World Joker

7話 ダブルスパイ

  

 

 


「やっぱりだめ・・・」

ガラス張りの小部屋。

ヒスイは水槽の中で目覚めた。

水はまだ張られていない。

足の鱗は更に増え・・・

(思うように動かせなくなってきた・・・雨が止んだのかも)

水槽のガラス越しに広がるのは、朱い絨毯の敷かれたホール、照明はシャンデリアでゴージャスな雰囲気だ。

「何でこんなに重要な事忘れてたんだろ」

切羽詰まったヒスイが試みたのは、眷族のオニキスへ助けを求める事だった。

思念・・・のようなものを眷族であるオニキスに伝える事ができるのだ。

そうやってこれまでも危機を乗り越えてきた。

 

 

オニキス!オニキス!オニキスぅぅぅ!!

 

 

強く念じる・・・が、オニキスからの返答はなかった。

なんとなくそんな予感はしていた。

ヒスイ自身、肉体に違和感を持っていた。

人魚病に感染したことにより、体のバランスが崩れ、心の声も届かなくなってしまったのだ。

「そういえば・・・いきなりお尻触ったりして、ちょっと変だったけど大丈夫かな」

ヒスイの脳内で広がる妄想。

「もしかして、アッチコッチでお尻触りまくってるんじゃ・・・」

諦めて座り込み、膝を抱える。

「トパーズ・・・気付いてくれたかな・・・」

だとしても、助けに来てくれるとは限らない。

(とにかく自分で何とかするしか・・・)

「落ち着いて、私にできる事を考えるのよ」

(そうよっ!私だって魔法使いなんだから、こんなガラスの一枚や二枚割ってやるっ!!)

「でも待って・・・ここで逃げても・・・」

人魚病が治る訳ではないのだ。

(特効薬を見つけなきゃ!)

ピンチをチャンスに変えるべく、ヒスイは意気込んだ、が。

急に照明が落ち、水槽の周辺だけが照らし出された。

ゾロゾロと白衣の男達が部屋に入ってくる。

視線は皆ヒスイに釘付けだ。

「な・・・」

(何でこんなに見られてるの!?)

ホールは研究結果発表の場だった。

ヒスイは、最も良い成果の現れた美しき実験体として囚われているのだ。

見られるのは当たり前なのだが、人前に出るのが苦手なヒスイには大変なストレスで、呪文詠唱に集中できない。

(こんなトコいやぁぁぁ!!)

 

 

 

「・・・・・・」

トパーズは別の場所で、もうひとつ落とし物を拾っていた。

ピンバッジ・・・アンデット商会のものだ。

アンデット商会・・・そしてヒスイが消えた。

(魔道具の開発に留まらず、人体実験でも始めたか)

推測の域ではあるが。

人魚を人工的に作り出す研究をしているのかもしれない。

人魚伝承が色濃く残るこの地は、隠密に人魚の研究をするには最適の場所だ。

アンデット商会の仕業だとすれば、かなりの組織であると考えられる。

(ウォーター・ギルドの敷地内に研究施設がある筈だ)

「・・・アイツなら四の五の言わず組織をぶっつぶすだろうが」

怒り狂うコハクの姿が目に浮かぶ。しかし。

「無闇に首を突っ込むと、後々面倒だ」

自分はあくまで高校教師。

組織との戦いなど、馬鹿馬鹿しくてやっていられない。

「・・・手間のかかる女」

 

 

 

さっさと連れ戻して、今度こそたっぷり噛んでやる。

 

 

 

 

トパーズは歩き出した・・・目指すは港だ。

港には沢山の船が停泊している。

昨日は遠目から眺めただけだが、その辺りが怪しいと思うのだ。

確信に近い勘で、トパーズは迷わず直進した。

すると、一人の若い男が向かいから歩いて来た。

 

黒のスーツに映える金髪・・・華やかな美形。

 

 

 

「サルファー・・・」

「兄さんっ!?」

 

 

 

お互い動じるタイプではないが、この時ばかりは驚いて。

「お前、何でこんなとこに」トパーズが先に尋ねた。

サルファーのスーツの襟には、トパーズが拾ったものと同じピンバッチ。

色は違えど、アンデット商会のものだった。

 

 

「バイトだよ」

 

 

・・・と、いうのは表向きで。

教会の潜入捜査だった。

「今、あそこで働いてる」と、サルファーは親指で背後を示した。

見た目は古臭い一艘の大型船、中は最新設備が整っているという。

「総帥がさ、ウォーターメロン・Tのサイン入り原画くれるって言うんだ!」

ウォーターメロン・Tとはサルファーが崇拝する人気漫画家の名前だ。

どういう人脈なのか、エクソシスト総帥セレナイトはサルファーに有効なアイテムを所持、それにより見事サルファーを従えていた。

サルファーは、謂わばスパイ活動中であるが、コソコソする様子もなく言った。

「上玉の人魚候補が入ったらしくて、学者の奴等が集まってんだ」

その為、監視の目がなく、そこそこ自由に動けるのだと。

「それより何で兄さんが・・・」

「・・・ヒスイが、捕まった」

上玉の人魚候補とは恐らくヒスイ・・・トパーズが告げる、と。

「・・・・・・」

サルファーはうんざりという顔で。

(あの女、どんだけヒトの邪魔すれば気が済むんだよ!!)

 

 

「兄さんには悪いけど、僕は協力しない」

 

 

断言するサルファー・・・ヒスイよりサイン入り原画だ。

サルファーの特別任務は、アンデット商会の本社と重役を突き止める事。

その上で話し合いの場を設けたい、というのが教会の意向だった。

今回、サルファーのすべき事は、アンデット商会を敵に回す事ではなく、ギルドを救う事でもない。

「一応、護衛として雇われたんだけどさ」

新人なので雑用もこなさなければならず、サルファーが言いつかったのは・・・

人魚製造器、マーメイドメーカーの回収だ。

トパーズは尋問がてら、サルファーの回収作業に付き合った。

 

居住区の端にある涸れ井戸。

 

底にマーメイドメーカーが設置されていたのだ。

形状はスプリンクラーに似て。

霧状に噴射されたウイルスは、空気に混ざり人へと感染するという。

ウイルス濃度や感染範囲もある程度調節可能で、この涸れ井戸を中心に、居住区の女がターゲットにされた。

井戸から離れれば離れるほど、濃度は下がり感染確率も下がる。

そもそも感染力は強くなく、何ヶ月も吸い続けなければ発症しないのだが・・・。

サルファーは心底忌々しそうに呟いた。

 

「あの虚弱女・・・」

 

(兄さんも結局あの女に甘いしな)

随分前から気付いていた。

似て異なるヒスイへの想い。

ヒスイを母親と思えない理由が、自分とは別のところにあるのだと。

「・・・知ってる事は話すけど」

以後自分は一切関与しない。

場合によっては敵にもなり得る。

そう付け加え、数分間の内緒話。

 

・・・そして二人は別れた。

 

 

 

サルファーから得た有力情報。

 

「事業拡大とかで、大々的に社員募集しててさ。新人だらけの強行航海だから、皆、自分の仕事で手一杯で、他の奴が何してるかなんて、気に懸けてる余裕がないんだ」

 

新人が多く、互いの顔を覚えていない。

役職はバッジの色で判断する。

「素晴らしく都合がいい」

バッジを手に、不敵に笑うトパーズ。

これが役職を証明するものならば。

「落とした奴は必ず探しに戻って来る」

トパーズの考察通り、ギルドに現れたのは例の白髪の医師・・・正しくは研究員だった。

 

 

「お前か、ヒスイを攫ったのは」

 

 

早速締め上げ、ボコる。

トパーズは・・・ケンカ慣れしていた。

コハク相手に鍛えた体で、白衣を奪い取り、羽織る。

拾ったバッジを襟に付ければ、アンデット商会研究員の一丁上がりだ。

 

 

 

 

トパーズは正面から堂々と船に乗り込んだ。

 

 

バッジの色によると、どうやら管理職らしく、次々と若い研究員が結果を報告しに来た。

適当に話を合わせる・・・今のところ疑われている様子はない。

人の出入りがやたらと多い部屋。

トパーズは真っ先にそこへ向かった。

バッジの特権で人払いも簡単だった。

「あっ!!トパーズっ!!」

「・・・・・・」

ライトアップされたヒスイは人魚でなくても美しい・・・べったりと、顔が変形するほどガラスに張り付いていなければ、の話だ。

助けて!ここから出して!と、ガラスを叩くヒスイ。

必至な様が愛しくて、意地悪心が疼く。

「その足でどうする気だ?」

「そ、それは・・・あれっ?」

ヒスイはじっとトパーズを見上げた。

白衣を着て・・・アンデット商会のバッジを胸に付けている。

(何でトパーズがアンデット商会なの??)

「・・・大人しく待ってろ」

それだけ言い残し、去りゆくトパーズ。

ヒスイが思った以上に元気そうだったので安心した。

「待って!」

大声でヒスイが呼び止めた。

「指輪、見つけてくれた?」

「・・・・・・」

「返して」と、ヒスイが言い放つ。

「お兄ちゃんとお揃いの大事な指輪なの。だから・・・」

「・・・知らない」

本当はポケットに入っていた。

ヒスイに困った顔をさせたまま、トパーズは部屋を出て行った。

「ちょっと!?トパーズっ!?」

(何がどうなってるの?)

 

 

 

同じ船内。サルファー。

 

「くそっ!何でこうなるんだよ!!」

マーメイドメーカー回収の次に与えられた仕事は・・・人魚候補ヒスイの見張りだった。

こうなるともうヒスイが疫病神としか思えない。

じき、トパーズがヒスイを救い出すだろう。

アンデット商会側からすれば大きな損失だ。

責任は見張り役のサルファーにある・・・という事になる。

「・・・・・・」

(兄さんには色々手伝ってもらってるしな)

同人活動の面で、だ。

漫画を描く際には、背景担当のトパーズ。

(メカ描くのも目茶苦茶上手いし)

大切な兄弟アシスタントだ。

日頃の感謝の意を込め、協力はしないが、邪魔もしない。

邪魔をしなければ、職務放棄と同じだ。

 

 

「ちぇっ。これじゃ、クビだな」

 

 

 
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