世界に咲く花

27話 恋愛賭博

   

シトリンの決闘申し込みから3日。

渓谷に集まること数名。

デュエリストであるシトリンとオニキス。

見学にやってきたコハクとヒスイの夫婦。

そして、ジン。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「うん?」

「私・・・この状況についていけないんだけど」

ヒスイが不満そうに言った。

何の説明もなくここまで連れてこられた。

シトリンが何のためにコハクと修行をしていたのかさえ知らなかったのだ。

「しかもなんでこんな服なの??」

今日のヒスイは服装がいつもと違っていた。

ミニスカートばかり履いている・・・正確には履かされているヒスイがマーメイドシルエットのロングワンピースを着ている。

淡い空色。上品な印象だ。

「シトリンとオニキスが決闘するんだ」

コハクは順を追って説明をはじめた。

「決闘?何でまた・・・」

「賭けたんだよ」

「何を?」

「恋心」

「はぁ〜っ?」

コハクの説明は益々ヒスイを混乱させた。

「シトリンが勝ったらオニキスと恋仲に」

「ふぅ〜ん・・・それで?負けちゃったら?」

「オニキスのことスッパリ諦めるって」

「え!?諦める?だってそれじゃ・・・」

ヒスイは心配顔で決闘開始直前のシトリンを見た。

武器を構えるその姿からは研ぎ澄まされた気迫が感じられる。

「シトリン・・・応援しなきゃ!!」

「平気!平気!シトリンは僕が応援するから!ヒスイはオニキスを応援してあげて!!」

(ヒスイがシトリンを応援したらオニキスの士気が下がる)

せわしなく画策を巡らせるコハク。

「大丈夫。オニキスは負けない」

シトリンを見守っているジンの耳元でこっそり囁く。

(その為にわざわざヒスイを連れてきたんだ。オニキス好みに

着飾らせて)

「え?何でオニキスを・・・ちょっと?お兄ちゃん??」

コハクはヒスイの背後に立ち、手首を掴むと、オニキスに向けて強引に手を振らせた。

操られているヒスイはぽかんとしている。

(自分でシトリンに稽古をつけておいて何だけど・・・ここでオニキスが勝たないと確実に“不幸”が増える。ヒスイの眷族である彼は男として終わってる。もう恋愛は無理だ。ジンくんのほうがシトリンを幸せにする。絶対)

心の中で好き勝手言いたい放題だ。

(しっかり頑張ってくださいよ!!シトリン、かなり強くなっちゃったんで)

  

「・・・・・・」

(あの馬鹿・・・魂胆が見え見えだ・・・)

オニキスは横目でヒスイの姿を確認した。

全くわかっていないという顔のヒスイが自分を応援している。

(・・・どのみち負ける訳にはいかん)

オニキスは気を取り直してシトリンを見据えた。

「決闘開始だ。かかってこい」

  

シトリンVSオニキス。

大鎌VS片手剣。

武器での激しい攻防が続いていた。

  

「カッコイイ〜・・・シトリン」

ヒスイが呟やいた。

シトリンが攻めている。

(うん。一見攻めてる。だけど・・・オニキスは攻撃を防ぎながら捕縛の魔法陣を仕掛けてる。シトリンはもう陣中だ。完成すれば十中八九捕まる・・・これは案外早く決着が・・・)

心の声でコハクが解説。

「・・・捕縛陣・発動」

オニキスが手を翳す。

同時に地面から光が放たれた。

「させるかっ!効力解除!」

シトリンはぐるんと大きく鎌を一周させ、地面から伸びる光の束を刈り取った。

(!!対魔法を意識して、あらかじめ武器に呪文無効化の処置を!?でも呪文無効化なんてそんじょそこらの魔術士じゃ・・・)

「このためだったのかぁ〜・・・」

ヒスイが感嘆の声を洩らす。

「え?ヒスイ?」

「シトリンが武器を対魔法用にしてくれって言うから・・・」

「しちゃったの?ヒスイが?」

「うん。呪文無効化を付加して・・・」

「・・・・・・」

(ヒスイは戦闘補助系の魔法が得意だからなぁ・・・シトリン・・・頭いいじゃないか・・・)

見事な母娘のコンビネーション。

(後方支援タイプのヒスイと前衛タイプのシトリンが本気で組んだらマズイ・・・この二人は怒らせないようにしよう・・・)

 

「・・・発動」

「解除っ!」

「発動」

「解除!」

 

「ぷっ・・・何あれ」

発動と解除の繰り返し。

ついにヒスイが笑い出した。

「魔法陣のレベルを徐々に引き上げてるみたいだけど、無駄ね」

(ヒスイの言う通りだ。シトリンを甘く見ていると足元掬われますよ)

オニキスはシトリンを無傷で捉えようとしていた。

武器は攻撃を防ぐためにしか使っていない。

(まさかヒスイがバックについてるとは思わないだろうし・・・僕も驚いた)

  

「・・・シトリン・・・強くなったな・・・」

黙って観戦を続けていたジンが呟く。

(やっぱりまだ王のこと諦めてなかったのか・・・)

度々複雑な心境に見舞われる。

近頃上手くいっていただけに尚更だった。

(シトリンを応援しなきゃ・・・だけど・・・したくない)

嫉妬心に苛まれ心が削られる。

(オレってこんなに嫉妬深かったのか・・・精霊の加護なんて受ける資格ないよな)

「・・・当然の感情だよ。君だけじゃない。愛あるところに必ず存在するものだ」

ジンの心境を察したコハクが肩を叩いた。

「使いどころを誤らなければ、そう嫌悪するものでもない」

「・・・・・・」

「やきもち妬かれるのって、ちょっと嬉しかったりしない?まぁ、それも二人の間に等しく好意がある場合のみだけど」

「等しく・・・好意・・・」

それもまた微妙な感じだ。

「恋愛は素直が一番だ。自分の気持ちを無理に曲げたり、隠したりしないことが幸せへの近道だと僕は思う」

「コハクさん・・・」

「お兄ちゃんっ!オニキスが!」

シトリンの攻撃が決まった。

長い柄の先でみぞおちを突かれ、オニキスの体が二つに折れる。

「タイム!!」

コハクが声を張り上げた。

(えっ!?タイム!?決闘でそんなのアリ!?スポーツの試合じゃないんだからそれはおかしいだろ!?)

しかしツッコミを入れる勇気はない。

何の疑問も抱かずタイムの指示に従うシトリン。

ジンは半ば呆れて、オニキスの元へ向かうコハクを見送った。

  

ヒソヒソ・・・

「・・・勝つ気あるんですか?」

「当たり前だ」

「・・・これ以上長引くと負けちゃいますよ?」

「・・・わかっている」

「こうなったら奥の手で・・・」

「・・・言われなくてもそうする」

  

「再開っ!」

コハクの号令。

シトリンとオニキスが同時に武器を構える。

「・・・夜を統べる闇の精霊よ・・・常世の眠りを汝が敵に与えん・・・」

オニキスが呪文を唱えた。

「な・・・んだこれは・・・」

ずっしりと体が重い。

見えない重力に跪く。

「断ち切れ・・・ない・・・」

強烈な眠気が襲ってきた。

目を開けていられない。

シトリンは地面へ倒れ込んだ。

「・・・それではもう戦えまい・・・昼寝の時間だ」

「う・・・」

シトリンの視界は完全に閉ざされた。

遠くなる意識の中聞こえてくるオニキスの声。

「オレはヒスイの眷族だ。あいつの心臓で生きている限り、

他の女に心を動かされることはない」

  

「精霊魔法は原理が違うからシトリンの武器では無効化できないわ」

ヒスイが溜息を洩らす。

「そういえばオニキスって精霊使いだったっけ」

勝負はついた。

戦いに敗れ、深い眠りに落ちたシトリンをジンが抱き上げる。

その様子をぼんやりと眺めているヒスイ。

「何で最初から精霊魔法を使わなかったの?」

「契約している闇の精霊が結構な歳でね、あまり無理させられないんだ」

「そっか・・・オニキスらしいね」

恋の決着。

ヒスイはそれ以上何も言わず、コハクに腕を絡めた。

「大丈夫だよ。シトリンにはジンくんがいるから」

「・・・うん」

「オニキスは・・・まぁあれで幸せなんだと思うし」

「・・・・・・」

コハクはよしよしとヒスイの頭を撫でた。

  

「・・・負けた。完敗だ」

目を覚ましたシトリンは開口一番にそう言った。

傍らにはジンがいる。

樹海を抜けた先の原っぱ。

草の絨毯に横たわっていたシトリンが体を起こす。

涙はない。すっきりとした表情だ。

勝敗よりも最後のオニキスの言葉で決心がついた。

“あいつの心臓で生きている限り、他の女に心を動かされることはない”

「・・・結ばれて共に生きることだけが愛ではないのだな」

「シトリン・・・」

「周囲の目にどう映ろうと、誰に何を言われようと、オニキス殿は想いを貫くことだろう。少し前まではその姿が痛々しく思えてならなかったが、今はそれでもいいと思う。報われないからといって不幸と決めつけるのではなくそういう愛し方もあるのだと、素直に認めたくなった」

「・・・愛し方なんて人それぞれだ。オレは・・・シトリンと結ばれたい」

「ジン・・・」

「試してみない?オレのこと。案外役に立つかもよ?まずは気晴らしにどこへでも付き合うから」

無料お試し期間をアピールするジンに苦笑いのシトリン。

「・・・よし、試してみるか」

  

数日後。

様子を窺いにやってきたヒスイを迎えたのはオニキスだった。

「あれ?シトリンは?」

「出かけた。ジンと」

「え!?やっぱりそういうことになっちゃったの!?」

「そういうことになった」

「あぁ・・・もう・・・何やってるのよ。シトリンがあんなに好きだって言ってくれたのに〜・・・」

「シトリンの気持ちがこちらへ向くことはもうないだろう。これでいい」

「良くないわよ」

ヒスイ的にはオニキスとシトリンが結ばれることを望んでいたのだ。

ふくれっ面。オニキスは笑った。

「ならば、もうひとり産んでくれるか?」

「な・・・」

本気とも冗談ともつかぬオニキスの言葉にヒスイは顔を赤くして怒鳴った。

「バカっ!もう知らないっ!!」

オニキスにくるりと背を向ける。

「・・・考えとく」

ヒスイはそう言い残してオニキスの元を走り去った。

オニキスはあたたかい微笑みでヒスイを見送った。

「・・・これでいい。そうだ。これが・・・いいんだ」

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