世界に咲く花

34話 すべて計算外

   

「ヒスイ・・・お前・・・」

「ん?」

いつもと変わらないヒスイ。
逆にトパーズが戸惑う。

「・・・早く帰れ。アイツのところで大人しくしてろ」

「何言ってるの?トパーズも一緒に帰るの!」

台所に立つサファイアの目を盗んでコソコソ話が続く。

「オレは行けない」

「じゃあ、私も帰らない」

「帰れ」

「帰らない」

「いいから帰れ!」

「帰らないってば!」

親子の言い争いが続く。

二人の声は次第に大きくなり、いつしか内緒話どころではなくなっていた。

「・・・人質にされる前にここから逃げろ」

ヒスイの手首を掴んでトパーズが強く言い聞かせる。

「今なら・・・」

「間に合いませんヨ♪」

「え?トパーズ?」

サファイアの声を合図にトパーズの両手がヒスイの細い首へ伸びた。

「!?く・・・るし・・・」

「やめろ・・・サファイア」

体を操られている。
自分の意志で動かすことができない。

「・・・ぅ・・・」

「サファイア!」

トパーズが声を荒げた。

「クククク・・・楽シイですネェ〜」

げほっ。ごぼごほ。

解放されたヒスイは床に座り込んで咳き込んだ。

「わかりましタ?お母様?彼に自由ハありまセン。何時でも、何処でもワタシの意のままに動く。例えばここでアナタを殺したリ。お腹のコが流れるまデ痛ぶったリ。熾天使のトコロへ帰れなくなるくらい目茶苦茶に犯すのモ簡単デス♪」

「!!」

その時突然、トパーズが神の爪で攻撃を仕掛けた。が・・・

「オンナノコに手をあげちゃいけまセンネ〜。例え“神”デモ」

ヒット寸前のところで体の自由を奪われ、反撃を食らった。

とても“オンナノコ”とは思えない動きで、サファイアがトパーズの顔面を殴る。

「やめて!!顔は殴らないで!!」

ヒスイは必死に訴えた。

「顔ハ?他ならイイんですカ?」

「鼻が折れるぐらいなら腕か足が折れるほうがまだマシよ!!」

堂々とヒスイが言い切る。

「・・・・・・」

(勝手なことを言うな、ボケ)

「お兄ちゃんそっくりの顔が血まみれなんて許せない!!殴るなら体にしてっ!!」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

ヒスイの発言に場の雰囲気がシラける。

「・・・変わったお母様ですネ。顔以外なら殴ってもいいそうデスヨ?」

「・・・・・・」

「え?私、変なこと言った?」

アハハハハ!

サファイアが再び笑い出す。
笑い上戸・・・何かとよく笑う女だった。

「アナタのようなヒト、好きデス〜。コチラ側についてくれれバ、安全ヲ保証しまス〜」

“考える時間をあげまショウ”と、サファイアは二人を残して長屋を出ていった。

  

「口の中切れてるでしょ」

「・・・・・・」

差し出されたハンカチを無視して、トパーズは血と一緒に折れた牙を吐き捨てた。

それをヒスイが拾う。

「あ〜あ。折角の牙が・・・」

「・・・・・・」

トパーズは黙って煙草を咥えた。

しかし火はつけない。

「?ライターないの?」

「・・・無くした」

「じゃあ、魔法で・・・」

「必要ない」

「?そう?」

「・・・なぜここに来た」

本来なら煙を吐く場面。
イマイチ決まらない。

「トパーズに会わせてくれるって言ったから。自慢じゃないけど私、後先考えないほうなの」

「・・・お前は想像以上の馬鹿だ」

「うん。そうかもね」

計算外の事態が続く。

「・・・・・・」

「トパーズ?」

「・・・なんとかする。お前はもう余計な事をするな」

トパーズは上からヒスイを見下ろして、コツンと額を合わせた。

「・・・父親が・・・アイツじゃなかったら・・・“紅”だ」

「・・・・・・うん」

「そっちも・・・なんとかする」

  

「・・・やっぱりこの地図変だ」

猫シトリンを肩に乗せ、ジンが呟く。

マーキーズ中歩き回ったが、鉱山なんてどこにもなかった。

(・・・なんとなく仕組まれてる気がする)

何故かコハクの顔が思い浮かぶ。

「・・・オレの家、行こう。地元のことは地元民に聞くのが一番だ」

ジンはシトリンを連れて実家へ向かった。

何だかんだと理由をつけてここ数年は全く帰郷していなかった。

しばらく見ない間に町並みは様変わり・・・家への道筋さえあやしい。

「土産を持っていかねば」

変なところで気を遣うシトリン。

「いいよ、別に。両親はたぶん家にいないだろうし」

「家にいない?何でだ?」

「社交界に出かけるのが好きなんだ」

「は?社交界?何だソレ」

「まぁ、来ればわかるよ」

  

マーキーズ。ジンカイト宅。

「・・・で?お前の実家とやらはどこだ?」

巨大な城を前にシトリンが首を傾げる。

「おかしいな、子供の頃マーキーズの王家へ訪問したことがあるのだが・・・こんな城だったか??」

シトリンは激しく勘違いをしていた。

「王家の敷地内か??」

「えっと・・・ここがオレん家」

ジンは頭を掻いて城を指さした。

「はぁ〜っ???お前王子だったのか??」

「違う、違う」

ジンが慌てて否定する。

「親が貴族ってだけ」

「貴族?と言うことは・・・金持ちなのか?セレブというヤツか?」

シトリンの頭の中では貴族=金持ち=セレブだった。

一国の姫君とは思えないセリフにジンは思わず苦笑い。

(モルダバイトの王家は庶民的だからなぁ)

王家の面目を保つ最低限度の贅沢しかしていなかった。

(どこよりも豊かな国なのに質素なんだよな〜)

だからこそモルダバイトが好きなのだ。
自分の性に合っている思う。

「まぁ、実家が金持ちでもお前には関係ないしな」

シトリンが言った。

ジンの生活が地味なことを誰よりも良く知っていたのだ。

「まぁ、そういうことだな」

肩書きに惑わされないシトリンの態度が嬉しかった。

ジンは上機嫌に自宅の門をくぐった。

  

「おかえりなさいませ。ジン様」

ずらりと使用人が並ぶ。

「・・・ウチより人数多いぞ」

耳元でシトリンの声。
ジンは笑ってシトリンの喉を撫でた。

「急にごめんね」

使用人に向けて一声。

「とんでもございません。旦那様と奥様はお出かけですが、お嬢様方はいらっしゃいますので・・・只今・・・」

「ジン!」

「ジン兄!」

使用人からジンの帰宅を知らされた姉と妹が駆け寄る。

姉は貴族の名に相応しい優雅な出で立ちで腕に黒猫を抱いていた。

妹はジュニアハイスクールの制服を着ている。

どちらもジンと同じ明るいオレンジの髪をしていた。

「あら。あなたも猫飼ったの?」

「わぁ〜・・・綺麗な猫!」

姉と妹が順番に喋る。

姉妹揃って猫好きだった。

「おお、お前の姉妹かぁ〜。似てるな」

「!!ねっ・・・猫がしゃべっ・・・」

流暢に言葉を話す猫シトリンに驚く姉妹。

モルダバイトと違って、この地方は“不思議”と縁がない。

二人とも口をパクパクさせ、泡でも吹きそうな勢いだった。

「オレの恋人。いずれ結婚するつもり」

容赦なくにっこりと微笑んで、ジンが金色の猫を紹介する。

「!!!?」

またまたビックリ。

冷静なのは黒猫だけだった。

 

ニヤァン:お前珍しい種だな

ニャァニャァ:そうか?

ニャ〜:美人だ。気に入った。

いきなり黒猫に口説かれるシトリン。

猫の言葉がわかることに感激。

ニャウニャウ:猫歴は浅いが、まぁよろしく頼む。

ニャーン:来いよ。この辺案内してやる。

ニャッ!:おおっ!ぜひっ!

 

猫的冒険に憧れていたシトリンは黒猫の誘いに乗った。

ひらりとジンの腕から飛び降りる。

「シトリン?」

「ちょっとコイツと出かけてくる」

「え?おい・・・」

黒猫と連れ立って走り出す。まさに猫そのもの。

(オレが案内しようと思ってたのに・・・)

飼い猫に恋人を攫われた。

(・・・これってちょっと情けなくないか?)

  

長屋近くの廃墟。その地下室。

魔法と科学。

培養装置を中心に実験用具が所狭しと並んでいた。

眼鏡をかけたトパーズが試験管を覗き込む。

試験管の中には肉片が浮かんでいた。

ヒスイの細胞。

これが欲しかった。

「採る為ニ犯ったのカ♪犯ったついでニ採ったのカ♪」

サファイアが隣で歌う。

「・・・・・・」

「何を迷うのデス?アナタ専用の“ヒスイ”今なら簡単に造り出せますヨ?」

「うるさい。黙れ」

「今更、倫理ダノ、道徳ダノ、考えるだけ無駄デス」

「・・・・・・」

「すべてが計算外なのですカラ♪アナタモ。ワタシモ。さて、どうしまショウカ?」

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