後日談
男の心得[後編]
そして、クリソプレーズ。
魔法陣の開通は人気の少ない場所を選ぶ為、郊外が多い。
1kmほど先の青空市場への道すがら、サルファーはある異変に遭遇した。
城下町に到着して間もなく、民衆の群れ。
市場にゾンビが出た、と大騒ぎになっている。
「ゾンビ?そんな馬鹿なこと・・・」
墓場ならともかく、人々の交流が盛んな市場に紛れ込んでいたとは考えにくい。
「“悪魔祓い”を呼べ!!」市場から逃げてきた一人が叫んで。
「もう来てるぞ!」同じく市場から逃げてきた一人が答えた。
悪魔祓い・・・即ちエクソシスト。
ゾンビ出現から幾分時間が経っているらしく、町にはすでにエクソシストが派遣されているという。
今回、サルファーの出番はなさそうだ。
「ま、見物でもしてくか」
「サルファー先輩!!」
そこでは男女の新米エクソシストが噂のゾンビと対決していた。
若くして数々の手柄をあげてきたサルファーは、エクソシスト達の間では有名だった。
「そんなザコに何やってんだよ」
対ゾンビの任務はレベルで言えば初級。
教会支給の聖水があれば簡単に済むので、新米に任される事が多い。
「たかが死体・・・」
されど死体である。
退魔士と掃除屋の男女が言うには、聖水が効かず、魔法や物理攻撃でも倒れない。
その為苦戦を強いられているのだそうだ。
本日は完全オフで私服のサルファー・・・だが、教会の規約により戦闘参加を余儀なくされた。
「おいっ!聖水まだ残ってるか?」
掃除屋の女から新品同様の剣をひったくり、聖水で清める。
その剣で、サルファーは戦いを挑んだ。
ゾンビは痛みを感じないだけに打たれ強いが、動きは単調で愚鈍、知能は皆無。
・・・のはずだが。
斬っても、斬れない。
腐っているのに、異様なほど硬いのだ。
サルファーの熾天使の力をもってして振り下ろした剣でさえ弾かれてしまう。
「ちぇっ・・・非番なのに」
より強い相手と戦う事に喜びを覚えるのは熾天使の性だが、ゾンビ相手ではさほど燃えない。
(そっちが防御力で勝負なら、こっちは攻撃力で勝負だ)
そんな時は、武器に魔法を付加するのがセオリーだ。
対アンデット用の光魔法を剣に。
何の変哲もない借り物の剣が光の剣へと変化し、刀身が白い光を放つ。
サルファーは光の剣を振り翳し、再びゾンビへ斬りかかった。
「さっさとあの世へ行け!」
光の剣は効果てきめんだった。
切り裂いた、確かな手応え。
ところがそれは、戦いの第一段階でしかなかったのだ。
「な・・・!?」
サルファーの目の前でゾンビが信じ難い変貌を遂げた。
メキメキ・・・内側から殻を破るように、みるみる体積が増え、現れたのは・・・
「ドラゴン!?」
これまで戦っていたのは、人間のゾンビではなく竜族のゾンビだった。
(どうりで硬い訳だよな)
思わぬ強敵の出現に心が躍る。
サルファーは剣を構えた。
「死んだ奴は土に還れ!!」
「何?この騒ぎ・・・」
遅れてきたヒスイ。
城下町の入口は市場から避難してきた人々で混雑していた。
キョロキョロとその中でも落ち着きのない女性。
はぐれてしまった子供を捜す母親だった。
「あれ・・・まさか」
人見知りの激しいヒスイが見ず知らずの人間に自分から話しかける事は滅多にない。
けれども・・・その母親は手に例のワラ人形を持っていたのだ。
あれこれ考える間もなく、ヒスイは声をかけた。
「それ、どうしたの?」
母親の話によると。
呪いのワラ人形を買ったはいいが、気味が悪くなって。
「返金はいいから、とにかく引き取って欲しい」
と、アンデット商会の売り子に頼んだところ、急に暴れ出したという。
どうやらそれが、今騒ぎになっている“ゾンビ”らしいのだ。
(売り子が・・・ゾンビ??)
「さすが・・・アンデット商会ね・・・」
アンデットとは不老不死者や甦った死体などを示す言葉だが、その中でもヴァンパイアは頂点に君臨するとも言われている。
自分がそのヴァンパイアである事も忘れ・・・
「私・・・ホラーっぽいのってちょっと苦手なのよね・・・」
軽く眉間に皺を寄せてから、ヒスイは戦場の市場へ向かった。
市場にて。サルファーVSドラゴンゾンビ。
このドラゴンは飛竜と呼ばれるタイプで、竜族の中では小柄な部類に入る。
体長は7m弱だ。命を失い、腐敗したドラゴン・・・戦いには注意が必要だった。
ドラゴンの攻撃手段は主に“息”。
炎を吐くのが一般的なイメージだが、ドラゴンゾンビは毒の息を吐く。
その息はあらゆる細胞を破壊し、生命活動を低下させ、何度かくらえば死に至る。
「お前達はあっち行ってろ!」
サルファーもドラゴンと戦うのは初めてだった。
何が起こるかわからない。
戦いに集中する為にも、まずは後輩を追い払う。
「どこからでもかかってこい!」
準備が整ったサルファーは自信満々に挑発した。
それに応じるかのように、ドラゴンゾンビが大きく口を開ける。
ブアァァ!!
黒い霧が噴射された。
「バーカ。どこ狙ってんだよ」
ドラゴンが見当違いな方向へ息を吐き出したので、サルファーは鼻で笑った。
しかしその先には・・・
「子供!?」
母親とはぐれた5、6歳の少年が、好奇心から市場をうろちょろしていたのだ。
建物の影から姿を見せたところを狙われた。
「くそっ!!」
反射的にサルファーの体が動く。
刹那というごくわずかな時間に、全速で少年の元まで移動し、抱え、飛ぶ。
ギリギリのところでサルファーと少年はブレス攻撃の軌道から逃れた。
「はぁ、はぁ・・・」
予想外の事態にさすがのサルファーも息切れ。
そこに・・・
「私が相手よ!」
勝手に交代宣言。
ヒスイが魔法のステッキを手に立っていた。
服装からしてかなり魔法少女ちっくだ。
ヒスイはステッキをドラゴンゾンビへ向け
「えいっ!」
と一振り・・・すると。
ハートの光線が出た。
あまりのメルヘンにサルファーも唖然としている。
(な・・・なにこれぇ!!恥ずかしいぃ!!)
諸々の事情により、魔力が不安定なヒスイはこの魔法のステッキに頼るしかなかった。
(私もシトリンみたいに格好良く戦いたいのに!!)
熾天使の翼で空を駆け、大鎌を振り翳す。
・・・そんな戦いには遠く及ばす、コミカルだ。
しかし、強力な攻撃だった。
メノウが愛娘の為に造り上げた武器は、見た目こそメルヘンだが、とんでもない優れものだったのだ。
それは、未知なる敵との戦いに於いて特に真価を発揮する。
敵の弱点を分析する機能を備えており、ヒスイの魔力を最も効果的な属性魔法に変換して放出。
ハートの光線は厳密には白とピンクの光が交互に連なったもので、アンデットに有効な光魔法とドラゴンに有効な竜滅魔法の二重呪文だった。
楽々と、ヒスイはドラゴンゾンビを追い詰めたが・・・
ギャァァ!!
浄化寸前・・・ドラゴンゾンビの悪あがき。
両翼を広げ、ヒスイへ体当たりをすべく宙へと浮き上がり、次の瞬間、加速。
「!!」
余裕の戦いで油断していたヒスイは、体がすぐに反応せず。
(だめ!避けられないっ!!)
目をつぶり、ドラゴンゾンビの直撃に備えた。
ところが・・・何も起きない。
「あ・・・あれ?」
恐る恐る目を開けると・・・
サルファーの後ろ姿が視界に入った。
ドラゴンゾンビがヒスイに攻撃を加える直前に、叩き切ったのだ。
ヒスイの魔法で弱ったドラゴンゾンビは簡単に分断できた。
後はアンデットの末路らしく、灰になり、風に散った。
「あっさりだったな。つまんないの」
「強く・・・なったね」
ステッキを収め、サルファーの背中を見つめるヒスイ。
「当たり前だろ。男なんだから」
無意識にそう口にするサルファー。
「でも、中身は全然変わらないね」
「悪いかよ!!」
「悪くないよ」
一拍おいてヒスイが言った。
「男の子って・・・どんどん大きくなって、変わっていっちゃうのかなって思ってたけど・・・」
変わらず接してくれるのも嬉しい。
「お兄ちゃんはああ言ったけど、喧嘩したって負けないよ、私」
それから改めてヒスイは礼を述べた。
「ありがと」
あのタイミングでサルファーがトドメをささなければ、ヒスイはドラゴンゾンビに吹っ飛ばされていた。
「助けたくて助けた訳じゃないからな!」
ヒスイが怪我をすれば、コハクやジストが黙ってはいない。
サルファーはそれをよく知っていた。
「僕のせいにされても嫌だし」
(責められるのなんか、まっぴら御免だ)
だから助けた。
それだけの事で、他意はない。
「エクソシストの兄ちゃん!かっこいい!!」
先程サルファーに救われた少年が言った。
見るからにやんちゃそうな少年は、すっかりサルファーのファンだ。
「助けてくれて、ありがとう!」
母親もサルファーに深く頭を下げ、礼を述べた。
「ありがとうございました」
「・・・・・・」
“人助け”はいつもジストの役目で。
自分には関係ないと思っていた。
少年を助けたのは、教会の規約だからだ。
如何なる時でも人命優先。
それに従ったまでで、他意はない。
それなのに。
「ありがとう」と、言われるのは悪くない気がして。
誰かを守るとか。
誰かを大切にするとか。
男の心得とか。
そんなの全然わかんないし、弱い奴は嫌いだ。でも。
(たまには・・・助けてやるのもいいかな)
どことなくスッキリした様子のサルファーを見守るヒスイ。
(大丈夫だよ、お兄ちゃん)
サルファーは・・・
男の心得なんて知らなくたって、守るべきものはちゃんと守ってる。
(まさか私まで助けてくれるとは思わなかったけど)
そこはこっそり苦笑いで。
「じゃ、帰ろっか!」
事後処理は後輩エクソシストに任せ、ヒスイとサルファーは帰路に就いた。
アンデット商会の正体は掴めなかったが、今後は教会が対応する事になるだろう。
郊外へ続く緩やかな上り坂を二人で歩き、魔法陣の前。
「今日泊まってくでしょ?」と、ヒスイ。
「・・・・・・」
サルファーはきまりが悪そうに黙ったままだ。
「お兄ちゃんが、サルファーの分までご飯作って待ってるよ?」
「父さん・・・が?」
「うん。今日はサルファーが帰ってくるから・・・って朝から準備してたもん。あ、デザートはサルファーの好きなコーヒーゼリーだよ」
ヒスイがそう告げると、サルファーの表情が急に明るくなった。
待っていてくれる事が嬉しくて、気持ちが逸る。
「父さんっ!」
先に魔法陣を踏みかけていたヒスイを突き飛ばすサルファー。
「わ!?ちょ・・・」
ドサッ!!ヒスイが転ぶ。
本日3度目の転倒だ。
開き直ったサルファーは、ヒスイを見下して笑った。
「鈍くさい女。じゃあな!」
やっぱりサルファーはサルファーで。
(うん。これでいいと思う)
ヒスイは立ち上がり、軽くお尻を払った。
「さて、っと。私も帰ろっ!」
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