世界に咲く花

43話 神隠し。愛の証。

  

「・・・洗濯バサミで挟んだら、こんな感じかな」

コハクは自らの指を洗濯バサミに見立ててヒスイの乳首を強く挟んだ。

「やぅ・・・っ!!」

悲鳴と同時に晒された場所から因果な汁がトロリと垂れた。

「本物はもっと痛いよ」

すでに相当な痛みを与えていることを知りながら、コハクはぎゅっと指先に力を込めた。

「あッ・・・ぁ」

涙でグシャグシャになった顔でヒスイが喘ぐ。

痛いのに気持ちが良いのだ。

「・・・どう?話す気になった?」

「・・・・・・」

「・・・ヒスイ?」

ヒスイが俯いてしまったので指先の力を緩め、顔を覗き込む。

「・・・い」

「え?」

「・・・話さないもんっ!!」

ガタガタガタ!

「解いてよっ!!」

ヒスイは癇癪を起こし、椅子を激しく揺らして反抗した。

「え?あれ?」

気が強そうな割には従順で、コハクに逆らうことは滅多にないヒスイ。

大きなお腹で転倒でもしたら大変だ。

奪われた主導権。いきなり立場逆転。コハクは慌てて椅子からヒスイを解放した。

「あの・・・」

こうなったらひたすら謝るのが良策だ。

コハクは申し訳なさそうな表情で口を開いた。

「お兄ちゃんなんかもう知らないっ!!」

裸のままヒスイが部屋を飛び出した。

股の間からコハクの羽根がパラパラと落ちる。

「・・・怒らせちゃった・・・まずいなぁ・・・」

 

以下コハクイメージ。

 

「・・・意地悪してごめんね・・・寂しかったんだ。ヒスイのこと好きだから、何でも知りたくて・・・」

「!!私こそっ!トパーズばっかりかまってごめんね!!お兄ちゃんが一番好きだよっ!!」

「ヒスイ・・・」

「お兄ちゃんっ!!」

ぶちゅぅう〜!!

 

(・・・ってなるハズだったのに!!やりすぎた!?)

すぐに追いかけるのは逆効果だ。長年の経験からそれはよく知っていた。

(まさかあの格好でトパーズの所へ行ったりはしないだろうし。転がり込むとしたらサファイアの部屋だ)

サファイアがうまく執り成してくれることを祈りつつ、床に散乱した羽根を拾う。

根元にはヒスイの愛液が染み込んでいた。

それを口に含み、ぼんやり。

(あ〜・・・おいしい・・・ちょっと勿体ないことしちゃったかな・・・)

  

「もうっ!お兄ちゃんはぁっ!!なんであんなに意地悪なのっ!!」

発作的意地悪・・・にも、もう慣れた。

カッとなって飛び出したが、ヒスイの頭はすぐに冷えた。

「・・・・・・」

どんな意地悪をされても、やっぱり好きなのだ。

(もう少ししたらお兄ちゃんとこかえろ・・・)

しかし、今すぐ戻るのはちょっぴり癪な気分だった。

「とにかく着るモノを・・・」

廊下を裸で歩く。ヒスイが通った後にはコハクの羽根が点々と残っていた。

「サファイアに洋服借りよう」

サイズが全然合わないことは承知の上で、サファイアの部屋を訪ねる。

「あれ?いない??」

何度ノックをしても返答がなかったので、勝手にドアを開けて室内を覗き込む。

やはりサファイアの姿はない。

見えるのは大きな姿見に映る自分の姿だけだった。

(・・・なんてマヌケな格好・・・)

小柄な妊婦が股に羽根を生やして立っている。

「・・・ん・・・っ」

ヒスイは自分の手で刺された羽根をすべて抜いた。

辺りを見回すと、運良く椅子に上着が掛けられていた。

「ちょっとお借りします〜・・・」

パジャマの上着。シルクで肌触りも良かった。

「・・・あ、これって・・・」

ヒスイはベッドサイドの写真立てを手に取った。

「擬人化したヨルムンガルド?」

サファイアと並んで笑っている写真だった。

「・・・なんかコレって・・・」

恋人同士・・・に見える。

(育ての親って言ってたけど・・・恋人って可能性もアリよね)

ヒスイにしてみてもそうだった。

育ての親であるコハクと迷わず結婚。

ひょっとしたらサファイアも同じ境遇なのではないかと思うと、益々親近感がわいてきた。

「・・・幸せそう」

少し古くなった写真を見て思う。

(サファイアにとってかけがえのないヒトなんだろうな・・・)

  

「この扉、何かしら?」

北側の壁に3つ並ぶ謎の扉。

一番左の扉には鍵が掛かっていたが、中央の扉は普通に開いた。

(移動の魔法陣・・・よね?人間界に繋がってる??)

魔法陣の周囲に黒い羽根が落ちていた。サファイアのものだ。

(サファイア・・・人間界に行ったのかな?)

「できれば下着も借りたいんだけど・・・」

だからといって、箪笥を漁るのは抵抗があった。

サファイアの了解を得るべく、ヒスイは後を追うように魔法陣の上へと乗った。

  

人間界。

「え・・・?あれ?」

ヒスイの予想では、モルダバイトにあるサファイアの長屋へ繋がる筈だった。

「ここ・・・どこ?」

魔法陣のある廃屋から迷い出て、キョロキョロ。

見知らぬスラム街の一角。

完全に読みを誤った・・・何気ない行動から思いがけない不運。

「!!銀の悪魔だ!!」

懐中電灯を持った1人の男が、ヒスイを見るなり叫んだ。

「悪魔が出たぞ!!」

兵隊だった。銃を持っている。

「!?」

(ここってまさか・・・軍事国家グロッシュラー!?)

兵隊の服に見覚えがあった。モルダバイトに次ぐ強国グロッシュラー。

数える程しか来たことがない。しかもスラム街は初めてだった。

(いけないっ!!)

焦って身を翻すも、魔法陣の場所からかなり離れてしまっていた。

とにかく身を隠せる場所を求めて走る。

走る・・・が、体が重い。

ドスドスという効果音がぴったりの走りだった。

妊娠している、いないに関わらず、日頃の運動を怠っているヒスイの足は遅かった。

はぁ。はぁ。

すぐに息があがり、呼吸困難。

(も・・・だめ・・・昔は結構身軽だったのに・・・)

後から追ってくる人数はどんどん増えていく・・・終いには前方へ回り込まれ、完全に包囲されてしまった。

“歌”を歌うにも息が苦しい。声が出ない。

そもそも戦いの手段として歌を用いるには、歌っている最中に邪魔が入らないようガードする者が必要だった。

今のヒスイには抵抗する術もない。

「大人しくしろ!」

「もう1人はどうした!?」

銃を突きつけられ両手を挙げる。

「・・・・・・」

ヒスイは自分を取り囲む兵隊達を無言で眺めた。

(・・・世界を敵に回すって・・・こういうこと・・・なのね)

  

モルダバイト城。早朝。

 

「・・・ヒスイがグロッシュラーの捕虜になった」

苦渋の表情を浮かべるオニキス。

「国がひとつ消されたとなれば、近隣国が黙っている筈がない」

メノウが相槌を打つ。

「グロッシュラーは“銀の悪魔”を警戒して警備を強化してたっていうからなぁ・・・何だってまた、そんなとこに飛び込むような真似を・・・」

「これから引き取りに行く」

オニキスは迷いのない声で言った。

「待て!“銀の悪魔”の正体はモルダバイトの王妃ではないかと噂になっている。今迎えにいけばそれを証明するようなものだ!」

シトリンが口を挟んだ。

「・・・真実だ。グロッシュラーと話をつける。お前達はここに残れ」

一分一秒惜しむ様子のオニキスを呼び止めてメノウが言った。

「まぁ、待てよ。危ないのはむしろグロッシュラーのほうだろ。確実にコハクの逆鱗に触れたからな。消されちゃうかもね」

  

軍事国家グロッシュラー。

 

「久方ぶりだな、モルダバイト王」

オニキスと対峙したのはグロッシュラーの王。

野心家の名に相応しい外見、粗野で無骨な感じのする男だった。

「“銀の悪魔”の片割れを捕まえた。姿が貴国の王妃に似ていたのでな、使いを出させてもらった。飛んできたということは、それが返事ということか」

「・・・・・・」

オニキスとグロッシュラーの王は親しくない学友という間柄だった。

同じ年齢・・・しかし見た目は全然違う。

歳を取らないオニキスと年相応のグロッシュラー王。

「さて、取引だ」

グロッシュラー王が目で合図をすると直属の部下数名がヒスイを連れて現れた。

ヒスイは下を向いてオニキスと目を合わせようとしない。

「“自分はモルダバイトとは関係ない”と言い張ってな。デカイ腹でご苦労なこった」

グロッシュラー王が声をあげて笑う。かなりのダミ声だ。

「・・・来い。ヒスイ」

オニキスが手を伸ばした。

「私は関係な・・・」

応じようとしないヒスイを強引に抱き寄せる。

「・・・もういい」

「でも・・・」

「・・・条件は何だ?」

暗黙の了解的に王同士の取引がはじまる。

「不老不死の秘術か、はたまた領土の半分か。少し考えさせてもらう」

グロッシュラー王は、オニキスに客人としてしばらく城へ留まるように言い残すと、謁見の間を後にした。

  

「・・・ごめん・・・」

ヒスイはオニキスに深々と頭を下げた。

「・・・モルダバイトに迷惑を・・・」

「・・・・・・」

「王妃はもう、死んだことにして。そうすれば幽霊とか他人のそら似で済む」

「・・・・・・」

 

自分の元を去ったヒスイ。

死んだことにしなかったのは、未練。

ヒスイがいつでも戻ってこられる場所を残しておきたかった。

 

(神隠し。それは・・・オレがヒスイを愛している証だ)

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