世界に春がやってくる

37話 全部、熱のせい。

 

黙示録が消えたからといって、それに纏わる出来事が白紙に戻る訳ではない。

歴史が大きく変わる事はあってはならないのだ。

神の親子が・・・

過去と現在に与える影響を最小限に食い止める為に、膨大な魔力を消費しながら調整作業にあたっていたのだった。

 

 

現在。スファレライト。

 

 

「決めるぞ!サルファー!!」

「了解!姉さん!」

熾天使の血を継ぐ者同士、シンクロ率の高いシトリンとサルファー。

二人が協力攻撃を繰り出した所で。

 

パッ!と。

 

ジンが抱えていた黙示録と共に赤の騎士の姿が消えた。そして。

 

ドコンッ!!

 

強烈な空振り音が都市に響いた。

二人の攻撃は都市中枢建物を破壊。

よりによって・・・王立図書博物館の一部分を跡形もなく吹き飛ばしていた。

過去組が黙示録の抹消に成功したのだと喜ぶのも束の間・・・

シトリンが両腕を組んで唸る。

「マズイぞ。これは。おい、ジン、何とかしろ」

「そう言われても、人工物は無理だ・・・」

整地緑化係、ジン。

植物の再生ならともかく、人工物に対しては精霊の力も及ばない。

事実、不可能な話だ。

 

上空を浮遊する赤の騎士が消えた瞬間を見たのだろう。

まばらではあるが都市の人間達が戻ってきた。

もはや言い逃れはできない。

下手をすれば事情聴取を受ける事になるかもしれない。

シトリンの口から溜息が洩れた。

「しばらくは帰れそうにないな」

こうなったら復興を手伝おう、と。

シトリンらしい結論に辿り着く。

「ジン、お前変装しろ」

「変装?何で・・・」

「モルダバイトの王だとバレたらどうする!!自覚が足りんぞ!!」

正体がバレるのは怖いが、超重要文化財を破損したまま逃げたら逃げたで問題だ。

「それを言うならシトリンだって・・・」

「忘れたか?私は“化け”られる」

本体は、猫なのだ。

今、この姿でさえ『シトリン』に化けているに過ぎない。

王妃とバレない程度に顔を変えるのも朝飯前だ。

実は万能な猫又の変身能力。

「ジン義兄さん!早く!」

姿をよく見られていないうちに、と、サルファーまでもが急かして。

「変装って言ったってどうすれば・・・」

「染髪してパーマでもあててこい!!」

シトリンの命が下る。

「そんな無茶な・・・」

「心配するな!お前がどんなに変わり果てた姿になろうと愛してやる!」

「シトリン・・・」

愛の言葉にも思えるが・・・要は、変わり果てた姿になってこいという事だ。

 

「いってきます・・・」

「ああ!行ってこい!!」

 

 

赤い屋根の屋敷では。

 

 

1階にある客間のベッドで、トパーズとジストが向かい合わせで丸くなり、昏々と眠り続けている。

魔力を使い果たした反動から、その場で眠りこけていた二人を運んだのは、過去から帰還したオニキスだ。

「こうして見ると・・・親子だな」

トパーズもジストも。

愛した女が産んだ子だ。

別々のベッドで寝かせるのも野暮な気がして、一緒のベッドに寝かせる事にした。

トパーズはぴくりとも動かず。

「むにぁ〜・・・ヒスイ〜・・・」

逆にジストは寝言を言いながらモゾモゾと。

トパーズが先に目覚めたら殴られそうな体勢で、眠りを貪っている。

「ゆっくり休め」

二人に一枚の毛布を掛け、オニキスは静かに部屋を後にした。

 

「おかえり、オニキス」

「スピネル・・・無事か」

 

うん。と、スピネルが頷く。

スピネルはスファレライトを経由した為、少し遅れての帰宅となった。

「サルファーもタンジェも無事だよ。勿論、姉さんと義兄さんも。ちょっと向こうでトラブって、しばらく滞在する事になるらしいけど」

「トラブルだと?」

「勢い余って、王立図書博物館を壊しちゃったんだって」

「あいつららしいな」

スピネルの報告に、安堵の苦笑い。

 

コハク・ヒスイ・オニキス。

メノウ・スピネル。

 

皆、屋敷へと帰還した。

今夜は揃って打ち上げという話になり、台所を預かるジョールとルチルが忙しなく動いている。

 

「んじゃ、俺も一眠りするわ」

気は元気なメノウも体は病に冒されていた。

咳はそれほど出ないが、熱は上がる一方で、休養が必要だった。

フラフラとした足取りで階段をのぼり、自室のベッドへダイブする。

それからすぐに。

「も〜・・・お父さんはぁっ!不摂生してるんじゃないの?」

ヒスイの声がして。

額に、ひんやりと冷たい手が触れた。

(あ〜・・・気持ちい〜・・・)

「・・・あれ?コハクは?」

「ラリマーとイズを迎えに行ったよ」

「お前は?一緒に行かなくて良かったの?」

「うん。初めはそのつもりだったんだけど・・・」

人間界の風邪薬を処方すべく、薬学の本を広げるヒスイ。

メノウの部屋は常にゴチャゴチャしているが、大抵の物は揃っている。

「お父さんがこんなんじゃ、放っておけないじゃない」

ヒスイはメノウの看病をする為に屋敷へ残ったのだった。

(やっぱ娘はいいなぁ〜・・・)

 

こんな時間が用意されているのなら。

たまには寝込むのもいいかな。

 

(って・・・何考えてんだろ。俺、今日ちょっと変かも)

「・・・ま、いっか」

 

 

全部、熱のせいにして。

少しだけ、甘えてみよう。

 

 

「な〜・・・ヒスイ」

「ん〜?」

「出産祝いさ、船でいい?」

「はぁ?」

(出産祝い?まだ妊娠もしてないんだけど・・・それに“船”って?)

ツッコミ所が多すぎて、何と答えればいいかわからない。

「・・・・・・」

ヒスイは床に腰を下ろし、ベッドに軽く寄り掛かった。

「・・・お父さん。しばらく家で一緒に暮らそうよ」

お祝いならそれでいい、と。話を合わせ。

「お父さん、すぐどっか行っちゃうんだもん。たまには家でのんびりして・・・そうだ!」

閃きに手を叩いた。

「元気になったら、チェスして遊ぼっ!」

トパーズがコハクと同じくらい強いなどと、ヒスイが懸命に話をしているが、だいぶ遠くに聞こえる。

「あ〜・・・そうするかぁ〜・・・」

(家に居たら、喧嘩の仲裁ばっかだろうけど・・・)

 

賑やかで、楽しい。

 

「うんっ!」

元気良く立ち上がったヒスイがベッドを覗き込む。

「ちょっと待っててね。今薬を・・・お父さん?」

メノウの意識はもう眠りに沈んでいた。

寝顔を眺め、ヒスイが呟く。

 

 

「お父さん・・・なんで笑ってるんだろ」

 

 

 

 

ひとりじゃないって、いいなぁ・・・。

 

 

そんな事を考えるのも、きっと、熱のせい。

 

 

 

スファレライトへ続く荒野にて。

 

 

翼を持つ智天使ラリマーと座天使イズ。

おおまかな任務は、羊と花嫁の身柄確保と黙示録の回収。

それに加え、もうひとつ。

羊崇拝の天使達の鎮圧だ。

羊と黙示録の気配を感じ、スファレライトへ向かう途中の事だった。

反悪魔主義のメンバーを軸に構成された数十名の天使と出くわした。

同じく、羊と黙示録を追って行動していたのだ。

上空からラリマーが説得にあたっていたが、暴動寸前の雰囲気だった。

“諦めて手を引くように”というラリマーの意見に反発し、“羊と黙示録を守る”事を主張。

「邪魔をするなら戦いもやむを得ない」そう言ってきた。

“羊”というシンボルを通し団結した彼等は、上級天使の言葉にも耳を貸さなくなっていたのだ。

 

「・・・話すだけ無駄だ」

 

ラリマーの隣にコハクが並ぶ。

「!!セラフィム!!その怪我は!?」

過去で受けた胸の傷はまだ残っていて、上着にはべっとりと血が染み込んでいた。

自身の回復力で充分カバーできる傷だと言い張り、コハクは治療も受けずに屋敷を出てきたのだ。

「ここにいる大半は天界の喪失を嘆く天使だ。つまり、僕を恨んでる」

天界を破壊したのは、ハッキリ言って、私情。

敵を作るのは当然承知の上だった。

正当化するつもりもない。

「僕に復讐したいなら、いつでも」

今、ここでまとめてかかってきてもいい、と、剣を翳す。

 

 

「傷を負ってるんだ。今なら僕を殺せるかもしれないよ?」

 

 

血で汚れたシャツを脱ぎ、傷口を晒して挑発する、が。

 

 

・・・かえってそれが怖い。

 

 

天使は本来血を嫌う種族だ。

数十年やそこらで本質は変わらない。

集団で息巻いていた天使達も、放り投げられた血染めのシャツに怯む。

「ああ、その前に・・・」

ゾッとする冷笑を浮かべ、コハクが言い足した。

「君達が崇めていた“羊”は、僕の息子だ。世話になったね」

ザワッ・・・

“羊”が熾天使の血族であった事を知り、天使達の間に裏切られたという空気が満ちた。

「天界を返せ!!」

人間界で戦う事を覚えた数名の天使が魔法攻撃を仕掛けてきたが、コハクはそれを物ともせず、鞘に収まったままの剣でそれぞれ一発ずつ殴った後、再び上空へと引き返した。

取り巻きの天使達はたじろぎ、口々に文句を言うばかりだ。

「・・・・・・」

様子を見下ろすラリマー。

(結局は口だけ・・・)

「私も同じ・・・」

 

 

 

変革を望んでも、自ら罪や過ちを犯すのが怖いから、代行者が欲しい。

 

 

(我々は今までもそうだった・・・)

セラフィム一人に罪を背負わせ、自分達は穢れなき天使として。

 

セラフィムには、天界を滅する権利があったのだと思う。

栄えさせるも、滅びさせるも、セラフィムの心ひとつ。

神に許されていたのだ、と。

 

それは、これまでの働きに対する当然の報酬ではないか。

 

 

・・・天界が消えたあの日から、ずっと考えていた。

 

 

 

「天界を返せ!」「返せ!」

「しつこいなぁ・・・」

天使達の訴えを、コハクはうんざりした顔で聞き流していたが・・・

「おだまりなさい!!」

突然、ラリマーが叫んだ。

「そんなに天界が欲しいなら、自身の手で創り上げれば良いでしょう!!」

 

「ラリマー・・・君・・・」

“慈悲の天使”の熱弁にコハクが目を丸くする。

「失ったものを嘆くばかりでは何も始まらない。そうでしょう?セラフィム」

「まぁ・・・ね」

コハクは肩を竦めて笑い、ラリマーの前へ出た。

「後は僕に任せて」

 

 

 

「範囲は5×5・・・くらいかな」

地上を目測するコハク。

傷口に触れ、手の平を血で染めてから、斜め上空より天使達へと標準を合わせた。

 

「・・・我が血を以て封じる・・・」

「セラフィム!?何を・・・!!」

 

驚愕の瞬間。

 

掲げたコハクの右手を中心に魔法陣が現れ、広がってゆく。

それはほぼ5×5の大きさにまで拡大した後、標的へと放たれた。

一枚の大きなベールを被せるような光景だった。

ふわり・・・柔らかな魔法陣に頭上を覆われる天使達。

 

『・・・魔石“Angel”』

 

5×5の地上から天使の姿が消え、後には大粒の丸い宝石が天使の数だけ散らばっていた。

それが“魔石”と呼ばれるものだ。

 

魔石封印は人間が編み出した特殊魔法。

人間以外の生物を宝石にしてしまうことができる。

宝石には封じられた生物が宿り、所有者と血の契約を結ぶことにより、その姿を現すことが可能になるが、一体を魔石化するだけでも並大抵のことではないのだ。

それなのに。

「あなたという人は・・・」

コハクの強引なやり口に茫然とするラリマー。

(一度にこれほどの魔石を生み出すとは・・・)

自ら羽根を折り、魔力の大半を失ったコハクにできる芸当とは思えない。

(あの魔法陣に仕掛けが?)

いずれにせよ、この事態を想定し、術式を用意していたに違いなかった。

 

「魔石として、種族も考えも違う相手と生きてみれば、これまで見えなかったものが見えてくるかもしれない・・・なんてね」

 

魔石を拾い集め、ラリマーに渡す。

「君が認めた相手に一つずつ託していくといい」

ごっそりと、ラリマーの両手いっぱいに。

そして。

最後の一個を落とし、コハクが言った。

 

「良く言えば、“意識改革”」

「悪く言えば、“矯正”だ」

 

 

 

「セラフィム、傷を・・・」

一段落したところでラリマーが傷の治療を申し出たが、コハクは辞退した。

「跡でも残ったら・・・」

「それでもいいよ」

“自分”から受けた傷だから、教訓としてとっておく、と笑って。

「さあ、屋敷へ戻ろう」

一足先に上空へ。

 

 

「セラフィム!」

下からラリマーが見上げていた。

「何?」

「あなたを恨んでいる天使ばかりではありません。感謝している天使だってたくさん・・・」

コクコクとイズも頷く。

コハクは二人に背を向けたまま、視線だけ軽く後ろに流し、一言呟いた。

「・・・ありがとう」




<備考>
この話は番外編『Cross Crown』を前提としたお話となっております。
未読でも差し支えはないと思いますが。

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