世界に春がやってくる

最終話 世界に春がやってくる

 

赤い屋根の屋敷。

 

 

「おかえり、ヒスイ・・・え?」

(か、可愛いぃぃ!!何だコレ!!)

ジョールのプレゼントはコハクにとってもサプライズだった。

とにかくヒスイを抱きしめて。

「グッジョブ!ジョールさん!」

ぐっ!とコハクがサインを出す。

ジョールも笑顔で返して。

 

「もう少し丈を短くした方が可愛らしかったかしら?」

「いやいや、ヒスイは結構お腹が出る方だからこれくらいで」

 

「他にもいくつか持ってきたのですけれど」

「どれどれ」

 

コハクが目を輝かせ、ジョールの側へ寄る。

必然的に腕の中のヒスイも引きずられるが、途中で抜け出し、窓際へ逃げた。

いくつか、という話ではないのだ。

旅行用のキャリーバックいっぱいに妊婦ヒスイ用の服が詰まっていた。

コハクは大喜び。

ヒスイのスリーサイズや行きつけの手芸店についてジョールと夢中になって話し出した。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

完全に蚊帳の外となったヒスイとイズは窓際で。

 

「なんか・・・お兄ちゃんとジョールって仲いいよね」

膨れるヒスイ。

ムスッとした顔でイズも頷く。

 

「コハクみたいに・・・うまく・・・できない」

「失敗したっていいんだよ」

 

スネた口調のイズをヒスイが励ます。

 

「お兄ちゃんは確かに何でもできるけど・・・でも、イズやラリマーが思う程完璧でもないよ?お風呂でえっちしてて、滑って、転んで、頭打って。何時間ものびてた事あるし」

「・・・コハク、が?」

そんな失敗をするなんて信じられないという顔でイズが聞き返した。

「うん。みんな同じだよ」

ヒスイはお姉さん気取りで、イズに言い聞かせた。

「うまくいくとかいかないとか、ジョールはそんなの気にしないよ。愛があればいいの!わかった?」

 

こくり。

 

そして、ヒスイの口から嬉しい知らせ。

 

「あ、そうだ。ジョールも初めてなんだって。良かったね!」

 

 

 

寒い冬の夜でも温かい浴室。

 

お風呂→えっち→お風呂→えっち→繰り返し。

を可能にするため、わざわざ増改築した夫婦の部屋のユニットバスで。

 

コハクは決意を新たにした。

(ジョールさんにマタニティドレス、沢山貰ったし)

「今夜こそ決める!」

 

 

そこで持ち出したのは、ベビーオイル。

ヒスイが赤子の頃から現在に至るまで、何かとお世話になっている最強ラブアイテムだ。

ヒスイの体に惜しみなく塗り込み、浴室ならではのローションプレイに勤しむ。

ニュルニュルと肌を重ね、脚を絡みつかせて。

甘く啄むキス・・・床面でじゃれ合う。

「ん〜・・・いい子だね〜・・・」

甘やかし、愛用のオイルの匂いが染み込んだヒスイを抱っこ。

 

「おにいちゃん・・・の・・・あったかい・・・」

「うん。ヒスイのココも」

 

座位スタイルで股間をヌプヌプ擦り合わせる・・・が、挿入はしていない。

入口でわざと滑らせ、笑って、楽しむ。

夜はまだこれから。

抱き合って、性器同士を押し付け合う快感に留めた。

 

「さ〜・・・キレイに流そうね」

まずはシャワーの温度をチェック。

ぬるめに設定し、水流は“強”。

使い道は当然・・・

 

「ヒスイ、こっちへおいで」

「ん・・・」

 

ヒスイを浴槽の縁に座らせる。

割れ目の奥が見えるほど開脚させ、下からシャワー。

性感の肉粒、クリトリスに向けて。

「んっ・・・んー・・・んっ!!」

ヒスイは、当てられたシャワーの刺激にジワジワと感じ始めた。

緩やかに股間が疼く。

「あ・・・ぅ」

「気持ちいい・・・でしょ?」

コハクはヒスイの窪みを覗き込み。

シャワーの角度を変えたり。

「あ・・・ん」

近づけたり、遠ざけたり。

「ふぇ・・・んっ!!」

時には少し熱いお湯を出したりして。

視線と水の愛撫でヒスイを可愛がった。

「あ・・・はぁ・・・はぁ・・・あんっ・・・あ」

心地よくも慣れない刺激にヒスイが脚を閉じそうになると、掴んで、広げて。

また、当てる。

「ぅ・・・おにぃ・・・」

ヒスイが、くすぐったい水の愛撫より、確かなものを欲しがっているのは見てわかった。

ヒスイの快感を高めるため。

跪いて、膣を舐め。

太股の内側から足の指まで。

口を使って奉仕する。

 

ヌチャ、ヌチャ、ジュルッ。

 

「あ、あん!お・・・にぃちゃ・・・」

シャワーのお湯は出しっぱなし。

浴室は反響もいい。

愛し合う音がいつもよりクリアに聞こえて。

水の音も、粘液の音も、喘ぐ声も。

 

ピチャピチャ、クチュツ。

 

「・・・っ・・・や!!」

露骨に尽くされると羞恥心が煽られ、こんなシチュエーションではどうしても腰が引けてしまうヒスイ。

それを知っているコハクはあらかじめヒスイの腰に手を添え、退却を許さない。

「おにいちゃ・・・あぁんっ!」

膣口に硬く尖らせた舌先で触れると、ペニスを押し付けた時と同じ反応をした。

湧き出た愛液がコハクの口を濡らす・・・。

 

「んんっ!んっ!!うぅっ!!」

 

もがいて。コハクの髪を掴んで。

割れ目に加わる圧力に抵抗してみる、が。

シャワーよりも確実にコハクの舌がヒスイのクリトリスを圧迫し。

「あっ!あっ、あ!あぁ!!」

感じすぎて、ビクビク身震い。

力んだ爪先が高く上がった。

「んぅっ・・・あ・・・」

このままでは浴槽にひっくり返ってしまう。

そんなところでコハクの頭が離れて。

一時快感が薄まる。

「危ないから、体勢変えようね・・・よっ、と」

お湯でヒタヒタになった床の上。

今度はヒスイを後ろから抱きかかえるようにして。

耳を舐めながら、両手で左右の乳首を摘み。

「ヒスイ・・・」

名前を呼んで、キスをして。

「ん・・・おにいちゃん・・・」

再びクリトリスに手を伸ばす。

「ふ・・・ぁんっ!!」

挟んで、開いて、周辺の皮膚を引っ張り上げ。

露出したクリトリスを中指の腹でクチュクチュと弄りながら。

 

「ヒスイ・・・いい?」

「はっ・・・あ!はぁ・・・はぁっ!!」

 

快感に溺れたヒスイは、牙を剥き、苦しそうな息づかいで頷いた。

今こそ挿入しどき、と。

正常位でペニスを構えるが。

ヒスイのカラダをもう少し味わいたくなって。

先端部分のみを埋め、亀頭が収まるか収まらないかの浅い出入りを数十回。

ペニスの敏感な部分で膣粘膜の温もりを堪能する。

 

チュプッ・・・チュクッ・・・

 

(う・・・いいぞ、コレ)

ヒスイの柔らかさに今夜も心酔。

 

そのヒスイは完全おあずけ状態で。

「うっ!うぅぅん!うう・・・」

その声は悩ましく。

受け入れる準備は充分過ぎるほど整っているのに。

コハクの腰はなかなか勢いがつかず。

ペニスが入口で蠢くばかりの刺激では、もう足りない。

「はぁ。はぁ。おにい・・・ちゃん・・・」

コハクの腰に両手を回し、腰を浮かせるヒスイ。

濡れ開いた股間を何度か擦りつけ、早く突いて、と。

頭ではもう何も考えていない。

本能の動きだった。

 

はっ・・・はぁ・・・

 

デリケートな快感に、コハクの息も乱れていた。

が、即座に整え、美しく微笑む。

 

「ごめんね。お待たせ」

 

先端を膣口にあてがい、一気に根元まで突き入れる。

「!!あうっ!!」

深度のギャップにヒスイのカラダが反って、弾んで。

先端から根元まで。

根元から先端まで。

何度も。何度も。

コハクは、硬く尖ったペニスを往復させた。

「あぅんっ!ああっ!ああ!あぁぁ!!」

浴室の外まで聞こえる痛々しいほどの喘ぎ声が、激しい興奮を窺わせ。

「よしよし・・・もう少しだよ」

捏ねたり、擦ったりではなく、ひたすら奥を狙って突く動きで。

きっちり根元まで挿入し、そこからダメ押しのもうひと突き。

「はふっ・・・!!おにいちゃ・・・っ!!」

コリコリとした子宮口に届く。

「今夜はたっぷり濃いの出すからね〜・・・」

そう宣言した直後・・・微かな痙攣と共に、愛と精を含んだ熱い粘液が子宮へと噴射された。

「あぁぁんっ・・・あぅ・・・あ・・・あん」

悦びの蠢動。

本能が望んだものを得て、ようやくヒスイも鎮まった。

 

 

「は〜い。できました」

コツンと額同士を合わせ、コハクが笑う。

 

「ホント?」

「うん」

 

セックスの後とは思えない濃厚キスで締め括り。

髪も股間もビショビショに濡れたヒスイを抱き起こし・・・湯船の中へ。

いつものように両腕で背中から抱きしめて。

ヒスイのお腹を撫でる。

「女の子が産まれたら、名前は“アクア”にしようか」

「うんっ!あ・・・」

「どうしたの?」

「お兄ちゃん!雪だよ!」

「雪?」

ヒスイのいる景色にしか興味がないコハクでも目をやる程、モルダバイトでは珍しい雪。

湯気で曇った浴室の天窓に白い塊が幾つも振り重なって。

「ねっ!?積もるかな?」

ワクワクした口調のヒスイ。

「そうだね。積もったら大きな雪だるまを作ろう」

「うんっ!」

 

 

 

(あ、その前に・・・)

 

 

 

ヒスイがお腹を冷やさないように、急いで毛糸のパンツ編まなきゃ。

 

 

 

その後、雪は三日三晩降り続け。

あたり一面、雪景色。

 

 

モルダバイト城下。

 

 

雪が止んだ朝のこと。

風邪を克服したメノウがスファレライトへ向かい、事態は好転。

シトリン・ジン・サルファー・タンジェによる復興組は解散した。

 

人間の交通手段である鉄道。

賑わっている駅のプラットホームで。

サルファーとタンジェが向かい合う。

「軍人としての最後の務めですわ」

乗車口に立つ猫娘。タンジェはマーキーズ行きの列車に乗っていた。

一応、サルファーが見送りに。

冬の休暇を終え・・・というか、休暇期間はとっくに過ぎているが。

軍から持ち出した黙示録についての事後処理、それが一段落したら退役手続きをするという。

「ジストには挨拶しなくていいのか」

「・・・ジスト様にはよろしくお伝えくださいませ」

話題がジストに及ぶと、タンジェは少々憂いを帯びた表情で笑ったが、こう続けた。

「すぐ戻って参りますわ。ア、アシスタントがいないと困りますでしょ?」

退役後、ジン方の祖父母の元へは戻らず、モルダバイトへの移住を考えているのだとサルファーに告げる。

「ふ〜ん・・・じゃあ」

ゴソゴソとズボンのポケットを探るサルファー。

ジリリリリ!!

そうこうしている間にも、列車の出発を告知するベルが鳴り、タンジェを乗せた車両も動き出した。

「餞別にこれやるよ!」

投げられたキラリと光る小さな物体をタンジェが掴む。

「え・・・こ、これは!?」

(鍵!?)

「春からエクソシストの寮でひとり暮らしするんだ」

サルファーの部屋はもう決まっていた。

放ったのは、部屋の合鍵。

「戻ってきたら来いよ!コキ使ってやるから!!」

 

列車が本格的に加速した。

乗車口から車内の指定席へと移動。

その間も、タンジェの猫耳がピクピク動く。

部屋の鍵を貰う・・・憧れの展開。でも。

(流されてはダメですわよ!!)

サルファーに甘い感情を期待するだけ無駄だという事はこれまでの経験からわかっている筈・・・なのに、喜んでいる自分がいて。

「い、一応これは預かっておきますわ」

呟いて、合鍵を胸ポケットにしまった。

 

モルダバイトの街が遠ざかってゆく。

 

「・・・・・・」

(黙示録はなぜわたしくし達をあのように結びつけたのでしょう)

羊と花嫁との間に宿った子に、黙示録がその身を移そうとしていた事は、運良く免れた・・・知られざる真実。

「ジスト様・・・」

ジストの人懐っこい笑顔を思い出す。

“さようなら”を言うべきだったのかもしれない。

結局、気持ちの見極めがつかないまま、モルダバイトを離れてしまった。

 

 

「・・・まだまだ修行不足ですわね・・・わたくし」

 

 

 

エクソシスト正員寮。座天使の住処前。

 

 

「ここか」

舞い降りたのは、眠るジョールを豪快に担ぎ上げた熾天使シトリンだ。

「まったく、水くさいぞ!ジョール!」

一族の情報網は大したもので、ジョールとイズのじれったい関係はシトリンの耳にも入った。

「私に任せておけ!!こういう事はだな、勢いが肝心なんだ!勢いが!!」

そこで・・・とんでもない考えに行き着くのは、遺伝かもしれない。

飲ませて、酔わせたジョールをイズへお届け。

酔った勢いで・・・という、かなり無茶のあるアイデア。

散々手こずった自分の初体験の事はもはや忘却の彼方だ。

「シトリン・・・コハクの・・・娘・・・」

イズはいつものぼんやりした顔のままジョールを受け取り、ベッドまで運んだ。

(ど・・・どうしましょう・・・)

心の声は、ジョールのものだ。

(シトリン様・・・実は私・・・)

ジョールは・・・酒に強かった。

体調が万全の時ならば、シトリンと張れる。

酒豪と言ってもいいくらいだ。

寝不足気味で、今日は少々酔いが回り、ウトウトしてしまったが、見た目ほど酔ってはおらず、素面だ。

移動途中に目を覚ましていたのだが、シトリンの顔を立てて、眠ったふりを続けていた。

 

しかし・・・ここでまた後悔。

目覚めるタイミングを逃したまま、ベッドの上で生け贄状態。

しっかりと両目を閉じているが、イズの気配は感じる。

 

『上げ膳食わぬは男の恥だぞ!!』

 

シトリンが妙な格言を残していってくれたおかげで、ジョールは緊張し、体が硬直。

(イズさんとせっかく仲直りできたのに・・・)

性を意識するとどうしてもぎくしゃくしてしまう・・・免疫不足だ。

とにかく状況を把握しなくては、と。

ジョールは薄目を開けた・・・が。

 

その瞬間にキスが降ってきて。

 

「!!」再びギュッと目を閉じる。

キス・・・そしてまたキス。

けれどもそれだけで。

合間、合間に首を傾げるイズ。

(イズさん・・・もしかして・・・)

 

キスの練習。

 

イズも恋愛初心者だ。

コハクとヒスイが愛し合う様は幾度となく見てきたが、実際自分がするのとは大違いで、戸惑いも・・・迷いもある。

 

(どうしていいのかわからないのは、イズさんも同じなんだわ)

自分だけではなかったのだと気付き、体から力が抜けた。

キスの練習時間は数分。

最後にイズはそっとジョールの頬に触れ。

 

 

「ジョールも・・・初めて。大切に・・・する」

 

 

(イズさん・・・)

心から、処女で良かったと思った瞬間だった。

 

 

モルダバイト城メイド、ジョール。

25年目にして訪れた・・・人生の春。

 

 

 

国境の街。ペンデローク。

 

 

そこにはオニキスとスピネルの住む家がある。

新築庭付き一戸建て。

クリーム色の外壁、小さな窓が沢山あり、二人が選んだにしては随分と可愛らしい造形の家だ。

騒動の渦中でも物件の目処はついており、二人は直ぐ移り住んだ。

お互い引っ越しという程の荷物もない。

これから揃えていけばいい、と新生活を初めてすぐの大雪だ。

 

散々降り続いた雪が止んだ日の朝。

オニキスは玄関先の雪掻きをしていた。

 

ザクッ・・・

トパーズとシトリンがまだ幼い頃にも一度、大雪の日があった。

その時の事を懐かしく思い出しながらスコップを動かす。

 

「これは・・・」

 

不意に雪の下から現れた新芽。

オニキスは手を止め、積雪に反射する朝日の眩しさと、その若々しい膨らみに目を細めた。

 

 

 

「・・・もうすぐ春か」

新しい生命が息吹く季節だ。

 

 

 

「オニキス」

呼ばれて振り向くと、窓からスピネルが顔を出し手招きしていた。

「ひと休みしたら?」

室内に戻ると、ジンジャーティーが用意されていて。

真新しい椅子に腰掛け、ティーカップを持ち上げるオニキス。

「・・・それは何だ」

「これ?」

同じテーブルの上にもう一つ、ティーカップが置いてあった。

「そろそろ来るかと思って」

「来る?誰が・・・」

コンコン!

軽快に戸口を叩く音が二人の会話を遮った。

オニキスが席を立ち、玄関へと向かう。

 

「ヒスイ・・・」

 

そこには、寒さで頬を赤くしたヒスイが立っていた。

真っ白なコートを着て、ファー付きのフードを被っている。

赤い手袋はコハクのお手製。

邪魔にならないように、長い髪は左右に分けて結んである。

ランドセルを背負っていてもおかしくないような出で立ちで、手にはつるはし。

オニキスが雪掻きしたばかりの場所に勝手に魔法陣を開通させて。

 

 

「石、堀りに行くの付き合ってくれるって約束でしょ?」

 

 

過去で失った結婚指輪に使われていた鉱石ペリドットを探しに。

「・・・そうだな。行くか」

オニキスから微笑みがこぼれた。

「うんっ!」

 

「その前に、一杯飲んでいけば?ママ」

「スピネル!」

 

スピネルからお茶の誘い。

「あ・・・ジンジャーティ?」

室内から流れてくる香りに、紅茶好きのヒスイが応じる。

スピネル・オニキス・ヒスイ。

3人でティータイムの続きを。

「ボクね、春から中学校に入学するんだ」

ヒスイのティーカップに紅茶を注ぐスピネル。

「中学?飛び級したの?」

「うん」

“学問に年齢制限はない”方針のモルダバイトでは、学力に伴った飛び級が認められていた。

 

「へ〜・・・じゃあ、春が待ち遠しいね」

「うん」

 

オニキスは静かに二人を見守っていた。

 

「そろそろいこっ!」

二杯目のジンジャーティを飲み干し、勢いよくヒスイが立ち上がった。

ポカポカと体も芯から温まり、掘る気満々。

 

 

「見つけるまで帰らないから」

「ああ、わかっている」

 

 

早足で進むヒスイの後を、オニキスがゆっくり歩く。

付かず、離れず。

肩につるはしを二本担いで。

 

ヒスイが転びそうになると腕を掴む。

 

そんな二人へ、スピネルは笑顔で手を振った。

(やっぱりママにはオニキスが必要なんだと思う)

 

 

パパと、ママと、オニキスの間で。

自然と成立した“幸せのバランス”。

 

 

ほんの少し偏ったぐらいで、壊れたりしないから。

 

 

今日は二人で。

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

 

赤い屋根の屋敷。

 

 

 

サルファーも無事帰宅し、家族総出で雪掻き。

と、言っても・・・

 

ヒスイは鉱山に出掛けていて不在。

メノウはスファレライトで復元魔法執行中。

トパーズは学校へ出勤した。

受験シーズンで何かと忙しい身だ。

そう休んでばかりもいられない。

 

屋敷に残ったのは、コハクと二人の息子。

3人で、門から玄関までの除雪作業に取り掛かった。

空は青く。

外気はまだ冷たいが、体を動かしていると汗が出てくる。

太陽も高く昇り、この時期にしては強い日差しが降り注ぐ。

(放っておいてもそのうち溶けるだろうけど)

モルダバイトに雪が降るのは数年ぶりだった。

子供達にとっては、雪掻きも貴重な経験だ。

「さて、ここで問題」

コハクは手を休め、二人の息子を見た。

 

 

 

『雪が溶けたら何になるでしょう?』

 

 

 

雪が溶けたら・・・

 

 

「春になるっ!」と回答したのはジスト。

「水になる」と回答したのはサルファー。

 

 

「どちらも正解」

あまりにも“らしい”答えにコハクが笑う。

「来年の春には、もうひとり家族が増えてるよ」

 

「「えっ!?それホント!?」」

 

ジストとサルファーの表情が喜びの色に染まる。

 

「オレっ!妹がいいっ!!」

「僕!弟がいいっ!!」

 

二人の意見はここでも見事に分かれた。

 

「・・・・・・」「・・・・・・」

 

「ま、いっか!どっちでも!」

「そうだな」

 

ジストとサルファー。

兄弟仲良く笑って。

 

 

 

 

それぞれに訪れる新しい季節。

 

 

 

もうすぐ、春。

 

こころも、春。

 

 

 

世界に・・・春がやってくる。

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