World Joker

41話 愛鍵


 

 

 

「よっ!お疲れ!」

 

メノウがウィゼに声をかけた。

泉のほとり。ウィゼはオヤジっぽくあぐらを組んで、一服していた。

目立った外傷はないが、疲れた顔をしている。

「どうだった?」

「見りゃわかんだろ。惨敗だ」

泉の水が干上がるという異常事態。

加えて、愛用のナイフは刃が折られ、武器としての役割を果たさなくなっていた。

「“入れ替わり”で弱くなってるっていうから、楽勝だと思ったのによ」

散々だったとグチるウィゼ。確かに出足は好調だった。

しばらくは優勢で戦っていたのだ。しかし。

「途中からいきなり強くなりやがった」

力も、剣技も、バトル開始直後とは比べ物にならないほど。

「得体の知れねえ魔法まで使いやがってよ」

「あ〜・・・コツ掴んだのかもな」と、メノウ。

「生きてて何より」冗談っぽく言って、笑った。

ウィゼは夏空を仰ぎ・・・

「あの野郎とはもう闘りたくねぇな」

 

 

ありゃ、化けモンだ。

 

 

 

 

その頃、コハクは。

ヒスイを抱き上げたまま、森を散歩し、昔話をしていた。

 

「エクソシストになったのは、僕がメノウ様に召喚されて、1ヶ月くらいしてからかな」

 

それは・・・50年以上前の話になる。

教会の知名度はまだ低く、所属する者もほとんどいなかった。

創設者であるセレナイトが単身で悪魔と戦っていた時代だ。

 

 

「セレが?」

今ではすっかり馴染み深い顔だ。

ずっと変わらない・・・ヒスイにとっては親戚のおじさんのような存在だ。

「ヒスイも知ってると思うけど、彼は特異な体質で、悪魔を体内に封印して、その力を自由に使うことができる」

「うん、そういえばそうだったね」

悪魔の力で悪魔を倒す。

現在はエクソシストの数も増え、総帥のセレナイトが直々に任務に赴くことはなくなったので、その能力を目にすることもなくなったが。

「毒を以て、毒を制す。彼はそうやって、人間界の平和を守ってきたんだ」

エクソシスト総帥セレナイト・・・実は偉大な人物である。

「だけどそのせいで彼は人間としての時間を失ってしまった」

悪魔と取引をしたメノウとは別種の“不老”。

悪魔を宿す者特有の、人間を超越した“長寿”。

 

 

そのセレナイトと、メノウ・コハクの出会いこそが昔話の本題となる。

 

 

同じような森の中。

その日、セレが戦いを挑んだのは、マンティコアと呼ばれる人面ライオンだった。

顔は老人、胴体はライオン。人間を殺し、骨まで食べる凶悪な悪魔だ。

半月ほど前に人間界に現れ、村をひとつ食い潰した。

マンティコアは尻尾に毒を持っており、不覚にもその毒に侵されたセレが苦戦を強いられていた時だった。

 

 

「昼寝の邪魔すんなよな〜・・・」

 

 

ふぁぁ〜っ・・・メノウの欠伸と共に、緑の大地から、いくつもの火柱が上がった。

グギャァァァァ!!

それはマンティコアを串刺しにして。

続けて、一太刀。大剣で老人の首をはねたのは、コハクだった。

「・・・・・・」

地に膝を付くセレの瞳に映るのは、六枚羽根の天使と・・・それを従えた少年。

圧倒的な戦力を有する二人組に向け、セレが言った。

「君達・・・エクソシストにならないか?」

「どうします?メノウ様」

「こいつ、知ってる。悪魔と一人で戦ってるって奴だろ」

悪魔を喰う男・・・世間ではそう噂されていた。

メノウはセレの前に立ち。

「お前、元人間ってホント?」

「・・・私は“人間”だよ、今でも」

毒に体の自由を奪われ、よろけながらも立ち上がるセレ。

息も絶え絶えに、繰り返す。

「私は・・・人間だ」

「・・・そっか。んじゃ、協力してやるよ」

 

 

俺も“人間”だからさ!

 

 

「・・・メノウ様がそう言って、僕らはエクソシストになったんだ」

短い昔話・・・だが。

ヒスイは、最後の言葉を復唱した。

「俺も・・・人間・・・だから・・・?」

「うん。メノウ様は人間であることに誇りを持ってる。それ以上のものなんて望まない。アンデット商会にいるのは別の理由だよ」

「・・・ありがと、お兄ちゃん」

コハクの解説に、ヒスイは表情を緩ませた。

「どういたしまして」と、コハク。

キスはできないので、顔を寄せ合い、笑って。

「それで、メノウ様は何の用事だったの?」

「あーーーっ!!」

大声を出したヒスイは、降ろして!とジタバタ。

コハクがそっとヒスイを着地させると。

「鍵!!鍵!!」

ヒスイはあたふたとスカートのポケットから一本の鍵を取り出し、コハクに見せた。

「お父さんがね、コレくれたのっ!」

目には見えないが、コハク・オニキス両者の右の手のひらに呪術的な鍵穴があるというのだ。

“入れ替わり”の間はロックされている状態だが、この鍵で開錠すれば、本来の体に本来の心が戻ってくる。

「これで元に戻れるよ!!」

術者にしか解けない魔法でも、鍵という形にすることで、第三者が“入れ替わり”を解くことが可能になるのだ。

無論そんな芸当は天才魔道士メノウにしかできない。

「お兄ちゃんっ!!右手かして!!」

逸るヒスイが鍵を構える。

 

 

「!!ヒスイ、待っ・・・あ・・・」

 

 

コハクが止める間もなく、開錠。

「あ・・・」

今更気付いても遅い。

コハクになったオニキスに使えば、その場で再会が果たせたというのに。

ここで使えば、コハクの心とはお別れで、オニキスの体にはオニキスの心が戻ってくる。

そこまで考えず、完全に勢いで。

(やっちゃったわ・・・)

 

 

「・・・・・・」

 

 

「オニ・・・キス?」

探るような口調で、ヒスイが見上げる。すると。

「・・・ああ、そうだ」との返事。

言葉づかい、声のトーン、仕草からして正真正銘のオニキスだ。

「・・・一体何が起こった」

あまりに突然の出来事に、呆然としつつ尋ねる・・・しかし。

ヒスイは質問をスルーし、ノーパンそっちのけでオニキスへ詰め寄った。

「お兄ちゃんは!?どこ!?」

自分のヘマで離れ離れになってしまったが、とにかく会いたい。

ところが、オニキスの口から出た言葉は。

「・・・わからん」

 

 

「わからん!?それ、どういうこと!?」

 

 

 

 

こちら、モルダバイト城。

 

「モルダバイトで全面的に匿うこともできるんだけど・・・」と。

グロッシュラーの王子を引き止めたのは、モルダバイトの王ジンカイトだ。

「・・・・・・」

齢16。自国に半旗を翻すには早すぎる。

内密に入手した魔法陣を使い、自室から外出したので、バレてはいない筈だ。

ここは素知らぬ顔で帰るが得策と考え、ジルはジンの申し出を断った。

帰りはペンデロークを経由する。

「送っていくよ」

スピネルとフェンネルが同行し、城を発つ寸前。

 

 

「待て。ジル王子」

 

 

シトリンがジルを呼び止めた。

「この度のこと、礼を言う」

王妃に深々と頭を下げられ、辟易しながらもジルが言った。

「打算あってのことだから」

「・・・もうひとつ、言っておくことがある」

これから起こる戦を前提に、シトリンが言った。

「私はいずれお前の肉親を殺すことになるだろう」

堂々、暗殺予告。

口外した時点でもう、暗殺とは言えないかもしれないが。

「その時は、私に刃を向けるといい」

「・・・・・・」

肉親を殺すと言われたくらいで、グロッシュラー王家の人間は動揺しない。

むしろその方が、ライバルが減って好都合だ。

王座を望むなら、肉親の情など持っていられないのだ。

「なんなら協力してもいいし?」

ジルが言うと、シトリンは憂いを帯びた瞳で見つめ。

「やめておけ。これ以上は、16やそこらのお前が背負うには重すぎる」

 

 

 

 

「お前の姉ちゃん、面白ぇ」と、ジル。

 

ペンデローク郊外、河川敷にて。

武術の腕は相当立つと評判だが、策略家とはほど遠い、モルダバイト王妃シトリン。

「姉貴は心が真っ直ぐなヒトだから、黙っていられなかったんだと思う」

スピネルはいつもの微笑みで。

「そうだ、姉貴から君に伝言」

「伝言?」

 

 

身に危険が及んだ時は、モルダバイトの情報を取引してくれて構わない。

裏切りを繰り返しても、とにかく生き延びろ。

 

 

「だって」

「ヒューッ。カッコイイ事言うぜ」

口笛を吹き、ジルが笑う。

スピネルは一歩前に出て。

「・・・気を付けて」

「心配ねぇって」

 

 

「月曜日、学校で会おうぜ」

「うん」

 

 

橋下の魔法陣。

貼り付け式のそれは、購入時に登録した持ち主が触れることで発動する。

再会の約束を交わし、ジルが触れた時だった。

「!!?」

開通された魔法陣の向こう側、つまりグロッシュラー側から一本の矢が放たれた。

まるで、待ち構えていたかのように。

 

 

「ジル!!!」

 

 

 
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