世界に咲く花

37話 婚約リボン

   

「う〜ん・・・」

コハクが唸る。

「・・・よし。決めた。君の味方をすることにしよう」

「!!!」

コハクの回答にぎょっとした顔をするトパーズ。

メノウ、オニキスは開いた口が塞がらない状態だった。

「じゃ、私も。よろしくね、サファイア」

ヒスイがコハクの懐からサファイアを見上げた。

「ありがとうゴザイマス。ソウ言って頂けるト思ってマシタ♪」

サファイアが満面の笑みで応える。

「善でも悪でも私はお兄ちゃんと同じ道を行く。ごめんね、お父さん」

「ヒスイ・・・」

娘から決別宣言を受けた。

微かに動揺。
日頃何事にも動じないメノウの表情が翳る。

「・・・我々ヲ止めたけれバ、全力でどうゾ♪」

上空で分裂する絆。

サファイア、トパーズ、コハク、ヒスイ。

対してメノウ、オニキス。

「行きまショウ」

コハク、ヒスイが頷く。

「それでハ、いずれマタ♪」

  

「・・・マジかよ」

黒ペガサスの手綱を握ったまま、メノウが呟く。

「・・・・・・」

オニキスはやはり無言だった。

「アイツ等元々悪の素質充分だもんな〜・・・。何か考えがあるんだろうけど・・・覚悟はしといたほうが良さそうだ」

こうしちゃいられない、とメノウは自分自身に喝を入れた。

「アイツ等と戦うことになっても、俺達は人間界を守る。簡単にくれてやる訳にはいかない」

「・・・・・・」

足元のヨルムンガルドを一瞥し、オニキスが頷く。

「もうここに用はないね。帰って、シトリン達を呼び戻して、戦闘態勢を整えよう」

メノウがパチンと指を鳴らす。

一瞬で景色が変わった。人間界への帰還。

魔界と繋がっている洞窟奥から再度指を鳴らし、表まで瞬間移動。

そこから寮まで歩く。

途中サファイアの長屋の前を通ったが、当然留守のままだった。

「いきなり袂を分かつことになるとは思わなかったなぁ」

苦渋の笑みで肩を竦めるメノウ。

「・・・本気でそう思っているのか?」

「さぁ。アイツの考えることは昔からよくわかんないし。けどま、アレでも一応“親”だから、昔のような無茶はしないだろ」

「・・・そう思いたいが・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

今ひとつ信用できない。

二人は言葉に詰まったまま、寮への道を歩いた。

  

エクソシスト正員寮。メノウの部屋。

  

「ええと・・・他に使えそうな奴は・・・っと」

メノウは戦力になりそうな人物の名前を紙に書きつけた。

「・・・大丈夫?」

すっかり表情の固まってしまったオニキスを覗き込む。

「一滴でもヨルムンガルドの毒が流れれば、死者が出る。理由はどうあれ止めるしかない」

オニキスはそう自分に言い聞かせた。

コハクはともかく、トパーズと剣を交えることになるかもしれないと思うと声に力が入らない。

「戦力は・・・向こうが上か・・・」

考えたくもないが考えなくてはならなかった。

「あながちそうでもないかもよ?」

メノウはペンを顎に当て、にっと笑った。

「“神”の能力は本来戦いには向かないんだ。“創る”のは得意でも“壊す”のは苦手。推測だけどね。“神”は人間が思うほど万能じゃない」

「・・・・・・」

「だから戦闘に特化した天使・・・コハクを創った。“神”の代わりに剣を振るい、血生臭いことはみんなアイツが請け負ってた」

“嫌いだったんです。神が。いつか殺してやろうと思ってました”

「・・・・・・」

コハクがそう言っていたのを思い出す。

「ヒスイは妊娠してるし、攻撃の要はコハクとサファイアだ」

「・・・・・・」

妊娠中のヒスイ。それがまた気にかかる。

それはメノウも同じようで

「せめてヒスイだけでも部外者にしたいよな・・・」

と小さな声で呟いた。

  

同じ頃・・・魔界。

サファイアに案内された魔界の洋館に一旦腰を落ち着けたコハクとヒスイ。

コハクがサファイアと打ち合わせを始めたので、ヒスイはトパーズと散歩に出かけた。

「この辺詳しいの?」

「・・・・・・」

「魔界の空気もなかなか美味しいわね」

「・・・・・・」

「サファイアって意外と優しいよね。あ、意外なんて言っちゃ失礼?」

「・・・・・・」

「トパーズってば!話聞いてる!?」

無視されっぱなしのヒスイが怒り出す。

「何?私と話したくないの?だったらいいよ、帰るから」

「・・・そうじゃない」

引き返そうとするヒスイの手をトパーズが掴んだ。

「え?」

そのままぎゅっと握る。

「???」

トパーズは何食わぬ顔でそっぽを向いて、ヒスイの手を・・・離さない。

(か・・・可愛いっ!息子ってどうしてこんなに可愛いの!?)

全く懲りないヒスイ。トパーズにはどうしても甘くなってしまう。

(だって・・・お兄ちゃんと私でできてるんだよ?)

自分と同じ銀髪、そして更に顔がコハクに似ていることで愛おしさにも拍車がかかる。

「手、繋ぐ?」

「・・・・・・」

ヒスイはトパーズと指を絡めた。

するとトパーズは無言で指に力を込めた。

  

「母親って息子に弱いものなのかな・・・」

洋館の窓辺に立ち、打ち合わせの傍ら二人の様子に目を光らせていたコハクが溜息。

(あんなに酷いことされたのに、全然怖がらないし)

見るからに無防備。あどけない笑顔をトパーズに向けている。

「まァ、そう気を落とさズ♪父親トハ損な役回りと決まっておりマス」

おかしな言い回しのサファイアに慰められる。

「話の続きだけど・・・トパーズに何をさせるつもり?」

「“世界蛇”を移動させるのに一役買ってもらいマス」

「なるほど・・・それはトパーズにしかできない芸当だ」

「デショ♪」

「・・・人間を一人残さず殺すつもり?」

「必要とアラバ」

「・・・ふむ。それで?どこを始点にするの?」

コハクの言う“始点”とは“世界蛇”の頭部置き場を指していた。

「コチラの海ニしようかト♪」

机の上に広げられた人間界の地図。

そのなかからサファイアが選び出したのは・・・

“マーキーズ”

  

「はぁ〜・・・っ」

ストレス混じりの溜息。シトリンだ。

「どうしたんだ?最近遊びにも行かないし・・・」

肩すかしをくらった後、ジンの家を拠点に情報収集をしていたが鉱山に関する情報は何も得られず、気分的にダレてきたところだった。

「外に出ると追い回されるんだ。オス猫に」

(美猫だもんなぁ・・・。さかりの時期じゃなくてもしたくなる、うん、うん)

オス猫の気持ちになってしまう自分が悲しい。

(悶々としている・・・気がする・・・近頃のオレ)

「・・・暇だ。やる事がない」

そう言って、毛繕いしているシトリンも魅力的だ。

(いっそオレも猫になりたい・・・)

暇だ、暇だ、とシトリンがぼやくのでジンは飼い猫用の猫じゃらしを持ち出した。

「!!オウッ!ソレはっ!!」

ジンの動かす猫じゃらしに飛びつくシトリン。

夢中になってじゃれる。

「おぉぉ・・・楽しいぞ!!」

すっかり機嫌は直ったようだった。

「もっとだ!もっと激しく動かせ!」

シトリン大興奮。

ニャンニャン言っているその姿が可愛くて可愛くて・・・

(もう・・・だめだ)

「シトリン。キスしていい?」

「ちょっと待て、もう少し遊んで・・・」

「待たない、っていうか待てない」

お気に入りの猫じゃらしが遠のく。

「あ〜・・・」

残念がるシトリンを抱き上げて・・・ぶちゅっ。

口の中に毛が入っても構わない。

(他の猫に取られてたまるか)

ジンはいつになく濃厚なキスをして、言った。

「結婚しよう」

「・・・猫だぞ。私は。もうずっと」

「うん。それでも」

「・・・兄上が幸せになれたら・・・私も考える」

「よし、アイツには何が何でも幸せになってもらう!」

笑顔でシトリンを抱き締める。

「モルダバイトに戻って、メノウさんと合流しよう」

「そうだニャ」

シトリンの喋り方がおかしい。たまにこうなる。

ジンは笑いを堪えて、ポケットから赤いリボンを取り出した。

シトリンにプレゼントしようとあらかじめ用意していたものだが、予想以上に重要な役目を果たした。

「・・・じゃあ、これ。約束の証」

金色の猫・・・シトリンの首にリボンを結ぶ。

「婚約リボン。うん。悪くない」

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