世界に春がやってくる

後日談

world color[前編]

※ 最終話直後のお話です。
 

雪解けの日。深夜。

「ヒスイが・・・帰ってこないんです」

スファレライトでひと仕事終え帰宅したメノウを迎えたのは、すっかり落ち着きを失ったコハクだった。

「行き先訊かなかったの?」
「行き先は・・・オニキスと相談して決めると言って」

どこの鉱山に登ったのか、スピネルを問いただしてもわからないの一点張りで。
情報はゼロだ。

「駆け落ちでもしたんじゃないの?」と、メノウの冗談。
「お腹に僕の子供がいるんですよ?」

冗談だとわかっていても憤慨気味のコハク。
出来たてホヤホヤの命。
数日前、仕込んだばかりだ。

「オニキスが今更そんな事気にすると思う?」

そこまで言われてしまうといよいよ冗談で流せない。
珍しくコハクの眉間に皺が寄った。

オニキスの愛はある意味超越している。
ヒスイが誰の子供を身籠もっていても、変わらず愛を注ぐ強者だ。

「だからって・・・オニキスがヒスイに手を出すなんて事は・・・」
「お前さ、ちょっと油断しすぎだろ」
「・・・・・・」

メノウに指摘され、少なからずショックを受けるコハク。

「・・・探してきます」

大陸の地図を広げ、鉱山の位置を片っ端から記憶。
羽根を広げ、飛び立つ。

「・・・・・・」
(オニキスが、スピネルを残して失踪なんて・・・)

二人が新生活を始めたのはつい先日の話なのだ。

(・・・そんな無責任な事をする男じゃない)


「・・・これは“事件”だ」


鉱山には危険がいっぱい。

「・・・なんて言ってる場合じゃないわね」

ヒスイは・・・深い穴の底にいた。

「困ったわ。まさかこんな事になるなんて・・・」

朝は真っ白だったコートが土で汚れ、体のあちこちを擦り剥いている。
つまり・・・落ちたのだ。限りなく、垂直に。

「やっぱり・・・魔法が使えない」

専用武器である魔法のステッキをいくら振り回しても反応がない。
地面に描いた魔法陣も、ただの落書きだ。

しかも。

(オニキスが記憶喪失なんて・・・)

落下時、頭を打ったショックで。

(一時的なものだと思うけど・・・)

オニキスは頼りにできない。
魔法が使えなければ、連絡手段もなく。

(お兄ちゃん・・・心配してるだろうな・・・)

見上げる月は遥か遠い。

「う〜ん。どうしよう」

まずは、茫然自失中のオニキスから。

「頭打って記憶が部分的に飛んだみたいなの」

ヒスイらしくストレートに宣告した。

「・・・オレの・・・記憶が?」

断片的に。大切な記憶だけが抜け落ちてしまった。
それは、ヒスイに関する事全般。
自分の名前は覚えているし、会話にも支障はない。

「とにかく敵じゃないから。信じて貰うしかないわ」

ヒスイの対応は淡々としていた。

「お前の・・・名前は?」
「思い出したら呼んで」
「・・・お前はオレの何なんだ」

共に落下した経緯さえ全く不明なのだ。
不審に思うのも無理はない。

「えっと・・・まぁ、家族みたいなものよ」と。

ヒスイは、関係を曖昧にしたまま状況だけしっかり説明した。

「・・・だとすれば今、一番問題なのは、魔法が使えない事だ」

オニキスが言い、ヒスイも頷く。

「ドワーフを探す」
「ドワーフ・・・ってあの?」

鉱山に棲む、妖精の一種だ。
小柄で屈強。反面、手先の器用な種族で鍛冶仕事を生業としている。

「奴等なら何か知っているかもしれん」

周囲を見渡すと、横穴がいつくかあった。
二人は耳を澄まし、鉄を鍛える音が聞こえてくる方向へと進んだ。

「わ・・・」

数分ほど歩き、開けた先には門番らしき者が立っていた。
その奥がドワーフ達の住処だ。
門の左右にたいまつが高く掲げられており、付近はとても明るい。

「この鉱山の件だが・・・」

オニキスが門番のドワーフに話しかけた。が。

ギンノカミ。モルダバイトノオウヒ。

地に棲まう生物の間ではそれが浸透していた。
もう何十年と前の情報でも。
もともと地底に住む者は地上の変化に疎いのだ。
そのうえ、ちょっとした救世主扱いで。
オニキスを差し置き、ヒスイの周辺にゾロゾロとドワーフ達が集まってきた。

「・・・王妃だと?お前が?」

モルダバイトの王妃という事は即ち、自分の妻であるという事。
話がややこしくなるのを懸念したヒスイの口からは語られなかった真実がここで露呈してしまった。

「うん。まぁ・・・」
「・・・・・・」

ヒスイの姿を凝視するオニキス。

(美しい生き物だが・・・この幼さは・・・)

自分は少女趣味だったのか。

(・・・思い出せん)
 

タスケテホシイ。

ワレワレモコマッテイル。
 

魔法が使えない・・・その影響はドワーフ達の集落にも及んでいた。
問題を解決して貰えたなら、ドワーフ族の宝をひとつ持っていっていいと言う。

「・・・・・・」

沈黙のヒスイ。
どのみち何とかしなくては地上に戻れない。

「・・・わかったわ」

そう答えるとドワーフ達は歓喜し、宿泊場として洞窟内の一室が提供された。
横穴式の洞窟部屋。
空洞を上手く利用した造りになっており、製作を得意とする種族なだけに、家具も大層な物が揃っていた。

二人きりの部屋で。

「・・・どうする気だ?」と、オニキス。
「原因を探るに決まってるでしょ」

ヒスイは、龍脈に異常があるのではないかという推論を述べた。
龍脈とは風水用語だ。
一般に大地のエネルギーの流れを示すもので、その終着点にしてエネルギーの溜まり場となっている場所を龍穴と呼ぶ。
その龍穴を調べる、とヒスイは言った。

「・・・馬鹿ではないらしい」

改めて思うオニキスだった。

打ち合わせの後。

「・・・・・・」「・・・・・・」

そこにはベッドと長椅子。
いつものオニキスなら、ヒスイをベッドに寝かせ、自分は長椅子で寝る。
・・・のだが。今宵は揃ってベッドの上だ。

「・・・妻、なのだろう」
「う〜ん。まぁ」
(元、だけど)

胡散臭いヒスイの回答が続く。
オニキスは益々半信半疑で。

「・・・・・・」
(この年の差は・・・犯罪ではないか)

オニキスの目にはヒスイが十代前半の少女に映っていた。
これで妻とは。どうしても信じ難い。

(“銀”は強力な守護になると、王家では古くから言い伝えられているが・・・)

それだけの為に?
この女を妻に?

(・・・試してみるか)

「オニキス?」

ベッドの上。ヒスイの肩を押して、倒す。
夫婦の間柄・・・夫に体を求められるのは当然といえば当然で。
妻なら拒みはしないだろう、と。
服に手を入れ、前戯の義務的キス・・・

・・・唇と唇が触れ合う1cm手前で。

ぺちっ!

ヒスイがオニキスの頬を叩いた。
それは軽く・・・拒絶というより諫める意味での平手打ち。

「・・・“妻”なら応じると思った?」
「・・・・・・」

いきなり考えを見透かされ、逆に驚くオニキス。

「そういう形式的な考え、好きじゃないわ」

“妻であること”が前提だったとしても。

「えっちするのに一番大切な感情をなくしたままで、なんて」


論外。と斬り捨て。

「・・・どいて」

オニキスを押し退け、ヒスイは部屋を去った。

「・・・・・・」
(一番大切な感情だと?)

得体の知れない小娘に説教をくらい、再び茫然。
心が、麻痺したような。

穴の底で意識を取り戻してからずっと違和感はあった。
特に不自由はしていなくても、視界はぼんやりと・・・どこか精彩を欠いて。

(あの女の言う“記憶の一部”とはそんなに大切なものだったのか?)

「おい、待て・・・」

兎にも角にも、ヒスイの後を追ってしまうのは体に染み込んだ習性なのかもしれない。
ヒスイに続き、オニキスも部屋を出た。

先を行くヒスイ。
いつの間にか夜空の見える現場まで戻ってきていた。

「私・・・何ムキになってるんだろ・・・」

記憶障害は事故。

(オニキスを責めたってしょうがないのに)

頭を打ったのも、ヒスイを庇っての事だった。

(私といるとロクな目に合わないわね・・・)

「・・・ごめん」
 

その時・・・穴上部から。

「おお〜い!いるか!?オニキス殿!母上!」
「!!」

この声は・・・

「シトリン!!」

二人が行方不明という話を聞きつけたシトリンは、捜索の末、ここへと辿り着いたのだった。

「母上!?待ってろ!!今行く!!」
「待って!!来ちゃ駄目!!ここは・・・」

ロープで上から引き上げてくれれば良いものを、逸ったシトリンは飛び降りた。
穴の底までくれば、当然変身魔法も解ける。
熾天使の翼は消え、シトリンは猫に戻ってしまった。

「ニャンダ!?これは!!」
「・・・・・・」

元の木阿弥。希望は一瞬で費えた。

(ヒトの話をちゃんと聞かないトコロ・・・お兄ちゃんソックリ)


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