世界に咲く花

48話 神の粛正。愛の鉄槌。


   

“ヒスイが生きる世界”

 

(・・・と言うのは、人間界そのもののことではない)

オニキスは上空に待機するコハクを見上げた。

 

“ヒスイを取り巻くすべてのもの”

それは、命を与えてくれた父親だったり、血を分けた子供達だったり、ヒスイを愛する仲間だったり。

(この世界で共に生きる者達のことを指しているのだろう)

「・・・ならば、信じるしかあるまい」

「オニキス殿!?何をしている!!早く・・・!!」

正義感燃えたぎる猫シトリンを抱き上げ、動きを封じる。

「大人しく見ていろ。何が起こっても、世界が滅びることは・・・ない」

  

「はぁっ!はぁっ!間に合って・・・ない・・・か」

マーキーズに遅れて到着したジンとメノウ。

何の妨害もなく、“神”の魔法が発動しようとしている。

マーキーズ・・・ひいては全世界の空に暗雲が立ち込めていた。

その中心に、銀の・・・天使。

6枚羽根のトパーズ。

今、まさに世界蛇の移動が行われようとしていた。

「メノウさんっ!!どうすれば・・・っ!!」

額に滲む汗を拭って、メノウに指示を仰ぐ。

「ん〜・・・とりあえず〜・・・温存」

「は??」

「俺が合図するまで精霊魔法は一切使わないこと!わかった?」

「は・・・はぁ・・・」

やる気満々な時に限って出鼻を挫かれる。

「後でしっかり働いてもらうことになると思うから。ここは俺とオニキスで」

まるで打ち合わせでもしていたかのように、二人頷き合う。

「トパーズの周囲に相対障壁を」

腕に抱いたシトリンをジンに手渡し、オニキスは再び空を仰いだ。

上空に留まっているのはトパーズとサファイアだけで、コハクとヒスイの姿はない。

「やっぱそうだよな」

同じく上空を見上げていたメノウがニッと笑った。

「“神”の影響を受ける範囲を、最小限に留める」

「なおかつヨルムンガルドの毒はこの地から一滴も漏らさない」

オニキスとメノウはお互いの言葉を確認し合い、南北に別れた。

  

魔界と人間界を繋ぐ穴。

各地に点在していても、その出入口は人ひとり、魔獣一匹程度が通過する大きさしかない。
それを限りなく広げて繋げる。

力押しのようにみえても繊細な作業。

世界を創った者にしかできない。

 

・・・大地が震える。

マーキーズの空と魔界の海が交錯し、禍々しくも幻想的な眺望に塗り替えられゆく。

降り注ぐは、雨か、毒か。

黒く濁った天上が割れ、世界蛇の頭部が覗いた。

その姿は蛇よりも龍に近い。

<・・・パパ・・・>

両手を伸ばしてサファイアが微笑む。


 

その刹那。

 

サファイアの目前を超高速の影が過ぎり、ヨルムンガルドの首が・・・切断された。

同時に切り口から毒に犯された血液が大量に吹き出した。

バシャァァァアッ!!

ヨルムンガルドの首が海に落下し、沈んでゆく。

「セラフィムッ!!!なにヲ・・・ッ!!!」

血飛沫の中に舞う金色の羽根。

そこには魔剣を携えたコハクの姿があった。

<イヤァァァァアッッ!!!!>

狂ったようなサファイアの悲鳴。

少し離れた場所から、容赦なくコハクが剣先を向けた。

「ヨルムンガルドはまだ死んでない・・・取引だ」


  

ガチィン!!

サファイアの正気を確かめるかのように、コハクが攻撃を仕掛ける。

取り乱しながらも反射的に受け止めるサファイア。

「トパーズを操る力を放棄してもらう」

“契約の破棄”をコハクが求めた。

「・・・迷ってるんでしょ?」

自分の望みと世界を引き替えにすることを。

「だからわざわざ“敵”を作った。止めて欲しかったんじゃないの?ホントは」

<うるサイ・・・ッ!!パパを返せッ!!>

今度は逆上したサファイアが攻撃を仕掛けてきた。

軽く受け流しながら、コハクは説得を続けた。

<君は賢い女性だ。時間がない。わかるね?>

穏やかな口調で、刀越しに言い聞かせる。

<剣を引くんだ。トパーズなら君のパパを救える>

 

「・・・彼に真の自由を」

  

上空は恐ろしいほどの静寂。

頭部を切り落とされた胴体からの出血はない。

“神”の手によって、時間が止まっているのだ。

<さて、ここに取り出したるは〜・・・>

コハクの右手に握られた、細く長い緑蛇がニョロニョロと動く。

<君も知っての通り、ヨルムンガルドが使役する蛇だ。体の一部みたいなものだね>

流暢な悪魔語。余裕の笑顔。

<人間界の海に移せば、確かに寿命は延びるだろう。だけどそれも幾ばくかの話で、どうやったって肉体の限界はくる。ならどうやって助けるか。移動させるべきは肉体ではなく魂だ>

「魂レベルでの移動はそれこそ神にしかできない」

“交渉人”の本領発揮。

悪魔語と標準語を織り交ぜ、抑揚をつけながらじっくりと言い聞かせる。

<・・・そんなことガできるのナラ、何故先ニ話しテくれなかっタのですカ?>

落ち着きを取り戻したサファイアが眼鏡越しに睨む。

<君は猜疑心の強いタイプだから。“首を切り落とせば助かる”なんて言ったところで納得しないでしょ?僕も同じだ。はい、そうですか、と愛する者の首を簡単に差し出すハズがない>

成功率50%の手術みたいなものだとコハクは説明した。

仮死状態にして魂を移す・・・危険な賭けには違いなかった。

<更にリスクがある。魂を移動する際に真っ新な状態に戻ってしまうんだ。つまり・・・>

ゼロ宣告。それは記憶の喪失を意味していた。

<く・・・っ!!>

サファイアにしてみれば避けたい事態だった。

しかし、今や選択の余地がないところまで追い込まれていた。

泣こうが喚こうが状況は変わらない。

心の準備ができていなくても、コハクの条件を飲むしかなかった。

<・・・わかりマシタ。契約を解消シマス・・・>

力のない声。サファイアの瞳から涙が溢れ出す。

「だかラ・・・どうカ・・・パパヲ・・・助けテ・・・」

  

「・・・・・・」

神の能力、完全解放。

ヨルムンガルドを移動させたことで不安定になっていた時間の制御が完全に決壊した。制御不可能。トパーズを取り巻く時間が劇的に跳躍しはじめた。

ヨルムンガルドの胴体から飛び散る血液は雨となって降り注ぎ、大地は腐敗・・・残された木々も神の時間の影響で、次々と寿命を迎え、枯れてゆく。

「・・・・・・」

トパーズが海面に手を翳す・・・墨色に染まった海水から浮かび上がる命霊。

ヒュッ!

トパーズに向けてコハクが緑蛇を投げた。

「それじゃ、しっかり頑張ってね」

「・・・・・・」

コハクから受け取った蛇。

トパーズの手の中で、器となるべき肉体とヨルムンガルドの魂が溶け合う・・・

 

(あいつホントに“神様”なんだな・・・)

“神”の能力にジンの身が竦む。

『君は人間だから、ここから一歩も動くなよ?』

能力解放と同時に発動した障壁魔法。

最も時間の影響を受けやすい“人間”を守るためのものだった。

障壁の外側・・・メノウに釘を刺された意味を理解する。

自分の時間があの早さで流れたら・・・

(一瞬で老人だな・・・)

きゅ・・・っ。

“神”の脅威。シトリンを抱く腕に自然と力がこもる。

 

その時だった。

 

「・・・シトリン」

トパーズの呼び声が響いた。

一つの作業を終え、こちらを見ている。

その視線は相変わらずクールだ。

「・・・来い」

ぴくっ!とシトリンの耳が動く。

「兄上・・・っ!!」

「シトリンっ!!?」

障壁の内側・・・伸ばされたトパーズの腕へと飛び移る。

猫であるため、表情はよくわからないが喜々とした声だった。

「・・・お前の時間を・・・500年いただく」

「ああ!いくらでも持っていけ!」

トパーズが猫シトリンを抱き締める。

「・・・礼を言う」

これまでの、すべてのことに。

シトリンのピンと尖った耳元。

囁く・・・他の誰にも聞こえない声で。

「なんのこれしき!」

パタパタと、犬さながらに尻尾を振ってシトリンが答える。

「私と一緒に産まれてきて、良かっただろう?」

「・・・そうだな」

 

『私は・・・こうして兄上の役に立つために生を受けたのだと思う』

 

(シトリンって・・・実はブラコン!?)

思わぬ逆転劇に茫然とするジン。

一見仲の悪そうな二人。

しかし心の内は違っていた。

(そうだよな・・・あんなに美しい身体を惜しげもなく捨てるんだもんなぁ。トパーズのために)

振り返ってみれば、シトリンの口から出る言葉にやたらと“兄上”が含まれていた気もする。

憧れと崇拝。シトリンにとっては自慢の兄なのだ。

猫で・・・ブラコン。

(なんて前途多難・・・)

  

「それにしても何でシトリンの時間を・・・」

ジンは上空で抱き合う二人を見つめた。

疑問の答えはすぐに出た。

トパーズに“時間”を捧げたシトリンの尻尾が・・・増えてゆく。

1本から2本、3本、4本・・・最後には7本になった。

「・・・猫又だ。これでヒトに化けられる」

長く生きた猫は特殊な能力を身に付けると言われている。

その代表的な能力は“変化”。

シトリンの時間を早め、猫又化させ、変化能力を引き出すことがトパーズの狙いだった。

「ヒトに・・・化ける?」

「用は済んだ・・・ジンのところへ戻れ」

「兄上っ!ちょっとまっ・・・」

説明を求めるシトリンを引き剥がし、障壁の外に放り出す。

無駄に時間を消費させないためだった。

「・・・受け取れ、ジン」

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