World Joker

8話 全部、おあずけ。


 

 

 

トパーズは船内捜索を開始した。

ウイルスに対し抗体を作るのは常識であり、人魚病の特効薬も当然存在するものと思っていた。

アンデット商会が何をしていようが関係ない。

特効薬を入手したら、ヒスイを連れて脱出する予定だった。

 

ところが・・・朝方まで研究室を探し回ったが、それらしきものはなく。

研究員から聞き出した話では、ウイルスの研究に対し、抗体の研究は大幅に遅れているらしい。

その上、この船は十三夜に出航してしまうというのだ。

(・・・時間がない)

神の魔法は疲労が激しい為、極力使用は避けたいところだった。

しかし、このままではヒスイが人魚になってしまう。

とにかく人魚病について知る必要があった。

研究資料を掻き集め、着席。

ずっと舐め転がしていたヒスイの牙を口から出し、煙草を咥える・・・仕事モード。

ウイルスがどう肉体に影響しているか理解した上で、ヒスイに施す術を編み出す・・・その作業に没頭し、気が付けば夜になっていた。

 

 

 

出航前夜。ホールでは。

 

 

「大人しく待ってろって言われても・・・」

追い詰められたヒスイ。

左右の足がくっついて離れない。

鱗はびっちりと下半身に広がり。

(これ、絶対まずいわ!!)

それもこれも・・・

(このヒト達のせいよ!!)

水槽の前には、若い研究者が二人。

完全なる人魚を一刻も早く見たいが為に、人魚化を促進させる海水を水槽へ流し込んだのだ。

海水はもうヒスイの腰元まで来ていた。

「やだ・・・やめてっ!!」

腰元から胸元、胸元から喉元へ・・・水位はどんどん上がり、全身が飲み込まれる。

「わ・・・たし泳げな・・・ゴボッ!!」

 

 

「・・・お前等、何やってる」

 

 

ホールに響く声。

現れたのは、白馬の王子ならぬ白衣の鬼畜、トパーズ。

素手で研究者の首を掴み、投げ飛ばす。

そのままヒスイの正面まで前進し、拳で水槽を叩き割った。

海水と共にヒスイが流れ出す。

その姿は・・・ほぼ人魚。

銀の鱗は宝石のような輝きで・・・美しい。

つい、見入ってしまうほど。

ゲホッ!ゴホゴホ!!

ヒスイの咽せる声で我に返り、海水に濡れた人魚の体を抱き上げる。そして。

 

ぽわ・・・っ。

 

白い光が包むこと、数分間。

ぱらぱらぱら・・・花びらが散るように。

痛みなく鱗が剥がれ落ち、ヒスイは元の二本足に戻った。

「ト・・・パーズ?」

「・・・治療費、よこせ」

無事を確かめるとすぐにトパーズはヒスイの耳を噛んだ。

 

 

好きなものを噛むのは、子供の頃の癖。

なのに、今でも。

ヒスイを噛むのだけはやめられない。

 

 

「ひゃ・・・いたっ!こら・・・やめ・・・」

暴れるヒスイを押さえ込み、気が済むまで噛んでから。

「帰るぞ」

「うん」

水槽を割った・・・ホールは水浸しだ。

見つかれば、大騒ぎになる。

もっとスマートに救い出す予定が、思わぬところで逆上してしまった。

ヒスイに苦痛を与えた研究者達は気を失ったまま。

出航前の忙しなさの中、二人は船を抜け出した。

 

 

ウォーター・ギルド。

 

 

研究室を徘徊する最中、ついでにとトパーズが解放した男達が、女を連れ戻ってきていた。

ギルドの女達には拒絶反応が出ており、その為、失敗作として放置されていたのだ。

警備も手薄になっていたので、簡単に脱出できたという、が。

拒絶反応が出れば、いずれ死に至る。

先程までのヒスイ同様、足に鱗を生やした女達は高熱で苦しんでいた。

港は、再会の喜びではなく、子供達の泣き声が蔓延していた。

「お母さぁん〜死んじゃやだよぉ〜」

「ママぁ!!」

ギルドの少年達がそれぞれ母親に縋り泣く姿は痛ましく。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

トパーズもヒスイも閉口。

十五夜まであと3日。

神の魔法によって救われたヒスイはすっかり元通りで。

トパーズのシャツを引っ張った。

「・・・どうしよっか」

「・・・どうもしない」

人間の歴史に神は介入しない。自戒だ。

「行く先々で不幸な人間を救ってたらキリがない」

「それは・・・そうだけど」

「行くぞ」

「うん」

背を向け歩き出すトパーズ。ヒスイも後に続き。

二人は港を去った。

 

 

 

その夜。ギルド本部の一室に明かりが灯った。

 

 

そこは、研究室だった。

海洋生物を研究する為の部屋で、アンデット商会の船には及ばないが、そこそこの設備が整っていた。

「あ、やっぱりいた」と、部屋を覗き込んだのはヒスイだ。

 

「・・・何できた」

「たぶん、トパーズと同じ理由だよ」

 

 

子供が泣いてたから。

 

 

「別に人助けの趣味はないけど、なんか後味悪くて」

ヒスイが髪を束ねる。

「ここにいるのは“神様”じゃなくて“トパーズ”でしょ?だったら問題ないよね」

出来る限りの事はする、と、細い左腕を差し出して。

「私の血、使って。免疫ができてる筈よね?」

 

「・・・馬鹿」

ペシッ!トパーズはヒスイの額を軽く叩いた。

「うん。頑張ろ」

 

これまでの研究資料を元に特効薬を生成する。

しかし、調合の材料となりそうなものが、何一つ用意されていなかった。

人間がすべてを集めるとなると、何年もかかる代物だ。

ひとつひとつ準備をしていたら、十五夜には到底間に合わない。

材料となるものをゼロから作り出す・・・結局、魔法を使うしかない。

(間に合うか?)

横目でカレンダーを見るトパーズ・・・日付が変わり、満月まではあと2日。

「とにかく、やる」

「ん!!」

 

 

 

特効薬が完成したのは十五夜の夜だった。

人魚病の被害者達に特効薬を接種して回り、最後の一人を済ませた時には、夜空に丸い月が高く昇っていた。

 

 

「行こっ!今ならまだ間に合うよ!!」

 

 

疲労からか、少々顔色の悪いヒスイが急かす。

「お前は先に行ってろ」

「なんで?」

「・・・いいから行け。オレも後から行く」

「嘘っ!」

普段は気付きもしないのに、こういう時だけ見破るヒスイ。

トパーズは船に乗る気がないのだ、と。

「行け・・・オレは・・・駄目だ」

連日徹夜続き。魔力の使い過ぎ。もう一歩も動けない。

言ってるそばから意識が遠のく・・・トパーズは大きく体勢を崩した。

「私が連れてくから!!」と言って、ヒスイはトパーズを支えた・・・が、クラッ。

激しい眩暈に襲われた。特効薬の原料として血液を提供した為だ。

(こんな・・・時に・・・貧血・・・なんて・・・)

二人は床へ倒れ込んだ。

トパーズは完全に意識を失い。

下敷きになったヒスイの意識も朦朧・・・

(やっと・・・帰れると思ったのに・・・)

 

 

「おにい・・・ちゃん・・・」

 

 

 

 

コハク、海上にて。

 

 

「今、ヒスイが呼んだ気がする」

 

 

不眠不休で空と海の間を飛び続けていたが、空中で静止し、十五夜の月を眺めた。

「・・・満月、か」

(満月の夜といえば必ずヒスイとえっちしてたのに)

銀の吸血鬼は月光と相性抜群なのだ。

満月の夜は月光浴をしながらセックスと決まっていた。

前髪を掻き上げ、ぼやくコハク。

「喉・・・乾いた」

この渇きを潤せるのはヒスイだけなのだ。

「ああ・・・ヒスイ・・・」

舌に染み込んだ愛液の味。

ねっとりとした食感が恋しくて。

意識すると、勃ってしまう。

「・・・・・・」

(今、勃ってもしょうがないんだけどね)

自分にツッコミを入れてみる。

 

 

「・・・早くヒスイの“お兄ちゃんっ!”が聞きたいなぁ」

 

 

(我ながら賢いやり方とは思えないけど・・・)

いてもたってもいられず、船を離れた。

「いつになるかわからないものなんて待ってられるか」

勘を頼りにヒスイを探す。

一週間。顔も見ていない。声も聞いていない。

キスもセックスも全部、おあずけ。

 

 

「もう・・・我慢の限界だ・・・」

 

 

 

 

翌日の午後。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

トパーズとヒスイは砂浜にいた。

意識喪失のまま十五夜の夜は過ぎ、かつて“Goodluck!”と書かれていた場所には、“Goodbye”の文字が残されていた。

当然、船は見えない。

「まぁ、なんとかなるわよ」と、ヒスイ。

それは、自分自身に向けた言葉だった。

(お兄ちゃん・・・)

一週間。顔も見ていない。声も聞いていない。

キスもセックスも全部、おあずけ。

それがまだ続くのだと思うと泣きたい気分だったが、誰のせいでもない。

憎むべきは、アンデット商会だ。

「同じ世界にいるんだから、きっとすぐに会える・・・きっ・・・と」

 

 

その時・・・ふわり、と。

 

 

不意にヒスイの視界を通り過ぎた金色の羽根。

見上げるとそこには・・・

「お・・・兄ちゃん・・・?」

「ヒスイ、見つけたぁ〜・・・」

「お兄ちゃんっ!!」

「ヒスイっ!!」

「お兄ちゃぁんっ!!」

砂浜に舞い降りるコハクへと、ヒスイは両手を伸ばした、が。

 

「・・・待て」

「え!?」

 

背後からトパーズに捕獲され、その手はコハクに届かなかった。

「ちょっ・・・離してっ!!」

 

 

 

『感動の再会を邪魔しないでくれる?』

 

 

 

着地と同時に剣を抜くコハク。

「お兄ちゃんっ!?何を・・・」

「・・・・・・」

刃は牽制の域を超え、トパーズの頬を掠めていた。

斬られた頬にうっすらと血が滲む。

「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと手元が狂っちゃって」

コハクは白々しい笑顔で心ない謝罪・・・明らかにわざとだ。

「・・・・・・」

傷を負ってもトパーズはヒスイを離さず。

「忘れ物だ」

ヒスイの左手首を掴み、ポケットから取り出した結婚指輪をその薬指に通した。

「ああっ!!」

コハクが怒りの声をあげる。

トパーズがなぜ指輪を持っていたのかは後回しで。

(ヒスイの薬指が穢された!!)

解放されたヒスイを腕に抱くも、薬指が気になって。

「お兄ちゃん?」

「ちょっと貸して」

指輪を抜き取り、ゴシゴシとシャツで拭く。

それから改めてヒスイの薬指へ戻した。

 

 

「好きだよ、ヒスイ」

 

 

なぜかそこで、告白タイム。

「うんっ!私もっ!!」

ヒスイは今にも泣き出しそうな笑顔で応え。

二人は強く抱き合った。

「ヒスイぃぃ!!」

「お兄ちゃんっ!!」

 

 

(・・・馬鹿だ)

そんな二人を尻目に、トパーズは疲れた顔で呟いた。

 

 

「・・・大袈裟な奴等」

 

 

 

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