後日談
No．1の法則
三つ子、１４歳。初冬。
サルファーとジストの「風林火山」も４年目に突入した。
二人は着実にキャリアを積み、戦闘にも慣れ、本日新米エクソシストの引率役として出動した。
「もしもの時はオレが囮になるから、その間に逃げてねっ！」
「「よろしくお願いします」」
除霊を得意とする退魔士の姉妹だった。
エクソシストは二人一組で行動するのが基本だ。
パートナーが替わることはまずないが、能力の性質や任務内容によっては他のエクソシストとパーティを組むこともある。
この姉妹はまさにそのタイプのエクソシストで、悪魔を祓うことには長けていても戦闘能力は殆どない。
「だからオレ達が引率で付いたんだし」
後輩はしっかり守ってやらなきゃ、と、ジストは張り切っている。
「何、甘やかしてんだよ。教会は職場であって、仲良しクラブじゃないんだからな」
サルファーの一言で場の空気が悪くなった。
新米エクソシストの姉妹はすっかり恐縮し、黙って後をついてくるだけになってしまった。
「どころでさ、お前“犬神”の作り方って知ってるか？」
姉妹にはお構いなしのサルファー・・・今回の任務について話し出した。
怪談をするノリで、影を背負い、神妙な面持ち。
ジストは恐怖の生唾ゴックンだ。
「犬を生き埋めにするだろ・・・」
首だけ出して。
飢え死に寸前のところで首を斬って殺す・・・と。
非業の死を遂げた犬の魂が、悪霊となって取り憑くのだ。
それを犬神と呼ぶ。
悪霊に負けない心があれば力を使役できるが、正気を失ったり、次々と不幸に見舞われたりする者も多い。
今回の任務は、１００年近く三代に渡り当主を呪ってきた犬神の除霊だ。
手助けし過ぎると、かえって為にならない。
それがサルファーの言い分で。
「ホントにやばくなったら助けてやればいいんだろ」
引率としての役目は果たす、と。
年を重ね、横柄な態度にも磨きがかかっていた。
そして・・・
「さっさと祓えよ」
「は、はい」
結局サルファーが前線に立った。
依頼人から悪霊を引き剥がしたのはいいが、その凶悪な姿に姉妹は怯んでしまったのだ。
新人にはよくある事だ。
犬神が、狙われ体質のジストに襲いかかったところをサルファーが抑えた。
霊魂の類には武器攻撃よりも魔法攻撃が有効なので、捕縛の呪文で犬神の動きを封じ、その間に浄化するよう姉妹へ指示した・・・ところだ。
間もなく、姉妹による浄化が成功し。
「よし。帰ろうぜ」サルファーも。
「大丈夫？怪我とかない？」ジストも。
これくらいは朝飯前だ。４人は無事任務を終えた。
それから数日後。
「・・・ちぇっ」
くしゃっ！サルファーが両手で丸めたのは落選通知書だった。
言わずと知れた投稿漫画の。
自信作だっただけにショックも大きく、ここまで掠りもせず落ち続けていれば、才能を疑いたくもなってくる。
それよりも更にショックだったのは・・・
「なんで僕が落ちて、あの女が受かってるんだよ！！」
あの女、とは当然ヒスイの事だ。
修羅場ではいつも仲間はずれにされているヒスイが暇つぶしに描いた４コマ漫画。
思いっきり笑い者にしてやるつもりで、勝手にペンネームを付けて投稿した。
それが、自分の作品より高く評価されている。
受賞者の中で一番いい賞だ。
ヒスイが何も知らないのがせめてもの救いだが、やっぱり今日も憎い。
「何だよ・・・あの女ばっかり・・・」
そんな折・・・
「おいっ！」
ただならぬ雰囲気でジストが正員寮の食堂に現れた。
能天気なジストにしては珍しくピリピリしている。
つい先程の話。
「サルファー先輩・・・あの・・・」
助けて貰ったお礼の一品。
どうかお友達になってください、と。
いわゆる、告白。
サルファーに好意を告げたのは先日の犬神ミッションで同行した退魔士の姉妹の妹の方だった。
王子様的美形でもあるサルファーの勇姿に一目惚れしてしまったらしい、が・・・
「・・・お前、誰だっけ」
サルファーは真顔でそう言った。
少女の顔を覚えていなかったのだ。
後はもうお決まりの展開で。
少女は泣きながらサルファーの元を去った。
その現場を偶然他者に目撃され、若いエクソシスト達の間で噂になっていたのだ。
「この間一緒に仕事したろっ！！」
「僕、顔覚えるの苦手なんだよ。そんな事でいちいち・・・」
「そんな事、じゃない！！謝ってこいよ！！」
「・・・・・・」
ジストのお人好しにはいい加減呆れる。
他人の事でどうしてそこまで熱くなれるのか。
ただでさえ虫の居所が悪いというのに。
「僕は八方美人じゃないからな！お前みたいに、誰にでもヘラヘラする趣味ないんだよ！！」
「ヘラヘラ？地顔だよっ！！」
カチンときたジストが続けて言い放つ。
「ヒトの気持ちがわからないような奴に、ヒトを感動させる漫画なんか描けるもんかっ！！」
「なんだとっ！！」
タイミングの悪いジストの発言に、サルファーはカッとなり・・・手が出た。
ボカッ！！バキッ！！
サルファーが殴ると、ジストも殴り返してきた。
兄弟なので遠慮がない。
久々の大喧嘩だ。
同じ頃。食堂前の廊下で。
「ヒスイは僕のパートナーだって言ってるでしょ？」
「パートナー交代だ」
近頃仮パートナーとしての仕事も増えてきたヒスイの所有権を巡り、ここでも喧嘩。
コハクとトパーズが口論していた。
「食堂でジストとサルファーが喧嘩してるってさ！」
「どっちが勝つかな？」
「サルファーだな。あいつは強い」
「私はジストに勝って欲し〜・・・」
エクソシスト同士の賭けが始まる。
寮内で喧嘩が起きると、皆が興じる奇妙な風習。
コハクとトパーズの親子喧嘩が発祥だった・・・
「・・・・・・」「・・・・・・」
コハクとトパーズが同時に黙る。
どこかで見た光景。
自分達の姿と被り、どうにもバツが悪い。
口喧嘩を続ける雰囲気でもなくなって。
二人は食堂へ急いだ。
「はい、はい、喧嘩はほどほどにね〜」
コハクがサルファーを。
トパーズがジストを。
引き離し、対極に連れ去る。
コハクサイド。
「勝ってスッキリする喧嘩ならいいけど・・・どうかな？」
まさに天使の微笑みでコハクが優しく問いかけた。
「・・・・・・」
大好きなコハクが相手でもサルファーはムスッとした顔で。
「・・・ただの八つ当たりだよ！！」
何でもお見通しというコハクの視線に耐えられなくなり、逃げるサルファー。
寮の自室に飛び込む・・・が。
「サルファー？丁度良かったですわ。６０番トーンが切れて・・・」
・・・タンジェがいるのを忘れていた。
鍵を渡して、４年。
ほとんど同棲状態だった。
名目上は婚約者。しかし実情は賃金いらずのアシスタント兼家政婦だ。
丈夫で使い勝手も良く、かなり重宝している。
「どうしましたの！？その怪我・・・」
「・・・もういい」
「え？」
「漫画やめる」
どうせ選ばれない。
しかもそれは漫画だけじゃなく。
屋敷でも、みんな“ヒスイ”で。
「一番はみんなあの女が持ってくんだ」
愛されていない訳じゃない。
だけど一番じゃない。
それがずっとくやしくて。
ヒスイと仲良くできない最大の理由だった。
そして今回は、自分が落選した事より、ヒスイが当選した事がくやしい。
若さ故の逆恨み。
愚痴を言っているだけだと、自分でもなんとなくわかっていた。
「サルファー・・・」
悠久の刻を生きる熾天使の血族。
美しく、強い。
エクソシストの中でも十指に入る凄腕で、一級クラスへの昇格試験を控えていた。
他の事なら申し分ないのに。
どうしても漫画の才能に恵まれない少年。
今回は微妙に別件で臍を曲げているようだが。
（一番が欲しいというのなら・・・）
「・・・わたくしが愛しますわ、一番に」
ジストにフラれて４年。
自分なりに決別の儀式は済ませた。
それからはずっとサルファーへの想いを温め、尽くしてきたのだ。
ところが、今の発言がサルファーの怒りを煽ってしまった。
「何言ってんだよ！ジストが好きだって言ってたくせに！！」
「けれどわたくし・・・失恋しましたのよ？」
「そんな事、僕が知るかよっ！！」
「サルファー！！お待ちになって！！」
新しい恋をするのはいけない事ですの？
最後に聞いたタンジェの言葉が耳に残る。
「待って！サルファー！！」
今度はタンジェの声ではなかった。
よりにもよって・・・ヒスイだ。
コハクに言づてを頼まれ、サルファーの部屋へやってきたヒスイは聞いてしまったのだ。サルファーの心の内を。
「ついてくんなよ！！チビ！！」
もちろん待つつもりはない。
サルファーは一層足を速めた。
普通なら鈍足のヒスイが追いつく筈がないのだが、そこは魔法の使い所で。
「何だよっ！これっ！！」
ヒスイが何の呪文を唱えたか知らないが、廊下の床が滑って減速。
「待ってって言ってるでしょ！！」
追いつかれ、制服の上着を掴まれてしまった。
「ごめん。聞いちゃったの。“一番”の話」
「・・・・・・」
最低最悪の展開だ。
「ね、家族や友達に順番をつけるのって難しいと思わない？」
「友達いないくせに何言ってんだよ」
「ヒトの事言えないでしょ！！」
一時脱線。
ヒスイは何か伝えたい事があるらしく、咳払いをひとつ。
「私、思うんだけど」
“一番”が欲しかったら、恋愛すればいいんじゃない？
「はぁ？」
サルファーに白い目で見られ、慌てて説明を付け加えるヒスイ。
「恋愛は一対一でするものだから。“一番”しかないでしょ？」
男と女。一対一。
一番か、そうじゃないか。
唐突なヒスイ理論。
「サルファーにもいるじゃない。一番をくれるコが」
「うるさいな！！何の用だよ！！」
サルファーが怒鳴ったところで、やっと本題へ。
「あ、そうそう。明後日。屋敷に帰っておいでって。お兄ちゃんが」
「父・・・さんが？」
（なんだろう・・・）
「じゃあね」
いつものツンとした態度で、ヒスイが去ってゆく。
「恋愛なんてしてる暇ないんだよ・・・」
しかし、本当に漫画家志望を断念するなら話は別だ。
サルファーにしては弱々しい語調だった。
「ホント・・・ムカつく女」
明後日。赤い屋根の屋敷。
「誕生日、おめでとっ！」
「誕生日、おめでとう」
サルファーを待っていたのは、ジストとスピネルだった。
それぞれ手にプレゼントを持って。
「ジストとアキハバラまで行ってきたんだ、はい」
スピネルはキャラクターグッズを。
「この前はごめんっ！はいっ！お前、コレ欲しがってただろ？」
ジストはフィギュアを。
「・・・・・・」
（なんだよ・・・三つ子なんだから、自分達だって主役なのに）
そんな素振りは少しも見せずに、サルファーを祝う二人。
差し出されたプレゼントをとりあえず受け取るが、後のコメントに困る。
誕生日なんて、忘れていたし。
二人へのプレゼントも用意してない。
僕ばっかり・・・一番にこだわって。妬んで。ふて腐れて。
「格好わる・・・」
裏庭でひとり。
一番の法則について考える。
どっちのプレゼントも同じくらい嬉しくて。
「ジストとスピネル、どっちが好きかなんてわかんないもんな」
何日か前、ヒスイがゴチャゴチャ言っていたが。
（家族や友達に、自分は何番目？なんて聞くだけ無駄って事だろ）
愛の種類が違うのだ。
「一番を求めていいのは・・・」
家族や友達じゃなく・・・
「サルファー・・・あの・・・わたくしも・・・プレゼントが・・・」
控えめに、タンジェ参上。
あれ以来、気まずい空気が続いていたので、緊張から少し表情が固い。
「・・・お前さ、僕を一番にするって・・・ホントか？」
「ええ。本当ですわ」
タンジェは迷いのない口調で“一番”の約束をした。
「じゃあ、目つぶれよ」
「目？これでよろしいですの？」
自ら視界を閉ざした・・・次の瞬間。
唇に、唇の感触。
「！！！なっ・・・な、な、なにを・・・」
「・・・お前に借りた少女漫画の真似、しただけ」
「僕の一番は、僕だからな」
サルファーの自己中宣言に、なぜかタンジェは喜んで。
「ええ！それでこそサルファーですわ！！」
「何だよ、ソレ」
笑って。再び創作意欲が沸いてきた。
タンジェと共に室内へ戻ると、そこではヒスイが待っていた。
「誕生日だから！一日だけお兄ちゃんを貸してあげるっ！！」
そう言って、ヒスイはコハクを前に押し出した。
ところが・・・自分で閃いたアイデアにも関わらず、不本意で。
「貸してあげる」
と言った割にはコハクから離れない。
葛藤が面白いほど顔に出ていた。
「いいや。“一番”見つけたから」
サルファーの背後には頬を染めたタンジェ。
察したヒスイが嬉しそうに笑った。
「そう。良かった。じゃあ改めて・・・」
おめでと！サルファー！！
+++END+++
