世界に春がやってくる

23話 今日は、抱擁。

 

「サルファー!?どこへ行くんですの!?」

タンジェの甲高い声が石の壁に響く。

「調べるんだよ」

サルファーはうんざりとした顔で金の巻き毛を掻き上げた。

「何をですの?」

「まずは状況だろ。ここは何処か、僕が僕でいられる時間はどれくらいなのか、とか」

空白の時間を埋めるべく、サルファーが動き出す。

“黙示録に操られている”それだけわかっていれば、打つ手はいくらでもあるのだ。

「・・・・・・」

まずは記憶の糸を辿る。

最初に自身を喪失したのはいつか。

(思い出したぞ・・・この女の鞄を受け取ろうとした時だ)

つまりその鞄の中に黙示録が入っていたという事だ。

(じゃあこの女は敵なのか?)

「な・・・何ですの?」

顔を近付け、まじまじと観察してみる。

タンジェの反応は正常で、特に不審な点はないように思えた。

「お前さ、何もわかってないの?」

「???」

首を傾げるばかりで、話についてこないタンジェ。

しかし、“羊”ではないサルファーが黙示録に触れようとすると・・・

 

 

「これはわたくしがお預かり致しますわ!!」

 

 

サルファーより早く黙示録に手を伸ばし、両手でしっかりと抱えた。

「あら?わたくし今何を・・・」

タンジェ本人からしても謎の行動。

鞄の時と同じように、気が付けば、手に黙示録。

(こいつも操られてるのか)

黙示録の意志はタンジェの無意識の部分に潜んでいて、“いつ”というのは断定しにくい。
サルファーはそう判断した。

タンジェ自身が敵という訳ではないが、黙示録と切り離して考える事もできない。

「・・・用心に越したことはないな」

 

 

サルファーは早速窓を開き、周辺の様子を確かめた・・・が。

見渡す限りの海・海・海。

「孤島って事かよ!?」

 

 

“孤島って事は・・・本屋がない”

 

 

真っ先にそれが、サルファーの脳裏を掠めた。

「本屋がなきゃ・・・漫画が買えない・・・」

「ま・・・漫画??」

ショックで茫然とするサルファー。

そんなサルファーに茫然とするタンジェ。

この状況で“漫画”。

まったくもって、意味不明だ。

「くそぉ〜・・・船もないのかよ。だったらここまでどうやって・・・」

 

「サルファー・・・これ・・・」

「何だよ」

 

タンジェがサルファーに見せたのは金色の・・・熾天使の羽根だった。

(父さんの羽根・・・な訳ないし・・・まさか僕!?)

 

 

翼があるのなら。空を飛べる。

 

 

「・・・よしっ!本土を目指す!黙示録、貸せ」

成人化させられている状態でないと、翼を駆使できない。

サルファーはそこまで先読みし、自ら黙示録を求めた。

本土に辿り着きさえすれば、途中何があってもいい、と言うのだ。

自分も黙示録に操られている事を諭されたタンジェは、辻褄の合わないこれまでの出来事に納得し、サルファーの意見に・・・反対した。

「なんて無責任な事をおっしゃるのっ!?」

「他にどうしろって言うんだよ!?いいから貸せよっ!!」

「そうはいきませんわよ・・・っ!」

押し合い圧し合い。更には言い合い。

「・・・・・・!!」

「・・・・・・!!」

「お前の事なんか知るかっ!自分の事は自分で何とかしろよ!」

「な・・・っ!!」

(どこまでもヒドイ男!!思いやりの欠片もないですわっ!!)

温良なジストが益々恋しくなるタンジェ。

「お前重そうだし。抱えて飛ぶなんて嫌だね」

「なんですって!?」

 

 

(あれ?まてよ・・・)

執拗なまでのタンジェの抵抗に、ふとある考えが過ぎる。

タンジェの精神に黙示録の意志が反映されているとするなら・・・

(黙示録は僕を操りたいんじゃないのか?)

求められて困ることがあるのだろうか。

(もしかしたら・・・)

「きゃっ!!」

タンジェを突き飛ばす勢いで強引に奪い、掲げた瞬間に、成人化。

「・・・思った通りだ。黙示録は完全に僕を操れない」

見た目は“羊”でも、語調はサルファーのものだった。

「成人化させられたところで、自我まで失うとは限らないって事だ!」

黙示録の魔力も無限ではなく、使用した分、回復まで時間を要するらしいと気付く。

希望の光が見えてきた。

「離しませんわよ・・・っ!!」

タンジェはタンジェのまま、置いてゆかれてなるものかと必死にサルファーの体へしがみついている。

(しつこい女だな・・・)

「・・・まぁ、荷物持ちぐらいにはなるか」

一対の翼で巻き起こす、旋風。

サルファーとタンジェは上空へと舞い上がった。

 

 

 

それから数日後。赤い屋根の屋敷。

 

 

 

ちぅ〜・・・っ。

 

 

リビングのソファーに並んで座り、甘く唇を吸い合うコハクとヒスイ。

 

 

「どこにも行かないって約束したけど・・・半日だけ、いい?」

コハクがそう切り出した。

 

 

「え?竜退治?」

「うん。サルファーの方はまだ少し余裕があるから、先に手を打っておきたいんだ」

千年に一度復活する、七つ首の赤い竜。

たまたま黙示録と周期が重なった。それだけのこと。

もう何度か戦った事があるのだが、年齢に関わる話は極力避けたい。

途中キスで誤魔化しながら、不都合を都合良く端折る。

「その竜は、神の血族が好物で・・・」

金の熾天使、銀の吸血鬼、神、神の子・・・つまりヒスイや子供達を真っ先に狙ってくるのだと説明し、竜との戦いにヒスイは連れてゆけないと話した。

「・・・・・・」

タンジェとの一戦で自分の不甲斐なさを痛感したばかりのヒスイは反論せず、大人しく話を聞いていた。

 

 

「その竜って・・・強いの?」

「だとしても、僕の敵じゃない」

 

 

危険はない。心配しなくていい。

 

 

そう言い聞かせてはキスをして。



「ん・・・おにぃ・・・」

 度重なるコハクのキスに期待して、カラダが濡れてくるのがわかる。

いつもなら期待を裏切らず、溝に溜まった蜜を練るためにコハクの指が滑り込んでくるのだが・・・

 

 

 

今日は、抱擁。

 

 

 

「よっ・・・と」

コハクはヒスイを膝の上に乗せ、両腕でしっかりと包み込んだ。

「ホントはこのままえっちしたいんだけど、益々ヒスイと離れられなくなっちゃうから・・・帰ってきたらしようね」

セックスをおあずけにして“すぐ帰る”ことを強調する。

(ホントはしたい!すごくしたい!今すぐここで!!)

 

 

ズボンのチャックを下ろし、ヒスイの下着を少しずらせば、願いは叶う。

 

 

完全にやせ我慢の域だが、ここで燃えてしまっては後の戦いに支障をきたすのだ。

堪えるしかない。

「う・・・ん・・・」

コハクはヒスイの頭を両手で引き寄せ、薄く開いた唇の間から舌を入れた。

舌の裏スジを舌でなぞり、更には頬裏の粘膜を舌先で擽る。

舌による舌への愛撫を繰り返し、思う存分絡ませ合って。

 

 

「んむっ・・・おにいちゃん・・・」

求め合い、熱くなる、凹と凸。

けれども、今日はひたすら抱擁とキスで。

楽しみは後にとっておく。

 

 

そして時間は午後3時。

おやつタイムを一名欠いた家族で過ごした後・・・

 

「いってくるね」

「うん・・・」

 

ちゅっ。

 

見送りはヒスイだけ。

竜退治の件は他に話していない。

町に買い物へ行くのと同じノリで、コハクは家を出た。

 

 

 

七つ首の赤い竜。

 

(ちょうどいい暇つぶしになると思って、今までは封印で済ませてたけど)

「今回で最後だ。殺る」

でなければ、子々孫々の敵となる。

「・・・・・・」

天界最強、ひいては世界最強を誇っていた“セラフィム”時代。

“殺戮の天使”の退屈しのぎにと、同じく神に創り出された魔物だった。

(ヒスイにはああ言ったものの、ちょっと手こずりそうだなぁ・・・)

 

そう思っていたところに現れたのは。

 

「よっ!どっか行くの?」

 

元・相棒のメノウだった。

ヒスイが産まれる前はメノウと組んでエクソシストの仕事をしていたのだ。

 

「ええ、ちょっと」

 

コハクは曖昧な返事しかしなかったが、ヒスイを連れず、魔剣を手にしている時点で“何をしに行くのか”は聞かなくともわかる。

 

「・・・んじゃ、久々にコンビ復活させるか」

「そうですね。お言葉に甘えることにします」

 

 

(お兄ちゃんはああ言ったけど・・・)

離れるといつも後悔する。

「やっぱり、ついてこ」

足手纏いは重々承知。

(でも、こっそり影から見るぐらいイイよね?)

魔法で気配を断てばコハクにも竜にも見つからないだろうと、単純に前向きな考えで、早速身支度に取り掛かる・・・が。

 

「ヒスイっ!見て!見て!」

「ジッ・・・ジストぉ〜!?」

 

サルファー・タンジェに便乗し、成人化したジストがヒスイの前に現れた。

「戦いの手段として、最も力の強い形態に変化するのはよくある事だ」とコハクに聞いて以来、成人化への憧れは増し、ゴタゴタの後、トパーズに弟子入り。

ここ数日で、回復系の魔法を中心にみっちりと使い方を仕込まれ、ついには念願の成人化を達成したのだ。

童顔は変わらずだが、身長は劇的に伸びて。

どちらかというと小柄な方だったジストがすっかり男っぽく成長していた。

「わっ・・・ヒスイ小さいっ!!可愛いっ!妹みたいっ!!」

ガバッ!といつもの調子で抱きつくが、その先はいつもと違う。

「ちょっと・・・はなし・・・!!」

「お姫様だっことかさっ!一度やってみたかったんだっ!!」

ジストは興奮気味に力を発揮。

夢のお姫様だっこ・・・

 

「・・・調子にのるな、ガキ」

 

ゴッ!!

トパーズの鉄拳が下った。

「いてぇっ!」

頭を殴られた拍子にジストは元の姿へと戻り、抱えていたヒスイを床へ落とした。

「いたぁあっ!!」

「わっ!ごめんっ!!ヒスイっ!!」

お尻を打って悶えるヒスイに・・・

「ホントにごめんっ!!大丈夫!?」

両手を合わせて何度も謝罪。

その後・・・怪我がないか確かめるつもりで、ヒスイのスカートを捲った。

「!!」

「あ・・・アニマル柄だっ!」

ヒョウ柄に黒のレースで縁取りしてあるパンツに大喜びのジスト。

 

 

パンッ!

 

 

ジストの頬にヒスイの平手打ちが決まった。

コハクの後を追おうと焦っていたところに、ジストの暴走。

何も知らないジストに悪気はないとわかっていても、つい手が出てしまった。

「ジストのバカっ!!」

「ヒスイっ!待っ・・・」

「・・・放っておけ。今は機嫌が悪い」と、トパーズ。

何を言っても無駄だとジストに諭し、「それよりも・・・」と話を続ける。

 

 

「お前にはやるべき事がある」

“神の子”は産まれながらの“神”。

人間界に影響を及ぼす神の時間を調節する能力。

ジストはそれを、息を吸うのと同じように生きてゆく術として産まれ持っていた。

「神槍グングニルというのを聞いたことがあるか?」

「しん・・・そう??オレ、そういうファンタジーっぽいのってちょっと・・・」

サルファーなら目を輝かせ食い付く話題だろうが、生憎ジストは神話や伝承に全くと言って良いほど興味がなかった。

「“神”専用の武器だ」

トパーズが“神”で自分が“神の子”と聞いた時は驚いたが、実感が湧かないまま、特に何が変わるわけでもなく。

(“神様”ってもっとジイちゃんかと思ってたもんな)

モサッと白く長い髭、頭上には天使の輪、ヨロヨロと杖をついた・・・老人。

“神様”といえばそんなイメージだった。

 

 

「成人化した状態で神器を使えば、羊と互角に戦える・・・はずだ」

「ホント!?そのグン・・・なんとかって、どこにあるの!?」

サルファーやタンジェより強くなれば、黙示録を奪い、二人を救える。

ジストはそう思っていた。

「・・・冥界。神殺しの狼フェンリルの腹の中だ」

「狼?い・・・生きて帰ってこれるよね??」

「死にたくなきゃ、死ぬ気出せ。行くぞ」

冥界への道は、神の力でどこからでも開くことができる。

旅支度も何もなく出発を急かすトパーズ。

「でも、ヒスイひとりで留守番なんて・・・ふらっとどっか行っちゃって、誰かに攫われでもしたら・・・」

 

 

「問題ない。あいつは鎖で繋いでいく」

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