世界に春がやってくる

10話 ただ好きなだけなのに

 

1週間と2日目。

昨日の雨が嘘のように晴れ渡る空の下・・・

 

 

ゴツンッ!!

「・・・・・・」

街灯に本日3度目の激突。金髪の超美形、コハク。

「ヒスイ・・・どうしてるかな・・・」

悶々とヒスイのことばかり考えていた。

「あんなに怒るつもりなかったんだけど・・・」

腹を立てていた筈なのに、後悔の嵐。

離れている不安のほうがすぐに大きくなって。

「馬鹿だよなぁ・・・僕も」

(ヒスイが答えられないのを知っていて、わざとあんな質問をするなんて)

「あぁ・・・帰りたい」

(でも、自分から出てきてしまった手前、ヒジョ〜に帰りづらい・・・)

「早く誰か見つけてくれないかなぁ・・・」

見つけやすいように行動しているつもりだった。

だが、未だに見つけてもらえない。

コハクを探すヒスイとサルファー・・・運命の悪戯としか思えないすれ違いが生じていたのだ。

「メノウ様・・・仲裁してくれたっていいのに」

てっきり追ってくると思っていたメノウは現れず。

 

 

「そうだ!クリスマスが近いから、プレゼントを用意して、サンタのノリで帰るとか・・・どさくさ紛れに居着いてしまえばこっちのものだ」

(うん、そうしよう!)

我ながら名案。

「ジストとサルファーにはマフラーと手袋を。トパーズには腹巻きでも編んで、嫌がらせしてやる」

それで気が済んでしまうくらいに、怒りは消沈していた。

「で、ヒスイには帽子とショール。可愛いだろうなぁ・・・」

冬仕様のヒスイを思い浮かべて・・・鼻の下が伸びる。

 

 

「・・・もう喧嘩は御免だ」

 

真実がどうであれ。

ヒスイの隣にいられないことが、何より辛い。

(ヒスイがしてないって言うんだ。だったら・・・)

「してない。うん、きっとしてない。信じるぞ」

(・・・今更遅いけど)

 

 

空を見上げて、想う。

 

 

「ヒスイは今頃泣いているだろうか」

 

(・・・なんて、僕の自惚れかな)

 

傍にいなかったら、涙さえ拭ってやることができないのに。

自分から離れてしまった。

 

無理矢理な避妊セックスといい、つくづく愚かな事をしたと思う。

 

 

 

「ただ・・・好きなだけなのになぁ・・・」

 

 

 

どうして喧嘩をしてしまったんだろう。

 

 

「喧嘩なんか・・・するだけ損だ」

やわらかな金髪を指で梳いて、溜息。

 

 

「ヒスイ・・・」

 

 

 

モルダバイト郊外。ジョール宅。

 

 

「・・・どういうことかしら・・・」

ベットで昏々と眠る少女。

泥を流して現れた銀髪。

左手の薬指に嵌められた指輪。

全く理解不能だ。

「銀髪と言えば・・・モルダバイトの前王妃・・・」

(つまり、シトリン様のお母様?)

更にジスト・サルファーの母親であることも意味する。

「あり得ないわ。私ったら何を考えて・・・」

と、頭から否定するジョール。

(こんなに幼い少女なのに・・・)

 

 

ぱちっ。

「・・・・・・」

そこで目を覚ましたヒスイが起き上がる。

大きく見開いた翡翠色の瞳が真っ白な肌に映えて。

(あぁ・・・なんて綺麗)

両手を合わせて、うっとり。

なにせヒスイに着せたネグリジェはジョールの手作り。

勝手にナイトキャップまで被せてしまった。

(本当にお人形みたいだわ)

こんな娘が欲しいっ!!と、結婚の予定もないのに考えてみたり。

仕事中は決して見せない一面だった。

メイド長を務めるジョール。

趣味は洋裁。レース編みも得意だ。

しかし、仕上げた洋服を自分が着る訳でもなく。

ましてや誰が着てくれる訳でもなく。

今、ヒスイが着ているネグリジェもクローゼットの中で眠っていた作品のひとつだった。

ジョールにしてみれば運命の出会い。

この少女は自分の作った洋服を着るために舞い降りた天使。

そんな気さえしてきた。

 

 

「・・・あなた・・・誰」

警戒したヒスイが眉間に皺を寄せる。

「モルダバイト城でメイドをしているジョールと申します」

まずは丁寧にご挨拶。

「お城の・・・そう」

“モルダバイト城”と聞いた途端ヒスイの表情が和らいだ。

「あなたは・・・」

「ヒスイ」

「え・・・?」

その名に耳を疑う。

それは紛れもなく前王妃のもので。

シトリン付のメイドに就任した際、おおまかな経緯は聞かされていたが・・・

 

 

「あの、ではシトリン様は・・・」

「娘」

「ジスト様とサルファー様は・・・」

「息子。他にあと2人いるよ」

「・・・・・・・・・」

(誰か嘘だと言って・・・)

やっと見つけたマイ・エンジェルが、5人の子持ち。

「・・・あなたは今、いくつ」

と、ヒスイからの質問。

「25です」

「25・・・私のほうがずっと年上ね」

「・・・・・・・・・」

絶対、そうは見えない。

衝撃を受けたのも束の間。

じっとジョールを見つめていたヒスイが再び口を動かした。

「・・・もしかしてお兄ちゃんに抱きついたヒト?」

「はい?」

ヒスイの目が・・・怖い。

眉間には益々深い皺が刻まれて。

(お兄ちゃん?)

「コ・・・コハクって言えばわかるでしょ!?」

言い方を変えたヒスイが何故か照れている。

「コハク・・・さん?ああ」

先日世話になったエクソシストのコハク。

同じ場所に居合わせたジストとサルファーから“父親”と紹介された。つまり・・・

(二人は夫婦なのね。申し訳ないことをしてしまったわ・・・)

聞かれて困ることは何もない。

ジョールは眼鏡を掛け直し、堂々と答えた。

「エクソシストの知人が体調を崩してしまって・・・」

「エクソシスト?誰?」

「ダイヤさん・・・」

「え?ダイヤ?じゃあ、イズとも知り合い?」

ヒスイが身を乗り出して話に乗ってきた。

「ご存知、なのですか?」

「うん。だって私、エクソシストだもん」

「ええっ!?」

(こんなに幼気な少女が悪魔と戦っているっていうの!?)

 

 

その頃。ジョール宅付近では。

 

 

「スピネル、お前はどうする?」

「ボクはやめとくよ。ママ、混乱しちゃうと思うし」

「・・・そうか」

「ボクが一緒だと、色々説明しなきゃいけないでしょ?あの夜のこと」

「まぁ、そうだが・・・」

「パパはきっとまだママに話してないよ」

「・・・だろうな。あいつはいつもそうだ」

くすくすくす・・・

「とりあえず、問題がひとつ解決してからだね」

「・・・わかった。行ってくる」

 

 

再び。室内。

 

 

「違う環境で休息をとるのも良いかもしれませんよ」

「でも・・・」

「でもじゃありません。雨の中傘も差さずに・・・それでは仲直りする前に体を壊してしまいます」

ジョールとヒスイ・・・驚く程相性が良かった。

他人には滅多に懐かないヒスイが、エクソシストの話題から夫婦喧嘩に至るまで、いつの間にか打ち明けて。

「喉が渇いたでしょう?今、お茶を淹れますね」

まだお喋りの最中だったが、ジョールは席を立った。

 

 

「・・・あれ?オニキス・・・?」

(女の子と一緒にいる・・・)

窓越しに見えるのは、オニキスとスピネル。

しかし、スピネルの存在をヒスイは知らなかった。

コハクに尋ねてもうやむやにされてばかりで。

 

 

(最近連絡取れなかったのって、もしかして恋人ができたからじゃ・・・)

少女と別れたオニキスがこっちへやってくる。

気まずくなって反射的に身を隠すが、眷族であるオニキスにはどうしたって見つけられてしまう。

コンコン。

軽く窓を叩かれて、ヒスイは渋々顔を出した。

 

 

「ヒスイ・・・」

「オニキス・・・久しぶり・・・ね」

「ああ・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・何か・・・あったのか?」

近くにコハクの姿がない。

それだけでもうただ事ではないと、聞かなくてもわかる。

「・・・お兄ちゃんと喧嘩して・・・」

「・・・やはりそうか・・・」

いつもなら、頼もしい助っ人。

オニキスはいつもと変わらず、ヒスイの身を案じた。

だが・・・

(恋人がいるなら、頼ってばかりもいられないわね)

完全なる思い込み。

ヒスイの態度はどこか余所余所しく。

「・・・平気だから」

と、いきなり話を打ち切って。室内へ。

「ヒスイ、待て・・・」

「大丈夫っ!オニキスにはもう迷惑かけないから」

「・・・何を言っている・・・」

ヒスイの言葉に困惑するオニキス。いつも以上に訳がわからない。

「・・・幸せに・・・なってね」

(幸せに?なぜ急にそんな事を・・・)

「じゃ、元気で」

別れの言葉を突き付けて、逃げるようにいなくなる。

「・・・一体どうしたというんだ・・・」

深い溜息。4ヶ月ぶりの再会だというのに。

「・・・ヒスイ」

 

 

 

「・・・帰るぞ」

ジョール宅の戸口に、トパーズが立っていた。

その表情は明らかに“怒”。

出迎えたジョールも思わず引いて。

「ヒスイさん?こちらの方は・・・」

「・・・息子」

「ヒスイっ!!!」

トパーズの背後からジストがひょこっと顔を出した。

「も〜・・・どこいってたんだよぉ〜・・・」

ヒスイに抱きついて頬を擦り寄せる。

「熱は?」

と、額をくっつけて。

「良かった〜・・・下がってる」

余程心配だったのだろう。

ジストは一睡もしていない様子だった。

それはトパーズも同じで。

「もう黙っていなくなっちゃだめだよ?」

10歳の息子に注意を受け、俯くヒスイ。

「・・・うん。ごめん」

 

 

ジョール宅を後にして。赤い屋根の屋敷。

 

 

「・・・今度やったら首輪で繋ぐ」

トパーズの口から出ると、冗談に聞こえない。

「・・・ごめん・・・」

 

 

ジストはリビングのソファーで眠っている。

 

 

二人はキッチンにいた。

「・・・お兄ちゃんが、見つからないの」

「・・・・・・」

「捨てられちゃったのかな・・・私」

与えられたホットミルク。

カップを両手持ちしたヒスイが半ベソをかく。

 

 

「・・・丁度いい」

ガタッ。

トパーズが席を立った。

飲みかけのホットミルクをヒスイから取り上げて。

「トパーズ?」

 

 

顎を掴んで、キス。

隙間なくヒスイの唇を塞いだ。

 

 

ヒスイはコハクのシャツが好きで、季節問わず着用している。

更にコハクがいなくなってから、殆どノーブラ状態で。

薄く透けるピンクの乳頭・・・ジストが目のやり場に困っていた。

 

 

トパーズの指がシャツのボタンを外す。

すぐに控えめな膨らみがふたつ現れた。

「・・・捨てられたら、オレが拾う」

「え?」

乳首にトパーズの唇が触れ、ビクッ。

「そ・・・んなに吸っても・・・出ないよ?」

「・・・当たり前だ、バカ。欲しいのはソレじゃない」

「え・・・?」

「・・・やる」

「え!?ちょっ・・・やるって・・・」

「・・・男と女がやることは決まってる」

「男と・・・女?」

(・・・あれ???)

 

 

“普通の男女と一緒にしないで!”

 

 

(そう思っていたのは・・・私だけ?)

「また・・・私だけなの?」

震える、ヒスイの声。

「・・・“普通の男女じゃない”?笑わせるな。今更、そんな関係が許されるとでも思うのか?」

迷いのない、トパーズの声。

「・・・選べ。オレかアイツか」


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