世界に春がやってくる

17話 羊と黙示録

 

はぁ〜っ・・・。

 

 

スピネルの溜息。

「今日も収穫ナシかぁ・・・」

 

 

ふぅっ・・・。

 

 

すぐ隣でオニキスの溜息。

人使いの荒いコハクに散々煽られ、寝る間も惜しんで捜索を続けているのだが、未だに何の手がかりも掴めずにいた。

 

「もう誰かが手に入れちゃってるんじゃないの?」

「・・・だとしたら、雲を掴む話だな」

 

はぁっ・・・

 

両者同時に溜息。二人は今、宗教の国マーキーズにいた。

 

「ねぇ、オニキス。“黙示録”って何なの?」

「黙示録とは、世界を浄化する為に前神の創り出した書物だ」

 

日も暮れ、宵の口。

 

「コハクが言うには、すべての天使に対し絶対的な“束縛力”を持つという」

「すべての・・・天使?」

「ああ。神直属の3天使は影響を受けないと言っていたが・・・少しでも天使の血が混ざっていれば該当するらしい」

「・・・・・・」

「ひとたび封印が解かれれば、天使は皆黙示録の支配下に置かれ、世界を滅ぼす一大勢力となる」

「今、地上にはどれくらいの天使がいるの?」

天界を喪失して以来、天使は人間界に棲みついた。

そして・・・数十年。

異種族と交わり、その数は格段に増えていた。

「・・・考えるのが怖いな」

「黙示録の封印は誰にでも解ける訳じゃないんでしょ?」

「黙示録を行使できる者が世界にひとりだけ存在する。それが“羊”。黙示録に選ばれた天使だ」

「選ばれた天使・・・嫌な予感がするね」

“選ばれた天使”と聞き、思い浮かぶは馴染みの顔。

 

「・・・コハクが家を離れられない理由はたぶんそこだ」

「サルファーを見張ってる・・・?」

「・・・・・・」

 

「・・・大変だね。“金”も“銀”も」

自分はタイミング良く足抜けした。

黙示録に縛られる天使の血は一滴も流れていない。

渦中の兄弟達が、不憫だ。

「とにかくボク達で黙示録を見つけるしかないって事か」

「そういう事だ。気を引き締めていくぞ」

「ん!」

 

 

 

「・・・そうだ。これを」

「うん?ナニ?」

オニキスが薄い冊子をスピネルに手渡した。

それは国境の町ペンデロークにある全寮制の学校のパンフレットだった。

「この件が片付いたらすぐにでも入学するといい」

スピネルの壮大な計画に協力すると約束した。

オニキスは黙示録捜索の合間を縫って、スピネルの計画実行の場も探していた。

「わ・・・ありがと!」

スピネルはパンフレットに目を通し、素直に喜んだ。

「でも、寮には入らない。学校へは近くの家から通うよ」

「家だと?そんなものがどこに・・・」

 

 

「買って?」

 

 

「・・・・・・」

過去最大級のおねだり。

スピネルは服をねだるのと同じように悪びれもなく言った。

「手放すことに慣れちゃだめだよ。ボクを寮に入れたら絶対後悔する」

「・・・・・・」

 

 

ヒスイの翡翠色。

この瞳にすべてを見透かされていると思う。

 

(意地を張って否定したところで簡単に本心を見抜かれてしまうだろう)

 

 

「・・・欲しいのは庭付きの一戸建てか?」

自嘲の笑みでオニキスが尋ねると・・・

「ん!」

とびっきりの笑顔が返ってきた。

 

 

「ボク達の家。たまにママも呼んで」

「・・・そうだな」

(パパも付いてくると思うけど)

言わずと知れたこと。

スピネルはあえてそれを口にせずに。

「普通の生活ってしたことないでしょ?普通の家で普通に暮らそう」と、提案。

「あ、家事は分担で」

続くスピネルの発言にオニキスは目を細めた。

 

 

 

「・・・楽しそうだな」

「楽しいよ。きっと」

 

 

 

「老後の面倒はボクがみるから安心して」

冗談半分に人間の親子の真似をして、差し伸べられたスピネルの小さな手。

 

 

 

「あなたをひとりにはしない」

 

 

 

「・・・お前はなぜそこまで・・・」

あまりにも恵まれた待遇に、躊躇いすら覚えるオニキス。

 

 

「ずっと見てた。あなたを。ママの中から」

 

 

聡明な面差し。

温容な眼差し。

 

 

「10年・・・ううん。それ以上にずっと・・・」

 

 

 

“愛してくれて、ありがとう”

 

 

 

「だからボクは・・・」

「・・・もういい。それ以上言うな」

「オニキス?」

「・・・泣けてくる」

 

くすっ。

 

「男泣きもいいんじゃない?」

「・・・・・・」

大人をからかうな、とスピネルの額を軽く指で小突いて。

 

 

「・・・いくぞ。さっさと黙示録を見つける」

「んっ!そうだね!!」

 

 

 

エクソシスト初仕事。サルファー&ジスト。

 

教会の規約で、新生エクソシストの初任務には先輩エクソシストが一名同行する。

 

「やったっ!じいちゃんだっ!!」

 

メノウはエクソシスト界隈ではもはや伝説の人物だ。

同じ土俵に立てば、当然憧れの存在で。

いいところを見せようと、ジストもサルファーも張り切っていた。

「あはは!まぁ、しっかり頑張れよ」

可愛い孫達の引率ができて、メノウも気分上々だった。

 

本来ならば、コハクの役目。

 

「二人の引率、メノウ様にお願いしていいですか?」

 

と、急なコハクの申し出を二つ返事で引き受けた。

(たまには夫婦水入らずで過ごしたいなんて言ってたけど、あいつら誰がいたってヤることヤってんじゃん)

夫婦水入らずでも結局やることは一緒だと思う。

 

「まぁ・・・孫が増えるのは嬉しいから協力するけどね」

 

しっかり子作りしろよ〜。と、屋敷の方角へ言葉を投げて。

 

「よし!じゃあ、行くか!」

「うんっ!!」

メノウの後にジストが続く。しかし、サルファーは・・・

「・・・なんでだよ」

予定メンバーより一人多い。

メノウ、ジスト、そして自分。計3人のはずが、4人いる。

「なんでこの女も一緒なんだよ!」

「当然ですわ」

甲高いタンジェの声。

 

『主を守るのは下僕の務め!!』

 

そう叫びたいところを“秘密厳守”のために堪えていた。

(堪え忍ぶもまた、忠義!!)

「女なんか足手まといだ」

「男女差別は良くありませんわよ?これでもわたくし腕には自信がありますの」

 

バチバチバチ・・・

 

火花散る、サルファーとタンジェ。

 

「何、見つめ合ってんの?」

惚けた事を言うジストは、やはり空気の読めない少年。

見つめ合っているのではなく、睨み合っているのだ。

それを・・・

 

 

「あ!もしかして恋しちゃった!?」

 

 

と、菫色の瞳を輝かせた。

 

「するわけないだろっ!!」

「するわけないですわ!!」

 

二人、猛反発。

 

「とにかくっ!エクソシストの仕事を甘くみるなよ!!」

サルファーが吐き捨てる。

「必ずお役に立ってみせますわ!!」

タンジェも負けじと。

 

「仲いいなぁ〜・・・」

ジストはのほほんと傍観している。

 

 

 

(若いなぁ・・・)

威勢のいい孫達を見て、和むメノウ。

「ところでお前等、コードネームは決めたの?」

エクソシストは二人で一組。

それぞれにコードネームを持っている。

「決めたよ」

タンジェとの口論を中断し、サルファーが得意顔で宣言した。

 

 

疾きこと風の如く。

徐かなること林の如く。

侵略すること火の如く。

動かざること山の如し。

 

 

「コードネーム“風林火山”!!」

 

「へぇ〜・・・いいじゃん!」

「でしょ!?でしょ!?」

メノウに認められ、ジストも有頂天。

このコードネームに落ち着くまで、サルファーと散々モメたのだ。

 

 

「んじゃ、行くか。“風林火山”」

「「うんっ!!」」


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