだったんですけど・・・だめでした・・・ははは・・・」
「・・・もう喋らないほうがいいよ。このままじゃお前、死ぬから」
「・・・そうですねぇ・・・だめっぽいですね・・・」
「止血はしたけど正直かなりまずい」
赤い屋根の下、コハクの手当を終えたメノウがそう告げた。
「普通の傷じゃないんだ。こいつの体とスッゲ〜相性悪くて。回復魔法で多少の延命はできるけど傷自体は塞がらないんだ」
「どうすればいいの!?」
震えるヒスイの声。血が滲むほど強く唇を噛んでいる。
「この傷は付けた本人・・・トパーズじゃなきゃ治せない」
「トパーズ・・・お兄ちゃんに何かあったら今度こそ許さない・・・」
ヒスイは身を翻した。
「とにかく探して連れてくるから!!お兄ちゃんのことお願いっ!」
樹海の入り口にて。
いつものように煙草をくわえて森から出てくるトパーズを捕まえたのはシトリンだった。
早くからトパーズを探しに出ていたシトリンは更に罪が増えたことを知らない。
「兄上っ!!なんてことをしてくれたんだ!!」
「・・・協力感謝だ。シトリン。いい厄介払いができた」
「くっ・・・」
何を言ってもトパーズが耳を貸さないことぐらいわかっている。
(しかしなんとか兄上に罪を自覚させねば!!)
シトリンは極悪非道な兄を少しでも更正させようと必死に説得を試みた。
「あんなことをして・・・子供でもできたらどうするんだ・・・」
「支障はない。アイツとオレは同じ顔だ。どっちが種でもわかるものか」
「・・・・・・」
(兄上・・・歪みきっている・・・)
どこまでも平行線・・・トパーズと分かり合うことは一生かかっても無理な気がした。
「・・・母上のこと・・・好きなのか?」
その質問は当然無視される。そこに・・・
「見つけたっ!トパーズっ!」
ヒスイが息を切らして駆けてきた。
「ヒスイ・・・?」
トパーズが一瞬怯んだのをシトリンは見逃さなかった。
(兄上はやはり・・・母上のことが・・・)
今後のことを考えると目眩がした。
自分の恋愛どころではない。
(人道的にあり得ない・・・何としても止めなければ・・・)
バシッ!!
出会い頭にヒスイのビンタが飛んだ。
「お兄ちゃんに怪我させないで!」
「・・・・・・」
顔に手形。
トパーズは反抗的な表情でヒスイを見下した。
「さ!帰るよっ!早くっ!」
ヒスイが腕を掴んで引っ張る。
「帰らない」
トパーズはヒスイの腕を振り払った。。
「いいから来なさいっ!」
ヒスイが怒鳴る。
それから大粒の涙。
「お兄ちゃんが危ないの・・・お願い・・・一緒に来て・・・」