World Joker

38話 それぞれの選択


 
早朝。赤い屋根の屋敷では。

コハクになってしまったオニキスが、裏庭で剣の素振りをしていた。
相性の悪い熾天使の体では、普通の剣さえ重く感じる。

(何十年ぶりか・・・)

剣の稽古をしていた若き時分を思い出しながら、額の汗を拭う。
そして見上げるのは、コハクの部屋。
そこにいるであろうヒスイに想いを馳せる。

「・・・・・・」

あの後が・・・気になる。
ヒスイは苦しみから無事解放されたのか。
抑え込んだ情熱から、昨晩オニキスは殆ど眠れなかった。
元気なヒスイの姿が見たい。
窓から顔を出してはくれまいかと念じる、と。
窓が開いた。

「あ、おはようございます」
「・・・・・・」

お約束のように。窓から顔を出したのはヒスイではなくコハク。
厳密には、オニキスになったコハクだ。

「剣の稽古ですか。感心ですね」
「この体で戦う事に慣れなければ、メノウ殿を捕まえる事はできん」
「そうですね」

コハクも深く頷いた。
入れ替わりの魔法は、術者本人でないと解けない。
どうしてもメノウを見つける必要があった。

「アンデット商会が何か大きな事を仕掛けようとしているのかもしれない。その前に何としても元に戻らないと」

いつになく真面目な顔でコハクが言った。が、続く言葉は・・・

「次はちゃんと本物でイカせてあげたいんで」
「・・・・・・」

オニキス、閉口。夕べヒスイに何をしたのか、聞くのも怖い。

「おはよぉ〜・・・」

窓辺の話し声が耳についたのか、ヒスイが目を擦りながら起き上った。
オニキスになったコハクを見て「お兄ちゃん」と言ったので、今朝は正常だ。

「あれ?ん〜と・・・」
(お父さんに喉渇かない?って言われて・・・)

その後が全く思い出せない。

「う〜ん・・・」

両腕を組んで唸るヒスイ。そこですかさずコハクが。

「おはよう、ヒスイ」
「お兄ちゃん、私、昨日の夜・・・」
「うん、キッチンで寝ちゃったんだ」
「キッチンで?」
(お兄ちゃんを待ってる間に???じゃあ、お父さんは夢???)

頷きながら、密かにヒスイの忘却を喜ぶコハク。
ヒスイが困惑しているのはわかっていたが、昨夜の出来事・・・特に後半はコハク的に抹消してしまいたい記憶だったので、余計な刺激を与えないようすぐに話題を変えた。

「ヒスイ」
「ん?」
「シャワー、ひとりでできる?」
「うん」

夫婦の寝室にあるバスルームを使うようヒスイに言って聞かせ、着替えを渡す。
思わずキスしそうになるが、ギリギリのところで堪え。
今後についてオニキスと話があるからと、コハクは先に自室を出た。

ところが、コハクが向かったのは1階ではなく、トパーズの部屋だった。
扉を蹴破る勢いで押し入り、ベッド脇へ。
無反応でも、トパーズが目を覚ましているのはわかっていた。

「やあ、おはよう」
「・・・・・・」
「いきなりだけど、メノウ様、知らない?」
「・・・何でオレに訊く」

問いかけから数秒遅れてトパーズの返事が返ってきた。
気怠そうに起き上がり、コハクを睨む、が。

「・・・・・・」

オニキスの顔なので、調子が狂う。
対して、コハクはにこやかに。

「メノウ様は君がお気に入りだから。もしかしたらと思って」
「・・・知らない」

“しばらく顔も見ていない”と、トパーズは言った。

「さっさと出てけ。昼まで寝る」
「邪魔して悪かったね」

厄介払いされ、コハクは立ち去る素振りを見せたが・・・

「あ」

もうひとつの用事を思い出し、立ち止まった。

「その前に一発殴らせてくれる?」

 

時刻は午前5時。子供達はまだ眠っている。
コハクは、シャワーを済ませたヒスイにミルクティーを飲ませ、「戦力を安定させるため、それぞれ体を慣らすことにした」と、話した。
ヒスイは、「お兄ちゃんの修業に付き合う!」と言い、オニキスになったコハクサイドへ寄った。
コハクかオニキスかの判定基準はあくまで中身のようだ。

「明日もお休みだし、精霊の森に行こうよ!」
「そうだね、いいかもしれない」

ヒスイの笑顔につられ、コハクも笑顔。
もはやピクニックのノリだ。

「それじゃあ、僕等は出発しますね」

コハクは右手で剣を担ぎ、左手でヒスイの肩を抱いて歩き出したが、そこでふと足を止め。

「スピネル、昨夜は外泊したんですよね?」
「ああ、友人のところに泊まると連絡があった。フェンネルも一緒だそうだ」

オニキスが答えると。

「友人?あっ!!」

ヒスイが大声を出した。
今になって大事なことを思い出したのだ。

「この間、家に遊びに来たコ、覚えてる?」
「ああ、ジルコンと言ったな」
「そう、そのコね、男の子なの!」
「な・・・んだと?」

ヒスイのビックリ発言をコハクが更に掘り下げた。

「そうそう。その“友人”の話なんですけどね・・・」
「お兄ちゃんも知ってたの!?」
「うん」

フェンネルに聞いた話から推測すると・・・とコハク。

「男が女子校に潜り込む理由なんて限られてる」

そう言って笑い、「政略結婚の相手でも探してるんじゃないですか」と続けた。

「例えば・・・没落した貴族とか、王族とか」
「王族・・・」

コハクに言われてハッとするオニキス。
あの時、なぜ気付かなかったのか。
髪や瞳の色、顔つき、よく見れば心当たりがあったはず。

「そうだ、グロッシュラーの・・・」

 

・・・第5王子、ジルコン。

そして、スピネルとフェンネルの女装3人組はモルダバイト城へ向かっていた。

「悪かったって言ってるだろ」



フェンネルに両手を合わせ、謝罪するジル。
話題は昨日のアンデット商会製のスプレーについてだ。
あまりの利き目にフェンネルは朝まで意識を失ったままだったのだ。

「試供品試してみたかったんだよ」

軍事産業は別として、アンデット商会の商品は高く評価しているのだという。

「・・・・・・」

ジルの言い分は無視、フェンネルは早足で先を歩いていた。
ジルも負けじとフェンネルのペースに合わせ。

「お前も結構好みのタイプだったんだけどな、男じゃしょうがねぇや」
「・・・戯言を」

フェンネルは足を止め、ジルに対し、気が多すぎると非難した。

「“英雄色を好む”って言うだろ」と、ジル。
「英雄?」

誰のことかとフェンネルが真顔で聞き返すと、ジルは胸を張って。

「10年後の俺」
「・・・話になりません」

くすくす・・・二人のやりとりに、スピネルは笑いながら前方を指差した。

「着いたよ。ここがモルダバイト城」

 

「スピネル様、ようこそいらっしゃいました」

モルダバイトの裏事情を知るメイド長ジョールに迎えられ、城内へ。
ジルはその警備の薄さに驚いた。
モルダバイトは最も平和で安定した国と言われているが。

(王との面会でボディチェックがないなんて)

グロッシュラーでは考えられない。

(それにこの城・・・どうなってんだ・・・)

続けて、城内の緑の多さにも驚く。
装飾品より、花飾り。
ポプリやらフラワーアレンジメントやらがあちこちで見られた。
豪華な戦利品が並ぶグロッシュラーの城内とは大違いで、ジルはカルチャーショックを受けた。

更にもうひとつ。

現モルダバイト王ジンカイトと対面し、唖然。

(噂どおり・・・地味だ)

謎多きながらも、才覚に恵まれていた前王に比べ、無難で・・・良く言えば気さくな現王。

(“王”ってのは、それなりのオーラがあるもんだと思ってたけどな)

特に何があるわけでもなく。

(すんげぇ普通・・・)

モルダバイト現王は、見るからに人の良さそうな風貌で。
だからこそ、攻め落とすなら今と言われている。

表向きは友好を保っているものの、グロッシュラーは常にモルダバイトを狙っているのだ。
そんなことは知らずに、ジンは義弟の友人を快く迎えた。

「折角来てくれたのに・・・悪い」

王妃シトリンは不在だった。

「猫集会に行ってるんだ。この辺のボスだから、何かと忙しいらしくて」

ジンは、スピネルにこっそりと耳打ちした。
スピネルは軽く相槌を打ってから、ジルに言った。

「ごめんね、姉貴今出掛けてるみたいなんだ」
「そっか」

残念・・・の一方でジルは安堵していた。
騎士団の長を務め、王政の実権を握っているとも言われる王妃シトリン。
彼女に戦の話をすれば、間違いなく情勢は変わる。
女子校で出会った同性の同志スピネルに、つい気を許し、本音を語ってしまったが、改めて考えてみれば、これからしようとしていることは、国家機密を敵国に明かすことであり。

つまりは密告・・・重罪だ。

バレれば国に帰れなくなるどころか、裏切り者として処刑されるだろう。
・・・が、逆にこれはチャンスでもあった。
密告せず、本国にモルダバイトの情報を持ち帰れば、兄弟達を出し抜ける。
王座に一歩近付くことができるのだ。

密告か、報告か。

「・・・・・・」

王妃シトリンを待つ間、城内見学を許可され、武器庫の位置から、臣下の人数、侵入経路、篭城された場合の持久力など・・・一通り把握した。
この情報を実力主義のグロッシュラー王に差し出せば、領土のひとつやふたつ貰える筈だ。
グロッシュラーでのしあがっていくためには、当然すべきことである。
ただし、その選択をすれば、もう二度とスピネルには会えない。

「・・・・・・」

足は城出口へ向いていた。
けれどもジルは踏み出すことなく、そこに立ち尽くし。

「このまま帰る?」

背後からスピネルに声を掛けられ、ギクリとする。
ジルが振り向くと、スピネルは穏やかな笑顔で言った。

「あとは君が思ったようにすればいいよ」

心の迷いを見透かした響き。
スピネルはジルの立場を考慮し、身分は伏せ、“友達”として紹介していた。
モルダバイト城の人間は誰一人、ジルがグロッシュラーの王子であることを知らない。
密告も報告も、ジル次第ということだ。

「・・・ひょっとしてお前、俺のこと信じてる?」
「うん」
「なんでだ?」
「くすくす・・・それじゃあ聞くけど」

と、スピネルは質問に質問で返した。

「金曜日の夜、ボク達を捕虜にすることだってできたのに、そうしなかったのは、なんで?」
「なんでって・・・」

言われるまで考えもしなかった。全くそういう対象ではなかったのだ。何故なら。

「それは・・・」

“友達”だから。

「・・・でしょ?君が先に教えてくれたんだよ」

グロッシュラーの王子、モルダバイトの王子、それ以前に・・・“友達”なのだと。

「友達を信じるのは、普通のことだと思うよ」

「・・・っあぁぁ!!」

突然、ジルが奇声をあげた。

「ジル?」

それはジルなりの・・・迷いを振り切る“喝”であり。そして言った。

「シトリン王妃に会わせてくれ」
「うん・・・ありがとう、ジル」

それぞれが動き出す・・・土曜日。



「来ると思った」

ペンデロークの某所にて。
勝ち誇った笑いを浮かべるのは、悪戯少年メノウ。
視線の先に立っているトパーズにバッジを投げる。

「・・・・・・」

トパーズは受け取ったバッジに見向きもせず。

「こんなモノに興味はない。アレを出せ、ジジイ」
「ん?コレ?」

メノウはトパーズの目前であるモノをチラつかせた。

「まあそう焦るなって。まずはさ・・・」

『ようこそ、アンデット商会へ』


 
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