世界に春がやってくる

26話 彼女達の夜

 

「待ってよ・・・っ!!」

ジストは、逃げ出すように駆け出したタンジェの後を追った。

足の速さには自信があるが、タンジェもさすがの軍人で、身体能力に秀でていた。

今こそ成人化。

体を大きくして距離を縮めたい。ジストは精神を集中させた。

「きゃ・・・っ!」

成人化に成功し、タンジェの手首を掴んで。

「乱暴してごめんっ!でも、まだお礼も言ってないし」

 

はぁっ・・・はぁっ・・・

 

ずっとフェンリルから逃げ回っていたので、息は切れ、額から汗が伝う。

「助けてくれて、ありがとう・・・」

ジストの言葉はタンジェの心に響き、黙示録の意志を押し込めた。

「こ、こちらこそありがとうございます、ジスト様・・・」

 

くすっ。

お互い礼を述べ合い、笑う。

 

緊張がほぐれ、タンジェの口が続けて動いた。

 

 

「わたくし、ジスト様が好きです」

 

 

だが・・・

「うん!オレもっ!タンジェと友達になれて良かったっ!!」

無邪気な笑顔で恋愛対象外宣告を受ける。

 

「サルファーの事、よろしくなっ!!」

「ちが・・・・」

 

 

『・・・何サボってる』

 

 

「に、兄ちゃんっ!?」

間が良いのか、悪いのか。

先程のフェンリル然り、トパーズの姿はなく、声だけが聞こえる。

忘れ物を取ってきたトパーズが冥界からジストを呼んでいるのだ。

「さっさと戻ってこい」

ニュッと。

宙から腕だけが出てきた。

奇々怪々。不気味だ。

トパーズの手がジストの襟首を掴んだ。

「わぁ・・・っ!!兄ちゃんっ!!?」

引き戻されるジスト。

「わぁぁぁ!!」

体ひとつ分の闇の空間が広がり、ジストはそこへ吸い込まれるように消えていった。

 

 

残された傷心のタンジェ。

 

「辛気くさい顔だな」

バザッ・・・

サルファーが目前へ舞い降りた。

「・・・もう夢も希望も何もないですわ」

ジストと両想いになれると思っていた訳ではないが、それでも何かが変わるかもしれないと、縋るような気持ちだった。

 

「今更だろ。どうせお前は僕と結婚するんだし」

「・・・本気でそう思っておりますの?」

 

「初めてヤッた女と結婚するのが家訓なんだよ」

黙示録が定めた花嫁だから、という事ではなく。

“家訓”。サルファーは堂々と言い切った。

三つ子の魂百までというが、物心つく前からそう教え込まれていた。

ジストもスピネルも同じ・・・ヒスイの定めた家訓に従おうと一生懸命なのだ。

「お前が誰を好きでも関係ない。っていうか、ジストだろ?」

 

 

『両想いにはなれないぜ』

 

 

「お前はジストの好みのタイプじゃないからな。貧乳でつれない女が好きなんだよ、あいつは」

「わかってますわよっ!!」

泣きっ面に蜂。ふられたばかりのタンジェが叫ぶ。

 

「あいつの事だから“友達として好き”とは言うだろうけど、あれでも“友達”と“花嫁候補”の区切りはハッキリしてるんだ」

 

 

『一度“友達”に分類されたら、一生“友達”だぞ』

 

 

サルファーが追い打ちをかける。

「・・・・・・」

三つ子の兄弟である彼が言うのだから、そうなのだろう。

タンジェは口を噤んだ。

 

 

「行くぞっ!しっかり荷物持てよ!」

 

 

 

赤い屋根の屋敷。夕刻。

 

 

 

「あ・・・れ?」

イズ、ラリマーの恋人女性に引き合わされたヒスイは、きょとんとした顔で。

「まさかあなた方とはね」

コハクは笑いで肩を震わせている。

「いやぁ、良かったよ。これならヒスイもすぐに馴染める」

激しい人見知りのヒスイ。

初対面の相手とはなかなか上手くいかないのだが。

 

 

イズが連れてきた“恋人”はモルダバイト城のメイド、ジョール。

濡れ鼠になったヒスイを拾った経歴を持つ女性だ。

 

そして、ラリマーが連れてきた“恋人”は・・・

「どうも、ルチル先生」

コハクが挨拶をしたのは、特殊クラスの担任ルチル。

家庭訪問をはじめ、学校行事を通してお馴染みの顔だった。

 

 

ジョールもルチルも事情を聞く前に連れてこられてしまったので、全く状況を理解していなかった。

なぜここに??という表情で、キョロキョロしている。

 

 

「あの、ジスト君とサルファー君は・・・」

ここでは当然、“教師”のルチル。

「ここのところ無断欠席が続いていますよね?」

自分の役目を思い出し、急に厳しい顔になる。

「「あ〜・・・」」

コハクもヒスイも子供達の学校の事をすっかり忘れていた。

もはや曜日の感覚もなくなっている始末で。

「ご両親にしっかりしていただかないと・・・」

ただでさえ、ヒトならざる者が集うクラスは問題が多い。

人間とのいざこざが主だが、その対応に追われる忙しい日々である。

それでも、ジストとサルファーが心配で何度か屋敷まで足を運んだのだが、その度留守だった。

「すいません」

コハクが頭を下げたところで。

「ルチル、やめなさい」

熾天使夫婦に詰め寄るルチルを智天使ラリマーが制止した。

「やむを得ない事情があるのです。一方的に話をしないで、相手の話も聞きなさい」

「はい・・・」

恋人に注意され、シュンとするルチル。

(やむを得ない事情っていうか・・・ホントに忘れてただけなんだけど)

はははは・・・と、コハクは笑って誤魔化した。

「ラリマー、変わらないわね」

コハクの腕の中でヒスイも笑っている。

 

 

「それで早速部屋割りなんだけど・・・あ!」

客人に屋敷内を案内しようとコハクが一歩踏み出した矢先、窓の外を数名の天使が横切った。

(“羊”の招集かな)

追えば何か手がかりが掴めるかもしれない。

チャンスとばかりにコハクは羽根を広げた。

 

「ちょっといってくるね、ヒスイ。いい子で待ってて・・・」

「え!?おにいちゃ・・・んっ・・・」

 

急いでいてもキスはする。

口封じも兼ね、少し長めに。

 

 

「私も行きます!」

「ぼくも・・・」

 

 

コハクが忙しなく飛び立つと、ラリマー、イズが続いて。

 

「ラリマー!?」

「えっ・・・イズさんっ!?」

 

訳も分からず置いてきぼりをくらう女達。

 

「・・・・・・」

(二人ともお兄ちゃんのこと大好きだから)

 

 

トパーズもジストも依然帰ってこない。

屋敷には女3人のみ、だ。

 

 

「ええと・・・」

不本意だが、この場は自分が仕切るしかない。

ヒスイは渋々口を開いた。

ジョールにルチルを紹介し、ルチルにジョールを紹介する。

それから状況を説明し、なんとか二人を納得させた。

「それで、部屋割りなんだけど・・・」

ヒスイが二階の客間をカップル別に一部屋ずつ割り振ると・・・

 

「ええっ!?」

 

ジョールが奇声を上げた。

不思議そうな顔でヒスイとルチルが見つめる。

 

「あの、私達まだそういう関係では・・・」

 

ジョール、心の内。

 

(処女なんです!とは言えないわ・・・)

 

見栄を張る訳ではないが、3人の中では自分が一番年配に見える。

見た目が一番幼く、えっちとは無縁に見えるヒスイは5人の子持ちで。

いかにもお年頃なルチルも経験済みのようだ。

思いっきり疎外感。

イズと同じ部屋にされたところで、どうしていいか全然わからない。

 

「でもイズが連れてきたんだから、恋人ってことでしょ?同じ部屋で何が悪いの?」

 

ジョールの訴え虚しく、ヒスイ流解釈で相部屋決定。

 

(ああ・・・どうしましょう)

 

「ジョールさん?もしかして・・・」

思い詰めた様子のジョールにピンときたルチルが声を掛ける・・・が。

 

 

「折角ですからっ!!一緒にお風呂に入りませんかっ!!?」

突拍子もなく。

話を逸らすのに、女同士での入浴を提案するジョール。

屋敷には普通風呂とは別に広い家族風呂があることをシトリンから聞いていた。

女子校出身のジョールは、女同士に抵抗がない。

エスカレート式の女の園で数え切れないほどの告白を受けてきた。

よく自分でも道を踏み外さなかったと思う。

「え?お風呂?」

一見クールなジョールの大胆な誘いに首を傾げるヒスイ。

(ホントはお兄ちゃんと入りたいけど・・・ジョールには恩があるし)

そもそも借りを作るのは好きじゃない。

ここでしっかり返しておこうと思った。

「うん、いいよ」

 

 

身長148cmのヒスイ。157cmのルチル。169cmのジョール。

見事に小中大と揃う。

 

家族風呂にて。

 

人間ではないヒスイの美しさに見とれるジョールとルチル。

 

「あれで5人もお子様がいらっしゃるなんてやっぱり信じられませんわ」

女子校育ちは一味違う。独特なテンションでジョールが溜息を洩らした。

「“お母様”と聞いて私も驚きました。肌も髪も瞳も、違うもので出来ているみたい・・・」

神話に描かれる女神のようだと、歴史教師のルチルが言い、メイド長のジョールが相槌を打った。

「ええ、本当に」

 

 

ほぅ〜・・・

 

 

妙なところで意気投合。

「ジョールさんも髪がすごく綺麗です」

軽やかな金髪のルチルがしっとり濡れたジョールの黒髪を賞賛。

「そんな・・・ルチルさんこそ胸の形がとても綺麗・・・ふふっ。何を言ってるのかしらね、私達」

「そうですね」

 

お互い気恥ずかしくなり、笑う。

 

 

それから二人はヒスイの傍へ寄り、銀の髪を触ってみたり、頬を突いてみたり。

興奮気味に「綺麗!綺麗!」を連発し、女同士の友情を深めた。

 

「・・・・・・・・・」

 

(私が一番年上なのに・・・何かヘン・・・)

 

 

 

女同士。裸の付き合い続行。

 

ヒスイの肌に残された朱い印に、いち早くルチルが気付いた。

「あ、ヒスイさん、これ・・・」

 

「うん、それ、アレだから。お兄ちゃん時々わざと跡残すの」

「肌が白いと目立ってしまいますね」

「平気。制服着ると隠れる場所だし」

その辺りは抜かりないコハク。

「ラリマーは回復魔法が得意だから、すぐに消せて便利よね」

「え!?あ・・・はい」

えっち済を前提にヒスイが話を進める。

まだ経験は浅いものの、処女ではないルチル。

経験し過ぎて感覚がおかしくなっているヒスイの話に赤面しながらも、なんとか会話が成立していた。

 

 

「それ?アレ?」

そして、会話についてゆけないジョール。

(ああ、やっぱりわからないわ・・・どうしましょう、私このままでは・・・)

ジョールの心に大きな不安を残し、入浴タイムは終了した。

 

 

 

その夜はジョールとルチルが手料理を振る舞った。

 

 

「たまには女同士もいいですね〜・・・」と、ルチル。

「ええ」学生時代に戻ったようで、ジョールも自然体。

「ジョールさん、この煮物すごく美味しい・・・」

「ルチルさんのドレッシングもさっぱりしていて・・・」

お互いの料理を褒め合って、すっかり仲良し、ジョールとルチル。

 

 

 

「お兄ちゃん・・・遅いなぁ・・・」

一方ヒスイはうわの空。

どんな時でもやっぱりコハクがいないと不安なのだ。

 

ひとり窓辺で。頬杖ついて。

 

「お兄ちゃん・・・」

 

 

 

合宿一日目。女同士の夜。

 

しかし3人揃ったのはこの夜だけで、すぐに1名欠く事態となるのだった。



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