世界に春がやってくる

1話 月下の疑惑

 

『あなたの遺伝子が欲しいんだ』

 

 

オニキスと向き合って弾む銀髪。

月光が反射し、より一層輝きを増している。

 

 

かつて住んでいた王族の宮殿。

婿入りしたジンに王政を任せたと同時に去った場所だった。

懐かしいバルコニー。

紺碧の空に冷たい満月が浮かぶ晩。

ヒスイに呼び出された筈だった。

 

しかし。

 

「まったくウチの男達ときたら」

と、溜息をついたのはヒスイではない。

「パパも兄貴もあんなに頭がいいくせに、下半身は感情的で困るよ」

「・・・・・・」

オニキスは黙っている。

ヒスイであってヒスイでない生き物の真意を計りかねているのだ。

「そんなに難しい顔しないで」

歌うように軽やかな少年の声。

「そろそろカラダが欲しいだけ」

ヒスイの胎内に引き籠もること10年。

スピネル・・・当然ながらその姿を見たものはいない。

「肉体を・・・持っていないのか?」

オニキスの表情が益々深刻化する。

「うん。あげちゃったんだ。ジストに。だって瞳が紅かったから」

本来ならば、コハクから受け継いだ熾天使の肉体を持っていたのだという。

 

 

シトリンがトパーズを救うため、“神の肉”を捧げたように。

(ここでも同じことが行われていたということか・・・)

「“神の血”が強すぎて、今にも死にそうだったんだよ。見殺しにする訳にもいかないし、仕方なく」

ヒスイの胎内での出来事だ。その語り口は淡々としている。

「だからもう、ジストの瞳が紅くなることはないよ。ジストはね、産まれながらにして“神”なんだ」

「・・・・・・」

ジストの将来を安堵する反面、気にかかるのはスピネルの将来だった。

「お前は・・・」

「うん。それで色々考えたんだけど・・・」

現在はヒスイの遺伝子だけ保っている状態なのだという。

そしてヒスイの胎内から自分に合った遺伝子を選別・・・

「特別な力なんていらないから、普通に生きたいんだ。金も銀も御免だね。その点あなたはママの眷族といえども、元人間だし」

「・・・・・・」

スピネルが何を言いたいのかはわかる。

何を提供するのかも。

「・・・協力、してくれる?」

「・・・ああ、協力しよう」

「いいの?ボクはあなたがママを想う気持ちを利用しようとしてるんだよ?」

「・・・それもいいだろう」

 

 

この想いに利用されるだけの価値があるなら。

 

 

「たぶん周りからもいろいろ言われるだろうし、今よりもっと心を縛られちゃうと思うけど、覚悟は?」

「できている」

迷いなど、全くない。

 

「じゃあ、いこうか」

「先に言っておくが、今夜のことは・・・」

「わかってるよ。誰にも言わない」

 

 

寝室へ消えた男女。

 

そこで何が行われたか。

 

それは、月のみぞ知る。

 

 

 

初冬。赤い屋根の屋敷にて。

 

 

「ん?オニキスが行方不明?」

リビングの床に片肘を付いているコハク。

そこにぴったりとくっついてまどろむヒスイ。

同じ床の上でジストとサルファーが遊んでいた。

「ん〜・・・なんとなく。最近顔見てないし」

欠伸をしながら暢気に語る。

「いくら呼んでも返事がなくて」

ひとつの心臓を共有するオニキスには、思念を伝えることができるのだ。

ヒスイから語りかけることなど滅多にないが、便利な繋がりではある。

「ひょっとして何かトラブルに巻き込まれてたりして・・・」

「トラブル・・・ねぇ」

ヒスイが見ていないことを前提にコハクの口元が歪む。

「もしそうだとしても、彼なら大丈夫だよ」

「ん〜・・・そうだね〜・・・」

そこであっさりオニキスの話は打ち切りになり、二人の視線が子供達に注がれる。

 

 

銀髪紫眼のジスト。金髪翠眼のサルファー。10歳。

 

 

向かい合わせに座っていても、一緒に遊んでいる訳ではなかった。

夢中になって絵を描いているサルファーは完全に自分の世界で。

話しかけても空返事しかしないので、ジストは退屈そうにパズルをしながら欠伸を連発していた。

 

 

「のどかだねぇ〜・・・」

「!?ちょっ・・・おにいちゃん!?」

ヒスイに掛けられたブランケットの内側でコハクの指が動き出す。

「シ〜ッ・・・二人にバレちゃうよ?」

共に横たわったまま、背後からヒスイを抱きしめる体勢で滑り込ませた指先。

「今日はこっちからね」

「・・・っ」

お馴染みの割れ目の上、小さな蕾を摘まれる。

円を描くようにコハクの中指が動いて、執拗に撫で回され、熱く火照る蕾。

皮の上から挟んで擦ったり、圧迫したり、こりこりと。

いつもと変わらぬ笑顔を子供達に向けながら、見えない場所でせっせと指を動かす。

「も・・・おにいちゃ・・・あ」

人差し指と薬指で剥き出し、中指で直接刺激を送り込む。

その度に、ぴくん、ぴくんとヒスイが震えて。

(可愛いぃぃ〜!!!)

自然と溢れ出たヒスイの愛液を敏感な蕾にたっぷり塗り込んで、コハクの指は、擽るようなソフトタッチを繰り返した。

「・・・・・・」

子供達の手前、必死に声を殺しているヒスイ。その分愛液の量が増える。

こういうシチュエーションのほうが実は燃えることを当然コハクは知っていた。

 

 

愛液でどろどろになっている肉の重なりを押し開く・・・

そこに勢いをつけて指を抜き差しさせると、すぐに淫猥な音が鳴り始めた。

 

 

ぴちゃ。くちゅっ。

「?」

不意に響いた音にサルファーがピクリと反応。

「水の・・・音?」

に、しては粘着質なものが混ざるその音に軽く首を傾げる。

「!?」

(ヒスイっ!?)

一方、夫婦の営みを日夜覗いているジストには何の音かすぐにわかった。

音源はヒスイ。見ると、コハクの腕に抱かれて赤面苦悶している。

「くすっ。キッチンの水道が漏れてるのかな?」と、コハク。

くちゅ。くちゅ。

「あっ!オレっ!見てくるっ!!ほらっ!サルファーもっ!!」

「えっ?なんで僕まで・・・」

ジストが飛び上がって、強引にサルファーを引っ張っていく。

 

 

子供二人の姿が消えると、指の動きが一段と激しくなった。

「あっ・・・!んっ・・・!!」

「くす。ジストが気を利かせてくれたよ?」

ヒスイの耳元に熱い息を吹きかけて、片足を持ち上げる。

いつの間にかジーンズのチャックは開いていて、そこから硬く反り返った肉棒が覗いていた。

「いい息子を持ったものだ」

「あ、おに・・・んっ!!」

ぐっと斜め後ろから、一気に奥まで突き入れる。

「や・・・ふたりが・・・もどってきちゃう・・・よぅ・・・」

「大丈夫。ジストがちゃんと時間を稼いでくれるよ」

 

 

「なんだよ、水道の蛇口ぐらい一人で・・・」

「いいから!いいから!」

文句を言うサルファーを説き伏せて、キッチンへと連れ込む。

(さすが父ちゃん・・・)

本当に蛇口からは水滴が垂れていて、ヒスイの股の間から聞こえる音と似た音を規則正しく奏でていた。

ピンポーン。

そこで玄関のチャイム。

「あ、客だ」

サルファーが玄関へと向かう。

 

 

「あ・・・ルチル先生」

玄関扉を開けると、そこにはサルファーの担任を務める女性が立っていた。

ふんわりと柔らかそうな金髪、大きな蒼い瞳。見るからに若いが、服装は品良く、落ち着いている。

「こんにちは。サルファーくん。ご両親は・・・」

(やばい・・・忘れてた・・・)

家庭訪問の日だった。

「こっちです」

急とはいえ、人当たりのいいコハクのことだ。

きちんと対応してくれる筈。

自慢の父親。できれば隠したい母親のオマケ付ではあるが、サルファーは胸を張って担任のルチルをリビングに案内した。

 

そこでは。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・ん」

愛液の飛沫が上がるほどに、激しく押し込んでは引き抜いて。

熱心に腰を振っている父。

「あ、あぁんっ!うっ・・・!」

腹部に突き立つ感覚に快感の嗚咽を漏らす母。

「んん・・・っ!あんっ!・・・あ」

「・・・え?どちら様?」

コハクとヒスイ。繋がったまま、お出迎え。

 

 

全員、硬直。

 

 

「サルファー?誰か来たの?・・・うわぁっ!!」

濡れ場、大公開。ジストもビックリ。

「ルチル先生っ!こっち!こっち!」

しかしジストは耐性があるので、すぐに気を取り直し、ルチルを隣の部屋へ避難させた。

ルチルはサルファーの担任だが、同時にジストの担任でもあるのだ。

「あの〜・・・先生?」

「・・・・・・・・・・・・」

ルチルの目前に手の平を翳すが、全く反応ナシ。

「父ちゃんとヒスイ、仲良くて、いつもああなんだけど・・・」

「・・・・・・」

「別に人前でするのが趣味とかじゃなくて・・・」

「・・・・・・」

「今日はたまたま・・・先生来るの知らなくて・・・」

「・・・・・・」

「オレもサルファーも言うの忘れてて・・・だからその・・・」

ジストが涙ぐましいフォローを入れる。

 

「あ・・・そうなんですか?」

やっとルチルが戻ってきた。

けれども、何が“そうなんですか?”なのか自分でもわかっていない。

「先生?大丈夫?」

「だ、大丈夫です。先生これでも大人ですよ?」

と、言っている割には赤面していて、縁にレースの付いた白いハンカチでしきりに額の汗を拭っていた。

清楚な印象が学校でも人気のルチル。

こういったことにあまり免疫があるようにも思えない。

 

リビングでは今頃、サルファーとヒスイが喧嘩をしていることだろう。

 

ジストは小さな溜息を洩らした。

イキナリ波乱の家庭訪問。

 

(あ〜ぁ・・・どうなっちゃうんだろ・・・)

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