世界に咲く花

44話 愛しい我儘


   

“王妃はもう、死んだことにして”

 

「・・・それは、できない」

しばらく間を置いてからオニキスが答えた。

「できない?なんで?」

首を傾げるヒスイ。

「大々的にお葬式を出せばいいじゃない」

「・・・・・・」

まったくこの女は・・・と思う。

自分に向けられた好意をこうもあっさり切り捨てられるものなのか。

オニキスは半分自棄になって言った。

「・・・お前を愛している」

「え?」

「・・・惚けるな。知らないとは言わせない」

「え・・・っと・・・」

ヒスイが言葉を濁す。

いつものように軽く流せない雰囲気だった。

「・・・うん。知ってる。答えが欲しいんじゃないことも」

「・・・・・・」

聞くまでもなく、答えはいつも決まっている。

“お兄ちゃん以外好きにならないから”

愛に迷わないヒスイ。

皮肉なことにそんなところが好きだった。

どうしたって想いは届かないのだ。

それでも・・・オニキスの心にヒスイが生き続ける限り、モルダバイトの王妃が死ぬことはない。

「・・・王妃は死なせない。いいな?」

「・・・うん」

  

「こちらの条件を言おう」

不味い酒を飲み交わしながら、グロッシュラー王が口元を歪める。

「我が国の姫を第二王妃に。どうだ?悪い話ではないだろう?」

「・・・・・・」

オニキスは無言でグラスを空けた。

「同期の貴公に娘をくれてやるのも癪だが、まぁいい。これを機に国交を深めようではないか。ん?」

「・・・何が狙いだ」

「・・・いずれにせよ、貴公に選択の余地はない。銀の悪魔と共に世界を敵に回すと言うなら話は別だが」

グロッシュラーに握られているのはヒスイの“身柄”ではなく、銀の悪魔がモルダバイトの王妃だという“情報”だ。
それは確実に世界を動かせる力を持つものだった。

「・・・・・・」

「“学問の民”が戦争に向いているとは到底思えんがな」

酒瓶を手にとって一気飲み。

グロッシュラー王は低音の笑い声を響かせた。

「まずは顔合わせといこうじゃないか」

  

「・・・条件を飲むつもり?」

扉の外で盗み聞きしていたヒスイが、話を終えたオニキスに納得がいかないという顔で詰め寄った。

「仕方がないだろう」

「だめだよ・・・政略結婚なんて。結婚は本当に好きな人とじゃなきゃ・・・」

「できることならそうしている」

結婚のことをヒスイに言われると無性に腹が立つ。

オニキスはヒスイに背を向けた。

「これからグロッシュラーの娘とやらに会ってくる」

「だめっ!待って!」

早足で歩き出したオニキスの後をヒスイが追う。

しかし歩幅が全然違うため、差は広がる一方だった。

「だめだってば!!」

オニキスは耳を貸さない。珍しく強気な態度だった。

「お願いっ!!いかないでっ!!」

精一杯腕を伸ばして、ヒスイはオニキスの服を掴んだ。

“いかないで”

その言葉にオニキスの足が止まる。

同時にヒスイが口を押さえた。

「わ・・・たし、今、大変なことに気が付いちゃった・・・」

自分の口から出た言葉に驚いて、瞳をぱちくりさせている。

「嫌・・・みたい。オニキスが私の知らないヒトのところにいっちゃうのが」

「ヒスイ・・・」

「娘とか・・・私の知っているヒトが相手ならいいの。実際シトリンと結婚してくれたらいいなって思ってたし」

「・・・・・・」

「誰を好きになるのもオニキスの自由なのに・・・我儘言ってごめんね」

ヒスイが手を離した。

「行ってもいいよ。もしかしたら運命の相手かもしれないし」

「・・・馬鹿。そんな訳があるか」

運命の相手はここにいる。

“いかないで”

ヒスイの我儘。愛しい我儘。

「・・・スイ」

それは恋愛感情から生まれたものではないとわかっているのに。

名前を口にできないくらい・・・喜びで胸が詰まる。

「オニキス?」

オニキスは振り返り、ヒスイを抱き締めた。

  

オレの気持ちを無視して、容赦なく突き放すくせに。

時折、こんな風に優しかったりするから。

離れられない。

「・・・我儘でいい」

もっと我儘でいい。

その我儘で繋いで欲しい。

「・・・オレはどこにもいかない」

 

いつも同じ場所で、同じ女を待つ。これからも、ずっと。

  

モルダバイト城。

 

「君んちは家族揃って運がいいね」

「はい。とりあえず安心しました」

メノウとジンの会話。

マーキーズに住むジンの家族は、旅行で国外にいた。

駆逐の被害には遭っていない。

「それで君の修行だけど」

「はい」

「精霊と正式契約してもらおうかと思って」

「契約・・・ですか?」

“契約”と言われてもピンとこない。

これまで普通に生活してきたジンにとっては別世界の話だった。

「うん。“精霊使い”ってヤツ。君、素質あるし」

メノウはジンの額を指した。

「君を加護している精霊なら力を貸してくれるハズ」

精霊の加護。

一体どんな精霊が自分を護ってくれているのだろう。

経緯を覚えていないだけに、純粋に興味がわいた。

「で、しばらく精霊の森に籠もることになるんだけど、その間はシトリンと会えないから。覚悟しといて」

「あ・・・はい・・・」

“会えない”と聞いて暗い気持ちになる。

それが表情にも現れていた。

「・・・心残りのないようにしときなよ?」

ジンの背中をポンッと叩いてメノウが部屋を出ていく。

その表情はジンとは対照的に楽しそうだった。

生来イタズラ好きのメノウ。

(ちょっとぐらい刺激があった方があの二人にはいいだろ。シトリンには大量にマタタビ食わせたし。これで今夜は・・・くすっ♪)

  

猫にマタタビ。上機嫌。

自室へ訪れたジンに飛びつくシトリン。

「遅かったじゃないか!風呂入るぞ!風呂!」

「シトリン・・・」

明日にはお別れなのだ。何と告げるべきか迷う。

「今日は下町のボス猫と闘ってな。汗をかいた」

シトリンがシャンプーをねだる。

(心残りがないようになんて言われても・・・)

愛を確かめる手段が、普通の男女よりひとつ少ないのだ。

 

・・・そう、思っていた。

この夜までは。

 

はぁ・・・っ。

悩ましげな息づかいが浴室に響く。

「あ・・・シ・・・トリン」

濡れた床に横たわるジンの上に乗った、金色の猫。

「・・・どうだ?気持ちいいか?」

テンションが微妙におかしい。

行動は明らかにおかしい。

ペロペロペロ・・・

「ぅ・・・」

シトリンに乳輪を舐め回されて声が洩れる。

しきりに動く小さな舌。

くすぐったくて気持ちが良くて・・・何が何だか自分でもよくわからなくなってきた。

(あ・・・やば・・・)

差し込む場所もないのに見事な勃起。

(こんな場面で勃つなんて・・・どうすんだよ〜・・・オレ)

自分でも途方に暮れてしまう。

「お?おおっ!!」

勃ち上がったモノを見て、シトリンの瞳が輝く。

そして次の瞬間・・・ニャン!と飛びついた。

「!!!!」

驚きで声を失うジン。

遊び道具・・・にされている。

「おおっ!素晴らしい弾力!!」

「じゃれないでくれ〜・・・ソコはそういう場所じゃ・・・」

サンドバックを殴るようにシトリンの肉球がタシタシと触れる。

「はっ・・・・あ・・・」

弄ばれて・・・快感。

(このままじゃオレ・・・イカされる・・・)

相手は猫。しかも攻められっ放し。

シトリン(※処女)とのセックスは当然自分がリードするものだと思っていた。

(それなのに・・・なんて情けない・・・)

遊具化した男の象徴。

体の上をシトリンが這い回る。

抵抗するのは簡単なのに、なぜか体が動かない。

「シト・・・リン。頼む・・・その辺で・・・」

やめてくれ。と言う前に再び衝撃。

「おおっ!コレは何だ!?玉かっ!!?」

「!!!!」

(玉とか言うな〜!!!)

シトリンのザラッとした舌が裏の裏まで舐め尽くす。

「ぅ・・・ぁ・・・」

猫シトリンのテクニックに喘ぐジン。

(シトリンは猫なのに・・・猫なの・・・に・・・だめだ・・・出る)

射精感が頂点に達していた。

「ごめん・・・どいて・・・」

「にゃっ?」

「あ・・・」

シトリンを避難させようと体を起こした瞬間・・・白い液体が大量に飛び散った。

「ぷはっ!何だ?何だ?」

その気もないのにシトリンの顔面へ直撃。

顔中ドロドロ・・・シトリンはきょとんとしている。

(あぁ・・・いきなり顔に・・・最悪・・・)

スッキリ感を凌ぐ罪悪感。

「ホントごめん。とにかくシャワーで流そう」

「いや。構わん」

「え?」

「マタタビよりウマイ」

そう言ってシトリンは毛繕いをはじめた。

「マタタビ!?マタタビ食ったのか!?」

(触れ合うことにいつになく積極的だったのは・・・もしかして)

恍惚とした顔のシトリン・・・マタタビに酔っている。

(それでもまぁ・・・受け止めてくれた訳だし)

シトリンはジンの精液を丁寧に舐め取って、ゴロゴロと喉を鳴らした。

男のプライドは塵と化しても、やっぱり嬉しい。

「シトリン・・・」

「ニャンだ?」

「ありがとな」

  

翌朝。

 

「じゃあ、行ってくる」

精霊の森を目指して、出発の時刻。

「ああ、行ってこい」

ちゅっ。

ジンはシトリンを抱き上げてキスをした。

下半身にはまだ夕べの余韻が残っている。

キスの味も今までと一味違う気がした。

「さ、行くよ」

少し先からメノウが呼んだ。

「くすっ。お別れは済んだ?」

「・・・はいっ!」

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