世界に春がやってくる

30話 えっちの習慣


 

「・・・って何も起こらないけど?」

 

封印解除の瞬間。

ジストは固唾を呑んで見守った・・・が。

本当に何も起こらなかった。

 

風が巻き起こるとか。

光が差すとか。

(見た目が格好良く変化するとか?)

もっとそれっぽい反応があるのかと思っていたのだ。

 

「うん。何かにつけて地味なんだ、フェンネルは」

スピネルは木杖の先端を撫でて笑った。

「でも、いい子だよ」

「いい子?」

武器に人格があるような言い方をするスピネルに、ジストは不思議顔で聞き返した。

「世界には意志を宿している武器がいくつかあるんだ」

それらを総称して“魔剣”と呼ぶのだと。

「フェンネルもそのひとつ。聞いたことない?」

「う〜ん・・・全然」

「パパが使ってる剣あるでしょ?」

「あのデカイの?」

「うん。あれもそうなんだよ。名前はマジョラム」

「へぇぇ〜!なんかスゲェ〜!!カッコイイなぁ〜!!」

「くす・・・ジストの神槍だって相当なものだよ?」

「そうなの??」

「うん」

 

神にしか扱えないとされる伝説の武器。

その能力は計り知れない。

 

(“神様”がどれだけ凄いか・・・ジストはまだわかってないみたいだね)

 

 

 

森を抜け、開けた渓谷の空。

1点の白い光が見えた。

「スピネルっ!あそこっ!」

ジストが指で示した。

「うん。あれだね」

コハクの説明通り、白馬に跨った騎士の姿がそこに。

しかし、姿は見えども重量を感じさせない・・・言うなれば幽霊のようでもあり。

顔は、よく見えない。

 

「スピネルっ!下がってっ!!」

「うん」

 

(今のっ!男らしく決まったよな!?)

姫を守るナイト的ポジションに憧れているジスト。

仮想お姫様を背にご満悦・・・も束の間。

 

 

「わぁぁぁ〜!!」

 

 

上空から、手に弓を持つ騎士の猛攻を受ける。

見た目は旧式の弓だが、激しい連射。

地面に次々と刺さる矢は鋭く。

 

そしてここでもまた、ジストばかりが標的とされていた。

「わ、わ、わっ!!」

成人化で身体能力を補強しなければ避けきれない程。

矢はスコールのようにジストの頭上へと降り注いだ。

イマイチ使いこなせていない神槍で防ぐには限界があった。

 

 

(あ〜ぁ。狙われちゃって。“神様”は大変だね)

見守ることしかできないスピネル。

ジストは何にでも狙われる。

不憫な“狙われ体質”なのだ。

 

「ジスト頑張れ〜」

「おうっ!」

 

スピネルの激励に調子良く返事をしてしまったが、あまり大丈夫でもない。

 

(ジストには悪いけど、これってすごく都合がいい)

「一種のスキルかも」

敵の攻撃は100%ジストに。

(だったら後は・・・)

強力な呪文をぶち込むだけ。

多少詠唱に時間がかかっても問題ない。

ジストさえ逃げ切れれば、の話だが。

(ジスト・・・魔道士と相性最高だ)



「うん。楽勝」

 

 

 

天界。

 

 

「お兄ちゃ・・・んっ!!」

 

 

首を絞められた事など忘却の彼方。

ヒスイは元気よく熾天使の神殿へ走り込んだ。

 

「キミ・・・本当に戻ってきたの?」

 

逆に迎えたコハクが驚いた顔をしている。

 

「だって約束したし」

「約束・・・ね」

 

コハク、失笑。

 

黙示録を諦めて去るなら良し。

 

逃げるには絶好のチャンスを与えた。

すんなり行かせるのもなんとなく癪で・・・約束をさせたものの、

ヒスイがそれを守るとは初めから思っていなかったのだ。

 

「やっぱり・・・コレ?」

 

コハクは左手に持っていた黙示録をヒスイの頭上に翳した。

「あ、忘れてた・・・」

衝撃的な事件が続き、当初の目的をすっかり忘れていた。

(コレを何とかしなきゃいけないのよね)

そもそも戦って勝てる相手ではないのだ。

話し合いで解決できるならそれに越した事はない。

「あの、お兄ちゃん・・・」

ヒスイはいつもの調子でコハクを見上げたが、ここは“過去”。

「・・・さっきから“お兄ちゃん”って・・・何?」

コハクから怪訝な表情で、「不愉快」と告げられる。

「キミに“兄”と呼ばれる筋合いはない。やめてくれる?」

「・・・・・・」

(じゃあ何て呼べばいいのよっ!!)

仕方がないとわかっていても腹が立つ。

「愛!愛!愛よ!愛!ブツブツブツ・・・」

何がどうでも“愛する”と決めたのだ。

ここは堪えなければならない。

最初に感じた“恐怖”は不思議となくなっていた。

 

 

「・・・丁度退屈してたんだ」

「え?」

「黙示録を賭けて遊ぶのもいい」

 

コハクは背後のベッドに黙示録を放り込んだ。

 

「脱いで」

「・・・え?」

「服」

 

(えぇぇっ!!?)

コハクの唐突な要求に焦るヒスイ。

「まだ心の準備が・・・」

(ん〜と。でもこのヒトはお兄ちゃんだから、えっちしてもいいのよね??)

「色々調べるって言ったでしょ?」

「は?」

(調べる?ソッチなの?)

「えっちじゃなかったんだ・・・」

思いっきり勘違い。顔から火を噴きそうだ。

(ホント私って馬鹿だわ・・・)

日々のSEX習慣は恐ろしく、コハクを相手にすると頭の中がソレばっかりになってしまう。

(この状況をもっと真面目に受け止めるべきよね・・・)

自分を恥じるヒスイだった。

 

パサッ・・・

 

ヒスイの戦闘服でもあるエクソシストの制服。

常に脱がされてばかりだが、今回は自分で脱いで。

潔く下着も全部外し、コハクの前に立った。

 

「へぇ・・・綺麗だね」

 

かぁぁぁっ。

同じ声でいつも言われている事でも、この場で聞くと一味違う。

ヒスイは真っ赤な顔で俯いた。

 

「また随分・・・変わった体をしている」

 

下腹部。吸血鬼のヒスイが太陽の元でも生きてゆけるようにと、産まれてすぐ刻まれた紋様があった。

更に背中には、小さな熾天使の羽根。

吸血鬼のヒスイが天界でも生きてゆけるようにと、他でもないコハクに与えられたものだった。

 

「その、手で隠してるところも見せて」

「そ、それはちょっと・・・」

 

胸は隠すほどない。

ヒスイが両手で覆っているのは、恥部だ。

いつもなら気にもしないが、この状況で晒すのは流石に抵抗があった。

 

「いい?キミは捕虜。答えはYESしかない」

 

言われた事にはすべて従え、と。

コハクの要求が続く。

 

「・・・・・・」

(お兄ちゃんのバカ・・・)

心の中で愚痴りながらも、相手はコハクという事で。

ヒスイは局部から両手を離した。

 

「どうなってるの、そこ?」

コハクの指が伸びて。

「・・・っ!!」

歯を食いしばるヒスイ。

 

 

 

ちょうどその時。

 

「セラフィム」澄んだラリマーの声。

「セラフィム」静かなイズの声。

 

二人が神殿を訪れた。

熾天使が幼い子供の命を奪っていないか心配しての事だ。

 

ところがそれがロクでもない事態を招く。

 

「やあ、丁度いいところに来たね」

 

神直属の3天使。

素の女体をナマで見るのは初めてだった。

 

「コレ・・・オンナノコ?」

「ひぁ・・・っ」

 

ツンツンとイズに突かれ。

 

「医学書によると・・・確かに女性のようですが」

 

ラリマーは人間界で入手してきた医学書を開いて、体の構造を照らし合わせる始末。

 

それを楽しそうに眺めるコハク。

狩ってきた獲物を子分に分け与える・・・そんな構図だった。

 

(この3人組嫌ぁぁっ!!)

 

神直属の3天使に性欲がないのはヒスイも知っている。

生涯ただ一人。「花嫁」にだけ欲情する体質なのだ。

 

「もっとよく見ていいよ」と、コハクは弟分である二人の前にヒスイを放り出した。

 

「お・・・おにいちゃ・・・何を・・・」

「“お兄ちゃん”じゃないって言ってるでしょ」

「っ・・・!!」

 

コハクの言動に怒りの感情が煽られるヒスイ。

 

「好きにすればっ!!見たければ見ればいいでしょっ!!いいわよ!!減るものじゃないんだから!!」

(よく考えてみたら、“現在”と大差ないわ。お兄ちゃん人前でえっちするの好きだしっ!!)

「やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんなのよっ!!」と。

女性器も隠さず直立した・・・が。

一斉に視線を浴び、どっと恥ずかしさが込み上げる。

純粋な興味であるとわかっていても、また泣きたくなってきた。

(でもっ!ここで泣いたら負けな気がする!!)

ヒスイは意地になって叫んだ。

 

 

「こんなんで嫌いにならないもん!!」

 

 

 

現在。青の騎士出現ポイント。

 

それはグロッシュラーのスラム街、寂れた教会の裏手に広がる墓場だった。

薄暗い風景に全く馴染まないコハク。

光り輝く金髪が妙に浮いていた。

 

ニャァ〜・・・

 

騎士の出現より先に到着したコハクの目前を黒猫が横切った。

(縁起悪いな・・・)

「あ〜・・・ヒスイぃぃ〜・・・」

しゃがみ込み、両手で髪を掻き毟る。

(ものすごぉ〜く嫌な予感がする)

「“僕”がとんでもない悪さをしてたらどうしよう」

コハクにしては珍しく後ろ向きな考えに囚われて。

「お兄ちゃんなんか嫌い!って事にでもなったら・・・」

立ち直れない。生きる意味を見失ってしまう。

更には・・・

「まさか離婚とか・・・」

思い詰めた表情で、心配はそこまで及ぶ。

「こうしちゃいられない。早く僕も・・・」

対騎士戦へ向け、気持ちを切り替えなくては・・・と。

結婚指輪にキスをして、深く想いを馳せる。

(ヒスイ・・・愛してる)

 

 

「死」を司る青の騎士は、4体の中でも最強を誇る。

が、そんな事はどうでもいい。

 

全く負ける気がしない。

 

 

「さぁ、来い!!瞬殺してやる」

 

 

 

黒の騎士出現ポイント。

 

モルダバイトからかなり離れたカルサイト国。

人間はまだ世界の異変に気付いていない。

のどかな田園地帯をのんびりとメノウが歩く。

 

「コハクの奴、今頃焦りまくってるだろうなぁ」

ヒスイがいないと夜も日も明けないのは昔から同じだ。

「それにしても、肝心な事を言うのが遅いんだよ」

 

 

『騎士が役目を全うし世界に災いをもたらすか、他者に倒されるかした時点で、黙示録は次の段階へ移ってしまうんです』

 

 

過去で早々に決着が付けば良いが。

それも難しいだろうとコハクが語る。

 

生かさぬように。殺さぬように。

 

 

『メノウ様は時間稼ぎをお願いします』

 

 

(年寄りに持久戦なんてさ)

「ったく、人使い荒いよな・・・」

メノウは杖で肩を叩いた。

「・・・けど、俺がやるしかないよなぁ」

孫達に危険を冒させる訳にはいかない・・・少年祖父理論で己を奮い立たせる。

 

 

黙示録が処分されるまで続く戦い。

 

 

「ま、早いとこ頼むよ」

 

 

ヒスイ。オニキス。

ページのトップへ戻る