世界に春がやってくる

36話 キミに出会うまで

 

引き続きカルサイト。

 

 

 

「それにしてもさ、ジスト一人に任せて平気なの?」

メノウが言いたいのは、現在と過去を繋ぐ作業の事だ。

「案外、物覚えは悪くない」

トパーズはついでに一服と煙草を咥え、「戻る」と言った割にはのんびりしている。

「へ〜・・・」

 

余裕たっぷりの二人。には、理由があった。

頼もしい助っ人が参上したのだ。

 

数分前。

 

「エロ対決でもしてんじゃないの?」

半分冗談半分本気のニュアンスで笑いながら、黒の騎士を探すメノウ。

逃がしでもしたら大変な事になる。

「ジジイ」

「ん?」

「楽できるぞ」

トパーズが顎で指した先には、黄泉の獣と黒の騎士。

そして、スピネルの姿。

上空に翳した杖の先には雷雲が渦を巻いている。

 

間もなく、雷が黒の騎士を貫いた。

 

思わぬ形勢逆転にメノウも呆気に取られ、傍観。

「すげぇ杖持ってんな、スピネルの奴」

「“フェンネル”だ」

「オニキスの?あ〜・・・成る程ね」

魔法の威力を何十倍にも高める能力を備えた稀少な杖だ。

 

「っと、俺の獲物は残しといてくれたみたいだな」

 

黄泉の獣、目玉の妖魔に、メノウは屈辱の精神攻撃を受けた。

当然、落とし前はつける。

「同じ奴に二度はやられない」

メノウの目付きが変わった。

「瞬間移動なんてさ、こうすりゃいいじゃん」

フッ、とその場から姿を消すメノウ。

次の瞬間には妖魔の背後に姿を現し、杖で、思いっきり殴り飛ばした。

「・・・ホームランだ」

トパーズが鼻で笑う。

メノウ自身に妖魔を殴り飛ばす程の力はない。

杖に魔法を付加しているのだ。

(瞬間移動か・・・それこそ瞬間的に呪文を組み替えないとできない芸当だ)

天才の本領発揮。

褒めはしないが、実力は認めざるを得ない。

「ジジイとアイツが本気で闘ったら、どっちが強いか見物だな」

 

 

打たれた妖魔は田園地帯を抜け、森の入口手前に落ちた。

メノウは瞬間移動で後を追い、妖魔の正面に立った。

目が合って、奥に何が見えても。

もう、心を惑わされる事はない。

「バイバイ」

利き手を向け、一言。

パンッ!!

妖魔は内側から爆発し、肉片が粉々に飛び散った。

 

 

そして・・・今に至る。

 

 

「スピネル。後はお前がやれ」

できるな?という目でトパーズが念を押す。

10年、ヒスイと寝食を共にしてきたのだ。

ヒスイが使える魔法はスピネルも使えると考えていい。

現にモルダバイトからカルサイトへの移動はヒスイの十八番である魔法陣を使用していた。

「うん。そのつもりで来たんだけど」

「召喚魔法を使え。時間稼ぎに丁度いい」

と、トパーズからのアドバイスだ。

召喚魔法理論に於いては“喚ぶ”側と“喚ばれる”側とに分かれる。

喚ばれなければ喚べるし、喚べれば喚ばれない。

ごく一部の例外を除き、種族人間が得意とする魔法である。

熾天使の肉体を手放し、オニキスの遺伝子を得たスピネルの肉体は人間に近い。

喚ぶ側であろうと、トパーズは判断した。

「ヒト型で知性が高く、タフなのを喚べ」

召喚の条件を並べる。

「うん」

スピネルは素直に頷いた。

(ヒト型で知性が高く、タフって言ったら・・・パパだよね)

皮肉にもコハクの姿を思い浮かべるが、天使召喚は至難の業である事も知っていた。

天使召喚を成功させる召喚士は皆無に近いのだ。

それに、黙示録の息がかかる種族、天使を今喚び出すのはかえって危険だ。

「じゃあ、このあたりで」

スピネルがフェンネルを高く掲げる。

 

 

『出でよ・・・炎の魔神イフリート』

 

 

 

天界。智天使の神殿前。

 

 

純粋な剣技の応酬が続く。

(そういえば、お兄ちゃんが戦ってるとこってあんまり見たことない気がする)

決闘に首を挟まないようにと、何度も釘を刺されたので、とりあえず大人しく観戦しているヒスイ。

「なんか・・・カッコイイ・・・」

戦うコハクの姿に改めて惚れ直す。

その隣でラリマーも見惚れていた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

コホン。お互い横目で咳払い。

 

「お兄ちゃんが勝ったら黙示録をくれるのよね?」

「では、逆にこちらのセラフィムが勝てば、あなたはここに残るのですか?」

 

正式に取り決めした訳ではないが、自然とそういう流れになっていた。

素人の判断では互角。

 

「お兄ちゃんとお兄ちゃん・・・どうなっちゃうんだろ」

 

 

両者女顔でも腕力は強く、神速の剣同士が激突する。

最初に予想した通り、それなりの戦いはしていた。

攻撃を防ぎ、防がれ。

お互い一撃も食らっていない。

致命傷を負いやすい剣での戦いなだけに、一瞬でも気が抜けない攻防が続く、が。

実際は未来のコハクが押されていた。

力も魔力もスピードも過去のコハクが格段に上。

それはどう足掻いても変わらない真実だった。

しかし不利な戦いである事をヒスイに悟られたら・・・

(また何かしでかしてしまいそうな・・・)

一見互角の戦いに見えるよう、裏工作に精を出していた。

己の身を削り、戦いに挑む魔剣士さながらに。

(僕の魔剣は血が好物だからなぁ・・・)

攻撃力を上げる代わりに、魔剣へ血を与える。

何とかそれで均衡を保っていたのだ。

 

刃が交わった先で交わされる会話。

「過去は変えられない。そうだろ」

「僕自身の過去を変えにきた訳じゃない」

黙示録の歴史を消したいだけ。

「なんでそんなに必死になるのかわからないな。神が創った世界なんて別にどうなったって・・・」

「大切なのは“誰が創ったか”じゃない!“誰が生きてるか”だ!!」

静かに怒るタイプのコハクが怒鳴るのは稀、しかも自分に向けて、だ。

 

 

 

「・・・・・・」

珍しくまともな事を言っているな、と。

少し先から眺めるオニキス。

 

「熾天使が・・・二人?」

傍らのボージーが怪訝な声をあげた。

「知っているのか?」

熾天使の姿を。

「神の使い・・・よく知れた顔よ」

契約をした以上主に従うが、熾天使に戦いを挑むという事は、神に戦いを挑むのと等しいのだと言って、寄り添う。

「・・・“過去”と“未来”だ」

「・・・そう。あなたも?」

「・・・ああ。“未来”だ」

「・・・・・・」

オニキスの言葉が意味するのは“別れ”なのだ。

ボージーが口を閉ざす。

「・・・すまない」

「・・・また、会えるのよね?」

賢い獣。オニキスの言動を振り返り、悟る。

「・・・そうだ。“未来”でも世話になる」

「それなら・・・いいわ」

 

「・・・宜しく頼む」

「ええ・・・」

 

ボージーの喉元を撫で、オニキスが参戦した。

 

 

黒い霧。

天界は真昼だというのに神殿の周辺はたちまち闇に飲まれた。

 

「オニキス」

参戦の知らせに、コハクが振り返る。

まずは挨拶、と、オニキスの手の平に宿る青白い光。

それは闇の中で際だって。

放電しているようにも見えた。

同じものを周囲にも創り出し、無数に増えたところで一斉に敵へ向けて放つ。

戦いの流れを変える一撃となる事を祈るが、過去のコハクは避けることさえせず、魔法攻撃を受けても、傷一つ負っていなかった。

(やはり・・・熾天使は魔法耐性が高い)

 

「だが、要は黙示録を奪う隙を作れればいいだけの事だ」

 

間髪入れず、未来のコハクが畳み掛けた。

上空へ舞い上がり、急降下しながら斬りつける。

同時にオニキスも攻撃に参加。

精霊魔法で白く輝く三日月の刃を造り出し、再び過去のコハクへと放つ。

続けて左手に光を集め、それを地面に叩きつけ、着地の足場を崩した。

もはや手加減などしていられない。

未来のコハクも空間を切り裂く凄まじい剣技を繰り出す、が。

肝心なところでやっぱり貧血。意識が飛びそうになる。

 

結果。逆に隙を突かれ、蹴り上げられた。

 

そのまま空中で斬撃を受け、肩から脇腹にかけて裂傷を負い、落下。

 

 

「わかっていると思うけど、僕は正義じゃない。むしろ悪と思ってくれていい」

地面と未来のコハクへ向け、情け容赦なく振り上げられる、剣。

 

 

「コハク!!」

「お兄ちゃんっ!!」

 

 

(そうか・・・)

 

躊躇いなく“自分”を殺せるほど。

僕は・・・僕が嫌いだったんだ。

 

 

「やめてえぇ!!!」

 

 

そう叫んだ瞬間にヒスイが消えた。

メノウが開発したものと殆ど同じ原理で、無意識に発動させた瞬間移動魔法。

コハクとコハクの間に現れ、大きく両手を広げた。

「!!!」「!!?」

普通なら止められる勢いの剣ではなかった。

が、過去のコハクは寸前で攻撃を止めた。

それこそ、渾身のエネルギーを要する動作で。

 

「戦いでは勝てないかもしれないけど、こっちのお兄ちゃんのほうがずっと好き!!」

背にしたコハクを庇い、ヒスイが言い放つ。

 

絶大な花嫁効果。

 

信じられない事に、冷血天使の表情が微かに歪んだ。

「今よ」

熾天使の隙を見抜き、ボージーが飛び出す。

「爪は出すな」と、オニキスの指示で、繰り出すのは肉球ビンタ。

攻撃を仕掛ける直前に巨大化し、人間なら全身の骨が砕けるほどの力で熾天使に襲いかかった。

「!!」

虚を突かれ、直撃。

しかし、そこは流石に熾天使で、勢いに吹き飛ばされる事はなく、その場に踏み留まり、膝をついた。

 

 

「聞け。お前の“未来”だ」

オニキスが過去のコハクの前に立った。

「ヒスイと結婚して・・・子供が5人。そのうちの一人が“羊”になった」

語られた未来に、俯いていたコハクが顔をあげる。

「どういう事か、わかるな?」

「・・・・・・」

「どうする?」

「・・・・・・」

僅かな沈黙の後・・・

コハクは立ち上がり、懐から黙示録を取り出した。

「だったら・・・こうするしかないね」

黙示録に魔法の火が灯る。

たちまち炎に包まれ、焼け焦げ、灰になる黙示録。

 

 

 

「や・・・ったぁ!お兄ちゃんっ!!」

「ヒスイっ!!」

 

抱き合って喜ぶ“未来”の二人。

 

「あ!お兄ちゃんっ!怪我大丈夫!?」

「大丈夫だよ」

 

出血量は多いが、傷口は浅かった。

 

「傷見せて・・・ごくっ」

コハクの身を案じて・・・の筈なのに、うっかり喉が鳴る。

こんな時、ヒスイはやっぱり吸血鬼なのだ。

「くすっ。舐めていいよ」

「でも・・・痛くない?」

「全然。さあ、おいで」

「うんっ!」

 

ピチャ・・・ペチャペチャ・・・

 

「ん・・・・・・っ」

傷口を探る舌の動きに、痺れるくらい感じてしまう。

ヒスイを腕に抱き、思わず息が洩れた。

勝負に勝とうが負けようが、結果良ければすべて良し。

今回は“花嫁”に随分と救われた。

(お礼はあとでたっぷりと・・・ね、ヒスイ)

 

 

 

『・・・よし。終了だ。引き上げる』

 

 

オニキス、コハク、ヒスイの三人にトパーズの声が聞こえ、忙しない帰還の刻を迎える。

「ごめんね」

貧血のコハクに肩を貸すオニキスをヒスイが見上げた。

オニキスの命を預かる身でありながら、命を投げ出すような行為に度々及ぶヒスイ。

一応自覚はあるらしかった。

「・・・よくやった」

(愛する者の危機に身を賭するのは当たり前の事だ)

確かにあの瞬間は肝が潰れる思いだったが、ヒスイを責める気はない。

ぽんっ、と頭に手を置いて、褒めてやる。

それから視線をボージーへ移し、目と目で静かに最後の挨拶を交わした。

 

 

また会おう、と。

 

 

「お兄ちゃんっ!ありがと!!」

ヒスイにとってはどちらも“お兄ちゃん”。

それは最後まで変わらなかった。

別れの瞬間に、笑顔で手を振って。

 

消えゆく、嵐の三人組。

 

 

 

「だから・・・“お兄ちゃん”じゃないって」

残されたコハクは前髪を掻き上げ、苦笑いを浮かべた。

 

「キミに出会うまで・・・あと千年か・・・」

 

 

 

その時、キミに愛される僕であるように。

 

 

 

「少し・・・生き方変えてみようかな」

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