世界に咲く花

49話 時計台より愛を込めて

   

「・・・・・・」

神の役目を果たし、自ら能力を封印。

時間の流れが通常に戻りつつあった。

能力が消えれば、障壁も意味を成さない。

空間を隔てていた壁は次第に薄くなっていった。

 

ジン・シトリン。

オニキス・メノウ。

そして・・・コハクとサファイア。

 

それぞれの場所からトパーズに視線を送る。

かつて障壁に囲まれていた部分・・・神の時間と毒が流れた一帯はあらゆるものが死に絶えていた。

 

「・・・今度ハ、私ガ育てマス」

サファイアの首には緑蛇が巻き付いている。

世界蛇の魂を宿した、緑蛇。

擬人化すれば生まれたての赤ん坊と同じだ。

ヨルムンガルドと呼ばれるようになるまでには数千年かかる。

「モウ・・・“パパ”トハ呼べませんガ」

ほんの少し憂いを含んだ笑顔で、サファイアはコハクに頭を下げた。

「かなリ強引なヤリ方でハありましたガ、他に方法ガ無かっタのモ事実。今ハ感謝してイマス」

突然の出来事で、考える時間が全くなかった。

それがかえって良かった、と、いうことだ。

「考えれば考えるほど、踏み出せなくなることもあるからね」

コハクは全身に浴びた返り血をせっせとハンカチで拭っていた。

「シングルマザーは色々と苦労も多いと思うけど、僕等も協力するよ」

「セラフィム・・・」

「君を騙すようなカタチになってしまったけど、これからもヒスイの友達でいてくれる?」

「エェ・・・勿論デス」

  

「さテ、どうしましょうカネ〜・・・」

緑蛇を愛おしそうに撫でながら、荒れた土地を見渡す。

このままでは当然人など住めない。

「私ニ出来るコトならドウニカしたいデスガ・・・」

「生憎僕等は戦い専門だから。癒しや再生の力はないしねぇ」

「・・・今ハ、デショ?本来のアナタなら出来るハズ」

「意地悪言うなぁ」

魔剣を担いでコハクが笑う。

「君も似たようなものでしょ?」

「フフ・・・そうデスネ」

愛と引き替えに無くしたものを今更惜しむ気はない。

「大丈夫。ちゃんとアテがあるから」

  

「よし、出番だ」

合流して早々、メノウが言った。

新米の精霊使い、ジンに向けて、だ。

「はい」

いつもと変わらない穏やかな声でジンが返事をした。

プレッシャーを感じないタイプ・・・つまり、本番に強い。

「見ての通り、マーキーズは今、枯れてる」

特に退廃が進んでいるトパーズ周辺を指して、メノウが言った。

「“再生”できる?」

「はい。たぶん」

「じゃ、やってみて」

「はい」

シトリンをメノウに預け、ジンは静かに瞳を閉じた。

(まずは呼吸を整えて・・・)

 

『・・・水の精霊、ウィンディーネ』

スゥッ・・・翳した右手に光が宿る。

『・・・木の精霊、ドリアード』

今度は左手に光が灯る。

ジンは左右の手を組んで、地面に膝をついた。

『産まれいづる豊饒の女神よ・・・大地に、恵みを!!』

  

「・・・あいつらしい能力を身に付けてきたな」

温かい眼差しでオニキスが見守る。

“緑を育む力”

「忘れがちだが、大切なものだ」

「・・・やるな、ジン」

恋人の成長は嬉しい。

嬉しい・・・が、寂しくもある。

(少し前まで“私が守ってやる”なんて言っていたのに)

「私はもう役立たずだニャ・・・」

メノウの腕の中でぽつり呟く。

「ん?役立たず?んなワケないじゃん」

優しく微笑んでメノウが覗き込む。

「役割がちょっと変わっただけ」

「役割?」

「そ、守ってもらいなよ、今度は。そのお礼にジンを喜ばせてやればいい」

「喜ばせる??どうやって?」

「ヒトに化けられるようになったんだろ?だったら裸にエプロンでもして“お疲れ様”って言ってやりなよ」

「裸にエプロン??何だソレは・・・」

「いいから♪いいから♪」

  

「・・・よしっ!完璧っ!よくやった!」

「以前より緑が増えたな、大したものだ」

メノウとオニキスに褒め称えられ、流石に少し気恥ずかしい。

大地を浄化し、命を与える。

死んだはずの土地は、楽園さながらに変貌を遂げていた。

「“植物”を統べる能力にかけては大陸一かもね」

弟子の活躍に大満足のメノウ。

「そんな大袈裟な・・・」

精霊から力を借りているだけで自分は何もしていない、とジンが謙遜する。

「時間をコントロールしながら“再生”の力を使うのは難しい。言葉には出さなくても感謝してるハズだよ」

ジンにそう耳打ちして、メノウはトパーズを見た。

トパーズは羽根を6枚出したまま、まったく動かない。

度重なる魔法の発動と時間の調整で羽根をしまう余力すらない状態だった。

力を使い果たして落下するのもそう遠くない。

「うわ・・・キツそうだなぁ・・・」

(ホント不憫なヤツ・・・代わってやれるものなら代わってやりたいよ)

祖父ゴコロ。トパーズが気の毒で仕方がない。

「お〜い。いっぱいいっぱいのトコ悪いけど、マーキーズの住人は何処に隠したの?」

「・・・マーキーズの民はマーキーズに」

苦しそうに息を吐いてトパーズが答えた。

「とりあえず冷凍しておけば時間の影響は受けませんからね〜」

ユルく響くコハクの声。

サファイアと共に、いつの間にか近くまで移動してきていた。

「人目を眩ます結界の中で、ちゃんと地域別に管理してますよ」

メノウやオニキスでさえ見破れない結界・・・神の力が使われたのは明らかだった。

「お前ってホント、容赦なく人使い荒いよな・・・」

「結界の維持までさせられていたとは・・・倒れて当然だ」

メノウとオニキスが束になってコハクを非難する。

「まぁ、まぁ、それも今日までですから」

コハクはとてつもなく爽やかに微笑んで軽く聞き流した。

「後は溶かすだけなんですけど・・・」

(ヒスイ・・・大丈夫かな・・・)

  

マーキーズの時計台。

世界蛇の移動が行われた海辺からはだいぶ離れている。

その内側にある管理用の個室で、手に持った時計と睨めっこをしているヒスイ。

 

『この時計の針が12を指したと同時に歌いだしてね。一分、一秒、ズレちゃだめだよ?』

トパーズの作業が始まってすぐここに連れてこられ、コハクにそう指示された。

『とにかく時計から目を離さないこと。できるかな?』

うんっ!と強く頷いて、ヒスイは時計台に残った。

 

(お兄ちゃんが一秒もズレちゃだめって・・・)

ブツブツ・・・・ヒスイの目は皿になっている。

コハクの言いつけを守り、本当に時計しか見ていなかったため、外で何が起こっているのか全く知らなかった。
コハクが剣を振るう様も当然見ていない。

一分一秒ズレてはいけないとヒスイにプレッシャーを与えたのは、外を見せないためだった。

 

ごくっ。

コハクに持たされた時計の長針と短針と秒針が12の位置で重なる・・・

チッ、チッ、チッ・・・・

(今よっ!!)

ヒスイは3秒前から吸い込んでいた息を吐き出し、歌い始めた。

  

I am the angel of the love.The envoy of the god.

Let's rescue freezing one.

Let's dissolve all.

 

12時ジャスト。

ヒスイの歌声がマーキーズに響き渡る。

「あぁ・・・ヒスイ・・・いい子だ・・・」

愛妻の声ですっかり気が抜けた。

コハクはでれっとした顔で歌声に聞き惚れている。

 

氷を溶かす愛の歌。

 

ヒスイが歌うことで、それは驚異的な威力を発揮した。

“溶かす”というよりは“消し去る”に近い。

一斉に呪縛が解け、人々が目を覚ます・・・結界は内側から触れただけで簡単に解ける仕組みになっていた。

命の気配・・・マーキーズに活気が戻る。

 

「・・・シナリオ通り?」

コハクを挟んで右にメノウ、左にオニキスが並ぶ。

「ご協力感謝します」

メノウの言葉に、コハクは前を向いたまま答えた。

「・・・ったく、俺達がお前のシナリオ通りに動かなかったらどうするつもりだったんだよ」

「さぁ?考えてませんねぇ。絶対大丈夫だと思ったし」

「恐ろしい奴だなぁ・・・ジンの能力まで計算に入れてたんだろ?」

「彼も“一員”ですからね、しっかり頑張ってもらわないと」

「まったく・・・その自信はどこからくるんだ・・・」

呆れ顔のオニキス。

「“信頼”ってやつですよ」

コハクが言うと、どうも嘘くさい。

「お互いを信じる心が無ければ、こうも丸く収まらないでしょ?」

「・・・確かにそうだが・・・」

納得せざるを得ないコハクの決めゼリフに渋々相槌を打つ二人。

「何でこんな奴信じる気になったんだか、俺達もヤキが回ったよな〜」

「あっ!ヒドイっ!メノウ様っ!」

あははは・・・

男3人の笑い声。後に続くメノウの本音。

「・・・ヒスイ以外はどうでもいいのかと思ってた。ちょっとだけ」

「ん〜・・・まぁ、基本はそうなんですけどね」

否定はせずに、コハクは話を続けた。

「例えば・・・僕がヒスイを想うみたいに。彼等の中にも愛は存在していて。失えば、嘆くだろう」

「・・・・・・」

オニキスは黙って耳を傾けていた。

「なんとなく、そう思っただけです」

「ふぅ〜ん・・・それで一人も殺さなかったんだ?」

「変ですか?」

「・・・なんとなく、ね。ま、いいんじゃないの」

大きく伸びをして、メノウは嬉しそうに笑った。

その反対側ではオニキスが苦笑いを浮かべている。

(“愛はつねに進化する”か。こいつの場合、確かにそうなのかもしれん)

   

「兄上っ!!!」

「トパーズ!大丈夫か?」

人目を避けるように降下してきたトパーズをシトリンとジンが迎えた。

「・・・・・・」

返事はない。が、意識はしっかりしているようだった。

3人は浜辺に植えられた防風林に身を隠し、マーキーズが甦る様を見守った。

大部分の民は困惑状態で、自分が今どこで何ををしているのか、全くわからないといった顔をしている。

「・・・神隠し、だ」

と、トパーズが言った。

後の世にはそう語り継がれるだろう、と。

「その為にわざわざ眠らせてから凍らせた。何が起こったか理解している者は少ない筈だ。突然 “消えて”突然“現れた”。事柄としてはそれしか残らない」

「成る程なぁ・・・目が覚めた時、何も変わっていなかったとしたら、銀の悪魔の善悪や存在も曖昧になるだろうし」

トパーズの説明を受けてジンが感嘆の声を洩らす。

「目の前に凍ったものがあれば溶かそうとするが“消えた” ものを簡単に“出す”ことはできない。漠然としていて対応が遅れる。他国を牽制するのに丁度良かった」

結界に閉じこめた理由を短く述べて、最後に一言。

「・・・すべてアイツが考えた事だ」

  

マーキーズ時計台。

「お兄ちゃんっ!!」

「ヒスイっ!」

熱い抱擁とキスを交わす二人。

ほんの数時間離れていただけなのに、すぐさま愛を確かめたくなる。

「体、大丈夫?」

「うんっ!全然平気!」

「ありがとう。お疲れ様」

ご褒美に頭をなでなで。

「えへへ♪」

ヒスイは得意顔で、元気な笑い声を響かせた。

見た目は本当に幼くて。

妊婦姿には少し違和感がある。

可愛らしいが、不思議な感じだ。

  

「ん〜・・・・っ・・・」

ちゅっ。ちゅるっ。ぴちゅっ。

キスをする二人の息はぴったりだ。

「ヒスイ、あ〜ん・・・」

唾液も愛液と同じように味わうことができる。

コハクはヒスイの顎を掴んで、軽く口を開けさせた。

舌の下に隠された蜜壷。

渇きを潤す愛の液体はここにも溜まっている。

「ふ・・・むっ・・・」

口腔に舌を差し入れ、先をヒスイの舌裏に潜らせる。

凹みに浸してべろりと攪拌。

激しく、素早く、微かに、ゆっくりと。

舌の動きにメリハリをつけて刺激する。

「あ・・・」

口の中を舐め回されて、すっかりその気のヒスイ。

下の口からも、どろっ・・・としたものが流れ出す。

「おに・・・ちゃ・・・」

「ん〜・・・」

横目で観察。状況分析。

(・・・ここは衛生的に良くないな)

普段から殆ど使われることのない管理室。

あらゆる場所に埃が積もり、部屋の角には蜘蛛の巣が張っている。

(バイ菌でも入ったら大変だし・・・)

「もうちょっと我慢しようね」

えっちはお預け。しかしキスは止めない。

「ぅう゛〜・・・」

(お兄ちゃんの傍にいると、なんでこんなにすぐ濡れちゃうんだろ)

「んっ!」

(気持ちよくしてくれるって、体がわかってるから?)

「はぁ。はぁ」

(お兄ちゃんとはいつも一緒だけど・・・濡れない日はないかも、ってくらい)

「あふ・・・っ」

(お兄ちゃんはどうなのかな)

無意識にコハクの股間へ手が伸びる。

「くすっ。勃ってるよ。僕も・・・興奮してる」

ヒスイの指に撫でられ、悦ぶ。吐く息が一段と熱くなった。

「男の場合目立っちゃうからね。外ではかなり我慢してる・・・つもりなんだけど・・・いや・・・して・・・ないかな・・・ははは」

「もう・・・おにいちゃんってば」

少し困ったように笑う仕草が好きだ。

コハクの顔を両手で包み、ヒスイは自分からキスをした。

「ん・・・」

コハクは薄目を開けて無防備なヒスイのお尻をまさぐった。

「・・・ヒスイのパンツがちらっと見えただけで勃っちゃうんだ。だからあんまりいじめないでね」

そう言いながら、ヒスイのスカートを捲る。

勿論、今日のパンツの柄も知っている。

「もうっ!!お兄ちゃんのえっちっ!!」

  

戸惑いのマーキーズ。

だがそれも時間が経つにつれ沈静していった。

メノウ達が避難させた荒野の民もマーキーズに戻され、首を傾げながらも各々の生活に戻っていく。

 

そうすることしかできないのだ。

 

人々が解放されたのは正午。

そして、日が暮れる頃には人波もすっかり捌けていた。

 

夕方5時に全員集合。

 

「オレん家、行きませんか?ここから近いし。休んでいってください」

ジンがそう申し出て、一同大賛成。すぐに話がまとまった。

「おにいちゃぁ〜ん・・・」

ぐいぐいとコハクの服を引っ張って、内緒話。

「ん?」

「パンツ・・・ヌルヌルして気持ち悪いよぅ」

「あ〜・・・そうだよねぇ〜・・・ごめん。ごめん。じゃあ、お買い物していこう」

「うんっ!」

 

「と、いうわけで僕等は後からお邪魔するよ」

(どういうわけだ???)

内心首を捻りつつ、ジンは愛想良く答えた。

「はい。お待ちしてます」

コハクとヒスイは“寄りたいトコロがあるから”と一行から離脱。

残されたメンバーでジン宅に向かう。

ジン&シトリンを先頭に、メノウ・オニキス・トパーズと続く。

「・・・いくぞ」

柄にもなく気後れしていたサファイアに声をかけたのはトパーズだった。

背中を向けたまま。いつもと変わらぬ態度で。

 

騒動の中心人物であるサファイア。

コハクに連れられ、なんとなく合流してしまったが、本来は“敵”の立場・・・

今更どんな顔をしてついてゆけばいいのか、わからなかった。

 

「・・・ありがトウ」

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