World Joker

16話 獣と林檎


 

 

 

スイートルームの空気は引き続き淀んでいる。

 

 

コハク・・・現場検証中。

散り散りになったヒスイの衣服を拾い集め。

「寄ってたかって引き裂いたんですかね・・・僕ら」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

オニキス、トパーズ・・・それぞれ苦悩する男達。

ビリビリの衣服に加え、近くの椅子は倒れ、テーブルの花瓶までひっくり返っている始末で。

輪姦疑惑をより濃厚なものにしていた。

コハクはいつになく深刻な顔だ。

「本当にそうだとしたら・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

オニキスとトパーズは黙ったまま。

何があろうと言い逃れをする気はないという表情だ。

沈黙の三者、聞こえるのは時計の秒針の音だけ。

そんな中、気持ちの切り替えが早いのはやはりコハクだった。

「・・・悪い想像ばかりしていても仕方がない」

「・・・どうする気だ」オニキスが見据える。

「ここで何があったのかちゃんと知った上で、ヒスイに謝ります」

それしかない。と、コハクは強く主張した。

「ち・・・あのバカ」

ヒスイから直接聞き出すつもりで、いち早く行動したのはトパーズだ。

メノウの部屋へ直行し、ドアノブを掴んだ。

当然鍵が掛かっているが、壊す。

「親馬鹿も大概にしろ。ジジイ」

トパーズの目前には、娘を守る10層にも及ぶ結界。

薄いカーテンの重なりにも見えるが、実に強力なものだった。

「・・・分解してやる」

メノウの挑戦に、ムキになるトパーズ。

結界破壊に要すること20分。

天才の魔法は手強く、相当の魔力を消耗したトパーズは軽く息が切れ。

 

 

その上・・・ハズレだった。

 

 

そこには、誰もいない。

「クソジジィ・・・」

「御苦労様」

上からの物言いで、ポン。

トパーズの肩を叩くのはコハクだ。

室内にヒスイがいないと知るや即、身を翻す。

オニキスも別行動を開始していた。

コハクが広いリビングを早足で横切る・・・途中、不意に視界へ入った、娘。

 

 

「・・・え?ア・・・クア?」

 

 

豪華スイートルームのリビングには、テーブルセットがいくつもあり、応じて椅子の数も多い。

事件現場周辺の椅子は倒れてしまっているが、別エリアのソファーにアクアが座っていた。

欠伸・・・昼寝をすると言ってヒスイと共に居残ったのだ。

「もしかして・・・見てた?」

「うん〜。すごかったよ〜」

「凄かった!?何が!?」

小さな目撃者に迫るコハク。

「・・・ケダモノぉ〜」

ボソッと、アクアの呟きが、コハクに追い打ちをかける。

「ママのアソコにぃ〜何回もオ○○○ンがぁ〜出たり入ったりしてぇ〜・・・ぐちゃぐ・・・」

アクアのリアル過ぎる描写を途中制止し、コハクは顔を近付け、尋ねた。

「・・・誰の?」

対して、アクアは邪悪な笑みを浮かべ。

「・・・忘れちゃったぁ」

5歳にして、自分が有力な情報を持っている事を悟っていた。

「あ〜でも、アレ食べたら思い出すかも〜」

 

「・・・・・・」

(我が娘ながら、なんて悪知恵の働く・・・)

 

「・・・アレって?」

アクアが要求してきたのは、“ヴィーナスの林檎”。

悪魔が本来醜悪な外見を美しく見せるために食するという果実だが、巷では幻の食物とされていた。

どうやらそれがこの地にあると、悪魔達が噂しているのを聞いたのだという。

お洒落に興味のあるアクアらしい。

爪にはマニキュア、唇には色つきリップ、ヒスイよりずっとお洒落魂があるのだ。

「一口食べただけですごいキレ〜になるんだって〜」と、またニヤリ。

「パパならぁ〜知ってると思って〜」

アクアは心持ちふっくらした子供で、本人もそれを気にしていた。

「アクア、ママみたいにキレ〜になりたいの〜」

「・・・わかった。用意しよう」

そのかわり、見た事を正直に全部話すこと。

アクアと約束を交わし、コハクはスイートルームを後にした。

「やれやれ」

ぼやきながら眼鏡を外し、胸のポケットへ。

「適当にやり過ごそうと思ってたけど、そうもいかなくなっちゃったな」

ヴィーナスの林檎は、堕天使マモンの庭園にある。

マモンこそがヴィーナスの林檎愛用者なのだ。

「・・・さっさと手に入れてこよう」

若干遠回りをしている気がしないでもないが。

(ヒスイの口からはとても言えないような事が起きたかもしれないんだ)

「たとえ何があったとしても、僕の愛は変わらないけど・・・」

ヒスイを深く傷つけてしまったとしたら。

そんな事を考えると、いてもたってもいられない。

「すぐに真実を突き止めるから!!待っててね、ヒスイ!!」

 

 

 

1階、ロビー噴水前。オニキス。

 

「覆水盆に返らず・・・か」

取り返しのつかない事態。

こんな事になってしまっては、共に旅など続けられる筈もない。

(しかしその前に・・・ヒスイに謝らなくては)

ホテル内は吹き抜けになっているので通路はすべて見渡せる。

下から上を見上げ、ヒスイを探す・・・と。

「オニキス!!」

頭上からヒスイの声。

2階、ロビーに面した通路からヒスイが手を振っていた。

「ヒスイ・・・」

「ちょうどよかった!あのね、話したい事が・・・わっ」

手摺りから大きく身を乗り出したヒスイがお決まりのように落ちる。

抱き止めて・・・困惑。

ヒスイがあまりにもいつも通りで。

あんな事があった後とは到底思えない。

けれども、着替えたキャミソールから覗く白肌には吸われた跡がしっかりと残っていた。

 

 

「すまん」

 

 

迷わず、潔く、謝罪。

「謝ったところで、許される事ではないと思うが・・・」

 

 

「うん。許せないよ」

 

 

「だって、初めから怒ってないもん」

許しようがないじゃない、と、ヒスイは笑い。

「何があったか全部話すから、聞いてくれる?」

 

 

 

ヒスイ、回想。

 

「うっ・・・んくっ」

相次ぐキスで、唇はほとんど塞がれたまま。

絨毯の上で仰向け。2×3の手に体中をまさぐられる。

強引極まりないが、決して乱暴という訳ではなかった。


愛情たっぷりの前戯・・・しかしそれが×3では感じるどころではない。

「!!ちょっ・・・あっ・・あ!!」

ビクンッ!!ヒスイの体が驚き、跳ねる。

(こんなの・・・あり得ないっ!!)

ひとつしかない穴に違う男の人差し指が2本同時挿入され、愛液を掻き出そうと、それぞれの指先が動く。

「ん〜!!!離し・・・」

(ホントにまずいわ!!このままじゃ・・・っ!!)

どんなに抵抗しても男3人が相手では逃れる事は不可能で。

(こうなったら!!魔法を使うしかない!!)

男達を吹き飛ばすイメージ・・・風属性の呪文を唱えるヒスイ。

キスで擦れる唇を必死に動かして。

(お兄ちゃん、オニキス、トパーズ、ごめんっ!!)

 

 

「・・・吹き飛べ!!」

 

 

パンッ!!景気良く弾ける音が響いた、が。

 

 

(えぇぇぇっ!?)

 

 

吹き飛んだのは、チャイナドレスと下着だった。

髪を結ぶリボンまで、布という布がビリビリに破け。

(何でこうなるの!?)

自ら裸になってしまうとは。

(ああ・・・私ってホント・・・ダメだわ・・・)

再び方々から手が伸び、腕や脚を掴まれる。

男達も服を脱ぎ捨て、いよいよ絶望的な状況・・・ついに泣く。

「おにいちゃぁ〜・・・オニキスぅ〜・・・トパーズぅ〜・・・いやだよぅ・・・」

怯えた声でそう言って、涙ポロポロ。すると。

「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」

男達の動きがピタリと止まり。

「・・・え?」

バキッ!ボコッ!ベキッ!

どういう原理なのか・・・

オニキスがトパーズを殴り。

トパーズがコハクを殴り。

コハクがオニキスを殴り。

三人同時に体勢を崩した。

椅子はその時倒れたのだ。花瓶も然り。

 

 

それが大まかな事の真相だった。

 

 

「と、いう訳で、悪いのは全部私だから気にしないで」

サバサバとした口調でヒスイが言った。

「もう一緒に旅を続けられない・・・とかって思い詰めないでね」

それからヒスイはペコリと頭を下げ。

「変なモノ飲ませちゃってごめん」

「いや・・・」

真相を知ったところで、泣く程怖い思いをさせた事に変わりなく。

釈然としないものが胸に残るが。

自分にできる事といえば・・・

 

 

「ヒスイ」

「ん?」

「お前に・・・更なる忠誠を誓う」

 

 

「ぷ・・・何それ」

そしてまたヒスイに笑われる。

「じゃあ私これからトパーズに謝ってくるから」と、背を向けるヒスイ。

「お仕置きされちゃうかもしれないけど、仕方ないわね・・・」

ブツブツ言いながら歩き出す、愛しい後ろ姿。

・・・に、突如異変。

黒いカラスが一羽飛んできて、ヒスイの頭に止まったのだ。

「ぎゃっ!!」

驚いたヒスイが妙な声を出した。

「俺ァ見たぜェェ!!」

正体は、例の悪霊。

スフェーンの陰のエネルギーに活性化された悪霊は、一時的にオニキスから離れ、カラスの死体に憑依する事に成功した。

この国だけの仮の姿ではあるが、自由に行動できるのは大きなメリットだった。

早速スフェーンの空を飛び回り・・・

「・・・何だと?スピネルとジストが?」

「そうだよォォ!!アスモデウスの館でさァァ・・・」

「アスモデウス?」

ヒスイが話に割って入った。

「“(特)魔”だわ」

珍しく神妙な顔でこう説明する。

「(特)魔ってね、特級クラスのエクソシスト以外は絶対相手にしちゃいけない悪魔の事なの」

「それだけ危険という事か・・・」

特級クラスのエクソシストといえばメノウかコハクだが・・・

「お兄ちゃん、どこ行っちゃったんだろ?オニキス知らない?」

「知らん。メノウ殿は・・・?」

「お父さん、今お風呂・・・」

ホテル最上階の露天風呂にて悠々入浴中。

緊急事態には対応不可能と思われる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

顔を見合わせるオニキスとヒスイ。

そんな二人を黒カラスが急かす。

「どうするよォォ!!?」

「とにかく行ってみる?」と、ヒスイ。

「止むを得ん」

オニキスは軽く頷き、ヒスイの頭に乗っている黒カラスに言った。

 

 

「案内を頼む」

「ガッテン承知ィィ!!」

 

 

 
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