世界に咲く花

22話 愛のしっぺ返し

   

コハクの意識はなかった。

血の気を失った顔でベッドに横たわっている。

脇に控えたメノウが絶え間なく魔力を注ぎ込み、徹底看護していた。

ほんの少し離れただけでも危険な状態が続く。

「早く治して!」

「やだ」

「やだじゃないの!!やりなさいっ!!」

ヒスイとトパーズが揉める。

「・・・・・・」

トパーズはそっぽを向いた。

(親を困らせて楽しむとは・・・兄上が幼児化している・・・)

シトリンはオロオロと見守るばかりだった。

(だが・・・兄上には幼少期なるものがなかった気がする。誰に甘えるでもなく、オニキス殿の前では自分を偽って・・・昔から子供らしい所なんか全くなかった・・・その辺が歪みの原因か・・・?)

勝手に分析。気分はカウンセラーだ。

「このままじゃ死んじゃうの!わかるでしょ!?」

ヒスイは声が枯れる勢いで喚き散らしていた。

「オレには関係ない」

「関係なくないでしょっ!!」

説得が上手くいかない。取り乱したヒスイは大声で泣き出した。

犯された時の比ではなかった。

「どうしてこんな意地悪するのぉ〜・・・ひどいよぅ〜・・・」

泣きながら血の通わないコハクの手を握る。ひんやりと冷たい。

「おにいちゃん〜・・・死んじゃ嫌ぁ〜・・・」

  

「ちょっと空気重いなぁ・・・」

やれやれとメノウが肩をすくめてトパーズを見た。

「あれじゃ勝った気しないだろ?」

「・・・・・・」

「コハクがあの時剣を止めなかったら、お前は間違いなく死んでた」

「・・・・・・」

「もっと違う形で決着つければ?こんなことばっかしてると、大切なものを何もかも失っちゃうよ?」

「・・・大切なものなど何もない」

「作らないようにしてるだけでしょ」

「・・・・・・」

(う・・・ホントに空気が重い・・・)

シトリンも息苦しさを感じていた。

(母親を犯して・・・父親を殺そうとするなんて・・・いかなる理由があろうとも許されることではない。オニキス殿に伝えなければ・・・)

どっと汗が出る。

何と説明すれば良いのかわからない。

その上、別れ方も最悪だった。

「・・・来い」

トパーズはコハクから無理矢理ヒスイを引き剥がした。

「・・・傷を治してやってもいい」

「ホント!?」

「ただし条件がある。言わなくてもわかるな?」

ヒスイを連れて階段を上る。

向かう先は寝室。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

メノウもシトリンも止めることができなかった。

コハクの命は限界間近・・・余裕がない。

(いかん・・・このままではまた母上が・・・)

迷っている場合ではなかった。

(兄上を止められるのは一人しかいない・・・オニキス殿だ!)

「私は城へ戻る!!」

シトリンは窓から飛び立った。

(もう少しだけ辛抱してくれ・・・母上。今助ける!!)

  

「約束だからねっ!絶対お兄ちゃんを助けてよ!」

瞳にはまだ涙が残っていたが、ヒスイは強気だった。

「・・・いいだろう」

「じゃあ早くやっちゃって!」

しきりに時間を気にしている。

「・・・・・・」

「注射でも何でもすればいいわ!ほらっ!」

自分からお尻を突き出す。

「・・・・・・」

「もっと嫌がると思ってたでしょ?残念でした!」

からかうような口調でヒスイが笑った。

「別に嫌じゃないもん。だって息子だよ?私が産んだんだよ?何したって数に入らないわ。さっきはちょっとびっくりして泣いちゃったけど、もう平気」

「・・・・・・」

拍子抜け。トパーズはそんな表情をしていた。

「約束さえ守ってくれれば、好きにしていいから。できるだけ早くね」

「・・・こっち向け」

ヒスイはお尻を引っ込めてトパーズを見上げた。

ドンッと壁に押し当てられる。

そしてまずガブリ。肩を噛まれた。

「片足上げろ。入れる」

愛撫も何もない。

パンティを脱がせることもせず、ヒスイの割れ目を覆う布を指でずらして隙間から挿入した。

「・・・っぅ・・・」

入り口はまだ乾いていた。
深々と突き刺され、淡い痛みがじんわりと下半身に広がる・・・

少し遅れて愛液が滲み出した。
しかしその量は少ない。

お構いなしにトパーズが突き上げる。

「あ・・・っぅ・・・」

内側を何度も擦られているうちに、濡れた音が立ちはじめた。

ぬちょっ。くちゃっ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

お互い無言。押し殺した小さな息遣いだけが聞こえる。

トパーズはヒスイの腕を噛んだ。

ヒスイの体にはまだ前回の噛み傷がたっぷりと残っている。

噛める場所はすべて噛む。トパーズは噛むのを止めない。

(愛情表現なのは嬉しいけど・・・はっきり言って痛い!もう我慢できないっ!)

母性愛も限界だ。ヒスイは口を開いた。

「トパーズは血を吸われたことないでしょ。噛まれると結構痛いのよ?わからないみたいだから、私が教えてあげる・・・」

唐突にヒスイが牙を剥いた。

ガブッ!

「んむっ・・・」

体を激しく揺らされているので、含んだ血が口から溢れた。

離すまいとヒスイは更に強く噛んだ。その瞬間・・・

「!!?」

「あ・・・」

(イった・・・)

にわかに注入された大量の精液。

(思ったより早くて良かった〜・・・)

「・・・ち・・・」

制御不能の事態にトパーズ自身が一番驚いていた。
思わず舌打ち。

それからお返しとばかりにヒスイの血管を探った。

ごくっ。

吸血行為と性交は密接な関わりを持っている。

トパーズはいつも以上に甘く濃厚なヒスイの血を堪能した。

  

バンッ!!

寝室の扉が勢いよく吹き飛んだ。

破壊したのは・・・オニキスだ。

「オ・・・ニキス?」

ヒスイが目を丸くする。

オニキスの後ろに控えていたシトリンもぎょっとしている。

まさに鬼の形相。全身から怒りのオーラが漂っている。

「これはどういうことだ?話を聞かせてもらおうか・・・トパーズ」

鬼神の如く怒るオニキスがトパーズの襟首を後ろから掴んだ。

「・・・ヒスイから離れろ」

「きゃぁぁっ!」

トパーズを窓に向かって投げ飛ばす。

ガラスを突き破りトパーズは二階から落下した。

冷静沈着・理性先行型のオニキスがこれほど怒っている様を見るのはヒスイもシトリンも初めてだった。
あまりの衝撃に二人とも開いた口が塞がらない。

(オニキス殿に決闘を申し込むのはもう少し先にしよう・・・勝てる気がしない・・・)

「シトリン」

「は、はいっ!」

「トパーズを捕まえておけ。ただでは済まさん・・・」

(うわぁ・・・母上がらみだとホント怖い・・・)

シトリンはトパーズを追って屋外へ出た。

「オニキスって怒ると怖いね〜・・・お兄ちゃんもだけど」

「・・・すまん。遅くなった」

「うん。遅いよ、ホント。あ・・・」

受け止めきれなかった白い液体がヒスイの腿を伝った。

それを見たオニキスは沈痛な面持ちで深々と頭を下げた。

「・・・申し訳ないことを・・・」

「え?何でオニキスが謝るの??」

「オレの育て方に問題があったのだと思う。あいつは性格までコハクに似ていてな。昔から何を考えているのかさっぱりわからなかった。煙草を吸っているのも知っていたが、男親がうるさく言うのもどうかと黙認していた・・・駄目な親の見本だ」

「オニキス・・・」

「こんなことになってから気付いても遅いが・・・」

「・・・それを言うなら私もだよ。自業自得だって苛められちゃった」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・大丈夫か?」

「え?」

「・・・体のほうは」

「あ、うん。平気。慣れてるし。相手息子だし」

ヒスイは残った内股の精液をたいして気にする様子もなく苦笑いした。

「そうそう。オニキスに話しておかなきゃいけないことがあるの」

「何だ?」

「トパーズの瞳が紅いの知ってる?」

「!!?」

「・・・時間がないから手短に話すわ」

  

「早く治せ」

「・・・・・・」

オニキスにせっつかれ、トパーズは渋々回復呪文を唱えた。

ヒスイの手形の上からオニキスに拳で殴られ、頬が赤く腫れている。

不機嫌。仏頂面。

その様子をヒスイ・シトリン・メノウがくすくすと笑って見ていた。

ぱちっ。

コハクが目覚めた。

貧血気味ではあったが体に空いた穴さえ塞がれば回復力には自信がある。

もう命の危険はなかった。

「お兄ちゃんっ!!」

すかさずヒスイが飛びついてそれは嬉しそうに笑った。

「ヒスイ・・・心配かけてごめんね」

「お兄ちゃん・・・」

ちゅっ。ちゅっ。ちゅっ。

二人は人目も憚らず何度もキスをした。

「いやぁ〜・・・すっかりお世話になりまして」

それからコハクはオニキスに礼を述べた。

わざわざ聞かなくても大まかな経緯は推測できる。

「いや・・・こちらこそ。迷惑をかけた」

オニキスはヒスイにした様にコハクにも深々と頭を下げた。

「・・・帰るぞ」

無言のトパーズを引きずって部屋を出る。

「あ、待って!」

コハクがトパーズ呼び止め、朗らかな笑顔で提案した。

「もう少し僕達と暮らしてみない?」

「!!!」

一同びっくり。

「よいしょ・・・っと」

数分前まで瀕死の重体だったコハクが立ち上がる。

周囲はまた驚いた。

「・・・君の“正体”が知りたいから」

コハクはトパーズの肩に手をかけ、耳元で囁いた。

「ま、だいたい見当はついたけど」

「・・・・・・」

「それに君はヒスイのことが好きなんでしょ?」

「・・・・・・」

トパーズが横目で睨む。

「ヒスイにちょっかいかけてくる奴をいたぶるの好きなんだ。僕。これからもよろしく」

小声でそう耳打ちしてコハクが握手を求めた。

「・・・少し遊んでやるか」

差し出された手にトパーズが応じる。

二人はがっちりと握り合い、そこからお決まりの力比べがはじまった。

一見和解。裏では戦。

「改めてよろしく」

「・・・こちらこそよろしく」

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