世界に咲く花

33話 堕天使の娘


  

人間界。とある民家。

 

「・・・気分はどうでショウ?」

「・・・・・・悪くない」

トパーズが体を起こした。

「・・・が、貴様この体に何か・・・したな?」

眼光鋭くサファイアを睨む。

その瞳はもう紅くはなかった。

「えェ。いいモノが手に入ったのでネ〜。灰にちょっと加えさせていただきまシタ」

吸血鬼の体は灰と血液で何度でも再生することができた。

紅い瞳の所有者でなければ、その後も何ら変わらず生き続けることができる。

紅い瞳を持つ者は一定の刻を迎えると肉体が滅びてしまう為、生き延びるには再生の儀式を繰り返し行う必要があった。

「朗報ですヨ。神の器は完成シタ。アナタはもう死なナイ。滅びの運命から抜け出したのデス」

「・・・何をした」

「聞くまでもないでショウ。察しはついているハズ」

クフフ♪

サファイアがご機嫌な笑みを浮かべた。

「愛トハ、美シイ」

「・・・・・・」

「すべてを遠ざけてきたつもりでしょうガ、アナタは今、愛の中心にイルのですヨ」

「・・・余計なことを・・・」

誰に向けるでもなくトパーズが呟く。

「約束通り、共に世界を創り変えまショウ。新世界の神ハ、アナタデス」

立ち上がったトパーズの耳元でサファイアが甘く囁いた。

  

ケホッ!ケホッ!

「チョット煙草吸い過ぎじゃないですカ〜」

狭い部屋に紫煙が立ち込めている。

サファイアは咳き込んで煙の奥にいるトパーズを探した。

「ご機嫌が麗しくないようデスネ〜」

「・・・当たり前だ」

「どうですカ?気分転換にお散歩デモ」

「・・・・・・」

復活後、初めての外出だった。

「おや?サファイアちゃん、彼氏かい?」

家を出てすぐ中年の女が声をかけてきた。
どうやらご近所さんらしい。

「隅に置けないねぇ。イイ男じゃないか」

「いやだ、おばちゃんってば!違うんですよ〜」

「・・・・・・」

トパーズは煙草を咥えたまま、黙ってサファイアと女のやりとりを
見ていた。

「・・・魔界を動かせる力を持ちながら何故わざわざ人間界で暮らす?愛想のいい人間のフリまでして」

「敵情視察のようなものデス。効率の良い駆逐方法を探す為のネ」

「・・・・・・」

「ウフフ。これがなかなか面白いんですヨ」

「・・・貴様・・・堕天使サタンでは・・・ないな?」

「アレ?よく気が付きましたネ。熾天使でさえ間違えたというノニ」

サファイアは眼鏡を軽く下にずらして不敵に笑った。

「堕天使の娘・・・とでも言っておきまショウ。サタンはワタシが殺して食べました♪」

「食った?それでサタンの知識と能力を得たと」

「えェ。そういう体質なんでス〜。便利ですヨ〜」

「・・・・・・」

イチョウの並木道を歩きながら物騒な会話が続く。

どこまでが真実でどこからが虚偽なのか計りかねるサファイアの話。

「ア!いけなイ!バイトの時間デス!」

腕時計を見てサファイヤが声をあげた。

「今日から屋台でチョコバナナを売るのですヨ〜・・・フフフ」

  

人間界。エクソシスト正員寮。

 

「わかるでしょ?その体じゃ無理なの」

コハクがヒスイに言い聞かせる。

「いい子で留守番・・・」

「やだっ!だってまだ全然お腹目立たないし!大丈夫だよ!お兄ちゃんと一緒に行くっ!」

ヒスイは駄々を捏ねた。

「やめておけ」

「何よ、オニキスまで!」

二人を敵に回してもヒスイは挫けない。

絶対参加すると主張した。

「メノウ様に見張ってもらうことにするから、抜けだそうとしても無駄だよ。“歌”もだめ。いいね?」

普段は甘いコハクでもこういう場面では厳しかった。

容赦なくヒスイを軟禁し、オニキスと共に寮を出ていってしまった。

「・・・・・・」

ちらっ。

ヒスイが上目遣いにメノウを見る。

娘には甘い父親の特性を利用しようとしているのがバレバレだ。

「あ〜・・・だめだよ。そんな目で見ても」

「お父さんっ!お願いっ!」

「だめだめ。今が大切な時期なんだから・・・」

「・・・・・・」

説得を諦めたのか、ヒスイが急に黙った。

「・・・わかった」

(・・・わかってないな)

メノウは疑いの眼差しでヒスイを見た。

「じゃあ公園にお散歩しに行こうよ」

(そら来た。隙をついて逃げる気だな)

「・・・いいよ。運動不足もかえって体に悪いし」

快晴。青空の下、親子の駆け引きが続く。

「いい天気だね、お父さん」

(大勢人のいるところならお父さんも魔法を使わないハズ。逃げられるかも)

「うん、空が青いと気分がいいね」

(少し歩けばたぶんすぐ疲れて眠くなるハズ。そのままお昼寝だ)

にこっ。

にこっ。

同じ顔、同じ笑顔で探り合い。

寮から20分ほど歩いた場所に国立公園があった。

広大な敷地を持つ公園で、サーカスや移動遊園地などの催しに使われる他、休日には屋台がたくさんでていた。

屋台を見て回るヒスイの傍にぴったりとメノウが張り付いている。

「お父さん〜・・・トイレ」

しばらくして狙ったようにヒスイが言った。

「え?トイレ?」

(さすがにそこまではついていけない・・・)

だからといって、行かせないわけにもいかなかった。

「じゃあ、ここで待ってるから。ちゃんと戻ってくるんだよ?」

「うん!」

メノウはトイレの入り口がよく見える場所で足を止め、渋々ヒスイを送り出した。

  

公園女子トイレ。運命の出会い。

「!!あなたは!」

手洗い場で隣り合わせになったのはサファイアだった。

「ワ・・・。素敵な偶然ですネ。お母様」

「トパーズの灰を返して!」

ヒスイが突っかかる。

「ハイ、ドウゾ。と、いう訳にはいきませんガ、一緒にくれバ、会わせてあげますヨ?丁度今、バイトが終わっテ、帰るトコロなのデ」

「え?バイト??」

(何、この子・・・)

不思議なことに全く敵意は感じない。

(会わせてあげる・・・って、まるでトパーズが生きてるみたいな・・・)

「まずハ、アナタにかけられている束縛の呪文を解きまショウ♪」

「え?」

サファイアがヒスイの額に手を翳した。

「鎖でネ、繋がれているんですヨ。高位魔法デ、術者以外には見えないのデ、気付かないのも無理ハないデス」

「・・・・・・」

(お父さん・・・いつの間に・・・)

パリンッと何かが砕ける音がした。

「これでイイデス。いきまショウ」

  

女子トイレの裏手にもう一つ出入り口があった。

コソコソとそこから抜けだし、ごく普通に並んで歩く。

「・・・アルバイトしてるの?」

「えェ、趣味デ」

(・・・趣味・・・)

「着ぐるみデ、子供に風船を配るバイトをしていたんですガ、トイレに行っている間に盗まれてしまっテ、クビになっちゃったんですヨ〜・・・酷い話でショ」

(着ぐるみ?トイレ?あれ??)

「ヤット新しいバイトが決まったトコロなんデス」

「そ、そう。良かったわね」

何となく身に覚えのある話に後ろめたくなりながら、ヒスイはサファイアの話に何度も相槌を打った。

(堕天使サタンって・・・もっと嫌な感じかと思ったけど・・・)

公園から、寮とは反対方向に40分程歩いた場所だった。

質素な長屋の並ぶ郊外。その一つに案内される。

(こんな所に身を潜めていたなんて・・・見つけられるハズないわ)

「愛シイ息子サンと感動の再会ですネ〜。心の準備ハいいですカ?」

「・・・うん」

  

「・・・やられた」

いつまでもトイレから出てこないヒスイ。そして呪文が破られた。

「まさかこんな近くに潜伏してたなんてな〜・・・」

しかしメノウが慌てることはなかった。
ニヤリと口元が歪む。

「・・・ラッキーじゃん。このまま追跡だ。俺を舐めるなよ」

  

「・・・ヒ・・・スイ?」

トパーズの口からポロリと煙草が落ちた。

それを見てサファイアが吹き出す。

「クハハ!!そのカオ!傑作デス!」

「トパーズっ!?私のこと覚えてるの!?」

飛びつこうとするヒスイをかわしてトパーズが背中を向けた。

「忘れた。お前なんか知らない」

「忘れた?“好き”って言ったことも?」

トパーズの天の邪鬼を見越してヒスイが笑った。

「・・・・・・」

「どお?頭良さそうに見える?」

“幸せ眼鏡”をかけて覗き込む。

「・・・・・・」

負けを認めたのか、トパーズは少し赤い顔で前髪を掻き上げた。

大きな溜息が洩れる。

「・・・あの時死んだつもりだったんだ」

キスも告白も普通なら絶対にしない。

「もう会うこともないと・・・思った」

ところが即座に復活し、ちゃっかり再開を果たしてしまった。

(・・・あの時のオレは何だったんだ・・・)

人生最大の屈辱。
その気になっていた自分を思い出すと猛烈に恥ずかしい。

「・・・アレは全部嘘だ。嘘。忘れろ。眼鏡返せ」

“形見”と言って渡した眼鏡をヒスイから取り上げる。

バツが悪い。格好悪い。サファイアがお腹を抱えて笑っている。

「あ〜・・・トパーズだぁ・・・良かったぁ」

涙ぐむヒスイ。

「・・・・・・」

照れ隠し。トパーズは煙草に火を付けた。

「お母様、コッチコッチ」

「?」

サファイアに手招きされて部屋の隅へ向かう。

窓際に椅子が用意されていた。

「あまり無理しないデくださいネ。アナタ一人の体ジャないんですカラ」

耳元で囁かれたヒスイはギクリとした顔でサファイアを見上げた。

クスッ。

次にサファイアは軽やかなステップでトパーズの耳元へ移動した。

「彼女の前で、煙草ハ止めたほうがイイ。妊娠してル」

トパーズの動きがピタッと止まった。

「おやァ・・・顔色が変わりましたネェ?心当たりガ?」

「・・・・・・」

ニタニタと下品な微笑み。

「デ・モ。忘れちゃ駄目ですヨ。アナタの体は私のものデス♪」

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