世界に春がやってくる

25話 天使会議


 

西の海。古城の朝。

 

 

「ひ・・・っ!!」

タンジェの小さな悲鳴。

(またですわ・・・)

別の部屋で就寝した筈なのに、目覚めればサルファーの部屋。

いつも下着はベッド脇に脱ぎ捨てられており、お互い全裸。

シーツは羊サルファーの吐き出した精液やら、花嫁タンジェが流した愛液やらで汚れて。
黙示録にどういう意図があるのかわからないが、それは殆ど毎晩行われていた。

 

10歳の少年少女には重すぎる現実・・・。

 

 

ところが。

 

サルファーは今朝も平然と起き上がり、さっさと服を着て目覚めのコーヒーを入れた。

先日、本と一緒に買ってきたインスタントコーヒー。お湯を入れればすぐ飲める。

夜な夜な原稿と向き合う者の必須アイテムだ。

「ほら」

“僕が淹れてやったんだ、有り難く飲めよ”と、念を押し、タンジェにカップを手渡す。

「・・・・・・」

(なぜいつもこんな事に・・・)

そしてタンジェは今朝も悔しそうに唇を噛んで。

泣くことはなくなったが、その表情は暗く沈んでいる。

(ジスト様・・・)

現実逃避で、ジストのことばかり考えるようになっていた。

 

「いちいち悲観的になるなよ。考えてもしょうがないことを考えてもしょうがないだろ」

具体的な解決法はまだ見つかっていない。

サルファーに弱点を見破られても、黙示録が発動するタイミングは毎回絶妙で、サルファーとタンジェが何度本土に渡ろうと、気が付けば孤島の城に戻っているのだ。

本土へ渡る為、サルファーは成人化を繰り返した。

自我を失う事はなくとも、そうすることで心身共に“羊”へと近付いていた。

サルファー自身、無自覚のまま。着実に。

 

 

コハクの予測を遙かに上回る速度で。

 

 

漫画を愛するオタク故の行動。

それこそが、完全羊化を助長していたとは、誰もが予測不能だった。

 

 

「サルファー!?今日は一体何を・・・」

ちょくちょく本土へと渡り、本屋、画材屋を巡り買い出し。

その合間であっても、黙示録対策法を調べたりして、この状況を打破しようとする姿勢が窺えたのだが、今日のサルファーは黙示録そっちのけで、漫画の原稿を広げていた。

 

「締め切りが近いんだよ」

「な・・・」

 

(黙示録より漫画ですって!!?)

もう幾度となく思った事だった。

どれ程美しい姿をしていようと、傲慢で、自分勝手で。

(ヒドイ男ですわっ!!!)

 

 

「お前、漫画は?」

せっせとペンを動かしながら、サルファーが質問。

「しょ・・・少女漫画なら少々・・・」

少々、というのは謙遜で実は大好きなのだ。

恋に恋する10歳。

部屋の本棚には少女コミックスがびっしり詰まっている。

「少女漫画か・・・まぁいい」

色恋漫画には興味がないとケチをつけながら、カッターを持たせ一言。

 

「トーン削れ」

「世界の危機ですのよ!!?」

 

自分が世界を滅ぼすかもしれないというのに、漫画に熱中する少年の気が知れない。

「10歳の子供に世界の命運を握らせること自体がどうかしてるだろ」

黙示録を処分しようとすれば必ずタンジェが邪魔をする。

黙示録に纏わる事実を調べ上げた上で、手を尽くしたがどうにもならない。

「これ以上何をしろって言うんだ?」

自分に出来る事はすべてやった、と開き直り。

「そのせいで原稿が遅れてるんだよ」

 

 

1時間後。

 

 

「あ、インク切れた。お前ちょっと買ってこいよ」

偉そうな物言いのサルファー。

結局タンジェも手伝わされていた。

「でもわたくし空は・・・」

「魔法陣」

「え?」

「そこにあるだろ」

こんな時の為に昨日の夜、完成させた。

ヒスイがよく使う、モルダバイト直通魔法陣を見様見真似で。

100%正解の自信はない。

(実験台には丁度いいだろ)

 

 

 

実験台。タンジェ。モルダバイトにて。

 

 

「ふ〜っ。ヒドイ男ですわ」

すっかりそれが口癖となってしまった。

インクがなくなった、という割には両手に大荷物。

籠城したサルファーに買い物リストを押し付けられたのだ。

「・・・・・・」

サルファーの元から逃げ出したところで黙示録に操られるのがオチだ。

その辺りはもう諦めに近い気持ちで、ジストを恋しく思う反面、合わせる顔がないとも思う。

 

 

しかしそこは不思議な縁で。

 

 

グルル・・・

(狼の声??)

こんな街中で狼の声がする筈もないが、不審に思ったタンジェは雑踏を抜け、近くの緑地公園で耳を澄ませた。

グル・・・

(やっぱり聞こえますわ)

 

 

「わぁぁぁぁっ!!!」

 

 

神の特殊能力。

空間を繋げる魔法を暴発させたジストがフェンリルと共に現れた。

「!!?ジスト様っ!!?フェンリル!!」

神学を学んだタンジェは“神殺しの狼”の存在をすぐ認識。

「おのれっ!!神の子を狙うとは!!触れさせるものですか・・・っ!!」


ジストを捉まえようと伸ばされた前足に、剣を抜き、迷わず斬りかかった。

 

その攻撃が功を奏し。

 

一瞬引いたフェンリルを冥界に残し、ジストだけが空間を抜ける事に成功した。

 

「ジスト様っ!!お怪我はありませんか!!?」

「タンジェこそっ!怪我してるよっ!」

 

覚えたての回復呪文を施すジスト。

 

「これしきの傷!大丈夫ですわっ!!」

武術の鍛錬も、すべて神を守るため。

「だめだよ。女の子なんだから、傷でも残ったら大変だ」

「ジスト様・・・」

「オレ、戦ってもサルファーやタンジェに敵わないと思うし・・・」

成人化は覚えたが、神槍を入手し損ねた今、それは明白だった。

「だから、まだ今は守るなんて偉そうな事言えないけど・・・」

 

 

せめて戦いで受けた傷ぐらいは、治してあげたい。

 

 

「サルファーなんか血の気が多いから心配でさ」

「ジスト様・・・なんとお優しい・・・」

様々な制約があるからこそ、恋心の成長は早く。

それはもう10歳の少女のものとは思えないくらいに育っていて。

 

この想いを伝えるのは今しかないと思った。

いつ自分が自分でなくなるかわからない。

このまま一緒にいることは許されないのだ。

(けれどその前に・・・この気持ちだけは!!)

 

 

「ジスト様っ!!わたくしっ!!」

「うん?」

 

好き・・・と口を開きかけたところで、黙示録に阻まれる。

タンジェは即座に身を翻し、駆け出した。

 

 

「待ってっ!!タンジェっ!!どうしたのっ!!?」

 

 

 

赤い屋根の屋敷。

 

 

「イズ!?ラリマー!?」

珍しい客にヒスイの声が裏返る。

座天使のイズと智天使のラリマー・・・熾天使コハクの同僚だ。

神に創られし天使として共に天界で暮らした仲であり、兄弟のような間柄でもあった。

 

「これ、おみやげ」イズはお煎餅。

「これは私から・・・」ラリマーは果物。



それぞれから手土産を受け取り、ヒスイは二人をコハクの元へ案内した。

 

 

「やあ、いらっしゃい。わざわざ足を運んで貰って悪いね」

キッチンからリビングへと移動したコハクはエプロンを外して。

「・・・息子が“羊”になった」

立ったままヒスイの肩を抱き、客人に挨拶。

 

 

天使会議の始まりだった。

 

 

黙示録が羊に開かれた時点で、すべての天使が敵となる。

黙示録の支配下に置かれない三天使が何とかしなければ、天使達に未来はない。

智天使ラリマーが第一声を発した。

「天使がだいぶ羊の元へ流れていると・・・」

「・・・黙示録の目的は、羊が目覚めるまでの時間稼ぎだ。そのための兵・・・つまり天使を集めている。どこかに根城があるはずだ」

若干険しい顔つきでコハクが答えた。

(あ・・・お兄ちゃんが珍しく真面目だ・・・)

ぴたっとコハクにくっついて。逆に不真面目なヒスイ。

「君達にも捜索を頼みたい」

コハクの言葉にイズとラリマーはそれぞれ深く頷いた。

 

 

それから数分間の打ち合わせ。

 

 

話が一段落したところで、コハクはヒスイの頭を撫でた。

 

「ね、ヒスイ」

「なに?お兄ちゃん」

 

「ラリマーが持ってきてくれた果物でジュースを作ってくれないかな?折角だから二人にご馳走しよう」

ヒスイの場合、火を使う料理は苦手だが、魔力を動力源とするミキサーなら使える。

「皮は剥かなくていいからね」

包丁は使わず、そのままミキサーに入れるだけでいいと指示を出す。

えっちな場面以外、コハクからの頼み事は滅多にないので、ヒスイは張り切って返事をした。

 

「うんっ!任せてっ!!」

「よろしくね」

 

ちゅっ!

 

ご機嫌なキスをして、ヒスイは意気揚々とキッチンへ向かった。

 

 

 

メンバーからヒスイを外し、会議再開。

 

 

「ところで君達、恋人いるよね?」

コハクは心なしか小さな声で、天使二人に尋ねた。

「最初に聞きたいんだけど、家事得意?」

 

 

「・・・できる。完璧」と、イズが恋人自慢。

「ええ、人並みですが」と、ラリマーが慎ましくも誇らしげに。

 

 

「そう。良かった」

コハクはにこやかに微笑んで話を続けた。

内容は当然“黙示録”にちなんだものだが・・・

「これから僕も息子達も家を空けることが多くなると思うんだ。そうすると必然的に留守はヒスイに任せる事になっちゃうんだけど・・・その・・・ほら、ヒスイって家事とか・・・特に料理がアレで・・・」

 

「そこが可愛いんだけど!!」

と、自らフォローを入れつつ・・・

 

 

『・・・ヒスイ一人で留守番させたくないんだ』

 

 

料理の事もあるが、10年前の強姦事件からヒスイを置いて家を出ることが密かなトラウマになっており、過保護にも磨きが掛かっていた。

(同性なら襲われる心配もないだろうし)

イズ、ラリマーの恋人である女性とぜひとも一緒に留守番を!!そう叫びたい。

 

名目上はとりあえず・・・咳払いをひとつ。

 

 

「黙示録対策で家を空ける事が多くなるのは、君達も同じだと思うんだ。大切なものは一カ所に集めたほうがいい。これから何が起こるかわからないし」

こじつけにしても説得力のあるコハクの提案。

 

 

 

「この件が片付くまで合宿してもらっちゃダメかな?」

 

 

 

「アパート感覚で使って貰えばいい。勿論君達の“夜”を邪魔するつもりはないし」

やる事はしっかりやってくれたまえ!と、熱弁するコハク。

 

 

 

「わかった、連れてくる」

「そういう事でしたら」

 

 

 

“夜”云々は別として、イズ、ラリマーは即承諾した。

二人にとって憧れの存在でもある熾天使コハク。

それこそ願ってもない申し出だった。

 

 

こうして座天使イズと智天使ラリマーは恋人の元へ飛び立った。

ページのトップへ戻る