World Joker

17話 悪魔のアトリエ


 

スピネルが月を見上げる。

「ホテルから随分離れちゃったな」

アスモデウスに連れられたジストを追跡しているうちにここまできてしまった。
大悪魔アスモデウスの館。
期間中絶えることなく続くカーニバルの行進を横切り、荒れた墓場を抜けた先にあった。
月は明るく、夜空は碧色。近くの枯れ木にはフクロウがたくさん止まっている。
ジストはすでに館の中へ。

「フェンネルも一緒で良かった」

追跡者がいる事をアスモデウスに悟られてはならない。
コンコンと叩き、呼びかける。

「フェンネル、ボクに力を貸して」

フェンネルはオニキスから譲り受けた杖で、スピネルの宝物だ。
いつも持ち歩いていた。
足元を中心に杖の先で円を描く。
ぐるり一周、最後にトンッと地面を一突き。それで終了。
スピネルは気配を断つ呪文を自身へと施してから、アスモデウスのアトリエを覗いた。
ジストは台の上でトランクス一丁となっていた。

「え?コレも脱ぐの??」

モデルはモデルでも、ヌードモデル。
アスモデウスに

「ヌードは芸術である」

と言われ、なんとなくそんな気がしてくるジスト。

(そうだよな!父ちゃんだってよくヒスイの裸の絵描いてるし!)

それは100%芸術ではないが。

(ま、いっか!男同士だもんな!)

銭湯に来たと思えば大した事でもないと、ジストは言われるがまま脱いだ。

「良い体をしておるな」

と、アスモデウス。
口から涎が垂れているが、その意味にジストは全く気付かない。

「うんっ!鍛えてんだっ!」

確かに、少年臭さは残るものの締まった体だ。
逞しい男のポーズと注文を受け、真剣に考えた後・・・

「むんっ!こう?」

ジストはボディビルダー的なポーズを連発、アスモデウスを大感激させた。


窓の外、笑いを堪えるスピネル。

(今日もボケてるなぁ、ジスト。ママそっくり・・・)

鈍感で天然ボケの系統だ。

(兄貴が可愛がるのもわかる)

それにしても。

キャンバスに魂を移し取り、傀儡とする。
芸術家肌の悪魔がよく使う黒魔術だ。

(絵が完成する前にジストを連れ出さなきゃ・・・)

 

ホテル地下1階、カジノ。

宿泊客以外にもギャンブル好きの悪魔が集まり、なかなかの繁盛ぶりだ。
景品交換所もカウンターバーも賑わっている。
が、コハクは脇目も振らずある場所へと向かっていた。
フロアの奥、意図して目立たないように造られた鉄扉を開くと非常階段へ出た。
非公開の地下2階へはここからしか行けない。

「何百年ぶりかな。ここへ来るのは」

地下2階は画廊となっていた。
場所が場所だけにガラガラで、客はコハク一人だ。
風景画、人物画、抽象画・・・様々な絵画が並ぶ。
コハクは、その中から迷わず一枚の絵を見つけ出し、手を伸ばした。
壁に飾られた絵、その向こう側こそが堕天使マモンの住処なのだ。
特定の絵に触れると、吸い込まれるように別空間へと転送される仕組みになっていた。
カジノの最高責任者マモン。金銀財宝に対し異常な執着心を持つ、“強欲”を司る堕天使だ。

(この成金趣味、なんとかならないのかな・・・)

広大な敷地に建つ、金ピカ御殿。
庭の溜池には金箔が浮き、草木花まで金、金、金。
鳥や鹿もいるが、すべて純金製の置物である。
不法侵入者コハクの前には次々とマモンの手下が立ち塞がったが、軽く潰して前進。
辿り着いた先は社長室で。豪華な机と椅子が一組。

「やあ」

コハクはにこやかに挨拶をした。

「セ・・・セラフィム!!?」

驚いたマモンが椅子から転げ落ちた。
マモンの外見は意外な事に、10歳前後の子供だ。
従って、声も甲高い。
無論ヴィーナスの林檎で偽った姿であるが、サルファーをはるかに凌ぐクルクル巻きヘア、ギラギラと不自然な輝きを放つ金髪。
半ズボン、蝶ネクタイの少年である。
コハクを一目見るなりマモンは真っ青な顔で・・・

「だ・・・誰か・・・!!」

ボディガードとして雇った悪魔達を呼び寄せようと声を振り絞るが・・・

「呼んでも無駄だよ。立ち上がれる奴は一人もいない」
「よ、寄るな!!」

コハクが進めば、マモンが退く。

「殺しにきたんだろ!?」
「違うよ。争いをしにきた訳じゃない」

・・・もっと私的でマヌケな理由だ。

堕天使マモンは金品の収集には長けているが、戦いに関してはコハクと違い専門外だ。
ボディガードを一掃されてしまった今、恐れ戦くのも無理はない。
マモンの表情は強張ったままだ。

「信じて貰えないかもしれないけど、もうそういうのはやめたんだ」

武器は持っていない、とコハクは両手をあげて見せた。

「・・・何の用だ?」
「ちょっと・・・分けて貰いたいものがあって」

敵意はないと言いつつも、爽やかに・・・脅迫。

「できれば手荒な事はしたくない。わかってくれるかな?」
 

マモンの庭園。ヴィーナスの樹前。

樹にはたくさんの林檎がなっていた。

マモンが好んで食するだけあり、光り輝く紅玉だ。
いくつ必要か尋ねられ、コハクは2個と答えた。
ヴィーナスの林檎は食べ頃を見極めるのが難しく、むやみに収穫しても効果を発揮しない。
マモンは数多の林檎から食べ頃のものを二つ選び取り、コハクへ差し出した。

「・・・お前、嫌いだ」

嫌味なくらい美しい、その顔が。
昔から羨望の的であり、嫌悪の対象でもあった。
酷い目に遭わされた事も当然根に持っている。
一方コハクは何を言われようがへっちゃらで。

「嫌われるのには慣れてる」

と、笑った。

「何に使うんだ?お前には無用の物・・・」
「はい、これ」

コハクはズボンのポケットから小袋を取り出し、マモンに渡した。

「なんだ?」

中身は、数枚の金貨。
旧時代のもので、財産的価値はかなり高い。

「強奪しにきた訳じゃないから、相応のお礼をね」

ビックリ顔でコハクを見上げるマモン。
あまりの驚きに声も出ない。

「ありがとう。助かったよ」

また何かあった時はよろしく、と。
コハクは笑顔で述べ、マモンの元を去った。
マモンは金貨を手に呆然。

「あのセラフィムが・・・礼?神の命に従い、地上の堕天使を片っ端から半殺しにした奴が・・・」

「信じられない・・・」

 
そして、コハク。

「この林檎、成人した体にしか効果はないんだけど」

アクアにはあえて言わなかった。

「とにかくこれで聞き出そう」

一個はアクアに、もう一個は当然・・・

「ヒスイ・・・」

じっと林檎を見つめる。
段々と林檎がヒスイに見えてくる。

(真っ赤なほっぺのヒスイ・・・ああ・・・)

「ヒスイぃ〜・・・」

ちゅっ!ちゅっ!ちゅっ!
何度も林檎のヒスイにキスを浴びせたところで、ふと我に返るコハク。

「・・・・・・」
(林檎にキスしてる場合じゃない)

早く本物にキスしたい。

「・・・許して貰えるまで、何度だって謝るから」

もう一度僕に笑顔を見せて、ヒスイ。

 

アスモデウスの館。アトリエ。

(特)魔。アスモデウスがキャンバスの前に立っていた。

「此処へはひとりでか?」
「ううんっ!家族でっ!」
「母親が銀の吸血鬼か?」
「うんっ!ヒスイっていうんだ!すっげぇ可愛いんだぜっ!」

大好きっ!ジストは無邪気さ全開で答えた。

「父親は?」
「んーと、オレ、父ちゃん二人いるんだ」
「二人とな?」

ジストの回答にアスモデウスは一瞬手を止めたが、深くは聞かなかった。
自称画家アスモデウスの筆は順調に進み、絵は完成間近・・・
スピネルが外から突入のタイミングを窺っている。
ところが、アスモデウスは自ら筆を置き、言った。

「ジスト、我はお主が気に入った」
「ん?」

いきなり話を切り出されても、何の事だかわからないジスト。
菫色の瞳をぱちくりしながらアスモデウスを見た。

「男でも女でも、お主の望むものになろう」
 

途端、変身。

「え!?ヒスイ!?」
「それともこちらが良いか?」
「アクア!?」

ジストの反応を楽しむように、アスモデウスはコロコロ姿を変え、最後はヒスイに落ち着いて一言。

「どうだ?好きにして良いぞ」

全裸で台の上に乗り、誘惑。

「女は初めてであろう?入れてみたくはないか?この体に、ソレをヒスイの顔で新品のペニスにしゃぶりつくアスモデウス。

「!?な・・・なにすんだよ!!うわっ・・・!!」

お年頃の16歳。フェラチオをされるのは初めてで、不覚にもヒスイの顔をしたアスモデウスに勃ってしまった。

「違うんだ!ヒスイはそういうんじゃないんだ!!オレの・・・母ちゃんなんだよっ!!」
「気にする事はない」

アスモデウスはジストのペニスに唾液を絡め、ヒスイの顔で淫靡に笑った。

「隠さずとも良い。銀の男は身内の女を愛す性。近親結婚を繰り返してきた種族故、銀の男にはその習性がある」
「な・・・んだよ・・・それ・・・」

ジストは銀の血族の歴史を知らなかった。

(愛す性?近親結婚?)

ジストの抵抗力が弱まったところに、すかさずアスモデウスが攻め込む。

「抗えぬ血の運命というものよ」

(血の運命?)


心の中で繰り返すジスト。

「・・・だったら尚更っ!!オレまでそんな目で見たら、ヒスイが可哀想だ!!」

ジストはアスモデウスの言葉に惑わされる事なく、全力で押し戻した。

「その顔やめろよっ!!ヒスイは父ちゃんのしか咥えちゃダメなんだっ!!」

くすっ。

(随分ママでヌいてたみたいだけど、ジストなりのポリシーがあるんだな)

遅ればせながら、スピネル、始動。
窓から華麗に参上した。

「ジスト」
「ス、スピネル!?」
「逃げるよ」

大悪魔と対決する気はない。
ポカンとしているジストの手首を掴むスピネルだったが・・・

「邪魔をするな、女」

完璧な女装が仇になった。
アスモデウスの攻撃。
瞬時に手下の悪魔を召喚し、スピネルへとけしかける。

「簡単に逃がしてくれそうにないね」

応戦するスピネル。
多少の攻撃を受ける覚悟はしていた。
丸腰のジストを背に、愛杖フェンネルを構える。
アスモデウスより位の低い悪魔ならどうにかできると思っていた。
しかしそこで不測の事態。

「え・・・?フェンネル・・・!?」
 

 
ページのトップへ戻る