後日談
world color[中編]
「原因はわからないけど・・・」
ヒスイは猫シトリンを抱き上げ、この鉱山一帯が魔法使用不可である事を話した。
ドワーフ達が移動に使用しているエレベータも動力源が魔法なので、現在は鉱山に閉じこめられている状況である。
「ドワーフ達も相当困ってるみたい」
「それでオニキス殿は?」
「そうそう、オニキスがね、頭打って・・・」
部分的記憶喪失である事を、ヒスイはシトリンにも分かり易いように説明した。
「なんだって!?」
丁度そこで。
オニキスがヒスイに追いついた。
「・・・何だ、その猫は」
少女と、猫。
忘却はヒスイに関する事全般・・・つまり、シトリンの事も覚えていない。
「私のむ・・・」
にぁ〜っ。
わざとらしくシトリンが声を被せた。
「・・・お前の飼い猫か」
「ちが・・・」
な〜・・・っ。
私の事は話さないでくれ!と。
シトリンが肉球タッチでヒスイに訴えた。
それから・・・場所を変え。母と娘の内緒話。
「オニキスに気を遣う事ないじゃない」
ヒスイ的には、シトリンがただの猫と認識されてしまったのが不服のようだった。
「いいんだ」
「なんで?」
「・・・・・・」
このまま・・・母上の事は忘れて。
新しい人生を始めた方がオニキス殿にとっては・・・
偶然の出来事だからこそ、そう思うのだった。
「あれ?オニキスどこ?」
内緒話をするために、オニキスから離れたが最後。
正確な方角を見失ってしまった。
鉱山内は起伏も激しく、通路はあちこち分岐していた。
方向音痴×2。
オニキスと別れた場所を目指して進んだ筈なのに、母娘はすっかり迷ってしまった。
そして辿り着いたのは、ドワーフ族の倉庫。
不思議な効果を持つアイテムを作り出すために揃えられた原料の数々が陳列されていた。
「これは・・・使えるわ」
「母上?何か言ったか?」
「ううん。何でもない」
ちょっとここで用があるから待っていて欲しい、と。
シトリンを床に離し、ヒスイは棚を物色しはじめた。
「ふぁ〜っ・・・」
ヒスイではなく、シトリンの欠伸だ。
「母上も少し休んだ方が・・・」
「寝てる場合じゃないから」
ヒスイの口から出た言葉とはにわかに信じ難い。
「早く決着つけたいの」
何やらヒスイがガリガリと紙に書き込んでいた。
図式のようだが、シトリンが見ても、ちんぷんかんぷん・・・
益々眠気が加速した。
「シトリンは寝てていいよ」
「いやぁ〜・・・私も・・・」
とは言ったものの、シトリンはヒスイの作業を最後まで見届ける事はできなかった。
二時間後。倉庫を後にしたヒスイとシトリン。
「こっちじゃない?」「いや、こっちだろう」
鉱山内の分かれ道で、二人の意見も分かれた。
「ジャンケンで決めよ」
「よし!そうするか!」
ジャン!ケン!ポンッ!
「私の勝ちだな!!右へ行くぞ!母上!」
「・・・・・・」
(シトリンの猫手・・・何出してるのかわからないわ)
とはいえ言い出しっぺは自分なので文句も言えず。
シトリンの後に続き、右の道へと進んだ。すると・・・
「母上!!あれを!!」
「え・・・何あれ」
そこは龍穴で。
数十メートル先、目を疑う巨大植物の姿があった。
「あんなの見たことない」
「魔界の植物かもしれん」
おおまかな外見は、人間界でもよく見かけるアサガオの類。
開花しているのはひとつだけで、その中心部には、大きく裂けた口、キザキザと尖った歯が並ぶ。
・・・見るからに獰猛そうだ。
(あれが龍穴に巣くって自然のバランスを崩していたのね)
「どうする!?戻ってオニキス殿を・・・」
「・・・戻るって、どの道を?」
二人ともどこをどう進んできたのか全く覚えていなかった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「私がやる」と、ヒスイ。
「うぬぅ〜・・・」
熾天使ヴァージョンならともかく、猫の戦力はたかが知れている。
ヒスイに任せるしかないとわかっていても、心配でしょうがない。
「大丈夫」
ヒスイは猫シトリンの頭を撫で、言い聞かせた。
「・・・私、みんなが思うほど弱くないよ」
周囲がこぞって過保護にするので、華奢な印象を与えがちだが、ヒスイはそれを否定した。
「ドワーフの宝で・・・欲しいものがあるの」
鉱山に魔力を戻す事ができれば一個入手できるのだ。
「ドワーフの宝!?何を言っている!!」
そんな物より母上の方が大切だ、と。
「気持ちは嬉しいけど・・・そうもいかないのよ」
「???」
「たぶん・・・死なないと思うから」
「たぶん!?」
「危なくなったらシトリンだけでも逃げて」
「そんな事できる訳がないだろう!!」
例え役には立たなくとも。
「母上の傍を離れるものか!!」
「ぷっ!何、その恥ずかしいセリフ」
シトリンの情熱的な口上にヒスイが吹き出した。
「え?そ、そうか?ちょっとアレだったか?」
大真面目の言動でジンにもよく笑われるのだ。
「じゃあ、行くわ」
颯爽と。魔界植物の攻撃範囲に踏み込むヒスイ。
・・・寸前、足を止め。
「先にコレやっておかなきゃ」
敵を前に、何をするかと思えば・・・準備体操。
屈伸、前屈、アキレス健伸ばし。
「いきなりカラダ動かすと足痙っちゃうから」
「・・・・・・」
(母上・・・なんと痛ましい)
自分さえ化けられたなら。
(母上に苦労はさせぬものを・・・!!)
「気をつけろ。母上」
「うん」
魔界植物のテリトリーに踏み入れた矢先、伸びてきた蔦がヒスイを絡め取った。
「・・・っ!!」
細い腰、手首足首をギチギチと締め上げる。
捲れたヒスイのミニスカートから毛糸のパンツが見えた。
「っ・・・ぅ」
続けて上着の中へと侵入する蔦。
性感帯を刺激するようにニョロニョロと絡みつき。
「んっ!!」
「母上っ!!」
(エロ攻撃は許さんぞ!!)
ヒスイの危機に全力で噛み付くシトリンだったが・・・
「ぐぁっ!!」
あまりの苦さと渋さに飛び退き、唾を吐いた。
知性も理性もなく、凶暴かつ肉食。
本来魔界にしか生息しない植物だ。
何者かが意図的に持ち込んだ可能性が高い。
「ん・・・つぅ」
「母上ぇぇ!!」
捉えたヒスイを数回振り回し、魔界植物が大きな口を開けた。
準備運動の甲斐もなく、戦闘開始直後から動きを封じられてしまったヒスイ。
しかしそれは・・・体を張った作戦だった。
肉食植物ならば、自分を食べようとするはず。
大きく口を開けた、その瞬間が最大のチャンスなのだ。
「お腹が空いてるなら、これをご馳走するわ」
腕に力を込め、蔦を引きちぎり、自由を得る。
ヒスイはポケットから手榴弾を取り出した。
躊躇無くピンを抜き、口内へ放り込む・・・
「シトリンっ!伏せてっ!!」
「にぁ?」
次の瞬間。爆風で二人の体が飛ばされた。
バランス感覚に優れた猫シトリンは着地に成功したが、ヒスイはそのまま・・・岩壁に叩きつけられた。
オニキスが助けに入らなければ。
「え!?オニキス!?」
「まったく・・・無茶をするな」
待っても待っても少女と猫が戻って来なかったので、探しに来たところだった。
「魔法が使えなくても科学があるわ」
「あまり得意分野じゃないけど」
と、付け加え、ヒスイは苦笑い。
「ありがと」
爆風で怪我を負うのは覚悟の上だったのだが。
吹き飛ばされた体をオニキスがしっかり受け止めたため、無事で済んだ。
「・・・さっきはすまなかった」
「まだ疑ってる?」
オニキスの真摯な謝罪に冗談で返すヒスイ。
「見事な爆弾だったな」
一介の子供が作れる代物ではなかった。
「私、見た目はちょっと子供っぽいかもしれないけど、年はオニキスとそんなに変わらないんだよ?」
年の差は7歳と告げた。
「そうか」
ついでに身長差は30cm程もある。
ヒスイは上向き。オニキスは下向きで。
視線を交わし、笑った。その傍らで。
(いかん・・・これでは新しい人生どころではないぞ)
苦悩するシトリン。
(記憶を失っても、オニキス殿はまた母上を好きになるのではないか?)
母上が人妻で。
5人の子持ちで。
ましてや6人目を妊娠している事を・・・知らずに?
(それはあまりにも残酷では・・・)
「母上は・・・どうするつもりなんだ・・・」