世界に春がやってくる

9話 意地悪で優しい神様

 

「お兄ちゃん・・・どこ行っちゃったんだろ」

後を追ったメノウ共々、消息が掴めない。

 

 

あの日から、一週間が過ぎていた。

 

 

「お兄ちゃん・・・」

今日も一日中探した。

しかし、金色の羽根一本すら見つけることができず、疲れだけが溜まる。

食事は喉を通らず、夜も眠れない。

口数も減り、笑顔も無くして。

「・・・お兄ちゃんに会いたい・・・」

 

 

赤い屋根の屋敷。

 

 

先に学校から帰ったジストが、ヒスイの帰りを待っていた。

「ヒスイっ!おかえりっ!!」

沈んだ様子のヒスイを励まそうと懸命になっている。

やたらと声が大きい。

「ほらっ!こんなに冷えちゃって!お風呂沸かしたから入ってっ!」

(父ちゃんがいない間、ヒスイの面倒はオレがみるっ!)

と、使命感に燃えているのだ。

 

 

「・・・・・・」

ジストに勧められるまま、とりあえず服を脱いで浴槽に向かうが・・・寒い。

一人きりで入浴することなど、これまでなかった。

泡でいっぱいになりながらコハクとキスをして笑い合う、幸せな時間。

バスルームは湯気がいっぱいで、いつもなら温かいのに。

「・・・・・・」

(冷たい・・・)

浴槽いっぱいに張られたお湯が冷たく感じる。

体を沈めても、氷水に浸かっているようで、ブルブルと震えてしまう。

「う〜・・・さ、さむい・・・」

(ココロが寒いとカラダまで寒くなるものなのね・・・)

子供達の前で泣いたりはしないが、こんな時は流石に涙が出そうになる。

「おにいちゃん・・・」

 

 

「ヒスイ大丈夫かな。ちゃんと一人で髪洗えてるかな」

脱衣所でジストがウロウロ・・・

手には大きなバスタオルを持って。

「でも覗くと怒られるし」

下手をすれば桶が飛んでくる。

昨日それでたんこぶを作ったばかりなのだ。

「ヒスイは髪が長いから、洗うのも乾かすのも大変なんだよ〜・・・」
と、ボヤいても貴重なお役目に嬉しそうなジスト。

毎日、やたらと入浴時間の長い両親。

ヒスイを独占しているコハクが少しだけ羨ましかった。

「けど父ちゃん、ホントにドコ行っちゃったんだろ・・・」

 

 

キィ・・・

「あ、兄ちゃん!」

脱衣所に現れたトパーズ。

「・・・よこせ」

「えっ?」

ジストからバスタオルを奪い取り、脱衣所からつまみ出す・・・

「兄ちゃんっ!?何すんだよっ!!」

ドンドンドン!!

放り出されて、内側からガチャリと鍵を掛けられた。

「ずるいよっ!!!」

封鎖された脱衣所。

ヒスイが入浴を終えるのを楽しみに待っていたのに、あと少しというところでトパーズに強奪・・・納得できない。

今こそ鍵開けの呪文。

そう思うが、自分は魔法が使えない。

(そうだっ!サルファー!!)

サルファーはコハクを探しに出ていた。

(確か今日は国境の方を探すって言ってた!)

 

 

「・・・あれ?」

ジストだと思っていた先にトパーズがいて。

「ジストは?」

「追い出した」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

二人きりになると、輪をかけて気まずかった。

バサッ・・・

「わ・・・ちょっと・・・」

上からバスタオルが降ってきたかと思うと、頭を掴まれワシャワシャと。

「な・・・なに?」

濡れた髪を拭いているつもりらしいが、逆に切れ毛が増えそうだ。

「・・・血を飲め」

「いらない」

「・・・・・・」

ヒスイの返答を無視してトパーズが手首の血管を噛み切った。

「いらないってば!!」

逃げるヒスイを捕まえて、顔の上に血液を垂らす。

「う・・・やめ・・・」

トパーズの判断は正しかった。

実際喉がとても渇いていて、時々眩暈。貧血で倒れる寸前だった。

 

「やめてってばっ!!」

ヒスイは頑なに拒んだ。

吸血後の欲情は年々酷くなる。

相手は常にコハクでなくてはならないのだ。

「・・・・・・」

トパーズは自ら血液を口に含んだ。

「だめ・・・やめっ・・・んっ」

両手でヒスイの顔を挟み込み、力任せに口づけ。

そして、流し込まれる血液。

途端に体が熱く火照り、意識が遠のく。

はぁ・・・っ。はぁ。

そのまま舌を入れられ、口内を舐め回されても、抵抗することさえできずに、吐く息は乱れて。

飲み込んだものが血液なのか、唾液なのか、もうそれさえもわからない。

 

 

 

ガチャッ。

サルファーの鍵開けの呪文で、脱衣所の扉が開いた。

「ヒスイっ!!」

同時にジストが飛び込む。

「え・・・何やってんの?」

「・・・別に何も」

血の付いた唇を拭ってトパーズが答えた。

ヒスイも同じように口元を拭って。

二人は顔を背け合って別々の方向を見ていたが、不自然な感じだ。

「兄ちゃん?ヒスイ??」

「・・・・・・」

話がこじれる前にと考えたのか、トパーズはすぐ脱衣所を後にした。

「兄さん、怪我してたぞ」

「えっ!?」

トパーズの手首を伝う鮮血をサルファーは見逃さなかった。

ジストを追い払ういい口実だ。

(あの女・・・性懲りもなく兄さんと)

ヒスイにガツンと言ってやりたい。燃え上がる怒り。

その為には、ジストがどうしても邪魔だった。

「兄ちゃんっ!!待ってよ〜!!怪我してるの!?」

サルファーの計算通り、ジストはトパーズの後を追った。

 

 

「・・・最低の女だな」

「・・・・・・」

「何、兄さんとシケ込んでんだよっ!!お前がそんなんだから父さんが出てっちゃうんだろっ!!」

「別にシケ込んでなんかっ・・・!!」

「ジストは誤魔化せても、僕はそうはいかないぞっ!親子であんなキスするもんか!裏切りだ!」

「裏・・・切り?」

そう解釈されることが、心外だった。

「裏切りって・・・どういうこと?」

ヒスイは眉を寄せ、サルファーを見据えた。

「そのまんまだよ!前から言ってるだろ!本当に親子のキスだと思ってるんなら、ジストにだってできる筈だし、僕にも・・・」

想像して・・・オエッ。吐き気を催すサルファー。

「・・・するなよ、気持ち悪いから」

「・・・するわけないでしょ。気持ち悪い」

 

 

「とにかくっ!父さんを返せ!お前がどう思おうと、父さんに嫌な思いをさせた事実は変わらない!お前のせいなんだよっ!全部っ!!!」

余程苛立っているらしく、髪を掻き毟って怒鳴る。

「・・・・・・」

(お兄ちゃんが・・・嫌な思いを?)

「そんなに兄さんが好きなら父さんと離婚しろよ!」

「えっ・・・ちょ・・・何でそんな話に・・・」

展開の早さと思いのほか深刻な内容に狼狽えるヒスイ。

「お前がしてるのはそういう事なんだよっ!」

「・・・・・・・・・」

まさにメッタ斬り。

今日ばかりは何も言い返せず、ヒスイは強く唇を噛んだ。

力を少しでも抜くと、涙が出そうだった。

(裏切り・・・?まさか・・・)

 

 

その夜のこと。

「にっ・・・兄ちゃんっ!?何すんだよっ!!」

トパーズに今度は部屋からつまみ出されるジスト。

先程と同じように、ガチャリ。

鍵を掛けられ、自室をトパーズに占拠されてしまった。

「・・・ヒスイのところへ行け」

「言われなくたってそうするよっ!兄ちゃんの意地悪っ!!」

 

 

暗闇の中。

「・・・・・・・・・」

サルファーに指摘されたことが延々と思考を巡っていて、眠れない夜が更に眠れない。

(裏切り・・・お兄ちゃんもそう思っているのかな。だからあんなに怒って・・・)

「・・・・・・・・・」

ごろんと寝返り。

(トパーズを好きでいることは、イケナイことなの???)

ごろん。ごろん。ごろん。

「・・・わからないことだらけだけど・・・」

(おにいちゃんのいない世界なんて・・・)

深い海の底いるみたいで。何一つ楽しいと思えない。

目の下のクマも目立ってきたというのに、コハクのいないベッドは冷たすぎて。

毛布を被って縮こまる。

「ひとりぼっちの夜はもうやだよ・・・おにいちゃん」

 

 

モゾモゾ・・・

「・・・ジスト?」

突如ベッドへ潜り込んできた温かい生き物。

「ヒスイ〜・・・兄ちゃんに部屋追い出された〜・・・寒いから一緒に寝てもいい?」

ぴとっ。ヒスイの背中にくっついて、甘える。

「うん・・・いいよ」

「ヒスイ、泣いてたの?」

涙声に気づいたジストが、心配顔を擦りつけてきた。

「別に。泣いてないよ」

ヒスイは慌てて鼻を啜った。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

(・・・あったかい・・・)

背中に感じるぬくもりにホッとして。

凍えそうになっていた手足が徐々に温かくなっていく。

優しい睡魔に襲われて、ウトウト・・・

「ごめん、オレ・・・ヒスイといられる時間が増えてちょっと浮かれてた。それどころじゃないのに。明日からオレも父ちゃん探すよ。だから元気出して、ヒスイ」

「・・・うん」

 

 

七日目。やっと眠れた夜だった。

 

 

翌日。ヒスイは熱を出した。

昔から、ストレスが溜まると熱を出してしまう。

コハクがいない。それはヒスイにとって最大のストレスだった。

自分が看病をすると言い張って、ジストが学校を休んだ。

が、氷嚢を替える為、ほんの少し目を離した隙に・・・ベッドからヒスイの姿が消えていた。

 

 

「兄ちゃんっ!!ヒスイがいなくなっちゃった!」

 

 

「ふぅ・・・」

熱を出そうが、コハク探しを休む訳にはいかない。

服を選ぶ気力もないので、庭に干してあったジストのオーバーオールを着て家を出た。

「お兄ちゃん・・・もしかして、あの黒髪のヒトの所に行っちゃったのかな・・・」

勘違いの想像で、心がまっくらになる。

ヒスイは足元の石コロを蹴って呟やいた。

「もう・・・一週間だよ?」

 

 

 

外はどんよりと薄暗く。

ヒスイ同様、泣き出しそうな空模様だった。

 

 

 

今日という、雨の日。

城の正門脇の植え込みで、長い髪の少女を拾った。

ジョール。25年目の冬。

仕事を終え、帰宅するところだった。

 

(どうしましょう・・・)

服も髪も泥まみれの少女を抱き起こしてみる。

日没後、悪天候の上、これ以上ないくらいに全身が汚れていたので、髪や瞳の色はわからなかった。
ジョールはまずハンカチで少女の顔を拭いた。

(あらっ!まぁっ!可愛いらしいこと!!)

これほどの美少女は滅多に拝めない。思わず感動。

「ぅ・・・おに・・・ちゃ・・・」

(熱が・・・)

雨足は酷くなる一方・・・益々放っておけない。

ジョールはこの少女を自宅に連れ帰ることに決めた。

 

気楽な一人暮らしで、誰に気を遣うこともない。

 

友達以上。恋人未満。そんな相手がひとりいるくらいで。

 

仕事は充実しているが、プライベートは正直寂しい。

休みの日には時間を持て余したりして。

 

 

(でも、明日はいつもと違う休日になりそうね)

 

 

まずはお風呂で泥を落として。

ベッドでゆっくり眠らせてあげましょう。

意識が戻ったら名前を聞いて、家まで送り届けなくては。

 

 

 

世話好きなメイドの性分で、不謹慎とは思いつつ張り切ってしまう。

 

美しき銀髪のトラブルメーカー。

 

・・・とんでもない拾いものをしてしまったことも知らずに。

 

 

 

「どうしたの?オニキス」

「・・・やはりヒスイの様子がおかしい」

眷族の運命。

ヒスイとひとつの心臓を共有するオニキスは、胸の痛みや高鳴りまでも分け合って生きている。

楽天家のヒスイが胸を痛める事はまずないが、そいういう時は大抵・・・

「コハクと喧嘩でもしたか・・・」

「いく?ママのとこ」

「・・・ああ」


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